アメリカの人の「はっきりと言う」と発達障害の「(単純な作業を簡潔に)はっきりと言われないとわからない」と言うのはどう考えても違うんだが
発達障害の人は「アメリカでははっきりと言うらしいから発達障害の人でも問題無く暮らせる」とか考えるのかね?
発達障害の人は言葉そのままに受け取るから細かい違いがわからないんだろうが
アメリカでは発達障害の人がミスしたり出来ない事があったときに「ここが違う」と注意される感じで始めから最後まではっきりと言うだけで
認知のゆがみ・ズレで自分が正しいと信じてるが周りからは理屈になってない言い訳としか受け取られない寝言を延々わめくことにしかならないだろ?
アメリカでも発達障害の人がわかるように「単純な作業を簡潔にはっきり」言う訳じゃねーぞ