「ぬふああ!」「ほれ、もっと気合をいれんか!」「ぬふおお!」「まだじゃ。まだまだじゃ!」
10月。都内のとある公園。風はなく空は高く晴れ渡っていた。
ロマンスグレーの老人が少年にはっぱをかけている。坊主頭の少年は両手を天にかざし、そのこめかみには太い筋が走る。
公園に植えられた木々の葉がわっさわっさと揺れた。
「お師匠様、無理っす」「気合が足りんのじゃ気合が」
坊主頭は地面に崩れ大の字になる。その額に葉っぱが落ちた。「無理っすー」
「情けないのう……て、お主はスマホなんぞ見よって!」
老人が別の少年に目を向ける。ぶち眼鏡の彼はベンチで足を組んでいる。視線は上げない。
「来週テストなんで学習サイト見てます。後、軌道予測と政府の動向を」
「地球の危機にテストもサイトもあるかい!! で、軌道はどうなんじゃ? 隕石は」
「今晩落ちます。政府はまだ発表してませんが」「むう。やはり我らが地球を救うしかないのか」
眼鏡は眉をひそめた。
「そもそも蕎麦打ち教室の先生と生徒で何で地球を救えるんですか? 軌道予測だって僕がたまたまできるだけですし、
超能力だってこいつがたまた……」
「たまたまたまたま煩いのう! 玉がついている男子たるものたまには地球くらい救っても良いじゃろう!」
「そうっす……」坊主頭がゆらりと立ち上がった。「俺、地球を救ったら、あの子に告白するんす」
「それは死亡フラグじゃ! 縁起が悪い! じゃが心意気や良し! さあ、続きをやるぞい。眼鏡、お主の能力は遠隔視じゃ。
隕石に注意を払い続けるのじゃぞ。坊主、お前の能力は物体移動じゃ。もっと力を高めて、ワームホールを隕石に伸ばし、わしの能力、大破壊ぱわあを隕石にぶつけられるようにするんじゃ! 時間はないぞい!」
「はい! 分かりました! 頑張ります!」
「うむ! では引き続き気合を入れるのじゃ!」
「はい! ぬおおおおお!!」

両手を天にかざしてふんばる坊主頭。はっぱをかけるロマンスグレー。スマホを注視する眼鏡。
……を、少し離れた所から、幼児が眺めていた。その母を見上げる。
「ママー、あの人たち何してるの?」「しっ、見ちゃいけません」


富士テレビ放送局。第3収録室。
「政府発表です。今夜大隕石が東京都に落下します。皆さん落ち着いて行動してください……奈津美、愛している……ぶっ!!」
「愛しているの奈津美じゃなくてあたしだって言ったじゃない! この浮気野郎!!」
男性キャスターに、隣の女子アナの鉄拳が炸裂する、同時刻。

「はあはあ……やっと空間がつながりました!今です! お師匠様! フルパワーをこのワームホールにぶつけてください!」
坊主頭の掲げた手のひら。その上空は蜃気楼のように歪んでいる。
「でかしたぞ坊主頭! いくぞ! ふおおおおおお! 超必殺ううううう隕石くだ……」
両手を前に構えるロマンスグレーを中心に大気が渦をまいた。落ち葉が、通行人女性のスカートが舞い上がる。
「あ、パンツ見えた」
「「え」」
眼鏡の言葉に2人の視線はそれる。ロマンスグレーが思わずちょっとだけ出した衝撃波は、坊主頭を直撃した。
彼は後方に吹き飛び、背を打ち、首を仰け反り、また背を打ち、後ろの木に鼻っ柱をぶつけて両手で押さえる。押さえた手は鼻血に塗れた。


「奥さんいるってけど奈津美とできてたけどあたしが一番だって言ってたのにいいい!!!」
「ぐは、げほ、ぐは! す、すまなか・・・」
スタッフの制止を振り切って男性キャスターに馬乗りになりぼこぼこにする女子アナ。彼らに一通のメモが届けられる。と、その場の全員が顔を見合わせる。アナウンサー達は、おもむろにカメラ目線となった。
「速報です。隕石は消滅しました。大変見苦しい所をお見せいたしました。申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」男性キャスターに合わせて、女子アナも上体を屈めた。


翌日。通学路。坊主頭と少女は肩を並べて歩いていた。少女はぽつりと呟く。
「昨日大変だったの」「ああ、隕石? なんとか壊せてよかっ…」「パパ、キャスターで、浮気してて、ママが怒って凄い事になっちゃって」「そうか、色々あるよな。元気だせよ」
坊主頭は、俯く少女をじっと見た。彼女の背中に手をおそるおそる回そうとした時−。
「俺と付き合ってくれ。昨日決めたんだ。今日生きてたら、お前に告白するって」
「あ、はい。こちらこそお願いします」
突如割り込んだイケメンに少女は頷いた。2人は石と化した坊主頭を置いて、歩き出す。坊主頭の肩を眼鏡がぽん、と叩いた。
「超能力もイケメンには形無しだな」「うう……」
「帰ったら蕎麦打とう。何とか地球を救えたお祝いだ」

こうして地球は救われたのだった。