『僕の悪口を言っていたんでしょう?』

そう言いながら一歩また一歩と"ぶるつり"は詰め寄って来る。もちろん夥しい臭気をその身に纏いながら。

くっさ、、、思わずそう口にしようとしたが文子はこらえた。というよりも息を止めざるをえなかった。

『今あなた、僕のことを臭いって思っているでしょう?』

『!!!!』

『これは純然たるサベツですねえ!』

差別というか、純然たる感想なのだが。
妙にギラついた目、海獣を思わせる巨大な鼻、開く度に闇を覗かせ臭気を放つ口、やたらと出っ張った頬骨。
年の頃は50くらいだが、見慣れた孫・蛇之介の容貌とは比べ物にならないほどの醜悪な顔!

クネクネと大きな尻を揺らしながら当たり前のように食卓に腰を下ろした男は孫との水入らずの会話を一刀両断した上に、思いもよらない質問を投げかけて来る。

『同性婚をどう思いますか?同居する同性のパートナーの家族が死んだ時に有給休暇が取れないのはサベツだと思いませんか?一緒に生活してるのに相続もできないんですよ?同性カップルに対するサベツです!日本は遅れてて生きづらい!』

何を言いたいのだ?文子には話の流れがりかきできない。ただ、突然現れて、死ぬだの相続だのと主張するこの男にひどく嫌悪感を抱いた文子は思わず叫んだ。

『無礼者!!!出ておいき!!!』

あうぅ、、、と一瞬怯んだかのように思われた"ぶるつり"であったが、当の文子とは目を合わせず、蛇之介を睨みつけこう言い放つ。

『僕を引き入れておきながら出て行けとは心外だ!僕は傷ついた!慰謝料を要求する!電車代と夕ご飯とお風呂代を早く!』

そう言われて蛇之介はおずおずと財布から千円札を取り出す。

『これじゃ足りない!!!!』

やめなさい、と孫の財布を閉じさせ、文子は一万円札を男に渡した。

ふん、ざまあみろ、僕の論理に敵うものか、などとブツブツ言いながら"ぶるつり"はクネ出て行った。

これで済むものなら、となけなしのお金を差し出した。未だ文子は一連の騒動をあの風変わりな訪問者の『一泊二日の』暴挙だと思っていた。