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ハイパーネット、革命児の挫折 ネット興亡記
コラム(ビジネス) ネット・IT
(3/3ページ)2018/7/13 6:30

 「そういえば昔もそんなことを言ってたっけ」

 2009年1月末、スイスの保養地で毎年開かれるダボス会議でのこと。世界中から政財界の大物が集まることで知られる会議の期間中、メディアには非公開の「プライベート・ミーティング」が開かれる。慶応義塾大学特別招聘教授の夏野剛はそこで、懐かしい人物と再会した。米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツだ。

■早すぎた広告モデル

 「やっぱり広告はインターネットのユーザーにとってわずらわしい存在じゃないかな」。シスコシステムズ最高経営責任者(CEO)のジョン・チェンバースが司会を務めるパネルディスカッションで、ゲイツはこんな発言をした。その言葉を聞いた夏野は、12年前の出来事を思い出さずにはいられなかった。

 当時の夏野の肩書は気鋭のベンチャー企業、ハイパーネットの副社長。1996年12月、ゲイツは同社社長の板倉雄一郎に会談を持ちかけてきた。

 板倉の狙いは個人データの蓄積にあった。広告の精度を高めるために不可欠だからだ。他社に先駆けてビッグデータを握ることが、ネット産業を勝ち抜くためのカギであると見抜いていたわけだ。

 米フェイスブックや米グーグル、中国アリババ集団といった現代の「テックジャイアント」の必勝パターンを、20年以上も前に実践していた。時代を先取りしたハイパー社はサービス開始からわずか半年で20万人のユーザーを獲得し、快調な出足を見せていた。

 ゲイツの狙いはおおかた、板倉がハイパーシステムと名付けたこの広告モデルだろう。