0667相模の国の人
2018/03/12(月) 00:39:52.77ID:d/sQFWhj拙者の身体に激しく打ちつける心の臓の鼓動が伝わってくる。
内に秘めていた事実を拙者に打ち明けた事で興奮しているのであろう。
呼吸も荒く、温かい吐息が拙者の顔を包む。
拙者は掛ける言葉が思いつかず、源助をきつく抱きしめた。
「仕官した頃のオラは武功を立てて名を挙げたいという思いもあった。だども、齢を重ねるうちに女子の心が頭をもたげるようになり、丙三に対する思いを宿すようになり、男の感情を消し去っていった」
「己の思いを抑えつけて、よう我慢したな」
拙者は源助の頭を何度も何度も優しく撫でた。
「あんがとな」
源助は頭を上げて拙者を見つめた。
泣いたせいか、目の周りは赤くなっている。
「オラもずっと、源助に心を寄せてた。おまんが仕官する前日に女子だと知ってから」
拙者は心にずっと仕舞い込んだ本音を吐露した。
「もう何十年もオラの事に心を寄せていて、嫁っこさ娶らなかったのか」
「んだ、可笑しいか」
源助は笑い出した。
「ああ、可笑しい。オラを待ち続けていたなんて、まるで花散る里ずら」
源氏物語に出てくる花散る里を持ち出して、拙者を揶揄った。
「一生、嫁っこさ娶らなくても、源助に心を寄せて待ち続けるのも悪くねえ」
「女子の心を持ちながら、男として振る舞うのがどれだけ辛いか、心の底から慕っている丙三が居るから
堪えられる、地獄の苦しみも」
地獄の苦しみとは愛しても居ない御屋形様との間に出来た嫡子の事であろうか。