深い眠りの淵から、意識が戻ってくる。
あんなに重かった瞼が動かせるようになって、ゆっくり目を開ける。
上には行燈の緋色に照らされた天井が見えて、背中には柔らかい布の感触があった。

「――目を覚ますのが早かったな」
頭の上の方から、溜息交じりの声がする。
目で追うと、アーロンさんが、優しい表情で私を見下ろしていた。
「わっちは……どうして……」
「軽い不眠症によく効くとのことだが……どうやら今夜の事が相当、心労になっていたようだな」
ふっと苦笑を零して、アーロンさんは自分の隣から、湯呑みを持ち上げて私に見せる。
その指先で一緒に持たれていたのは、何かの粉末が入った小さな袋だった。

「夜が明けるまでここにいるから、ゆっくり休め。――それで一夜の約束は、終わりだ」
まるで諭すような口ぶりで、アーロンさんはそう言って、私の額に手を置く。
大きな手から伝わる体温が、とても優しくて温かいと思ったとき、
私は言われていることと、自分がされたことを、全て理解した。

「――ずるい人」
無意識に、そんな台詞が出てしまう。あなたを責める権利なんて、私にはないのに。
それでも、どうしても。私の想いも、覚悟も、はぐらかされたと思ってしまう。
それがとても悔しくて、悲しかった。
「君が惚れたのはそういう男だ。いい人なんかじゃないんだよ」
アーロンさんは、困り果てたような苦笑の中に、ばつが悪そうな表情を混ぜて作っていた。
いっそ、我儘に付き合わされて困っていた、という態度でいてほしかった。
私のことを気遣って、悪いことをした、なんて思ってくれない方がよかった。

横たえられていた布団から体を起こして、アーロンさんの方を向く。
そして、一度は迎え入れてくれた胸の中に手を伸ばして、自分から捕らわれにいく。

「わっち……ほんとに好いとうと。ほんとにあなたを、好いとうとよ?」
あの人の体温と匂いを、また間近に感じると、言葉が次々と溢れていく。