公爵領民かく戦えり

公爵領民850万人の実情に関して、権限上は公爵が報告すべき事項であるが、公爵は魔族軍との決戦ですでに壮烈な戦死を遂げており、軍司令部もまたそのような余裕はないと思われる。

公爵から軍司令部宛に依頼があったわけではないが、現状をこのまま見過ごすことはとてもできないので、亡き公爵に代わって緊急にお知らせ申し上げる。

公爵領に悪鬼羅刹たる魔族軍が侵攻を開始して以降、劣勢の帝国軍は必死の防衛戦に専念し、領民のことに関してはほとんど顧みることができなかった。

にも関わらず、私が知る限り、領民は少年・青年・壮年が全員残らず防衛召集に進んで応募した。

残された老人・子供・女は頼る者がなくなったため自分達だけで、しかも相次ぐ魔族の無差別攻撃に家屋と財産を全て焼かれてしまってただ着の身着のままで、軍の作戦の邪魔にならないような場所の狭い防空壕に避難し、辛うじて魔法爆撃を避けつつも風雨に曝されながら窮乏した生活に甘んじ続けている。

しかも若い女性は率先して防衛軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦はもちろん、武具防具を運び、挺身斬り込み特攻隊にすら申し出る者までいる。

どうせ魔族軍が来たら、老人・子供は虫けらのごとく惨殺され、女は魔族に慰み者にされ嬲り殺されるからと、生きながらに離別を決意し、娘を軍営の門のところに捨てる親もある。

看護婦に至っては、軍の移動の際に置き去りにされた身動きのできない重傷者の看護を続けている。その様子は非常に真面目で、とても一時の感情に駆られただけとは思えない。

さらに、軍の作戦が大きく変わると、その夜の内に遥かに遠く離れた地域へ移転することを命じられ、輸送手段を持たない人達は文句も言わず雨の中を歩いて移動している。

つまるところ、軍の部隊が公爵領に進駐して以来、終始一貫して勤労奉仕や物資節約を強要され、ただひたすら帝国人としてのご奉公したにもかかわらず、今や公爵領はこの戦闘と無差別殺戮の末に、草木の一本も残らないほどの焦土と化そうとしている。

公爵領民は老若男女、幼児から老人まで一人残らずこのように最期まで戦い抜いた。

もしも、もしもこの地獄を生き延びた領民が一人でもいたら、願わくば、後世、特別のご配慮を頂きたくお願いする。