本題に戻って、アイヴォリー。彼は翌1986年、E・M・フォースターの作品
「モーリス」を映画化します。

映画が公開された1986年、時はまさにエイズ・クライシスのど真ん中。「モ
ーリス」はどう世の中に受け止められたのでしょうか。きっと、1960〜70年
代に生まれた人々にとっては、ハッピーエンドで終わるゲイ・ムービーが当
時は稀有であったからこそ、大変な救いとして見えたのではないでしょう
か。ニューヨーカー誌がこれについてまとめていたので引用します。

80・90年代に若者だったゲイたちにとって、「モーリス」は神様からのお告
げでした。男性同士の愛とはどういうものかを——それがスクリーン上であ
れ、この世界のどこであれ——見せてくれた。「モーリス」を見るまで男同
士の恋慕を描いた作品なんて「ロッキー・ホラー・ショー」しかなかったと
言う人までいた。「『モーリス』を世の中に出してから、たくさんの人が自
分の人生を変えてくれてありがとうと言いに来たよ。」そうアイヴォリーは
語っていた。

もちろん、「戦場のメリークリスマス」(83年)や「アナザー・カントリ
ー」(84年)など同性愛のシーンを描いた作品はこれまでもあったけれど、
「ハッピーエンド」で終わらせる(=つまり「僕もこんなふうに幸せになっ
ていいんだ」と思わせてくれる)映画ではなかった。

ちなみに「ブロークバック・マウンテン」が公開されるのはこの約20年後の
こと。僕にとっての「神様のお告げ」は「ブロークバック・マウンテン」だ
った。