花魁道の継承者として聞き継いだ、華やかで悲しい過去。残酷な事実。
もしかしたら、自分にも降りかかるかもしれない事情。
母さんは、私がそうならないことを、心の底から願ってくれていた。
正直なところ、私は実感が沸かなくて、もしそうなるときが来たとしても、何とかなると思っていた。
それが継承者としての役目だというのなら、務めるべきだと思ってきたし、
そんなことで、大好きな母さんから受け継いだものを、手放したいとも思わなかったから。
でも今になって、その“万が一の可能性”が、とても身近なものに感じる。
――もし、これから先、そういう可能性があるのだとしたら。
そうなる前に私は、自分が慕う人の存在を、先に残しておきたい。
初めてこの身を捧げる相手は、自分が心の底から想う人がいい。

「……あぁ、そういうことでありんしたか。あのときの話は」
そのとき、私は母さんから聞き継いだ歴史の一部を、実感した。
私が今考えたことは、まさにこの道の始まりにいる“花魁”が、かつて密かに願い、焦がれたことだったと。

「わっちに唯一残されたもの。――その道上に、ぬし様はいらしてくれるでありんしょうか?」
空を仰いで、先に行ってしまったあの人の姿を目に浮かべながら、独り言ちる。
また冷たい風が肌を撫でていったとき、次の転送が始まって、私の番が来た。


本部へ戻ってきて、任務を解かれると、私はすぐにあの人の姿を探しに行った。
廊下を渡って、階を降りて、建物の出口までの道のりの途中で、背の高い人影を見つけた。

「アーロン様……っ!」
「ああ、君も戻ってきたか。転送されるまで大分待たされたようだな」
急いで駆け寄ると、アーロンさんは足を止めてこちらに振り返る。
また優しい目で見下ろされて、また胸の中に痛みを覚えて、心がざわつく。

「あの……アーロン様。……聞いてほしいことがありんす」
「聞いてほしい?俺にか?」