街並は、盛んな掛け声と共に群集が集っていた。
 石畳は各々の靴が音を鳴らし、老いも若きも混じってこの祭りの始まりを今か今かと待っている。
 向こうから何台もの引き車がやってきたので、誰もが歓声と拳を上げた。
 その荷台には、なんとも多くの完熟したトマトの山!
 この日は、そう、豊穣祭。たくさん実ったトマトを皆で投げ合うトマト祭なのだ!
 誰もが大喜びで、われもわれもと荷台からトマトを手に握り、合図を今かと腕を回して待ち構える。
 腕に抱え込んで、ポケットというポケットに突っ込んで、おばさんも豊満な胸につめこんで、おじいさんも小さな帽子に溜め込んで、子供も口にほうばっては犬もトマトをばくばく食べまくり。
「よーい! はじめー!」
 一斉に怒号と思うほどの咆哮を上げ、皆がトマトを投げあい、まだ生まれて二ヶ月の犬はトマトをあんぐり口からぽろりと落とし、人間に驚いてきゃんきゃん逃げて行き、屋上の猫はごろごろのんびり陽を浴びている。
「おらよお!!」
 陽気なパン屋のおばちゃんも、清楚な花屋のお姉さんも、活気のある頬を染めてはトマトを皆に投げつける。
「ひええっ」
 普段気弱な数学の先生も、角でがたがた顔を覗かせる少年犬も、近所の不良の青年も混じってトマトまみれになっていく。
 ばしゅっばしゅっと背中にどんどんトマトが弾け、熟した実が液体に変わっていった。
 地域の野球チームの投手が投げつけたトマトが、神父の胴にもばしゅっと当たり、どろりどろりと染みていく。
 皆が舌を舐め狙いを定めて投げつけ続ける
 ゴッ
 既に石畳はくるぶしまで浸かるほどトマトで赤い。太陽そのままの元気なトマトで。
 その鈍いゴッという背中への衝撃とともに、何かが地面のトマトの上に加わり落ちた。また降りしきるどろどろトマトに埋め尽くされる。
 何かを当てられた人物は気づくことなく、トマトを投げつけ続けたていた。
 そんなお祭騒ぎのさなか、ふらふらと女性が扉から現れ、腕でトマト攻撃を避けながらも歩いていった。
 どんどん着ている服もトマトまみれになっていく。
 転びかけて、咄嗟に横の人間の背に手をかけて顔を上げた。血に塗れた手を。
「………」
 女性は咄嗟にその血の手をトマトまみれの背から離して、小走りでその場から駆けていった。
 その女性が出てきた建物二階、暗い窓から、それを見下ろした女性が無表情で立ってはしゃぐ群集を見ていた。
 暗がりの足元には、血が広がっている。彼女の手も血に濡れていた。

 口笛と共にほがらかな歌が街に響く。
 皆が石畳の掃除をしているのだ。残ったトマトはおばさんたちがそこの広場の巨大鍋でスープにしている。
「きゃああああ!!」
 まさかまだトマトを投げ合っている熱々カップルでもいるのか、黄色い声にそちらを振り向くと、青年ががたがた震えてモップを倒した。
 そこにいる他の者も、一箇所の地面を見下ろし固まっている。
 石畳の掃除をしていたら、トマトから生首が現れて、一気にざわつき始めたのである。
「どうした!」
 男たちが駆けつける。
 皆がどろどろのトマトに塗れた男の生首を見て、短く叫んだり、口を押さえたり、泣き出したりした。
「これは確か」
 その首が落ちている横の建物を見た。男たちは顔を見合わせ、建物の扉から入って行き階段を上がっていった。
 すると、そこの床には首の無い死体が転がっていた。他には人はいなくなっていた。
 その時すでに二人の女は街から離れ、森を急いでいた。手には短剣と小さな袋を持っている。
 市庁舎の鐘がけたたましく鳴らされ、二人の走っていく森にも聞こえた。
「気づいたみたい」
「急ぎましょう」
 森の洞窟までたどり着くと、息せき切って汗をぬぐう。短剣を置き、袋から赤い臓器を出して横に置いた。
 一人が炎を焚き、そして一人が呪文を唱える。
 呪文を唱えながら短剣を振り上げ、一気に臓器を突き刺した。瞳には炎の光りが揺らめいた。
 それを炎に投げ入れる。煙に気づかれる前に炭と燃えカスを袋に入れ、洞窟から去って行った。
 森から離れていき、街を完全に去る。こうして二人の呪術者は呪術の臓器で出来た灰を手に入れ、流れていく。