>>133
■あの人はいま
元出版社社長 武田マシオさん

2023年、1980年代の週刊誌を見つめる男がいた。
武田さんは今……
「あの頃はいい時代でして(笑)」
若き日を回想する武田さんは、どこか寂しげだ。
「未だに当時の夢を見ることがあるんですよK文社が100万部雑誌を連発していた日々を」

コロナウイルスの恐慌で全ての雑誌が廃刊になった。
その後、失った売り上げを回復することできず廃業を決意。 親会社からも見放された。
今はスーパーを営む傍ら池袋の専門学校で編集の心得を教えている。

「いらっしゃい」
JR池袋東口から歩いて15分。
「スーパー光文」の入り口をくぐってビル内に入ると、
赤いタオルを頭に巻いた社長の武田さんの元気な声に迎えられた。
「西友の子会社として従業員ごと買い取ってもらえたんです。しかし1年ほどでほとんどの社員は辞めてしまいました。
肉体労働をバカ社長とはやってられないってね。人望がなかったんですね。
でもね、今では都内に5店舗あります。音羽のK談社からわざわざ足を運んでくださるお客さんがいたのはうれしかったですね。」
「コロナさえ無ければって…歯がゆいですけど。」
「それを言っちゃあダメですよ。」そう後ろから声をかけたのはK文社の元取締役だった佐藤さんだ。
「腐れ縁ですね。一生。」そう笑顔で語る烏山さんも武田さんとはK文社時代から旧知の仲、今も頑張っている。

「八方美人ならぬ、十六方美人が私の才能です。スーパーは死ぬまで頑張るつもりです。」
武田さんはダメ親父そっくりの笑顔で見送ってくれた。