阪和線の103系はヨン・サン・トオで投入された6連4本が新製車で、それ以降は、
山手線、京浜東北線、横浜線などの首都圏からの転入車ばかりで新性能化されて、
次の新型103系の投入は昭和55年の高運転台車6連3本の投入まで持ち越されていたな。
鳳電車区が車両を受け持っていた頃、東神奈川区からの103系の転属車を受け入れるときは、クモハ103は使い勝手が悪いわけでもないのに、
なぜかクモハ103の転入を避けて、両端クハ103の編成を受け入れていた