角換わり▲4八金2九飛型を見つけられなかったプロ棋士って…
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何のために何十年も研究やって来たんだ?AIに教えて貰わなければ50年先も見つけられなかっただろう。 >>1
その形で入玉しないほうが固いってことが新発見なんやぞ というより飛車先不突の居飛車が大いなる迷走
平成の間進歩がなかったとも
まあ競技寿命がのびるからプラスだろうけども 48金29飛車の形ならいっぱいあったわ
68玉や42玉のまま仕掛けるという発想が無かった 見つけられないって発想が低級丸出し
81飛62金はあり得る形だけど将来63歩のたたきがあるから指されなかった
が正解 81飛62金を見つけたのでなく、その後の反撃の対応を確立させたから指されるようになった >>6
山ほどあるぞ
批判するのはいいけどにわか丸出しではしょうがないわね その形もいつかは廃れて後々「何研究してたんだ?」と言われると思う。流行なんてその繰り返し。 桂馬跳ねたら角打たれる傷が残るから48に上がる
そのままだと割うちがあるから飛車を引く
そうすると1段目を自由に動けて飛車の可動域も広がる
明らかにこっちの方が合理的 佐藤康光は丸山戦で割り打ちの余地がある時に8一飛と引かず
自ら6五歩と大胆な仕掛けを敢行した事もあったな ソフトが無いと何にも理解できない低級が後出しとかきっしょ ん−
プロが視野狭窄と感じることはあるかな
職業病みたいなものでもあるんだろうけど
昨今はソフト評価の裏付けを前提にいろんな人が可能性を模索、評価するようになったけど
評価値の概念がなければ昨今有力視されてる手法もキワモノ扱いだと思うわ そもそもまた45桂速攻復活してるんだから48金29飛対62近81飛型研究する意味があったかすらあやし。 まあ流行りの戦法の対策しなきゃあかんから、未知の戦法探しに割けるリソースは限りがあるわな 特許もないから時間かけて開拓しても有力とバレればすぐに食いつくされるの悲しいよね
そういう意味でも藤井システムはすごい AI未発達時代でも藤井システム、ゴキゲン中飛車、横歩取らせ8五飛はでてきた ミスった
先手腰掛け銀に対して後手早繰り銀で挑むのはやっぱり無理筋?
腰掛け銀とか攻め筋が分かりにくくて俺には指しこなせないんだよなあ 三重県のアマ強豪加藤光成氏が愛用してた形。居玉のまま47銀37桂29飛車48金の形にする。その後ほぼ100パーセント玉を49から38へ移動して右玉完成。 顔文字式AlphaZero流相掛かりで将棋が終わってしまったな^^
顔文字式AlphaZero流相掛かりを指しこなすクエスト十一段の私が最強よ^^ >>26
アベトでハブがやったくらいだからプロ的にも可能なんじゃね 俺もたまにやる >>31
無理があったって言われてるし
アマならともかくプロ同士では厳しいだろう この形は角の打ち込みに強いから角交換したあと有効な陣形という知識自体は大昔からあるわな
でも右金は浮いてるわけだし金の頭を叩く攻めがいつでもあるし
わざわざ目指す価値はないと思われていたんだろ
つかそもそもなんでこれ流行りだしたんだっけ?
千田とかが最初好んでた印象あるからやはりソフト研究が流行のきっかけなんだろうけど クエストにてワイが後手
▲26歩△84歩▲25歩△85歩▲76歩△32金▲77角△34歩▲68銀△77角成▲同銀△22銀▲48銀△33銀▲36歩△62銀▲46歩△42玉▲37桂
(うわ45桂急戦の匂いがぷんぷんするじゃん、確か52金で封じ込められるんだったよな)
△52金▲35歩△同歩▲45桂
(ええーマジかよーソフト起動しよっと)カチカチ
(やっぱり評価値マイナスやんけ、でも正しく受けないと一気に悪くなるのね)カチカチ
無事先手をボコボコに潰して勝てましたw >>34
プロに流行らせたのは千田
多分ソフトの対戦からだろうが
45桂速攻も千田だし角換わりの進化は千田が与えた影響はでかいね 木村義雄十四世名人の将棋を並べてから言って欲しいものだな パソンコの前でソフト先生にカチカチお伺いをたてることを研究と言いたくないのは分かるけど
時代はとっくに変わってるってことをファンのお爺ちゃん達には分かって欲しい NHK杯で千田が後手番でやってたのが、千田としては、初なの?
解説はナベがやってたと記憶している。 >>38
最近になって再評価された、って話を、見つけられなかった、って言い張るエアプが相手なら
古参観る将レベルの連中からですら突っ込み入れたくなるよ >>1
そんなことより相掛かりの飛車先の歩交換やろ
飛車の位置早々に決定してアホすぎるw 先後同型の結論がなかなか出なかったからな
見つけられなかったというより、見つける必要がなかった >>41
そういうお前も猿真似で交換してたんだろ? 角換わり4八金2九飛型はバランスが良くて20年以上前から指していたが
当時のアマ強豪連中にわざわざ金を離れ駒にしてどうするとか
金の位置が中途半端で悪型にしか見えないとか散々言われたものだった
現在の彼らから4八金2九飛型の評価を是非聞いてみたいものだ 佐藤は>>15の谷川戦の前にも青野戦でも指しており
その時は▲6三歩△5二金▲7二角△8二飛▲6一角成の筋で馬を作られて短手数で敗れ
谷川戦と合わせてあまり良くないと考えたのだろう
で、丸山戦では6二金・8二飛の形で仕掛ける大胆な作戦に出たのかもしれない 以前は将棋は棋士が作り上げてきた。将棋の歴史そのものである
今はそれがなくなった
電気を入れればPCが答えを出してくれる AIに無理やり振り飛車ささせると自然と藤井システムをやるって話は面白かった。 >>52
ソフトは当然攻めが強いが受けも強いからな >>46
昔から権威主義的で視野の狭い人は多いね
矢倉も大駒の筋に入るのおかしくね?って人がちらほらいて
たいてい変人か筋悪扱いだったけど案の定って結果だし
右玉の名著で有名な細川さんも本の中で同様なエピ語ってるね 書き足すが自ら右四間の選択肢をなくして作戦の幅を狭めてどうするとか
こんな形は受け一方になり易くて勝ちにくいとか言われたこともあった
毎局いくらか乗せて彼らに鍛えて貰ったおかげでそこそこ上達できて
1回だけ弱小県代表になれたのはいい思い出になったし一生モノの趣味もできた 居飛穴もタナトラが指し始めた当初はプロの間で軽んじられていたからな
穴熊に対する偏見があったのかすぐには追従者が出てこなかったからタナトラ1人で勝ち星を稼いでいた
55年組がタナトラの「固さは正義」思想を受け継ぎ それが羽生世代 更にはナベに伝わったが ソフトの台頭によってその思想を懐疑的に捉える棋士が増えている
将棋に於ける真実(とプロが思っているもの)は時代の函数に過ぎないのかもしれないな 62金が好形だとして、だからどうしたって話なんだよな
6筋から仕掛けた反動で63歩で0手で拠点作らせた挙句72か52に寄らないといけないんだから
その63歩が指しすぎということがわかって初めて62金型を理解できると言えるが
ここで書いてるやつは意味もわからなく奇を衒ってただけなのがよくわかる 一番不思議なのがエルモ囲い
なんであんな単純な囲いの優秀性が認知されなかったんだ わざわざ左の銀で急戦して、右の銀は下においたままってのも不自然よな
これと飛車先不突はずっと不自然に思ってた >>59
中終盤に79金(31金)と寄って引き締める手は以前からあったけど
それを序盤にやる発想なかったのかな というより、急戦は基本左銀で攻めないといけない風潮だったので銀を囲いに使えんかったのがでかい
囲いが仕掛けと連動してるのよ 左銀急戦ってやっぱり変だよな
玉の守りは金銀三枚、居飛車なら左の銀は囲いで右の銀で攻めましょう
と習うのに、その次に左銀急戦は将棋の基本が学べるとか言われるんだから
右銀急戦がなかなかうまくいかないという前提がないと左銀急戦は理解できない 一時期雁木が流行ったときもここの住人で一定数いたな
矢倉の形はおかしいと思ってた、プロはなぜ思考停止で矢倉に組むのか みたいなこという人ら
そいつらこそ思考停止でソフトと増田に追従してるだけだったが ▲57銀左急戦は振り飛車の3筋からの反撃に備えていると山田道美の本に書いてあった記憶がある チェスは各国で行われているから
たとえロシアが思考停止しても
他の国が対抗策見つけてやり返すんだが
将棋は日本一国だけだから
その手は棋理に反すとか破門の手とか
感覚的に思考停止しちゃうと
そこで何十年も失われちゃうんだよね 藤井システムだって攻略されるまで何年もかかったからな
それも決定版と言えるほどのものはないし >>63
それは右銀を守りに使っているわけで
堅さよりバランス型の陣形ってわけ
まあ、個人的には船囲いは6八銀型が最上だと思うがね 矢倉を除く相居飛車はバランス型、対抗系は堅さ重視がいいと思われ >>1
とっくに見つけてたけど
発表するの恥ずかしかったんやで ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています