アンパンマンミュージアム [無断転載禁止]©2ch.net
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
さうして風通しの悪るさうな、場末の二階家へ帰つて来た。 家の中は虫干のやうに階上にも階下にも、いろいろな着物が吊り下げてある。 何か蛇の鱗のやうに光る物があると思つたら、それは戦争の時に使ふ鎖帷子や鎧だつた。 痩せ男はこの着物の中に、傲慢不遜なあぐらを掻くと、恬然と煙草をふかし始めた。 その時何か云つたやうに思ふが、生憎眼のさめた今は覚えてゐない。 祈角夢の話を書きながら、その一句を忘れてしまつた事は、返す返すも遺憾である。 、僕はどこからかタクシイに乗り、本郷通りを一高の横から藍染橋へ下らうとしてゐた。 あの通りは甚だ街燈の少い、いつも真暗な往来である。 そこにやはり自動車が一台、僕のタクシイの前を走つてゐた。 僕は巻煙草を啣へながら、勿論その車に気もとめなかつた。 僕のタクシイのへツド・ライトがぼんやりその車を照らしたのを見ると、それは金色の唐艸をつけた、葬式に使ふ自動車だつた。 大正十三年の夏、僕は室生犀星と軽井沢の小みちを歩いてゐた。 山砂もしつとりと湿気を含んだ、如何にももの静かな夕暮だつた。 頭の上には澄み渡つた空に黒ぐろとアカシヤが枝を張つてゐた。 のみならずその又枝の間に人の脚が二本ぶら下つてゐた。 僕はちよつと羞しかつたから、何とか言つて護摩化してしまつた。 大正十四年の夏、僕は菊池寛、久米正雄、植村宋一、中山太陽堂社長などと築地の待合に食事をしてゐた。 僕は床柱の前に坐り、僕の右には久米正雄、僕の左には菊池寛、―― そのうちに僕は何かの拍子に餉台の上の麦酒罎を眺めた。 その証拠には実在の僕は目を開いてゐたのにも関らず、幻の僕は目をつぶつた上、稍仰向いてゐたのである。 けれども僕の座に坐るが早いか、「あら、ほんたうに見えるわ」 菊池や久米も替る替る僕の座に来て坐つて見ては、「うん、見えるね」 それは久米の発見によれば、麦酒罎の向うに置いてある杯洗や何かの反射だつた。 しかし僕は何となしに凶を感ぜずにはゐられなかつた。 大正十五年の正月十日、僕はやはりタクシイに乗り、本郷通りを一高の横から藍染橋へ下らうとしてゐた。 するとあの唐艸をつけた、葬式に使ふ自動車が一台、もう一度僕のタクシイの前にぼんやりと後ろを現し出した。 僕はまだその時までは前に挙げた幾つかの現象を聯絡のあるものとは思はなかつた。 殊にその中の棺を見た時、何ものか僕に冥々の裡に或警告を与へてゐる、―― 先生が俊爽の才、美人を写して化を奪ふや、太真閣前、牡丹に芬芬の香を発し、先生が清超の思、神鬼を描いて妙に入るや、鄒湛宅外、楊柳に啾啾の声を生ずるは已に天下の伝称する所、我等亦多言するを須ひずと雖も、其の明治大正の文芸に羅曼主義の大道を打開し、 艶は巫山の雨意よりも濃に、壮は易水の風色よりも烈なる鏡花世界を現出したるは啻に一代の壮挙たるのみならず、又実に百世に炳焉たる東西芸苑の盛観と言ふ可し。 先生作る所の小説戯曲随筆等、長短錯落として五百余編。 経には江戸三百年の風流を呑却して、万変自ら寸心に溢れ、緯には海東六十州の人情を曲尽して、一息忽ち千載に通ず。 古は先生の胸中に輳つて藍玉愈温潤に、新は先生の筆下より発して蚌珠益粲然たり。 加之先生の識見、直ちに本来の性情より出で、夙に泰西輓近の思想を道破せるもの勘からず。 其の邪を罵り、俗を嗤ふや、一片氷雪の気天外より来り、我等の眉宇を撲たんとするの概あり。 試みに先生等身の著作を以て仏蘭西羅曼主義の諸大家に比せんか、質は天七宝の柱、メリメエの巧を凌駕す可く、量は抜地無憂の樹、バルザツクの大に肩随す可し。 然りと雖も、其一半は兀兀三十余年の間、文学三昧に精進したる先生の勇猛に帰せざる可からず。 往昔自然主義新に興り、流俗の之に雷同するや、塵霧屡高鳥を悲しましめ、泥沙頻に老龍を困しましむ。 先生此逆境に立ちて、隻手羅曼主義の頽瀾を支へ、孤節紅葉山人の衣鉢を守る。 轗軻不遇の情、独往大歩の意、倶に相見するに堪へたりと言ふ可し。 我等皆心織筆耕の徒、市に良驥の長鳴を聞いて知己を誇るものに非ずと雖も、野に白鶴の廻飛を望んで壮志を鼓せること幾回なるを知らず。 欣懐破願を禁ず可からずと雖も、眼底又涙無き能はざるものあり。 十五巻を編し、巨霊神斧の痕を残さんとするに当り我等知を先生に辱うするもの敢て劣の才を以て参丁校対の事に従ふ。 微力其任に堪へずと雖も、当代の人目を聳動したる雄篇鉅作は問ふを待たず、治く江湖に散佚せる万顆の零玉細珠を集め、一も遺漏無からんことを期せり。 を得て後、先生が日光晶徹の文、哀歓双双人生を照らして、春水欄前に虚碧を漾はせ、春水雲外に乱青を畳める未曾有の壮観を恣にす可し。 婆さんを殺した古狸はその婆さんに化けた上狸の肉を食はせる代りに婆さんの肉を食はせたのです。 我々もうつかりしてゐると、人間の肉を食ひかねません。 火になつた焚き木を負つてゐる狸、泥舟と共に溺れる狸、―― わたしはあの話を思ひ出す度に、何か荘厳な気がするのです。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています