国鉄の新規電化線は、1983年までは気前が良かった。
伯備線に9両の特急と6両の普通(しかも雪切室完備)を入れたり、筑肥線に当時九州には破格の新車を入れた位まで。

84年から一気に暗黒時代が始まり、203系と205系以外は105系や115系をはじめとした
全国的な改造短編成化による捻出が始まり、越後線や和歌山線などが低規格電化と
暖地用車両が新潟に集められたり…あるいは715系をあてがう一方、「試作車名目」で713系4ユニットを出すなど。

当時は「車両の廃車などけしからん」という風潮だったが、今費用対効果から見たら
105系転用や車齢20年近い車に新製ユニット運転台取付というのは、必ずしもベストだったとは言えないはず。