私にとって“花魁道”は、母さんそのものだった。
気高く、たおやかな心を持って、美しく着飾って、美しく立ち振る舞う。
そんな母さんみたいな女性になることが“花魁道”なんだと、幼い頃は信じていた。
だから『跡を継ぎなさい』と言われて、舞や作法を教えてもらうことが、本当に嬉しかった。

それから年月が経って、私が花魁道の修行を終えようとしていた頃。
母さんに呼び出された私は、今まで教わることのなかった話を聞いた。
花魁道として、遥か昔から引き継がれてきた記録。発祥と歴史、本来の務め。
古典芸能として保存され続けてきた理由と、それに伴う継承者が受ける恩恵。
そして、時代にそぐわないものとされてからも、密かに“必要”とされてきた事実。

『じゃあ……母さんも?』
『母さんはね、お父さんと出逢えたから』
無意識に訊ねてしまった私に、母さんは静かに笑って言った。本当に心の底から、幸せそうな笑顔だった。

『花魁道とは、後世まで繋いでいくことを定められた古典芸能。継承者とは、その為の存在。それが今の時代での常識。
 ――でも、継承者であるが故に“本来の務め”を要される可能性が、絶対にないとは言い切れないの』

『凛。これから貴女は、そういった覚悟も、常に心の中に留めておきなさい。これは継承者としての責であり、――枷です』
私をまっすぐ見つめる母さんの目は、今まで見てきたどの目よりも険しくて、
言葉を続ける声は、今まで聞いてきたどの声よりも厳しかった。

『でもね、凛。母さんは……貴女がそんな覚悟を示すときが来ないことを、願っているわ』
最後に、酷く優しい声音でそう呟いた母さんは、酷く悲しそうに微笑んでいた。

そのとき私は、受け継いだものの重さと、尊さを、本当の意味で理解した。
それでも私は、この道を選んだことに後悔なんてしなかったし、するつもりもなかった。
全てを知っても、私にとっての花魁道は、幼い頃に憧れていたものと、何も変わらなかったから。