尼崎事故直後に
以前の中期経営計画から
安全性向上計画へ改め設備更新の前倒しが
決定した際

当時の経営企画本部が対外的印象を意識し
今後の車両新造に乗じて
207をJR宝塚線運用から追放する検討が
車両や運輸に示されたものの
そのための需給調整で影響範囲が甚大
例えば学研都市線の近郊形運用登場など
極端な事態も見込まれ

そもそもそういう問題ではないとして
社内の反発が強く頓挫

西管内全体で車両更新が促進されており
経営施策連動の新造が基本だったため
事故現場の地元に特化したアピールで
具体となったのは225-6000のみ