シュサッ、シュサッ、シュサッ

"ぶるつり"は極度の内股で歩くせいで股間のあたりの衣摺れの音でその接近を知らせてくる。

『僕は創作活動があるので外に出る。』

台所に立つ文子を見ると、少し驚いたような表情を見せたが、昨晩の暴挙について触れることはなく、ましてや悪びれるようなそぶりは微塵も見せなかった。

『夜8時には戻りますからね、昨夜のような真似をしたら許しませんよ!』

許し難いのはこちらのほうである。
文子は"ぶるつり"をじっと見据えて、口を開くことはなかった。

『あぁそうそう。明日からは僕は倉庫のお仕事がありますからね、お弁当、忘れてもらっちゃこまりますよ。それと今夜の夕食は「あまに豚のしゃぶしゃぶ」ですからね。』

これが人にモノを頼む時の態度かという程に不遜な口調で男はクネ去った。

文子は首を傾げた。
「あまに豚」とは何であろう?"ぶるつり"の口から発せられるとそれは酷く不味い食べ物のように思われた。
文子は元来より料理が得意ではない。手製の料理の味付けは結婚当初から善三の咎めの理由になったりもした。
良人は石油精製関連の会社の要職にあったため、稼ぎに困ることはなかった。故に文子は食卓に並ぶ品のほとんどを出来合いの惣菜で賄ってきた。

鍋で茹でて食べるだけならできるだろう。
久方ぶりにスーパーに出向いた文子は「あまに豚」が豚肉の銘柄の一つであることを知った。これが薩摩の黒豚だの言われたら困惑するところであったが、偉そうに肉の指定をした奴の舌も大して肥えていないことに少しだけ笑いがこみ上げてきた。

『ちょいとお兄さん、この肉、少し厚めにスライスしてちょうだいな。』

文子は悪戯っぽく笑って言った。