『あなたまさか、一緒に住もうって話をしたの?』

"ぶるつり"が出かけたのち、再び文子と蛇之介は卓を挟んでいた。

『あの人はふたつ返事で了承したよ。それからというものはこの家に入るその時まで毎日毎日熱いメールを送って来るんだ。僕、そんな風に他人から必要とされたことがなかったから嬉しかったんだ。でも、、、』

顔色を曇らせる蛇之介を見て、文子は席を立った。おそらく、家に入るなり態度が一変、途端に不遜な態度を取り始めた、そういうことであろう。

"ぶるつり"を家に入れてはいけない、そう思い立ち文子はドアの内側からチェーンロックを掛けた。

大森駅を降り、やや下り坂の商店街を抜けると山王と呼ばれる地区がある。海沿いの工業地帯からは少し距離があり、どちらかと言えば大田区でも山の手階級の人々が暮らす街である。
閑静な地区で、風向きによっては潮の香りが吹き込んできたりもする。

そんな住宅街の夜の静寂を突如切り裂くように奇声が放たれる!

ガシィーン!ガシィーン!ガシィーン!
ドン!ドン!ドン!

ドアを無理やりこじ開けようとする度に鎖が悲鳴を上げた。それでも開かないとなると、今度は足でドアを蹴りつける音。

奴だ!、文子は毅然と玄関のドアの内に立つ。

『あなたは二階に上がっていなさい!』

気の弱い蛇之介を遠ざけ、交渉に臨もうとした瞬間、

『ご近所の皆さーん!!!この家の住人は僕の財産を奪い取るつもりですよー!!!』

"ぶるつり"が生ぬるい金切り声を上げる。

『一方的に僕を家に引き入れておきながら、僕の財産だけ奪って、僕を追い出すんですー!!!賠償金です!賠償金!30万、いや50万払えー!!!』

な、何をいい出すの、文子は狼狽した。