初心者歓迎 スレ立てる前に此処で質問を 902

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1名無し三等兵2018/09/29(土) 16:51:56.29ID:EqzqEQ6o
軍事に関する質問はこのスレッドで

前スレ
初心者歓迎 スレ立てる前に此処で質問を 901
http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1536245490/

941名無し三等兵2018/10/17(水) 14:53:34.37ID:+mJzfIaB
469名無し三等兵2018/10/09(火) 16:28:36.53ID:SXma0+SD
この本でも叩かれている第4航空軍司令官冨永恭二中将や、第201海軍航空隊中島正中佐など、
戦後も生き延びた指揮官らが多いのも事実ですが、この本のように、
自決した指揮官らの存在には触れず、冨永は逃げた、中島は自己弁護の本を書いたと叩くばかりの本が多いのは、
読者に対する重要な情報隠しではないかと私は考えます。
戦後も寿命をまっとうした特攻指揮官も多かったが、責任をとって自決した指揮官らもこれだけいました、
と公平に記述しないと、読者を誤った判断に導きかねません。
あと、特攻の指揮官らに責任をとって死ななかったのはつまらんと罵るのは、
特攻が非人道的で、当時の日本はおかしかったとバッシングするこの本のような姿勢と相反する、
鴻上氏らが非難している、罪は命をもって償わなければいけないとする、
人権軽視の旧態依然としたかつての日本的な思考ではないでしょうか?

942名無し三等兵2018/10/17(水) 14:54:08.25ID:+mJzfIaB
470名無し三等兵2018/10/09(火) 16:29:46.83ID:SXma0+SD
佐々木氏の証言を中心に記述されていた前半はよかったのですが、その中に時々含まれる鴻上氏の誤解に基づく特攻への評価や、
第4章の不正確で古臭い小沢郁郎氏著『つらい真実―虚構の特攻隊神話 』に基づく誤った特攻や日本軍への評価や罵倒や、ピント外れの特攻と現代日本の共通点の指摘などで、
前半の評価は台無しになってしまうと思います。
鴻上氏は第4章のまとめで、軍関係者の多くが亡くなったので「ようやく冷静に特攻を考えられるようになった」と言ってますが、
事実はまったく逆で、この本やこの本の元ネタの『つらい真実―虚構の特攻隊神話 』を出典にしている一連の本のように、逆に感情ばかりが表に立ち、データや史実を客観的、
総合的、合理的に評価できない本の出版が相次いでいると感じます。

943名無し三等兵2018/10/17(水) 14:54:47.84ID:+mJzfIaB
471名無し三等兵2018/10/09(火) 16:31:03.97ID:SXma0+SD
私感になりますが、

「特攻はアメリカ軍を苦しめた有効な作戦だった」という評価と「特攻は非人道的で統率の外道で二度と繰り返してはならない」という評価は両立し得る

と思うんですが、何故に鴻上氏らの様に無理やり全否定したがる人が多いのか理解に苦しみます。
特攻を否定するにしても賛美するにしても、しっかりとしたデーターに基づき、正確で合理的な分析をしてから行うべきでしょう。
この本は特攻や日本軍を叩きたい、否定したいという気持ちばかりが先走っている、よくある旧軍バッシング本の一つに過ぎないと思います。

鴻上氏が恭しく引用している高木俊郎氏の特攻に関する本も全て読みましたが、高木氏、鴻上氏、
小沢氏に共通しているのは、特攻隊員の軍から非道な作戦で死に追いやられた「犠牲者」という面だけを強調していることです。
たしかにそれも特攻への評価には必要不可欠ではありますが、それはあくまでも特攻への評価の一部分に過ぎず、同時に特攻は軍事作戦である以上、
その軍事作戦としての“有効性”への評価も必要不可欠だと自分は考えます。

944名無し三等兵2018/10/17(水) 14:55:27.40ID:+mJzfIaB
472名無し三等兵2018/10/09(火) 16:32:50.86ID:SXma0+SD
その視点で、日米両軍の資料を総合的・客観的な目で見れば、絶望的な戦況のなかでも、現場が様々な工夫や努力でしっかり結果を残してアメリカ軍を苦しめたというのが、
本当に資料を見ているのであれば判るはずなんですが、非人道な戦術を命じた国(軍)をバッシングするために、
特攻でアメリカ軍を徹底的に苦しめ誇り高く亡くなっていった特攻隊員までも「役立たずだった」「無駄死にだった」と誤ったレッテル貼りをするのはいかがなものでしょうか?
少なくとも特攻隊員たちは志願にしろ命令にしろ敵に一矢報いようとして出撃し、実際に一矢以上報いているのですから、
それを不正確な情報と一面的な評価で「無駄死に」の「犠牲者」扱いにして、誇り高く亡くなっていった特攻隊員らの慰霊はできないと思います。

鴻上氏のような聡明で影響力のある著者による誤った認識や知識で書かれたこのような本は、特攻への合理的な評価を阻害することとなりますので、その意味からも最低評価とさせていただきます。

945名無し三等兵2018/10/17(水) 14:56:07.59ID:+mJzfIaB
473名無し三等兵2018/10/09(火) 16:33:51.60ID:SXma0+SD
下記、不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか (講談社現代新書)を参照ください。

ttps://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8D%E6%AD%BB%
E8%BA%AB%E3%81%AE%E7%89%B9%E6%94%BB%E5%85%B5-%E8%BB%8D%E7%A5%9E%E
3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E4%B8%8A%E5%AE%98%E3%81%AB%E5%8F%8D%E6%8A%
97%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%8B-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4
%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%B4%BB%E4%B8%8A%E5%B0%9A%E5%8F%B2-ebook/
product-reviews/B077D19JSR?pageNumber=14

946名無し三等兵2018/10/17(水) 14:56:50.22ID:+mJzfIaB
474名無し三等兵2018/10/09(火) 16:34:39.61ID:SXma0+SD
「特攻という大きな犠牲に見合った戦果をあげられなかった」

「、警戒が手薄で、上陸部隊や艦艇の生命線ともいえる輸送艦・輸送船を目標にした攻撃が行われるべきであった。
しかし、特攻隊員も。艦隊至上主義の影響を受けていたから、輸送艦のような目標は体当たりにふさわしいとは考えなかった。
結局、通常攻撃によって、米輸送船団を攻撃することをしなかったのは、特攻隊を編成し、米軍艦艇に目を奪われた特攻作戦を展開した日本軍の失敗であったと考えられる。
特攻隊員とそれを送り出した指揮官たちの問題とも関連するが,日本軍は、攻撃目標の選定について、軍事科学的な検討を十分にせず、戦術的にも誤った「正規空母」という目標を第一優先した。
これも、特攻作戦を失敗させる=

特攻という大きな犠牲に見合った戦果をあげられなかった

大きな要因であろう。」

947名無し三等兵2018/10/17(水) 14:57:24.13ID:+mJzfIaB
475名無し三等兵2018/10/09(火) 16:36:58.93ID:SXma0+SD
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948名無し三等兵2018/10/17(水) 14:57:59.19ID:+mJzfIaB
476名無し三等兵2018/10/09(火) 16:40:23.08ID:SXma0+SD
◆特攻機による戦果:カミカゼ特攻機命中率56%の虚報

写真(左):海軍輸送艦「ネソーバ」の20mm対空機銃;最上甲板に搭載された。写真(右):輸送艦「ネソーバ」;軍艦は輸送任務についていたとしても「民間商船」ではない。
ただし、乗員に軍人があり、その指揮の下に行動していれば、話は複雑になる。
「特攻機の命中率が56%」という新資料が米国で見つかった、
と誤解を招く報道がされた。
この虚報の真相は、米軍が戦場で視認した特攻機の来襲機数のうち、
被害を与えた特攻機の機数である。
「アメリカ艦艇から目撃された特攻機の攻撃成功率」というのも、軽微な損傷、小破を含むもので、大破させたわけでも、撃沈したわけでもない。
しかし、当該報道には、このような解説は一切なく、日本軍が思っていたよりも特攻の成功率は高かった、
アメリカに予想以上の甚大な被害を与えていたとのイメージを伝えるプロパガンダとなっている、特攻隊員たちの苦悩や決意についても説明ないままである。
これが「虚報」であるという意味である。
戦時中、米軍は特攻機出撃状況を把握していないので、
レーダーでも肉眼でも来襲する敵機が特攻機かどうかは明確にはできなかった。
米軍は、来襲した日本機をすべて特攻機と見立てて、
その至近距離に達した「特攻機」の成果を大きく記録したようだ。
米軍の被害が大きいのは、
船体に近距離に撃墜した特攻機が僅かに軽傷を与えてもすべて被害(命中)と過大報告したことによる。
優勢な米軍は、損傷を受けたことを勇戦した証拠のように誇りにしていた。そこで、特攻機の効果を高めに見積もることは、米軍将兵にとっても、自らの勇気を誇示する目的が隠されている。
特攻の実態を覆い隠した「特攻機の命中率56%という米軍の新資料発見」との虚報は、当時の大本営発表のような報道姿勢であり、いかなる目的が隠されているのであろうか。特攻機の効果をことさらに誇張する喧伝は、特攻隊員たちの心情に反するのではないか。
Links

949名無し三等兵2018/10/17(水) 14:58:35.33ID:+mJzfIaB
477名無し三等兵2018/10/09(火) 16:41:38.39ID:SXma0+SD
Links
【アジア太平洋戦争インデックス】:日中戦争から沖縄戦まで
神風特別攻撃隊:1944年10月レイテ戦
USS GUEST DD472 OKINAWA CAMPAIGN :
UNITED STATES STRATEGIC BOMBING SURVEY:SUMMARY REPORT:
U.S. Naval Chronology Of W.W.II, 1945

950名無し三等兵2018/10/17(水) 14:59:10.26ID:+mJzfIaB
478名無し三等兵2018/10/09(火) 16:43:17.03ID:SXma0+SD
『米国戦略爆撃報告 太平洋戦争方面の作戦』によれば、沖縄戦における米軍の艦船撃沈 
は36隻、損傷368隻。航空機喪失合計は763機、内訳は戦闘による損失458機、作戦に伴う事故などの損失305機である。
他方、日本軍の航空機喪失合計は 7,830機、内訳は戦闘による損失4,155機、
作戦に伴う損失2,655機、地上撃破1,020機に及んでいる。

951名無し三等兵2018/10/17(水) 14:59:48.26ID:+mJzfIaB
479名無し三等兵2018/10/09(火) 16:45:06.19ID:SXma0+SD
The Naval Technical Board
出撃した特攻機は、敵戦闘機に迎撃され,対空砲火に砲撃され、目標を冷静に選択する余裕はなかった。
正規空母を攻撃したかったが、そこまで辿り着くのは困難であるようだ。空母の位置も不明である。
敵戦闘機も迎撃してくる。こうなれば、撃墜される前に、発見した敵艦艇に突入するのが、特攻で成果をあげる唯一の道のように思える。
特攻機の隊員は、本来は自らの命と引き換えで、敵正規空母を轟沈したかった。
しかし、米海軍空母任務部隊は、中心に正規空母2隻,軽空母2隻を、その周囲を巡洋艦4隻、外側を駆逐艦16隻で護衛する輪陣形を組んでいる。
したがって、中心部の空母に辿り着くまでには、熾烈な対空砲火をくぐらなくてはならない。
空母からは、F6F「ヘルキャット」、F4U「コルセア」など戦闘機がレーダー誘導されて、遥か100km手前から特攻機を迎撃してくる。
また、任務部隊のさらに外側には、駆逐艦、護衛駆逐艦、掃海艦、敷設艦、揚陸艦が、レーダー・ピケ(警戒網)を張っている。
米国のレーダーは、200km以上先の敵機(単機でも)捉えることができる。その、進行方向、高度も把握されている。つまり、特攻機が発見されることなく、
空母に接近することは非常に困難である。
したがって、特攻機が撃沈した正規空母,軽空母は1隻もない。

952名無し三等兵2018/10/17(水) 15:00:26.58ID:+mJzfIaB
480名無し三等兵2018/10/09(火) 16:46:34.81ID:SXma0+SD
特攻機が損傷させた米海軍空母(延べ隻数)は、正規空母16隻、軽空母3隻で、合計18隻で、損傷艦の7%に過ぎない。
小型の護衛空母17隻を含めても、13%である。他方、空母を護衛する駆逐艦は87隻で31%、護衛駆逐艦も24隻、9%もある。
機雷敷設艦、高速掃海艦はともに駆逐艦を改造したもので,駆逐艦同様、レーダー警戒網を形成していたから,空母の護衛艦艇とレーダー警戒艦艇が、特攻による被害艦艇の半数以上を占めていることになる。
ただし、上陸部隊や艦艇への補給を任務とする輸送艦は、40隻、14%とあまり多くはない。本来は、警戒が手薄で、上陸部隊や艦艇の生命線ともいえる輸送艦・輸送船を目標にした攻撃が行われるべきであった。
しかし、特攻隊員も。艦隊至上主義の影響を受けていたから、
輸送艦のような目標は体当たりにふさわしいとは考えなかった。結局、通常攻撃によって、米輸送船団を攻撃することをしなかったのは、特攻隊を編成し、米軍艦艇に目を奪われた特攻作戦を展開した日本軍の失敗であったと考えられる。

953名無し三等兵2018/10/17(水) 15:01:04.39ID:+mJzfIaB
481名無し三等兵2018/10/09(火) 16:47:15.63ID:SXma0+SD
特攻隊員とそれを送り出した指揮官たちの問題とも関連するが,日本軍は、攻撃目標の選定について、軍事科学的な検討を十分にせず、戦術的にも誤った「正規空母」という目標を第一優先した。
これも、特攻作戦を失敗させる=特攻という大きな犠牲に見合った戦果をあげられなかった大きな要因であろう。

954名無し三等兵2018/10/17(水) 15:01:42.15ID:+mJzfIaB
482名無し三等兵2018/10/09(火) 16:48:20.92ID:SXma0+SD
戦時船舶管理局(War Shipping Administration)によると,第二次大戦中の米国商船の撃沈は 1,554隻で,
そのうち733隻は,排水量1000トン以上の船舶の撃沈である。
また,外国船 Foreign flag shipsでも海軍武装警備隊 AG(Naval Armed Guard) が乗船し,警備している船舶も,米国の戦域U.S. territories,例えばフィリピンにあるようなときは,この損失に含めている。
 1945年(昭和20年)3月23日,米艦隊が沖縄本島に艦砲射撃を開始し,
3月26日に沖縄の慶良間列島に米軍が上陸すると,日本軍は「天一号作戦」を発動した。これは,日本陸軍機・海軍機による米輸送船団と艦艇に対する迎撃戦,
上陸した米軍に対する持久戦である。

955名無し三等兵2018/10/17(水) 15:02:18.54ID:+mJzfIaB
484名無し三等兵2018/10/09(火) 16:49:51.30ID:SXma0+SD
米国商船の被害一覧によれば,フィリピン戦と沖縄戦の特攻で撃沈した米国の商船は6隻。
沖縄方面で被害を受けた米国の商船は,特攻,爆撃,魚雷,機雷,友軍の誤射など合計24隻,撃沈は4隻である。天号作戦では輸送船団を主要攻撃目標とする適切な判断をしていたが,
いつの間にか,敵艦船,特に米任務部隊の空母に集中してしまった。たしかに,自爆特攻の目標を,輸送船とするのは,海軍上層部でもできなかったのかもしれない。
Source:U.S. Merchant Ships Sunk or Damaged in World War II

956名無し三等兵2018/10/17(水) 15:02:51.09ID:+mJzfIaB
485名無し三等兵2018/10/09(火) 16:50:28.42ID:SXma0+SD
下記、◆特攻機による戦果:カミカゼ特攻機命中率56%の虚報を参照ください。

ttp://www.geocities.jp/torikai007/1945/kamikaze-statistic.html

957名無し三等兵2018/10/17(水) 15:03:32.30ID:+mJzfIaB
486名無し三等兵2018/10/09(火) 16:52:35.22ID:SXma0+SD
投下された爆弾の方が威力が大きい」

「爆撃機から

投下された爆弾の方が威力が大きい

事は自然の原則です。特攻讃美の大親分(笑)が特攻を神格化するために力学の原則を無視した事をチマチマと書いていますが、特攻機に装備した爆弾は特攻機のスピードと同じです。
これは子供でも分りますね。しかし爆弾の破壊力は、爆弾自体の質量(海軍だと25番とか50番とか)と衝突速度によって決まります。

上空から投下する爆弾、あるいは降下爆撃機(投下高度の関係で急降下より緩降下の方が効果は大と言うが)から投下する爆弾には加速度がついて、
敵艦に命中する時点での速度は特攻機が突っ込むスピードよりはるかに高い。従って破壊力も大きい、と。まあこれは軍事知識の常識ですが。」

下記、特攻で爆弾抱えた飛行機が敵艦に命中した場合、
爆弾単体が切り離されて命中した場合より破壊力は大きくなるのですか?を参照ください。

ttps://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13138521438

958名無し三等兵2018/10/17(水) 15:04:10.06ID:+mJzfIaB
487名無し三等兵2018/10/09(火) 16:53:25.16ID:SXma0+SD
「爆弾は投下できないように機体に固定されていた」

「神風特攻隊についてのインタビュー
www.isc.meiji.ac.jp/~takane/academy/kamikaze/kamikaze-sij.htm
1. キャッシュ
2. 類似ページ
ご存知のように、特攻機は行きの燃料しか詰まれておらず、帰りの燃料を積んでいませんでした。そして、

爆弾は投下できないように機体に固定されていた

のです。
第二に、1944年の秋から1945年の夏の戦争終結にいたるまで、日本軍はそのような「必死」攻撃 ...」

959名無し三等兵2018/10/17(水) 15:04:46.48ID:+mJzfIaB
488名無し三等兵2018/10/09(火) 16:54:07.36ID:SXma0+SD
「特攻機の突入によって大きなダメージを受けた。低空を飛行してきた安則盛三中尉操縦の

零式艦上戦闘機は飛行甲板上に250キロ爆弾を

投下

した

、爆弾はバンカー・ヒルの飛行甲板と舷側を

貫通

し艦の横数メートルの海上で爆発した。
その後零戦は飛行甲板に突入し、燃料を満載していた艦上機を破壊し大火災を引き起こした。
小川清少尉の操縦する二機目の零戦は対空砲火を通り抜けて250キロ

爆弾を投下

し、乗機は艦橋と飛行甲板の境に激突した」

下記、ウィキペディアのバンカー・ヒル (空母)を参照ください。

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%AB_(%E7%A9%BA%E6%AF%8D)

960名無し三等兵2018/10/17(水) 15:05:23.92ID:+mJzfIaB
489名無し三等兵2018/10/09(火) 16:55:04.56ID:SXma0+SD
「体当たり攻撃で大型艦を撃沈できない」

A. 「自爆する直前に爆弾
B.
C. 投下
D.
E. (低空飛行で)、爆弾をスキップさせて敵艦に命中させ、自身は急反転待避、さらに自爆もしくは空戦することにより、より効果をあげる」

「航空機による通常の攻撃法では、落下する爆弾に加速度がつくため破壊力や貫通力はより大きなものとなる。
しかし、体当たり攻撃では、急降下する特攻機自体に揚力が生じ、いわば機自体がエアブレーキの役割を果たしてしまうため、
機体に装着した爆弾の破壊力や貫通力は、爆弾を投下する通常の攻撃法より、かなり小さなものとなる。

体当たり攻撃で大型艦を撃沈できない

のは、この理由による」

961名無し三等兵2018/10/17(水) 15:06:05.63ID:+mJzfIaB
491名無し三等兵2018/10/09(火) 16:57:17.41ID:SXma0+SD
「亡国のために死んではいけない・・太鼓たたいて笛ふいて・
2018-06-10 15:18:25 | 日記
F. 特攻を英雄にするだけでは間違う。。
 戦争の末期、日本軍が敵艦への体当たり攻撃作戦をおこない、「カミカゼ」特攻といって米軍を恐怖に陥れた、
と伝説のように聞かされた。鹿児島県薩摩半島にある知覧はその特攻基地があった場所で、
今は「特攻平和会館」という施設でさまざまな資料・文献・遺書の展示があり、
修学旅行生をはじめ戦争を学ぶ観光地として賑わっている。ぼくも一度訪れて展示をゆっくり見て回ったが、
特攻兵士たちの遺品や遺書には深い感慨を抱かせられると同時に、特攻を美化し純粋な若者が「国家に殉じた悲壮な美しさ」という会館のコンセプトに、
強い違和感を抱いた。自分が確実に死ぬことを知って飛び立った特攻兵士の望んだことは、公式には国家の勝利だとすれば、
結果として献身した祖国は敵に敗北し占領されたわけで、彼らの死は報われなかった。それはだれもが知っているが、
誰もそのことは忘れて、若者の純粋さと国家への献身だけを素晴らしいと語ろうとする。あるいは、かれらが自らの死を意味づけようとした根拠を、
親への感謝、家族への愛着、さらに故郷共同体への同一化、それがそのまま天皇と国家に結びつき「靖国の英霊」まで昇華、というか神話化する。
 特攻とは戦争の作戦としてほとんど意味のない、若い兵士の命をただ消耗させただけの禁じ手だったと思う。特攻が実施されたのは、
海軍も陸軍も有効な武力・戦闘能力を長期化した戦争で壊滅させてしまった段階で、他にもう戦う手段がないから苦し紛れにとった戦闘法で、実際の戦果としても戦局を転換させる効果などなかった、
ということを確かめておきたい。

962名無し三等兵2018/10/17(水) 15:06:40.69ID:+mJzfIaB
492名無し三等兵2018/10/09(火) 16:59:54.73ID:SXma0+SD
「絶望的交戦期に固有の戦死のありようとしては、よく知られているように、特攻死がある。
 特攻隊(特別攻撃隊)とは、主として爆弾を搭載した航空機による艦船などに対する体当たり攻撃(航空特攻)のことを指すが、それ以外にも「震洋」、
マルレ艇などのモーターボートによる艦船への体当たり攻撃(水上特攻)、一人乗りの改造魚雷「回天」による体当たり攻撃(水中特攻)などがあった。
ここでは、最大の犠牲者を出した航空特攻を取り上げたい。
 航空特攻は、1944年10月に、海軍がフィリピン防衛線で神風特別攻撃隊(「しんぷう」が正式の呼称で「かみかぜ」は俗称)を出撃させたのが最初である。
当初の特効作戦の任務は、レイテ湾への突入をはかる栗田艦隊を支援するために、体当たり攻撃によって、
アメリカの正式空母の飛行甲板を一時的に使用不能にすることにあった。正規空母の撃沈そのものが目的ではなく、
当初の任務は限定的なものだったのである。それが次第にエスカレートし、
翌1945年3月末から始まる沖縄戦の段階では、特攻攻撃が陸海軍の主要な戦法となった。
そうしたなかで、特攻作戦に対する過大な期待も生まれてくる。
 たとえば、1945年1月26日に、軍令部総長の及川古志郎海軍大将は、特攻専門機、「桜花」250機の配備について、
「現戦局に対し色々意見もあるが、私は重体ではあるが危篤とは見ない。
特攻兵器〔人間爆弾桜花〕も大体そろって(250)、今、鹿屋〔基地〕で大々的演習にかけている。
〔中略〕これは昨年十二月まで整備して比島戦〔フィリピン戦のこと〕に間に合わせる心組みだったが、それが遅れたが、今度これが間に合えば相当戦勢を逆転して『マリアナ』位までは取返したい」と語っている(『高木惣吉 日記と情報(下)』)。

963名無し三等兵2018/10/17(水) 15:07:24.05ID:+mJzfIaB
493名無し三等兵2018/10/09(火) 17:01:14.13ID:SXma0+SD
 及川軍令部総長の談を伝え聞いた海軍の長老、岡田啓介大将は、「月産200位の力で、芘島から『サイパン』まで盛り返すというのは、少し夢に近い話ではないか」と率直に語っている(同右)。
 実際、「桜花」への期待は「夢」に終わった。同機はロケット推進器を装備した一人乗りの小型グライダーである。「ロケット機」などと書いている文献があるが正確ではない。
母機の一式陸上攻撃機に懸吊(けんちょう)して離陸し、敵の艦船に接近したところで母機から発進する。滑空しながら目標に向かい体当たりの直前にロケット推進器に点火して速度をあげ、
体当たりを行う。しかし、二トンを超える重量の「桜花」を懸吊した母機自体の速度や運動性が大きく低下するため、「桜花」の発信前に母機とともに撃墜されることが多く、
ほとんど戦果をあげることができなかった。
 なお、一式陸攻の魚雷もしくは爆弾の最大搭載量は800キロにすぎない。
「桜花」の初出撃は、1945年3月21日だが、このときは出撃した「神雷部隊」の一式陸上攻撃機18機の全機が撃墜されている。
 結局、敗戦までの航空特攻による戦果は次の通りである。

964名無し三等兵2018/10/17(水) 15:08:02.82ID:+mJzfIaB
494名無し三等兵2018/10/09(火) 17:02:26.96ID:SXma0+SD
正規空母=撃沈ゼロ、撃破26/護衛空母(商船を改造した小型空母)=撃沈3、撃破18/戦艦=撃沈ゼロ、撃破22/巡洋艦=撃沈13、撃破109/その他(輸送船、上陸艇など)=撃沈31、撃破219

 撃沈の合計は47隻にすぎない。一方、特攻隊員の戦死者は海軍が2431人、陸軍が1417人、計3848人である(『特攻―戦争と日本人』)。大型艦の撃沈には成功していないこと、主として小型艦艇を沈没させていることがわかる。
 戦果があまりあがらなかった理由の一つは、アメリカ側が、フィリピン戦以降、特攻作戦に対する対策を強化したからである。米海軍は、機動部隊の前方に大型レーダーを装備した駆逐艦などのレーダーピケット艦をいくつも配備し、
早期警戒と迎撃戦闘機の誘導にあたらせた。特攻期はこの阻止線(ピケットライン)を簡単には突破できなかったのである。
 また、特攻機自体も旧式機が多い上に、重い爆弾を搭載して飛行するので米軍の迎撃戦闘機の格好の餌食となった。
さらに、VT信管(電波を利用して、目標に近接すれば自動的に起爆する信管)の開発に成功した米海軍は、
1943年からVT信管付きの対空砲弾を使用するようになり、対空戦闘で大きな威力を発揮するようになる。





495名無し三等兵2018/10/09(火) 17:03:26.57ID:SXma0+SD
特攻についてはすでに多くの文献があるので、ここでは特攻攻撃の破壊力の問題だけを取り上げたい。 
 
G. 航空機による通常の攻撃法では、落下する爆弾に加速度がつくため破壊力や貫通力はより大きなものとなる。しかし、
体当たり攻撃では、急降下する特攻機自体に揚力が生じ、いわば機自体がエアブレーキの役割を果たしてしまうため、
機体に装着した爆弾の破壊力や貫通力は、爆弾を投下する通常の攻撃法より、かなり小さなものとなる。体当たり攻撃で大型艦を撃沈できないのは、この理由による。
H.

965名無し三等兵2018/10/17(水) 15:08:37.10ID:+mJzfIaB
496名無し三等兵2018/10/09(火) 17:04:39.38ID:SXma0+SD
体当たり攻撃による破壊力、打撃力の低下をいわば実証してみせたのが、米海軍の駆逐艦、ラフェイである。1945年4月16日、レーダーピケット艦として沖縄水域で警戒にあたっていた同艦は、
80分間のあいだに22回の特攻攻撃を受け、特攻機6機と爆弾4発が命中するという大きな損害を被った。日本軍機による機銃掃射も受け、人員の損害は死者および行方不明31人、負傷者72人に達した。
 しかし沈没することなく、駆逐艦とタグボートに曳航されて泊地にたどりつき、そこで応急の修理を受けたのち、自力でグアムまで帰投している(Victory in the Pacific 1945)。
アメリカ側のダメージコントロール(消火や各種の応急処置によって被害を最小限度のものとすること)能力の高さを示す事例でもあるが
、6機の特攻機が命中しても駆逐艦という小型艦艇を沈没させることができなかったのである。
 爆弾を装着したままでの体当たり攻撃の限界は、特攻隊員のなかでも自覚されていたようである。零式戦闘機(ゼロ戦)のパイロットだった橋本義雄は、
より効果的な体当たり方法を常に仲間たちと模索していた。橋本は次のように書いている。

966名無し三等兵2018/10/17(水) 15:09:16.08ID:+mJzfIaB
497名無し三等兵2018/10/09(火) 17:05:53.60ID:SXma0+SD
ちょうどそのような時、誰いう事なく
J.
K. 自爆する直前に爆弾投下(低空飛行で)、爆弾をスキップさせて敵艦に命中させ、自身は急反転待避、さらに自爆もしくは空戦することにより、より効果をあげる
L.
M. ことを考えた。その発想の原点は250キロまたは500キロ爆弾の慣性を生かす事により爆発の効果をより大きくすることにあった。
戦闘機に固定したまま体当たりするより爆弾自身の重さによる慣性効果と徹甲弾の威力を発揮させるための考え方である。誠に合理的な考え方である。
 (『学生特攻 その生と死 海軍第十四期飛行予備学生の記録』)

967名無し三等兵2018/10/17(水) 15:09:48.21ID:+mJzfIaB
498名無し三等兵2018/10/09(火) 17:07:04.66ID:SXma0+SD
 スキップボミング(反跳爆撃)と呼ばれた攻撃方法だが、まず爆弾を投下したのちに体当たりをすることを構想していたことがわかる。事実、独自の体当たり攻撃を実行に移した特攻隊員もいた。
 1945年5月、沖縄海域で、エセックス級の大型空母、バンカーヒルに二機の特攻機(零式戦闘機)が連続して命中した。導管は沈没こそ免れたものの、
400人近い戦死者を出すという大損害を被った。このとき、二機の特攻機は突入寸前に爆弾を投下してから体当たりをしている(M・T・ケネディ『特攻』)。
小川清と安則盛三という二人の特攻隊員がこの攻撃法をあえて選んだのは、できるだけ大きな損害を敵に与えたいという戦闘機パイロットとしての意地からだったのだろうか。
それとも、合理性を欠いた無謀な特攻作戦に対する無言の抗議だったのだろうか。
 なお、特攻機のなかには、機内に爆薬を装填したものや爆弾を機体に固着させて爆弾の投下ができないようにしたものもあった。」吉田裕『日本軍兵士』中公新書、pp.52-58.

968名無し三等兵2018/10/17(水) 15:10:45.22ID:+mJzfIaB
499名無し三等兵2018/10/09(火) 17:08:16.04ID:SXma0+SD
戦争は人の命を多く失い傷つける悲惨なものと言われ、できればしないに越したことはない。
だが、勝つ戦争をできるようにしておくことが軍隊の使命であるから、軍事のプロフェッショナルという優秀な軍人の視点で考えた時には、
人的犠牲は最小限に、戦略的成果は最大限に、あらゆる知恵と手段を駆使して敵を打ち破り、同時にそれが和平・講和の交渉をひき出し、
戦争を自国に有利に終わらせることが最終目標となる。それでこそ戦争指導者の犠牲になった兵士に報いるせめてもの責任である。それはどの国の軍人にも共通の倫理だろう。
 だから、特攻を計画し実施した軍人は、軍人としての最低限の自覚・倫理観を投げ捨てた最悪の人間だと思う。自分たちが敗北責任を追及されたくないため、
まだ一発逆転してみせると空威張りするためにだけ、兵士の命を火にくべた。これは権力を使った殺人というべきで、特攻を美学に解消してはいけない

969名無し三等兵2018/10/17(水) 15:11:27.11ID:+mJzfIaB
501名無し三等兵2018/10/09(火) 17:10:11.80ID:SXma0+SD
B.井上ひさしの業績のすごさ
 2010年4月9日、肺がんのため75歳で亡くなった井上ひさしさんの芝居を、ぼくが最初に観たのは1982年6月、紀伊国屋ホールで木村光一が演出した「新・道元の冒険」だった。
道元という主役を、いろんな役者が入れ替わりで演じる趣向と、言葉の洪水のようなセリフと歌に圧倒された。とくにこれに出ていたピーターこと池畑慎之介の若い道元が空に昇る場面が印象的だった

その後、しばらく実際の舞台は見に行かれなかったが、21世紀になったころから新国立劇場で連続上演された東京裁判シリーズ第1作「夢の裂け目」を皮切りに、「兄おとうと」「夢の泪」(2003)
、「きらめく星座」(2004)、「円生と志ん生」(2005)、「夢の痂」「紙屋町さくらホテル」(2006)、「ロマンス」(2007)、「人間合格」(2008)、遺作「組曲虐殺」初演(2009・10月)とほぼ毎年、井上作品を舞台で見るようになった。
とくに2008年7月のBunkamura公演「道元の冒険」蜷川幸雄演出は、チケットを買っていたのに当日行くのを忘れて見なかったのは未だに悔やまれる。

970名無し三等兵2018/10/17(水) 15:12:02.46ID:+mJzfIaB
502名無し三等兵2018/10/09(火) 17:11:34.37ID:SXma0+SD
 「一般的に言って、現代の日本では、小説家に比べて劇作家の充実した活動期間、
いわば最盛期はかなり短いように思われる。若いころに代表作をいくつか出し、
名声を得たものの、その後は突出した作品をなかなか生み出せない、というケースが結構見られるのだ。
かつて私は、「劇作家十年説」という極端な説を唱えたことさえある。
日本の現代演劇の作り手たちの仕事長年にわたって見てくると、劇作活動の「旬」が十年程度という書き手が多いからだ。
 むろん例外がある。井上ひさしはその例外的な劇作家の一人である。

971名無し三等兵2018/10/17(水) 15:12:32.93ID:+mJzfIaB
503名無し三等兵2018/10/09(火) 17:12:51.70ID:SXma0+SD
下記、亡国のために死んではいけない・・太鼓たたいて笛ふいて・を参照ください。

ttps://blog.goo.ne.jp/hisao-mizutani/e/bd713315092a0ed0baf1212534b21f9a

972名無し三等兵2018/10/17(水) 15:13:14.08ID:+mJzfIaB
504名無し三等兵2018/10/09(火) 17:13:43.36ID:SXma0+SD
「特攻の戦果は圧倒的か? 『永遠の0』と日本人 - davsの日記


d.hatena.ne.jp/davs/20140215/1392438323

1. キャッシュ
2. 類似ページ
2014/02/15 - といった絶賛の辞が並んでいるが、本書を読んで、太平洋戦争(筆者は大東亜戦争と呼んでいる)や特攻についての歴史が学べると思ってはならない。 ...

駆逐艦ラフェイ

にも至近1機を含む

6機が命中したが結局沈まなかった

。 特攻で沈められ ...」

973名無し三等兵2018/10/17(水) 15:13:50.26ID:+mJzfIaB
505名無し三等兵2018/10/09(火) 17:14:27.22ID:SXma0+SD
神風特攻に関する私の結論。

「有効な作戦だった」。しかし、馬鹿な上官が、有効性を生かせなかった。

974名無し三等兵2018/10/17(水) 15:14:28.49ID:3olTtUfG
氏ねよ池沼糖質

975名無し三等兵2018/10/17(水) 15:14:30.67ID:+mJzfIaB
506名無し三等兵2018/10/09(火) 17:15:07.91ID:SXma0+SD
余談

文章の師の令兄が特攻戦死なさいました。

出撃の前に父親に会いに来たそうです。

茨城県出身です。
谷田部空に所属していました。
父親は教育者でした。
当時は、水戸市に在る、茨城県庁に勤務していまた。
父親の勤務先の茨城県庁に来て、最後の面会をしました。
特攻出撃の事は話さなかったそうです。
最大の親不孝は、親より先に死ぬ事です。

976名無し三等兵2018/10/17(水) 15:15:09.11ID:+mJzfIaB
507名無し三等兵2018/10/09(火) 17:17:23.38ID:SXma0+SD
たらちねのみおやの教へそのままに 君が御盾と我は征くらむ

鈴木 典信

977名無し三等兵2018/10/17(水) 15:15:41.46ID:+mJzfIaB
508名無し三等兵2018/10/09(火) 17:18:06.40ID:SXma0+SD
神風特別攻撃隊 第一昭和隊

昭和20年4月14日 徳之島東方海域にて特攻戦死。
 
下記、鈴木 典信 遺詠 (神風特別攻撃隊 第一昭和隊)を参照ください。

ttps://ameblo.jp/gensinroku/entry-11543021887.html

978名無し三等兵2018/10/17(水) 15:16:20.82ID:+mJzfIaB
509名無し三等兵2018/10/09(火) 17:19:42.36ID:SXma0+SD
「元山空だけでなく昭和隊、筑波隊、八幡護皇隊について調べていると、海兵71〜73期の士官も特攻出撃しているのがわかります。(神剣隊はまだまだ勉強が足りません)

71期は色々調べているのですが、72、73期については、クラスというより個人レベルでしかよくわかりません。

先日お知り合いになった零戦の会の方と連絡をしていて、ついつい73期生にも気持ちが向いてしまいました(^_^;)



昭和隊の73期、鈴木中尉については色々調べてきましたが、海兵ってなんでこんなにわからんのでしょうか(笑)←海兵だけじゃないよwwww
私がおバカさんなだけなのかしらwww

鈴木中尉、キャラクターが本当に素敵です。
(やっぱりイケメンなんですけどね!!(笑))
昭和隊も予備学生と予科練がほとんどですが、その中で谷田部空の昭和隊は、海兵、予備学生、予科練がそれぞれ比較的仲が良かったということは、以前も書きました。

ひとえに、隊長クラスのご尽力によるものも大きいのでしょう。
海兵では鈴木中尉、予備学生では十三期の大本中尉の、壁を作らないような明るさと、リベラル、スマート、ハートナイス、などという言葉に表現されるお人柄の賜物ではないかと思います。


鈴木典信

979名無し三等兵2018/10/17(水) 15:17:00.07ID:+mJzfIaB
510名無し三等兵2018/10/09(火) 17:20:08.65ID:SXma0+SD
中尉(茨城)は、海兵73期生で二年四か月という非常に短い期間の海軍兵学校生活でした。
短縮に短縮を重ねていますね海兵・・・・
71期でさえ、四年から三年(だったと)とかなり短縮と感じましたが、二年半も見たない兵学校生活でした。

そして73期は、海軍兵学校で一番の「ネーモー(ねい猛(漢字でない))」クラスと言われたほど、激しかったそうです。(予備学生との対立がひどかったのも、73期が多かったように思います(^_^;))
最初から四号ではなく三号としてスタートしたようで、入校は開戦わずか一週間前。
S16.12.1でした。
そのため、入学式も卒業式も保護者の同伴は禁止されたそうです。
(ご両親たちのお気持ちを思うと・・・)
入校と同時に、命の覚悟をガッツリ決めた学年と言えそうです。
ただ卒業して一週間だけ暇をもらい、それぞれ郷里に帰省したらしいですが。
これが最後の面会になった方々がほとんどだったでしょう。

実戦配置もS19ですから、まさに初陣で若き命を散らした方ばかりでした。
そのため、特攻が初陣の方も沢山いました。
特攻に限らず、すべての前線で初陣で戦死されるという痛ましいクラスでもありました。

鈴木中尉もそうだったと思います。
上空での邀撃として上がったこともあったかもしれませんが、筑波空で邀撃に上がった初陣同然の士官たちが、次々に撃ち落され、これを目の当たりにして生き残った彼らの特攻への意志が固まったと聞きますから、谷田部もあまり変わりなかったと思います。

980名無し三等兵2018/10/17(水) 15:17:35.76ID:+mJzfIaB
511名無し三等兵2018/10/09(火) 17:20:59.08ID:SXma0+SD
下記、海兵73期を参照ください。

ttps://blogs.yahoo.co.jp/tomikou185/14013652.html

981名無し三等兵2018/10/17(水) 15:46:20.60ID:GfNmWatY
次スレ自分で立てたいから必死なんだろうな

982名無し三等兵2018/10/17(水) 15:55:02.81ID:+mJzfIaB
次スレどうぞ

初心者歓迎 スレ立てる前に此処で質問を 903
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1539758950/l50

983名無し三等兵2018/10/17(水) 16:09:31.28ID:LA29uzGN
>>981
その権利(と義務)はとっくに成立してるんだが・・・

984名無し三等兵2018/10/17(水) 16:46:27.37ID:N3UWEux2
>>983
つか、立ってるぞ。IDでNGしてるから>>1から>>4までまっさら、何も表示されないがw
初心者歓迎 スレ立てる前に此処で質問を 903
http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1539758950/

985名無し三等兵2018/10/17(水) 17:27:36.07ID:LA29uzGN
>>984
ほんまや(笑)

設定の違いか、>>1 だけは表示されててあとあぼーん

986名無し三等兵2018/10/17(水) 17:29:22.08ID:LA29uzGN
とりあえず、スレ立てご苦労様

987名無し三等兵2018/10/17(水) 18:04:56.33ID:N3UWEux2
>>986
つか、キミ名無しの時だと書き込みのノリが違くて別人っぽいのがいいね。うまく使い分けてるw

988名無し三等兵2018/10/17(水) 18:06:32.83ID:LA29uzGN
お褒めにあずかり恐悦至極

9898742018/10/17(水) 23:13:13.76ID:E8UfYN62
返事が遅くなりましたが、非常にたくさんの回答ありがとうございました
・ナショナリズムで極力外来語を使いたくなかったのでBombeを避けた
・Kampfflugzeugという呼び方の徹底は正式な書類上だけで現場ではBomberと呼んでいたこともあった
・戦闘機はJagdflugzeugという専用の単語があったからKampfflugzeugでも爆撃機の事だと分かりやすかった
・爆撃はLuftangriff(空襲)と呼ぶことがあった
と理解しました

990名無し三等兵2018/10/18(木) 05:52:40.42ID:k0HqzYz6
B-24はターボチャージャー・高アスペクト比翼と高空に向いた装備を持ちながら
なぜ高高度性能が低かったのですか

991名無し三等兵2018/10/18(木) 07:54:57.11ID:jNekAb+O
>>990
B-24の比較的分厚い主翼は多量の燃料の搭載を可能にして航続距離を伸ばした一方、
高空では揚力が不足し、結氷しやすいため、不安定になる欠点があった
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Consolidated_B-24_Liberator#Design

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