>>121
手乗りの蔑称はクレヨン爺…珍犯爺というのもある。
それはヤツ自体の奇行からも読み取れるのであるが…やはりその奇行の出所となる特殊な情動回路への疑念、違和感ばかりは禁じ得なくなってくる訳である。

ヤツは生まれながらに前頭葉死んだまま生きて来たから、ヤツにとってはそれが通常。
己の異常性にはなかなか気付けなかったが、
実際、ヤツの主観からは人間自体が理解出来ない所が沢山あって、もはや漠然とした亜種的な存在になっていて、人間への距離感というのはよく感じているのだ。

ヤツにとって理解出来ない存在の人格。
人格から生まれ得る共感から出る対話というものばかりは、どうにも嫉妬の対象として琴線に触れ易く、脊椎反射でバラクーダの如くカッ飛んできては、割り込んででも邪魔せずにはいられない訳だ(笑)。
それはヤツ自身のジレンマともなり易く、これまでの半生記こればかりを繰り返して来た。

ヤツにとっての環世界は通常の人間の共感ありきの人間関係とはまた違うのだ。コレを理解する。

ヤツは情動回路自体