103系スレより、長文ですがご了承ください。

以下引用
90年代の小田急が通勤型車両を少数しか製造しなかったのは、複々線化の工事に投資を集中したため。
その複々線化工事も反対運動やバブル景気による土地価格高騰により、計画が大幅に遅れていたため、
ラッシュ時のピークサイドに数本しか増発できなかったことから1000形・2000形は少数しか製造されなかった一方で、廃車も出なかった。
あと、5200形の車体更新を途中で打ち切って廃車したのは、
複々線化計画が下北沢住民の反対運動により、
代々木上原〜梅ヶ丘間が高架式から地下式に変更されて、
梅ヶ丘付近に地下から高架への急勾配が設置されることになったため、
その区間に対応できないためである。
(通常時の走行では問題は無いが、故障車両を回送させる際に後ろから押し上げるパワーが無いという理由から。)
また、10000形・20000形は製造から15年以上が経過して車体更新が検討された際に、
車体がハイデッカー仕様のため交通バリアフリー法に引っかかり、
出入り口の段差解消などの改造工事が大掛かりになって改造工事の費用が嵩むことと、
抵抗制御方式のため、
省エネの観点からも更新工事を施工してまで継続使用するのは得策ではないと判断されたから廃車となった。
(80年代後半は、まだ VVVFインバーター制御装置が高価であり、特急形車両は停車駅が少ないため起動・減速の回数が少なく省エネ効果も低いため、10000形・20000形は近鉄21000系・26000系などと同様に導入するメリットが無いと判断された。)
以上引用

ということです。過去スレで過去のことが話題になっていましたが、かなり詳しいのを見つけたので、今後、過去の車両の話は程々に願います。