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最果ての聖堂 / 楽園
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2020/03/26(木) 03:24:15.33ID:qcC+WwZ/
@Shicksal99
どうなるかわからないこの時代に、君に手紙を残しておこうと思った。


君が歩んできたこの道を、おれは一人行く
不意に素肌をさらっていく風に立ち止まり、目を閉じる。
思い出せばはるかに遠い、波音に意識を寄せる。
打ち寄す波に霧がすむ、薄くけぶる夕凪の海に、沈みゆく日の赤銅に――
おれはただ、君が歩んできたこの道を

おれが君に言いたいことなんて、いつだってひとつだ
忘れるな。君は美しいということを忘れるな、と。ただそれだけだ。
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2020/03/26(木) 03:30:26.96ID:qcC+WwZ/
君がなぜ、この国を出ていこうと思ったのか……
君のお母さんへの想いを、聴衆の誰も理解しなかったからだ、
ありがちな誤解をもとに君の心の中の一番柔らかい、一番傷つけてほしくない部分を傷つけたからだ、とは察している。
帰る場所が欲しいけどそんなもんないって割り切って歩いてたって、泣いちゃうときは泣いちゃうだろ。
それでいいんだよ。
今はそばに居れないけど、おれはいつだって君が守られるように、君の悲しみや辛さが和らぐようにと願い、動いてる。
絶対に忘れたりしてねえから。

君は子供のころからずっと帰る場所を探す自分の気持ちを押し込めて、
変えられないものを受け入れる努力そして、どうしても受け入れられないものを変えるために努力してきたんだ。
でも、その積み重ねを、君が手に入れたものだけを見る人は見てないだろう。
それで、そいつらは君の……人生で背負わなければいけなかった宿命は無視して、結果だけを見てやっかむんだ。
そりゃ、嫌気がさすよな。
でもさ、その気持ちだって、そういうマイナスの感情が自分の中にあったって、君という人がとても素晴らしい人であることに変わりはないんだ。

なあ、おれはさ、君のために、なんて言う必要はないと思ってるんだ。
ただ、君を知って、愛しているから。
おれが自分の人生をかけて仕事をするのに、それ以上の理由なんていらないだろ。
君は、ずっと、理解してほしいから理解を繰り返していた。
でも、君の感情の深さを理解したのは、聴衆じゃなかった。
ずっと人の期待に応えて生きてきたんだ、ここらで荷物を降ろしてもいいじゃないか……君は君の幸せのために生きていいんだ。

忘れるな。君は美しいということを忘れるな。
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2020/03/26(木) 03:52:40.72ID:qcC+WwZ/
【あらすじ】:

 マグネトロンを応用した強烈なマイクロ波によって人の頭を錯乱させる電磁波兵器は各国の秘密裏の協定によって“核”の暗号で呼ばれ、製造・使用・研究を禁じられた。
 が、中東の紛争地域でその使用の形跡が認められ、不可解な事件が多発していることから流出が疑われ、CIAのエージェントとして活動していた「彼」は、同じく軍事訓練を受けていた数名の部下とともに調査部隊として現地に送り込まれる。

 上司の命令によって軍事訓練の傍ら医学書に埋もれMITで量子物理学を修めたエリートである彼は、空爆を避けモスクに避難している女子供、老人たちが突然錯乱し互いにナイフや銃を向ける現場に何度も遭遇してきた。
 そして兵器の射程範囲に入り、攻撃を受け、同士討ちを始める部下……いつ自分の受け取っている情報が、世界が狂って錯乱するかわからない、そんな状況でも常に部下を励まし闘いつづけた。
 しかしいくら密輸ルートを叩いても事件は収束の気配を見せない。

 そして、20XX年10月現在、世界は揃って内政立て直しの時期に入っている。事件の真相を追跡していく中で、彼は「私」――中野桜にたどり着いたのだ。

 イ・ビョンハさん(当時45)は理系へと進んだ私との鏡合わせの相似形で、絶望を研究への熱意に変えひたすらに走り続けてきて眠りたかった人だった。
 私との接触以降、自国の闇に深入りしすぎて分裂病とでも診断されたのか薬物を投与されつづけて植物状態に追い込まれたのか。
 その状態から復活することはないだろう、と彼女の同僚らしき人々(同じく脳を人格プログラムの実験材料にされた)が言っていたこと。
 人間の脳を利用したVRゲームプロジェクトという道をとる以外、指導層が殺されずに人心を陶冶し、内政を立て直す方法がなかった彼の国と渡り合っていくために、あるいは失われたすべてのもののために、私は――。
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2020/03/26(木) 04:07:11.42ID:qcC+WwZ/
【第零章:星の守護者】

 マグネトロンを応用した強烈なマイクロ波によって人の頭を錯乱させる電磁波兵器は各国の秘密裏の協定によって“核”の暗号で呼ばれ、製造・使用・研究を禁じられた。
 が、中東の紛争地域でその使用の形跡が認められ、不可解な事件が多発していることから流出が疑われ、CIAのエージェントとして活動していた彼は、同じく軍事訓練を受けていた数名の部下とともに調査部隊として現地に送り込まれる。
 上司の命令によって軍事訓練の傍ら医学書に埋もれMITで量子物理学を修めたエリートである彼は、空爆を避けモスクに避難している女子供、老人たちが突然錯乱し互いにナイフや銃を向ける現場に何度も遭遇してきた。
 そして兵器の射程範囲に入り、攻撃を受け、同士討ちを始める部下……いつ自分の受け取っている情報が、世界が狂って錯乱するかわからない、そんな状況でも常に部下を励まし闘いつづけた。
 しかしいくら密輸ルートを叩いても事件は収束の気配を見せない。

「俺は誰だろうと一瞬で苦しませずに殺せる。ジム、アームチェアでのうのうとしているお前が想像もできないような汚いこともやってきた。下らない能書きはいいんだ、正確な情報と指示をくれ」
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2020/03/26(木) 04:07:57.12ID:qcC+WwZ/
 そのうち、電磁波兵器の指示の発信源が本国にあるらしいこと、密輸組織の人間が残した通信記録、収集した様々な形跡から、彼はCIAそのものが兵器を流出させているのではないかと疑いはじめた。
 そして命令を中断させて本国に帰還する。MIT時代から犬猿の仲であり今は直接の上司として指示を出していたジムと直接対峙、問い詰められたジムは白状する。

「僕らはラジエルの樹(シミュレート用のスパコン)で未来を見たんだ……あれが流出し、世界が大混乱に陥る未来をね。どんなに徹底的に管理しても誰か一人の不用意な好奇心や悪意で破滅は訪れる。
 だから起こりうる経過を全て知るために箱庭の中で実測データを集めなければならない。あの地の誰を犠牲にしようとも。……これが僕らの正義なんだ、君は理解しなくてもね」

「……ふざけるなよ、それで俺が反乱を起こす可能性も測ってたってわけか? 俺はお前たちには従わない。今まで実際に闘ってきたのは俺だ、お前じゃない」

 そして彼は紛争地域に戻り、改宗して今まで救ってきた女たちを娶り、アラーに祝福されたムジャヒディンとして闘いつづけ、苦しみに喘ぐ第三世界の人々とともに歩むことを選んだ。
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2020/03/26(木) 04:09:18.46ID:qcC+WwZ/
 ――去にし幼き夏の日、戦火の地にあって友と談笑するいつかの自分、取り戻せない、懐かしい、鈍く差すような痛み。
 目が覚めて誰もいないことに気付く夢見の悪さに目を覆うのと、この錆びたコンパスを失ってしまうのと、私にとってはどちらがマシだろうか?

 面影をはかなむ心をあざ笑い、季節はめぐりつづけた。乾いた空に手を伸ばせば、夜よ、今はその果てを知らない暗さがこの胸に棲む星たちをざわつかせる。
 透徹した視界とどこまでも落ちていくような目眩に冬の訪れよりも一足はやく降りた霜は心を震わせ、それはいつか私の身体が塵に還るとき、墓標の前へ置き去りにしてきた私の魂もまたあの人の許へ帰るのだということをどうしようもなく思い起こさせる。
 月のない朔の夜。眠りに落ちた間も星は運ばれ、その相の差が、失われた時のそう短くはないことを教えていた。

 炎が呼ぶ。彼らが近いことを警告している。脳裏に術式をちらつかせながら、後ろ手に体重を預け、やおら腰から立ち上がる。胸の奥に意識を延ばし、そびえ立つ暗い水晶の鏡に手を触れて、広がる波紋の向こうに“従者”の姿を求めた。
 銀の鱗におおわれた流線形の体躯の内に、瞬きもせぬ星の座を住まわせた龍。闇の色と同化する腹部の、どこまでも澄み渡る銀漢の間から、瞳を模した対の金星が私を覗き込む。

「銀漢――おまえには何が見える?」
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2020/03/26(木) 04:10:13.17ID:qcC+WwZ/
 再生されていく世界の記憶。灰色の摩天楼の幻影。地を擦り砂塵を舞わせてコートの裾を払う風の中に、人々のざわめきと、ぬるく血錆びた臭気が混じった。
 星の光を欺くきらびやかな人工灯に飾られた街と、黒煙にいぶされ朱くただれた空が、先刻まで立っていたむき出しの原野を背景の奥に退かせる。
 見渡す限り車も人もすべてが進めの色になった信号機、意味不明の文字を垂れ流す電光掲示板、交通管制が完全に麻痺した大通りで、
 玉突き事故を起こした車のそばに立って言い争いをし、あるいは血まみれになったまま応急処置すらされずに放置され、あるいはつながらない電話に苛立つ人々。

(ああ、これは――これはまだ“最後の日”じゃない)

 量子転送技術が医学に精通したテロリストの手に落ち、原理的に自然死と見分けがつかない暗殺が横行する前。
 軍や医療現場に浸透した人間とそっくりの生体素材に搭載された人工知能へのハッキング、声帯や虹彩や指紋に至るまで個人をコピーした機械とその本人のすり替えが問題になっていた頃。
 めんどくさいからといってありもしない財政問題を建前にしてさんざ予算を削りセキュリティ面を整える人間を育てなかったツケだ、それはそれとしても脳神経回路の構造パターンを個人認証に使えばいい、
 (個人史を持っているか尋問する)チューリング・テストなんてまどろっこしいことしなくたって細胞核に遺伝子があるかないか調べればヒューマノイドと人間の区別なんて付くんだよ! と上司に食ってかかったことをふと思い出す。
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2020/03/26(木) 04:11:08.73ID:qcC+WwZ/
 人間としての青年時代を過ごした風景を懐かしむように目を細めていると、突然ばぁんと何かが爆ぜる音がし、ガラス片とともに金属の枠がはじけ飛んでくるのを反射的にコートの裾をひるがえらせ顔を覆いながらかわす。
 やや遅れて右手を見ると、百貨店らしきビルの内側から溢れでた首のない全身鎧の群れが照り返しの炎も鮮やかに列をなし、槍の穂先を揃えて迫ってくる。
 わけのわからない怪異に人々のざわめきが混乱と悲鳴に変わるのを横目に、気の利いた趣向だ、と皮肉が口を衝いて出た。

 右手を掲げ、意識を集中し、形成した軸を握り込んだ冷たい手応えがずしりとした質量を得ると、刃が白熱した光を放ったままの赤いハルバードで踏み込みの重さに任せて右舷から薙ぎ払い、
 叩き割ったがらんどうが派手な音を立てて転がるより早く左足を軸にして、逆手に持ち替えた長柄の回転に正面から左弦を巻き込んで引き倒す。
 絶対座標固定、空間指定、原初の相。
 前衛が崩れ後続がもたついたその隙に展開した術式を視認できるかぎりの広範囲に走らせる。
 彼我の接触面から半球状に構造を素粒子レベルで解体し、生じた余剰エネルギーを吸収していく。

 ――腕を引いて、五指の先に強く込められていた力を離し、ハルバードを空間から解放する。
 これは、幻であって幻ではない。
 サーカスの猛獣ショーを見るような視線が突き刺さるのを感じながら、無造作にコートのポケットに両手を突っ込んで、話しかけられる前に脇をすり抜けて歩き去る。
 ぽつりぽつりと等距離に輝くオレンジの灯と広葉樹の梢が重ねられたアーチをくぐり所々タイルが欠けて差し上がった自然公園までやってきて、ベンチを探し、手を頭の後ろで組んでどかりと背をもたせた。
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2020/03/26(木) 04:12:02.03ID:qcC+WwZ/
 ――この時自分は何をしていたか。右手で顔を覆い、苦笑とともにかぶりを振る。
 ラジエルの樹への不正アクセスを行い、敵国に原子力発電所の設計図を渡し、CIA長官暗殺を計画したテロの首謀者として嫌疑をかけられて裁判の準備をしていた。
 自分はそんな歪んだ形で正義を表わさないといくら主張しても、記録は残っている、証拠はそろっているの一点張りで、軍の施設に移送はされなかったが自宅軟禁で尋問の日々だ。

 私は囮にされたわけだが――あのまま邪魔をされずに調査をつづけられていれば、人々の記憶を封印して世界を夢の中に閉ざす、などという選択はされなかったかもしれない。
 量子転送技術と“核”の組み合わせは本物の悪夢だった。情報の背景を書き換えられ見ている世界の意味が変わって人々が混乱と狂気に陥る一方で、隣に立っていた人間が突然咳きこみ頭を腫れあがらせてはじけ飛ぶ。
 しかし、どれほどの罪を犯そうと、探し出して裁きを下すべき彼らはもういない。自らも悪夢の中に自壊していったのだ。

 長い旅だ。かつての敵も友も遠い夢の中に置き去りにし、ゴールもわからずただ生き延びるために生きるように戦いつづけ、誰のために、とも思う。
 見上げれば凍えるような夜の星だけがあの時と変わらず、ただ、今となっては、鋭く対立していた文明の調和点を求めて三千世界を渉猟するシックザールだけが私の由来を覚えているし、理解できるのだということを強く感じた。

「先生――あなたは今、何を見ていますか。この世界にどんな答えを出しますか」
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2020/03/26(木) 04:52:01.75ID:qcC+WwZ/
【第一章:獣と鳥】

「このままじゃ、みんな死んでしまう! 放せ、この……」
「お前が行ったところで誰も助けられない!」
 ちっ、とトーナは舌打ちをする。今にも飛び出さんとする腕をつかんでいたのと反対の手をその白い首に回して上腕と前腕で挟んでがっちりと絞め、抵抗などお構いなしに無理矢理意識を落とす。
「くそっ……なんで俺がこんなことを」
 岩陰にぐったりとした少女をそっと横たえ、彼はここが死地だと肚を決めて敵の許へと向かった。
 浅い草地では死角からの不意打ちなどとれない、だから力ずくの一息で決める、と駆けるリズムに合わせて跳ねる鞘を片手で支え、逆袈裟に斬り込んだ渾身の一撃が打ち下ろしによってはじかれる。
 骨に響く重い衝撃とともに台地に打ち込まれた刃を抜く暇はないと判断して、倒れ伏す兵士の手からこぼれ落ちていた剣をひったくって転がる。

 落とされた白刃が耳の横をかすめ、起き上がって間合いを取りながら確認すると、さいわい柄は血で濡れておらず、手の内から滑らせる危険なしに使えそうだった。

「――築くべき現実がもはや無いと知りながら、自分たちに未来が無いと知りながら、なぜその砂上に楼閣を建てようとするのか?
 お前たちが持てる者であるのは偉大な過去からのけちな遺産で食いつないできたからにすぎない。誰一人として守ることなく、見向きもしなかったそれがお前たちの生命線そのものだった。どうしてその矛盾に気づかない?」

「…………」
 歌うように戯言を口にしながら、心臓を握りつぶすほどの覇気で威圧する。これは、まずいものだ。戦ってはいけない相手だ。と本能が警告する。
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2020/03/26(木) 04:56:52.63ID:qcC+WwZ/
 惨状。死体の山から流れ出す赤い川と、むせ返る錆びた鉄の臭い。燦々と照りつける太陽が、肌のうわべに熱気を閉じ込め、いやにつめたく不快な汗が額から頬に流れる。

「リアン……どうしてあんたは、オレにだけ優しいんだ? どうしてオレにだけ生きろって言うんだ?
 こんなに多くのものを犠牲にしなけりゃならないっていうなら、そうでなければ生きられない命だっていうなら、だったらオレは……そんなの、いらないよ」

 それだけを言うと少女は、もうどうしようもない、という顔をして、そっと自らの胸に右手を当て、――どむ、というわずかに腹に響く音を、心臓に向かう爆撃を放った。
 ごう、と一瞬の炎が中空に昇ってすぐに消える。
 びちゃり、と人の焦げる嫌なにおいを残して倒れたその正面の、えぐれた肉から血に染まった胸骨がむき出しになっている。
「ア、――アーティ!」
 折られた左腕の激痛にかまわず、いてもたってもいられず駆け寄ると、苦しげではあるが、まだ息がある。
 心臓はまぬかれているようだが、傷の深さがわからないので下手に抱き起して動かすこともできず、手の出しようがない。気管に入った血のかたまりを吐いてるんだ、と気づいた。まずい、まずい――と、頭の中で警報がわめいている。

 リアンはいわく言い難い表情をしてその様子を見つめていたが、静かに首を振ると、やがて背を向け自分が築いた屍の山を後にして去っていった。
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2020/03/26(木) 05:01:41.81ID:qcC+WwZ/
「あいつは誰の助けも求めずに、全部一人で背負い込んでカタをつけようとしていた……だから、不安なんだ」
「不安?」
 どこか苦しげに青みがかった灰色のまなざしを細めて、ベッドに横たわる少女を見つめるトーナに、シックザールが聞き返した。
 ごちゃごちゃと商店の雑居する街の喧騒が、部屋の中の静寂にまで伝わってくる。隣接した建物の陰にさえぎられて陽のあまり差し込まない窓枠を背に、黒い毛並みの獣人は、自分の胸の中に鋭いものを吹き込むような調子で続けた。
 黒マントの男は彼の方を確かめもせずに、幼さの残る、しかし今は血の気の失せている白い横顔に視線を固定させたままである。
「俺は、守れなかった」
「…………」
「あんたが来なければ、俺も、あいつも、今頃どうなっていたかわからない。あんたが何者であれ、どういうつもりで俺達を助けたんであれ、そのことは感謝しているよ」

 この冷静な男は、ひどく慎重な態度を崩さないまま、警戒とは別のためらいを言葉の間に挟んだ。
 けど、とまるで近づきたくても近づけない何かがあるとでもいうように、苦み走った表情にさらに混迷の険しさを深め、心の奥底を縛る激情を解く糸口を探しながら、そのことごとくを潰しているような様子であった。
「……あんたがコヨーテと知り合いだとは思わなかったが、奴らはまだリアンを追いかけるんだろうな」
 黒マントの男――シックザールは答えない。
 しかし、それは当然だ。彼らがこの商業都市ガレリアを、そしてまた周辺領域の都市連邦経済圏の諸国を守ろうとする限り、リアンは明らかな脅威であるからだ。
 これまでに数えきれないほどの人間を手にかけ、傭兵仲間だった者たちを無惨に殺し、そしてこれからも死を撒き散らし続けるだろう彼を、トーナも庇う気はない。

 あの男は、人殺しという以外に呼びようがないのだ。

 放っておけばその分だけ、必ず誰かが犠牲になる。心のどこかでその肉親に対する情を――彼の良心を信じたい気持ちがないわけではないが、やはり自分にはアーティのようにリアンを信じることはできないと思った。
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2020/03/26(木) 05:02:26.59ID:qcC+WwZ/
「ふむ……それで、君はどうする? かつて国に誓いを立てたように、今度はこの娘を守るために誓うのか?」
「俺はもう騎士じゃない。誓いだけじゃ何も守れやしないんだ。だが――ここであいつを見捨てるのは、たまらなく後味が悪い」
 瀕死の重傷を負っていたアーティの治療の場所を提供してくれたのはこのシックザールだ。今はフードをうしろによけているその顔からは、いかなる表情も読み取ることはできない。
 しかしおそらくはリアンから離れたことで、自分たちが脅威の対象から除外されたか、あるいは――アーティに、リアンを倒させるつもりなのか。

 シックザールとつながるコヨーテは、王室騎士団治安維持局ガレリア分室の最高責任者だ。彼が許可したのでなければ、トーナたちは市街の門をくぐることも許されなかっただろう。
 以前、噴水広場での爆破炎上騒ぎを起こした連れ合いの身としては、その件を一存でにぎり潰した彼の権力をまざまざと思い知るばかりである。
 そして、彼に許されたということは――すなわち、利用価値があると認められたということである。

 残酷な話だ、とトーナは思った。コヨーテは信頼に値する人物だが、同時に油断のならない相手でもある。
 トーナにできることは限られているが、いずれにせよ今の時点でアーティから離れることは、あいつを更なる危難にさらすことに等しい。
 兄妹で殺し合わせることだけは絶対にさせてはならないが、己の無能を嘆いてもどうにもならないというなら、いっそこちらから協力を申し出て、わずかでも主導権を握るほかない。
 平素はニヒル、傭兵の鑑のような情のない人でなし、そう仲間内で通っていた自分がどうしてここまで怒りにも似た苛立ちを抱くのか、自分でもわからない。それ以上にどうしてその感情を自分で引き受けようという気になっているのか。
 いずれにせよ思惑に乗ってなるものか、とトーナは思う。
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2020/03/26(木) 05:21:52.34ID:qcC+WwZ/
「――くそっ」
 正攻法でやって、あの男に勝てるとは思えない。
 奴がどこにいるかは分かっている。ただ、あの圧倒的な力に対してどんな策を立てればいいかわからないから、誰も無理に攻め込まないだけで。
 コヨーテの情報網を使えば、大陸中に仕掛けられたヒューミントの罠が、たちどころに奴の居場所を上げてくる。
 利害関係の深い、政権に近い人間や財界の要人を篭絡するような罠を事前に察知して、回避する――あるいは、くわだてが暗渠にあるうちに、動き出す前に闇に葬る。
 もともとは、そういった志向の為に仕掛けられた網だ。今回ばかりは彼らの世話にならざるを得ない。

 この借りは高くつくだろうな、とトーナは思った。

 元首が、北方のニーズズ家の分派に過ぎない出自のこの商業都市が、古王国とイェルムンレク市――二つの強国に挟まれて絶対中立を保っていられるのはなぜか。
 それはひとえに、条例・政策に対するスムースな予算付けが行われるよう中央銀行と国債の制度を整えたことでの強大な経済力を背景にした、精強な王室騎士団と、
 それ以上に安定した取引を行える法制度を守る、治安維持局(要するに暗殺も行うスパイ網)の存在があるからだという。
 そんなものは軍事同盟を結びたい外国を呼び込むためのプロパガンダか裏商売を隠蔽するための隠れ蓑でしかないと、
 実際関わり合いになるまでは右から左に聞き流していた彼も、さすがにここまでくると否が応でもこの組織の強大さというものを思い知らされる。

「――リアンは、俺の手で始末する。コヨーテにそう伝えろ」

 彼の宣言を黙って見つめるシックザールのまなざしは、深く、鋭く、どこか底意の読み切れない異様な光を湛えている。それぞれの思惑の動くその中心で、嵐の予兆の中で、炎使いの少女は眠りつづけていた。
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2020/03/26(木) 05:29:29.97ID:qcC+WwZ/
【獣と鳥:2】

 つけっぱなしにしていたラジオから流れてくる放送の中で、これからハリケーンが来るというので、私は風とりに開け放していた二重ロックの窓を閉め、同居人にも部屋の窓を閉じるように言った。
 上陸予定の時間にはまだ早いと言われたが、とにかくこれで街が大水に襲われても部屋の中には水が入らない。
 このまま大人しく待っていてもいいのだが、たしかに時間が余っていたので外を巡回してこようと思った。

 街には警報が発令され、商店の立ち並ぶ通りは準備のために買い物をする人たちでごった返していた。
 一昔前に比べて、通信手段の発達したこの街には災害対策の設備も運用制度も整えられており、にわかに色めき立つような雰囲気はあっても、人々は割合落ち着いて行動している。
 この種の出来事に慣れてきた、というのもあるが、予測技術が発達して時間的な余裕があるというのが一番大きい。

 私は店を閉めようとしていた花屋に適当なブーケアレンジを見繕ってくれと注文して、非常に怪訝な顔をされながら代金を支払い、白いマーガレットにユリというシンプルな花束を包んでもらってその場を後にした。

 そろそろ頃合いか、と私は人の流れを横切って、喧騒から離れ、赤く朱に塗られた巨大な門が石敷きの段々広場を見下ろしている神社の方へと向かった。
 一人の少女が避難に急ぐ人々の方に目もくれずに社殿の方に歩いていくのが見えた。
 持っていたペンライトで合図として取り決めていた信号を送り、私は彼女に声をかけ、一緒に社殿の奥へと足を踏み入れる。

 両脇に朱塗りの円柱が立ち並ぶ板張りの広間を抜けて、御神体の封じられている扉へと続くルートを進む。今この時、警報を無視して外に出ているのは私と彼女だけしかいないはずだ。
 神主たちもすでに引き払い、敷き詰められた玉砂利に石灯籠と飛び石が案内をする、手入れの行き届いた庭先の松が見える薄暗い縁側の路から舎《やど》に上がったときも、そこに人の姿はなかった。
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2020/03/26(木) 05:30:05.10ID:qcC+WwZ/
 ――神獣の紋の刻まれた岩扉の前に立ち、右手を当てて開錠の言葉を唱える。その奥に続く狭く細い廊下を抜けると、そこには赤い棺のベッドに横たわる少女がいた。
「具合はいかがですか」
 黒髪の幼女ともいうべき少女は二人が来ると起き上がり、すっかり馴染みになった客人として迎えて「悪くはないわ」と返す。
 私が以前頼まれていた花束を手渡すと、それを受け取った彼女は、ありがとう、と微笑んだ。それは訳の分からない命令だったが、彼女のことであるから何か意味があるのだろう、そう思いながら本題を切り出そうとした。

「わかっているわ――星の護り人のことでしょう?」
「はい?」
「私は、彼をどうしようかずっと迷っていたの。やりすぎたわけではない、ただ自分の使命に忠実なだけ――だから時代との齟齬が生じた、本当は齟齬ではないのだけれどもね」
「は――齟齬、ですか」
「ヴォイド卿の双子がいたでしょう、あなたが選んで片割れに渡しなさい」

 そう言って彼女は手のひらを天に向けると、その直上の中空にぼうっ、と青白い霧が集まって実体をなし、金の房が垂れる黒塗りの鞘に覆われたその曲刀をはしとつかんで差し出した。
 私はそれを受け取り、式にのっとり恭しく頭を垂れた。
「御意に」
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2020/03/26(木) 05:30:49.31ID:qcC+WwZ/
「ところで、あなたに見せたいものがあるの」

 ぱん、と彼女が両手を打ち合わせると、そこは自分がつい今しがたまで立っていたはずの薄暗い洞穴の中ではなく、人ひとりが住むとは思えない、神殿のように荘厳で、だだっ広い空間だった。
 部屋を埋め尽くす、無数の彫像、壁画、天井画……彼女にこの部屋をどう思うかと訊ねられて、私はその芸術品の数があまりにも多すぎることを口にした。
 明るい光の差し込んでくる部屋の中央に配されたグランドピアノに向かう少女を私はエルベと呼んでいたが、彼女の話によればこれは全て石にされた女たちで、彼女の一族の人々なのだという。
 代々の当主がこの部屋を継いで、石化の呪いを解く方法を探してきたらしいが、この部屋を見渡す限り、その始まりは気の遠くなるほど、それこそ何千年もの昔からの話なのではないかと思われる。
 少女の背負ったものを知って、私は少しだけ、彼女の心を理解できたような気がした。

「花束のお礼、と言ったらおかしいかしら。けれどあなたには知らせておくべきだと思ったから」
「エルベの使命を、ですか?」
「いいえ――そう、そうだけれど違うのよ」
「それは私が存じてもかまわないことでしょうか」
「今は伝えようがない、けれどその時が来ればあなたはかならず気づくわ」
「……はい」

 彼女の様子に、彼女らしからぬ感情のさざ波を見て取った私は、その時あなたはどうなっているのですか、という問いをのみこんだ。
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2020/03/26(木) 05:32:19.47ID:qcC+WwZ/
 傷が癒えるなり行方をくらませたアーティを追って、王室騎士団治安維持局イェルムンレク支局大使であるナツメは、彼女が必ず旅の終わりに訪れるであろう神獣の紋の刻まれた岩扉の前に立ち、適当な岩に腰を下ろした。
 前時代の遺物である、地下千メートルに六基建造された核融合発電所のひとつへ続く封印であり、――マイナス百度の世界を廻りつづける八軌道四基ずつ、すなわち三十二基の衛星にエネルギーを供給する、この世界の秩序そのもの。
 その開けた森の高台によじ登って、今頃あの少女はどこにいるのだろう、と思う。

 少女の行く末について考えを巡らせていると、しばらくして、来た道の方から、身の丈二メートルはゆうに超えると思われる、人の肉を食らう鬼がやってくるのが見えた。
 このエネルギー場に惹かれて形成された、強力な魔物である。まともに戦えば勝てるかどうかわからない。
 ナツメは、いちかばちか、破魔の法を使って敵が崖を登りきる前に冥府に送り返すことにした。頭を踏みつけて唵《オン》の声を唱えると、それは断末魔の叫びをあげて黒い霧へと散った。

「一体倒しただけでこのエネルギー……さすがに、炉に近いだけはあるわね」

 これ以上ここに留まるのは危険と判断し、ナツメは増援を呼び寄せようと城壁内で待機している部下のロクトールに連絡を取った。
 しかし、その念話が何者かによって妨害され、すり替えられる。
 ロクトール側は、こちらは特に問題ないというナツメからの報告を受け、「わかりました。では、こちらも引き続き調査の続行を――」と、それが彼女自身の命令であるとまったく疑っていない。
 なんだこれは、と思ったが、こんな方法で連絡する人間は限られているし、おそらくは声までそっくり同じなのだ。
「まずいな……」
 目を閉じ、見えないネットワークを探って黙想していたナツメは、何者かが外部から割り込んで通信を書き換えている痕跡があることに気付いた。
 しかしそれは、発信者である自分だからわかることであって、「衛星サーバに割り込んでいる?」下手にこちらから連絡すれば、通信記録は整合性を保ったまま誤った情報が流れるかもしれない。
「頭が痛い、案件がまた一つ増えた」
 大幅な時間のロスではあるが直接出向くしかない。そうさっさと決断を下してしまって一度岩場を降りることにした。
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2020/03/26(木) 05:51:21.67ID:qcC+WwZ/
【獣と鳥:3】

「……ダメだ、回り込まれた!」
 背後の深い森に、次々と火の手があがる。何者かが放った火が乾いた風に乗り、魔の者どもを遮るかがり火の護りすらのみこんで、彼らの生きるサバドの街とステップを、緑の大地を焼き尽くそうとしていた。
 持ち主の手を離れて叩き落とされる熱波が大地を破砕し、黒い土をえぐる。これ以上広げてはいけない。延焼を防げるだろうか。四方から緊張した声が通り抜けるが、そのどれもが今のアーティには遠いことのように感じられた。

 ――自分にしかできないことだ。

 体が熱い。鼓動のたびに、血の巡りが異質な何かを自分の中へ運んでいくのがわかる。よく見知った人間のいない、馴染んだ地でもない、しかしおそらくは自分にしかできないことだ。
「しまっ……」
 体勢を崩した男の脇をすり抜けて、一直線に、地走りのごとく炎が駆ける。虚空より振り払われた赤熱の刃が、闇の住人を引き裂く。視界を潰され、ぎちぎちと蠢く無数の脚。
「おまえたちは、ここにいちゃいけない」
 ――このまま跡形もなく、消し炭となれ。森の捕食者をとらえた腕が、熱を増す。“それ”は苦しみにもがきながら、やがて少女の手の中で完全に命の感触を絶たれた。
「…………」
 理に従い、熱量が霧散していく――ひとつの死は、その熱量を得んとする他の死をひきつける。瞳に映る、揺れ動くこの明かりがいずれ他の敵を呼び寄せるだろう。
 結界の呪を張り損ね、死を覚悟したはずのアガトは目の前の光景を信じられないという面持ちで見ていた。幾条もの爪痕を残し、いまだくすぶる遺骸を横目に、アーティは“次”を求めて木々の深みへと分け入った。
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2020/03/26(木) 05:51:54.75ID:qcC+WwZ/
 走る、走る。この夕闇の隅々まで見渡せそうなほど、思考がクリアだ。風のざわめきに乗ってくる声の位置と、気配の把握。奴らが巣を作りはじめる前に叩き潰さなければならない。
炎に隊伍を分断され、散り散りになった森の暗闘の全体図を、頭の中に描く。
 体が軽い。疾く、疾く、息ひとつ乱さずに駆けることができる。これまで感じたことがないほどに手足の自由が利く――まるで、周囲の世界が手足の延長になったみたいに。

 ――つがえた火矢を、隊伍を組んで張り詰めた弓が、第一列、第二列、と交互に魔物どもへと撃ちつける。アーティはその彼らが向かう、目測でとらえた捕食者の影に、ありったけの熱量を叩き込んだ。
 ほとんど弾丸のように突っ込んできたスピードと重なって、拳の一撃は鋼の刃を通さない甲殻をあっさりとひしゃげさせ、炭化させながら鈍重な巨躯を吹き飛ばし、群がり伸びた木々の幹へと打ち据えた。
「大丈夫かっ……!?」
 ぶすぶすと白煙を上げ、昆虫類特有の複眼がかろうじて原形をとどめているがもはやそのために獲物を求めてさまようことはないだろう怪物と、言葉通り風のように現れた少年を見比べて、防人たちは目を白黒させている。

 街で延焼する可能性がある火のルートを塞ぐために一通りの破砕消火を終えると、俺の式神が戻ってこない、と合流したアガトが言う。
 衛星を経由する通信の妨害を避けるため複数の人間に直接魔力を分け与えていたナツメは「使い」の一人としたロクトールの魔力がその命ともども途切れようとするのを感じた。「……あ……ごめん……」それが、最後の応答。
 彼は何か強力な敵を追跡していて、気づかれてそれと正面から遭遇してしまい、戦いに敗れた。おそらくは。何度その名を呼んでも、もはや返事はない。

「いい、――オレが行く。あんたが出る必要はない」
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2020/03/26(木) 05:52:35.51ID:qcC+WwZ/
 ……城の内部に足を踏み入れると、鉄錆びたような、血なまぐさい臭気が鼻を突いた。陽の光の落ちた暗闇の中で、松明の火があかあかと、あるいは壁に打ち付けられ、あるいは重なり合うようにくずおれた兵士たちの死体を照らしている。
 王城の守護者たち、主君を守るつわものたちは、それでもその惨禍の中心に立つただ一人の敵を防ぐことができなかった。

「やっぱり、あんたが来てたんだな」
 石畳の間に響く、高くもなく低くもない声。少年の嘆息に振り返った男は、その姿を認めて笑みを向けた。
「遅かったじゃないか。今日はもう、お前の出番はないかと思っていたぞ」
 周囲の惨状にそぐわない優しげな、しかしどこか冷たいものを潜めた笑み。その手には、兵士たちから奪ったと思しき刃。身に纏う灰色の外套は、多くの人間の血を吸って所々赤黒く変色している。
 先ほどまでただただ殺すだけだった男の様子に明らかな変化を見ても、かろうじて生き残った人々は圧倒的な恐怖にさらされたまま、向かい合う二人の挙動を注視することしかできない。

「まだ、殺すつもりなのか」
 少年の幼い端正な顔立ちが、わずかに不快な怒りに歪む。松明の火を映した燃えさかる炎のような双眸は、目の前の男を真っすぐ睨み据えている。
「言っただろう? それが俺だ、と」
「はっ、――冗談はやめろよ」
 話にならない、と首を振って吐き捨てる。なぜこんなことをするのか、と重ねて問う少年に「お前がこのままその道を進むというなら、理解できる時が来る」と男はいう。

「お前の助けたがるその命とやらが、影にどんな真実を潜めているのか――お前にも理解できる時が来る」

 サバドの街は奴隷貿易の中継地となっていて、王はそれを見逃していた、という酒場で聞いたゴシップを不意に思い出す。
「リアン、――オレは」
「行くがいい。お前を待つ人間がいるのだろう」
 それだけを言うと男は背を向けて、その飾り立てられたビロード越しの心臓に刃を打ち付けられて滲んだ血の跡が残る、放り出された人形のように玉座にだらんとうずもれたままの王の遺骸の脇を駆け抜け、
 テラスへと続く階段から古城の闇に溶け込んで消えた。

 生き残った兵士の誰も恐怖に凍ったまま、追うものはいなかった。
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2020/03/26(木) 05:57:36.28ID:qcC+WwZ/
【獣と鳥:4】

 俺は夢をみない。いつだったか昔、この現実こそは何より悪夢に近いと言っていたやつがいたが、そうやって目の前にある日々から逃れるだけの感傷を俺は持ち合わせていない。
 だからいつか命が終わるということは、死は俺にとって救いではないし、およそこの世で救いと呼ばれるあらゆるものは俺にとって救いではない。

 国とは何であるのか。それは土地ではない。土地ではあるが、土地ではない。
 国とは人であり、彼らの祖先が形成した道、橋、水路、建物、通信拠点網、それらの仕事を運用する法制度と運用し必要なら整備できる人間を育てるシステム、つまりはすべての資産であり、つまりは彼らを十分に養っていけるだけの領土だ。
 ならば、守るべきものを失った騎士は何であるのか。彼の誓いは何の為にあり、彼の剣は誰の為にあるのか。民を失った領主ほど、この世で無意味なものはない。

 いまだ燃え残りの火がくすぶる焦土と、煤けた瓦礫の原。
 かつては夏になれば、見渡す限りが美しい緑に覆われ、花を咲かせ、道々は人々の活気で賑わっていたというのに、
 骨肉相食む権力闘争に敗れ、守るべき騎士たちのことごとくが地に塗れ、領民が苦力として連れ去られた今や、すべてが枯れ果ててしまったかのように見る影もない。
 いつかこの場所であるいは敵であった誰かが再び人の守りと営みを築くのだとしても、もはや何の感慨もない俺の中では、確かに何かが死んだのだ。

 既に決定的なものが死んでしまった後で、それでも生きている人間がいるとすれば、それを亡霊といわずに何といおう。
 失われたものに対して俺が何の感慨も抱かないのは、俺という存在がもはやただの肉身を覆う殻にすぎないからだ。そこに悲しみはなく、喜びはない。今の俺は魂の核を失った獣人にすぎない。
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2020/03/26(木) 05:58:32.34ID:qcC+WwZ/
 そして――世の中の風が変わったとして、人はその中で生き延びねばならない以上、常に何かを切り捨てることによって何かを選び、振り返ることの許されない隘路へ進まざるをえないが、その業に対する報いは必ずしも一定・等価であるとは限らない。
 少しばかり支払いが多いからといって理不尽を憤ってみても、底意地の悪いディーラーがそれで賭け金を返してくれるわけではない。だから自然と“そういうもの”なのだと思うようになっていた。
 明日の食い扶持を得るための賭け金が生命だとして、嘆かわしいと説教を垂れるのは僧籍にある人間の仕事であって、人の命がパンひと切れほどの価値もない戦場の中では、冷静さだけがあればいい。

 その意味では俺の生業に高尚な誇りなど必要ない。大局を操る者からすれば消耗品に過ぎないのだから、飼い慣らされない意志さえあれば、いいように使い潰されて切り捨てられることもなく生きてゆける。
 もはや落としどころの見えなくなった乱世の泥沼の中で(だからこそそれを生業にして生きているわけだが)、誰がどんな大義を掲げようと、渦の中にあるのは善悪ではなく生死のみである。
 欲望、野心、憐憫……情の揺らぎを見せたものから真っ先に裏切られる。自分はそれをしない。誰の側にもつかない。

 だから、トーナは冷酷と呼ばれた。
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2020/03/26(木) 06:00:17.62ID:qcC+WwZ/
 すべての調度品が同じ色合いに統一された部屋。整いすぎてむしろ味気ないと感じるその部屋に、二人の男が立っていた。
 書きかけの書簡と、双頭の獅子の記章が彫られた印形、インク瓶と羽ペン入れの立った執務机を挟んで、一人は窓際に、もう一人は入り口の扉に背を持たせかけて。
「何故あいつを行かせた?」
「彼女が、君を死なせるべきではない、とそう言ったからだ」
 君では何もできずに殺されるだけだろう。無謀な賭けは君らしくないし、するべきではない。そう、彼はただ事実だけを述べた。
「だからといって、」
「トーナ」
 低く、静かな、落ち着いた声。それは、この空間にこれ以上ふさわしいものは存在しないというような。
「この街を守るのが、私の役目だ。私はそのために存在する」

 窓越しに一望できる景色は、石の街。その窓を背にした男は、見た者の瞳を捉えて離さぬような存在感を放つ冷厳な瞳は、扉を背にした男と向かい合う。
 どちらも互いの視線を受け止めたまま、逸らすこともせず、空気が張り詰める。

「なら、俺は俺で、いつものように勝手に動く。それでいいんだろう?」

 そう吐き捨てて、扉を背にした男は扉を開けて出ていった。
 わずかに置かれた沈黙の後、残された男は、留め金を外して窓を開け放つ。ばたばた、と勢いよく吹き込んできた風に、合わせた襟元があばれ、薄い色合いの金の髪を翻弄する。
 そのまま彼は空を仰ぐと、天頂に昇った太陽をまぶしげに見つめ、深い紅の双眸を細めた。

「そう……幸いにもまだ、時間は残されている」
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2020/03/26(木) 06:04:46.57ID:qcC+WwZ/
 どこまでも広がるステップを見下ろす台地の上を、どこまでも吹き抜けていく短い夏の風の中に、彼はたたずんでいた。神獣の紋の岩戸を守るが如く、抜き身の剣を下げたまま、静かな覇気を湛える彼に、
「あんたは戦いに来たんじゃないだろう? なら、オレに戦う理由はない」
 そう告げるアーティに、遠い時代をも見透すようなまなざしの男――ハインリヒは、ふ、と笑んで剣を収める。

「では、行こう、炎の御手よ」

 ――世界の覇権をめぐる継承の儀式へ。と彼は静かに言った。
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2020/03/26(木) 13:29:03.60ID:qcC+WwZ/
【interlude】

 俺は、幾つもの間違いを犯しながら光の中を進む。影となって重ねられた死霊たちを引きずりながら……俺は俺の足跡を夜に染める。暗く、遠く冷たい星ばかりが導き手であった、あの頃の自分を闇の中に呼び起こす。
 俺はこの世に必要とされない人間ではなく、存在してはならない人間だった。この身が滅ぶべきであったというなら、それが正しいというなら、最も正しい選択は俺が始めから存在しないことだった。
 ……だが、それがなんだというのだ? それでも俺は生きているんだ――今、ここに。
 誰を殺しても許されるというのか? 何を壊しても許されるというのか?
 そんなはずはない、そんなはずはないさ。
 冷酷な人殺しは、いつか自分が殺してきた相手の類縁に殺される。俺の罪は、罰を以て裁かれねばならない。自分が自分の信じるものの為に戦うなら、その結末もまた受け容れねばならない。
 ――いつか俺の聖戦が、神の手によって粛清されるときがくるのだろうか?
 俺は孤独を恐れない。戦場跡に残された、無数の屍の一体になることは怖れても。もはや永遠に癒えることのない渇きを抱き、ひとり夜道を進む。
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2020/03/26(木) 13:32:39.16ID:qcC+WwZ/
【獣と鳥:5】

 ――この魂の奥つ城では相対する両者の最も深く記憶に焼きついている風景が表れるのだと、ハインリヒが別れ際に言っていたことを思い出す。
「……ようやく来たな、アーティ」
 そこには、少年の目の前で既に二度死んだはずのリアンの姿があった。懐かしさや郷愁にふける暇すらなく、ただ晴れ渡る空、明るい陽差しの降り注ぐ下で、鮮烈な風の吹き抜ける草原だけが二人の前に広がっていた。
「リアン……どうして?」
「ここで待っていれば、そのうちお前に会えると思った。俺はもう疲れた……お前の手で葬られるなら、俺は安らかに逝ける」
「……殺されたかったから、殺した?」
 唐突に喉元まで浮かびあがる答えを愕然と呟く。男は、頷きもしないが否定もしない。鈍い刃先で臓腑をえぐられるような重苦しい冷たさが、奥底から広がっていくような気がした。
「そんな――なんで、リアン、そんな」
「お前でなければ終わらせることができなかったからさ。この星が存在する限り、死の瞬間に力をそそぎ込まれ、俺は何度でも蘇る。永久に巡る不死の地獄を断ち切れるのはお前の炎だけだった」
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2020/03/26(木) 13:33:36.66ID:qcC+WwZ/
 ――俺は最初からすべてを知っていたんだ、アーティ。
 淡々と語る男の表情には、狂気の欠片も見当たらない。まるで懺悔をするように自分はお前を利用するために近づいたのだと告白する彼の姿から、眼を逸らすことができなかった。
「最初に出会ったとき、お前は暗い水晶の中で眠っていた。誰も訪れるもののない地下深く、幾重にも機械によって封じられた筒の中で、結晶となってな。
 俺は、思ったよ。そんなふうにずっと一人で、こんな暗い場所で、何千年も眠りつづけるってのはどんな気分なんだ、ってな」
「…………」
「……おたがい、少しばかり愛しすぎた。俺も、お前も。愚かな賢者が定めた未来も、筋書きも、俺はどうだっていい。随分と長いこと生きてきたが……結局、お前のいた数年が俺には一番良かったのかもな」
「……なら、もう一度やり直せばいいじゃないか。今からだって遅くはないだろ?」
 縋るような願いに、しかし彼は首を振る。
「そいつは駄目だ、アーティ。お前の兄貴でいつづけるには俺の手はあまりに汚れすぎた。世界の秩序が俺たちを許さない」
 そんなの、と右足から一歩前に進み出て距離を縮めようとするが、静かな制止の瞳を受ける。
「最後のわがままだ。お前は生きろ。もしもお前が、俺をまだ兄貴と思ってくれているなら。お前が俺を殺さなければ、今度は俺が殺した奴らの類縁がお前を殺しにくるだろう。――血で血を贖ってはならない。お前は、俺と同じ道に堕ちるな」
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2020/03/26(木) 13:34:17.12ID:qcC+WwZ/
 リアン、オレは、と言い淀む少女。
 ――どこまでも素直で、真っすぐで、お人好しのアーティ。どうせあいつには、無抵抗の人間を殺すことなんざできやしない。
 俺は右半身を引き、左足を一歩前に出して構え、何もない宙空から電離させた刀身を成して蒼くきらめく雷霆の剣を振り上げた。ぶん、と力を誇示するように切っ先を払い、そのまま斜め上方へ、遠い喉元に向かいぴたりと突きつける。
「さあ――命を賭けた決闘といこうじゃないか。今度は本気で来い。でないと、俺はお前を殺す」
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2020/03/26(木) 13:35:08.67ID:qcC+WwZ/
 悲しませるなよ、と男が一歩目を踏み込んだ。明緑色を芯とした青白い炎の輝きが鼻先まで迫る。
 さっと身を引き、袈裟がけの一閃をかわし、自分も腕に炎の輪をまといながら、逆袈裟、払いとつづく男の激しい連撃を防いで後方に大きく跳びすさる。
「いい動きだな。だが――甘いっ!」

 ――燃えあがる紅蓮を刃となせ。

 大上段に振りかぶる男が跳躍し一息に間合いを詰めてくる。振り下ろされた剣を、しかし膝を地に落としながらも間一髪で成された合わせ十字の刃で受け止めた。
 ばぢばぢ、と凄まじい熱量の火花が撒き散らされ、やがて力のかぎり徐々に男を押し上げて、そうして反発しながら膨れあがる質量に二人は互いの刃を中心として吹き飛ばされ、再び遠く対峙する形で向かい合う。

 体勢を立て直しながら、息がわずかに荒くなったのを感じる。急速に日が暮れて、星は落ち、世界は暗転する。
 燃えあがる野辺は暗く、夜空は深く、淡い緑の幻光が羽虫のように立ちのぼり、宙を舞い、そして消えていく。照り返すオレンジの光が地獄の底を包むように二人の姿を闇より離し、描き出す。
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2020/03/26(木) 13:36:00.50ID:qcC+WwZ/
 少女が静かに呟いた。
「オレは、あんたが大好きだったよ。今でもな」
 二振りの、つがいの双剣。その刃先に、描くべき軌道に意識を集中する。――覚悟を決めろ、アーティ。

 腕を振るって放った炎弾が堅い地を掘り起こして火柱を上げ、熱波と共に大気を薙ぐ。その一瞬前に舞い上がり、闘いの合図をかわした男は、そのまま高みへとおどり出て足場のない虚空に歩をとりつつ朗々と呼びかけてくる。
「さあ、決着をつけよう、アーティ。ここなら誰を巻き込むこともない。お前も存分に本来の力で戦える。俺が勝つか、お前が勝つか、答えは二つに一つだ」
 その男の言が終わらぬうちに少女は彼の後を追い、地を蹴った。煌めく火の粉とともに、燃えさかる翼を背に負って。
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2020/03/26(木) 13:40:46.44ID:qcC+WwZ/
【獣と鳥:6】

「――待て! 君ではその先には進めない!」
 宿から忽然と姿を消したアーティを追って、迷宮のように入り組んだ地下遺跡を駆け抜けたトーナは、タキシードの猫の姿をした亜人の制止を振り切って果敢に暗がりの奥へと飛び込んだ。
 周囲の壁から沈む深い闇が黒い獣人を呑み込んでふるえる。ちろちろと幽かにゆらめく不気味な虹の世界をくぐり抜け、魔と人との意識が混ざりあう境界面を越えた。
 途端に、痛みもなく全身が引き裂かれえるような得体の知れない怖気をおぼえる。

 おおおぉん、と嘆きとも呻きともつかない無数の声が傍らをすり抜けてゆく。それはもはや言葉ですらない。すべての季節を失った世界……たとえわずかでも意識の軸がぶれれば細胞ごとほどけて消えて、自分が《彼ら》になってしまう。
 そうなればもう二度と自分が生きていた世界に戻ることはできないことを察する。

(一番強い光を――一番強い光を、探せばいい)

 風哭きのような幽鬼たちの存在をかい潜り、残されたわずかな本能を頼りに薄闇の奥の暗闇へ、ともすれば今にも途切れてしまいそうな生命の気配を辿った。
 遠くから、ぼんやりと青白く光る何かが近づいてくる。細い糸のように見えていた姿が次第に鮮明になるより前に、それが何か恐ろしいものだということだけはわかった。
 肉体を失った巨大な骸骨の龍が、トーナの頭上すれすれをかすめて通り過ぎた。心臓が早鐘のように鳴っている。青白い炎に覆われた巨躯は、ゆるやかな波のようにうねりながら辺りを回遊し、やがて去っていく。

 無数の星が、虚空の海に瞬いては消えていく。誰のものとも知れない感情、痛み、思考、イメージ――そんなものが全身に流れ込んできて天地を奪おうとする。一瞬、方向感覚を掻き乱され、息に詰まる。

(ぐっ――どこにいる、アーティ)

 記憶の海と混ざり合った虚空の景色が、トーナの心を解いて導く……彼が捨てたもの、失わざるをえなかったもの、戦士の誓い、騎士の誇り。かつて生きていた場所、まだ守れるものがあった頃の自分、家族、仲間、友人――。

今ではもう取り戻せないすべての先に、炎使いの姿があった。
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2020/03/26(木) 13:41:23.56ID:qcC+WwZ/
 闇を吹き払い、あかあかと閃く炎の星が、真っすぐに尾を棚引かせながら男に迫る。銀の髪の雷帝は荒々しくさえずり猛る電圧を手のひらにまとい、投擲の体勢から解き放たれた雷柱が矢のごとくに走り、かすめゆく大気を震わせる。
 ゆるい曲線を描きながらそれを避け、さらに追撃として浴びせられたすれ違いざまの一刀を辛くも受け止めた少年は、すぐさま空中で後ろ回りに重心をとってブレーキをかけ、炎の羽を漆黒の夜に散らして飛び出す。

 打ち合うたびに凄まじい衝撃で腕ごともっていかれそうになるが、剣を失うことは即座に死につながる。瞬きひとつで確実に頭を割られ、肩を落とされる。
 そして力押しは無理でも下手に間合いをとればリーチで劣るこちらは一方的に切り刻まれるだろう。意を決する。
 男の斬撃の隙をついて、その懐に飛び込んで斬りつけた。脇腹からた走る鮮血を意に介さぬ激しい撃剣にタイミングを合わせ、打ち返す。するどい刃の一閃が目前をかすめる――。

 二つの星が衝突するたびに、空は激しくまたたき、無辺の闇を一瞬の光が照らす。
 あおあおと生い繁っていた緑はあたり一面焼きつくされて不毛の荒野と化し、すでにこの夢幻世界が戯れに産み出す魔物たちでさえ彼らのそばに近づこうとするものはなくなっていた。

 火花が、無数の火花が大地に降り注ぐ。

 戦いの嵐がすべてを薙ぎ払い、そうして二人は血みどろになりながら互いに不器用な言葉を交わす。すべての動作に、一撃一撃に、想いを込めて。
「あんたは自分のすべてをかけて、人間と、この世界と戦ってきたんだ。ならオレも、オレのすべてをかけてあんたの前に立たなくちゃならない――そうだろう? リアン!」
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2020/03/26(木) 13:41:58.67ID:qcC+WwZ/
 時の経過とともに少年の気迫が増してゆく。洗練されすぎた連撃に慣れ、傷を負いながらも隙をつくタイミングを徐々につかみはじめていた少年に男のペースが譲られていき、突きを繰り出す一瞬をすり抜けて浴びせた両の抜き打ちに勝敗は決した。
 リアンは敗れ、朱く軌跡を残しながら地に落ちてゆく。強かに打ちつけられ、剣の炎が消え去ったあとも、ごろりと仰向けのまま大の字に倒れて荒い呼吸を繰り返す彼のまわりで残り火のようにぱちり、ぱちりと青い雷電がはじけている。

「本気で闘ったのに、負けちまった――」

 割れた額から流れ出した血が、水銀と同じ色合いの彼の髪を赤く染めていた。そして彼は、足元から淡い蛍火となって消えていく彼は……笑っていた。
 リアン、と降り立ったアーティは、駆け寄ろうとして躊躇って、途中で立ち止まる。そして片膝をついて、彼の前にかがむ。
「まったく、大したもんだな。さすがは俺の妹だ――でもな、お前はもうちょっと、女の子らしくしたほうがいい」
 軽口を叩くリアンに、涙が溢れ出しそうになるのをおさえながらアーティは答えた。
「……それは、兄ちゃんのせいだろ?」
「ははは、ちがいない。そうだな、悪かったよ。……だが、さすがに今度ばかりは疲れたな」
 苦しげな素振りも見せず、しかし掠れた声で応じるリアンは、ふう、と長く深い息をついた。
「アーティ、俺は少し、眠る――」
 そう言って目を閉じる彼の身体は、抱きしめようと伸ばされたアーティの手をすり抜け、完全に飛散して、やがて虚空の闇へと消えた。
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2020/03/26(木) 15:02:21.42ID:qcC+WwZ/
【獣と鳥:7】

「あの人は……何が正しくて何が間違っているのかをオレに教えてくれた人なんだ。今でもオレには、あの頃のリアンが間違っていたなんて思えない」
 ぼんやりとした、夢の中の風景にも似た場所。トーナは、酒場の壁に背を凭せて腕組みをしたまま、他に誰もいない薄暗い照明のカウンター席の隅に肘をつく少年の話を黙って聞いている。
「風吹く草原を駆け抜けたあの人の剣に、人の心がこめられていなかったなんてどうしても思えない。
 どうして、リアンの悲しみが本物じゃないって言えるんだ? 時おり見せる寂しそうな横顔を、オレは忘れたことなんか一度もなかった」
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2020/03/26(木) 15:03:27.38ID:qcC+WwZ/
 商業都市ガレリアから東のイェルムンレクに渡る貿易商人の編隊を、列の中腹から襲ってきた火の粉たちを払ったとき、殺さなかった敵に向かってリアンは大声で呼ばわった。
「その気があるならまた来い! いつでも相手をしてやる」
 並みの盗賊であれば、二度とそれで彼のそばには寄りつかなくなった。
「しかし、どうして逃がしてやるんです? 所詮あいつらは、生計を立てるためなら何でもやる連中だ。生かしておいてもロクなことをせんでしょうに」
 路銀を稼ぐためにリアンが護衛としてついていた隊商のリーダー格が、不審に思い、そう訊ねた。
 はじめのうちこそ馬車の横でその成り行きを戦々兢々と見守るだけだった彼らであるが、徒党を組んだ盗賊団を散り散りにさせる圧倒的な実力差を目の当たりにして今は少々興奮気味だ。
「なに、やつらはどうせ、絶対に俺には勝てないんだ。たとえどんな手を使っても、な。なにせ俺は強い。そいつを思い知らせるには、四、五人叩っ斬りゃあ十分なのさ」
 とん、とんと剣の背で肩を叩きながら乾いた顔で自負心を披露する男に、しかし人々は嫌悪どころか頼もしさすら抱いた。
 治安の悪い時世が続けば用心棒というものに対してそういった態度をとる者も珍しくなくなる。彼らは、自分の命がなくなっても商売が続けられるなどという夢はみていない。
 街道の端に倒れる者を横目に誰もが明日は我が身であると痛感しているからこそ、強く力ある者を必要とし、その強者に憧憬のまなざしを向けるのである。

「……これでやつらも少しは懲りただろ。ま、そんなに早く諦められても、こっちはやることなくて退屈なんだがな」
 リアンは戦いを楽しんでいるが、血を流すことに良い意味でも悪い意味でもこだわりを持っていない。その点は、潔いほどに無欲であった。まるで傍らの少年に自分の戦いを見せることで生き抜くことの意味を教えようとするかのように。
0037247
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2020/03/26(木) 15:07:27.76ID:qcC+WwZ/
「誰も彼もがあんたをののしる……あの男こそが人間の敵だ、って。だけど、今でもオレには信じられないよ。あんたが本当に、何の理由もなく、こんなひどい事をするなんて。
 何故オレのそばを離れた? これが、こんなものが、あんたの言う力の掟なのか?」

 目の前にいるリアンは、あの頃といささかも変わりがないように思える。たとえ彼が人間とは違う異質な何かだと知ったあとでも、その想いには変わりがなかったのに。
「子供たちは、あんたを慕っていた。なぜ殺した? あの村は、あんたのおかげで立ち直ったんだ。何故壊した?! 答えろよっ、リアン……!」
 アーティはリアンに馬乗りになったままナイフを振りかぶり、悲痛に叫んだ。彼の襟元をつかんで握りしめた指先がぶるぶると震えている。そのナイフもこの男からもらったものだった。

 ――戦いの刃をどう使うべきか知っているか。

 少年はかつて兄と呼んでいた男に、生きる為の術を教わった。生きる為のすべてを。
 燃えあがる炎のはぜる音と悲鳴がこだまする中で、二人の時間だけが静止している。少年の心は、判断を下すことをためらっていた。振り下ろせないままの刃は、あかあかと映り火に照らし出されているというのに。
「それでもお前は俺を殺せない、か」
 男が皮肉っぽく笑う。
「……なあ、知ってるか? 悪魔ってのは、契約の代価としてその人間の最も貴重な宝を欲しがるんだそうだ。だが生憎と……お前には俺しかいなかった」
 猛りも興奮もまったく感じられない、哀れみを含んだ穏やかさでリアンが言う。そして唐突に上に乗っていた少年を真横に払いのけ、そのままの動作で少年もろとも彼を斬ろうとしていた男の心臓を一突きにした。
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2020/03/26(木) 15:08:35.59ID:qcC+WwZ/
 街の衛士らしいその男は、両刃の剣を振りかぶったままの姿勢で、前のめりにどうと倒れた。リアンがそれを払いのける一瞬、恐怖に歪んだままの虚ろな瞳が、少年の目に入る。
「相手が俺じゃなかったら、今のでお前は死んでいた。教えたはずだがな……死を招くものが油断だと」
 ただ事実を述べる冷淡な言葉が、かっと熱くなるだけだった胸に刺さる。突き放したような宣告にいつかの面影はない。そしていつの間にか周りを囲まれていたことに気づいて、アーティは起き上がろうとする。
「ボウズ、早くその男から離れろ!」
 顔見知りの衛士だった。
 親切な人で、この街に来たときにいろいろと世話を焼いてくれて、今は――鋭く剣を構えたまま自分を助けようと顔を真っ赤にさせて叫んでいる。
「たしかに俺は強い。だが、お前は……その気になればいつだって、俺を殺すことができるんだぜ」
 動けずにいたアーティを差し置いて、何かを言うより早くリアンが動いた。
 一人、二人、三人。すっ、と影のように近づいて、目にもとまらぬ速さで刃を振るう。鉄の鎧に固められた包囲網がまるで細い糸の断ち切られるように次々と崩れていく。即座にあがる悲鳴と混乱。しかしリアンは攻撃の手を休めない。
「くそっ、滅茶苦茶だ!」
「誰か、早く援護の要請を――うわっ!」
「ちいっ、狂ってやがる」
 あっという間に仲間の大半を叩っ斬られた衛士の一人が、リアンに向かって毒づいた。負け惜しみともとれるが、その額には脂汗が浮いている。肩からだらりと垂れ下がった右腕は、四肢の根元とほとんどつながっていない。
「狂っている、か。本当にそうなら良かったんだろうがな。俺はいつだって正気だよ……いつだって、な」
 気のない素振りで応じるリアンは、言いながら、ちらりと少年の方に視線を流した。立ち直れずにいたまま、うっ、と言葉に詰まる。
「この、化け物め!」
 隙ができたと踏んだのか、それを見て背後から斬りかかった相手の剣を、しかし男はひらりとかわし、そのまま体をひねった勢いに任せて胴を横殴りに払った。
 吹き飛ばされた衛士は、脇腹から胸骨にかけて開いた裂傷で、倒れ伏したまま息も絶え絶えにあえいでいる。
「ぐっ、うう……」
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2020/03/26(木) 15:09:21.62ID:qcC+WwZ/
 ぽつり、ぽつりと雨が降りはじめた。
 雲行きの怪しかった空は太陽を完全に覆い隠して、やがて本降りへと変わるだろう。埃っぽい路地裏の空気と、濃い血の臭いが、次第に混じり合っていく。煙だか雲だかわからない燃え残りのきな臭い風が、いやな冷たさを帯びはじめた。
 ああ、あの人はもう助からない……少年の心はそう思っても、身じろぎひとつできない。やめてくれ、と叫ぶ。しかし声が出ない。
 ぶ厚い鎧の裂け目から流れ出した血が、地面に赤い吹き溜まりとなって広がっていく。男の剣が、その苦しげな呻きを断ち切った。
「…………」
 残された最後の一人が、彼を激しい怒りの形相で睨み据えている。装束はボロボロで、髪は乱れ、傷もけして浅くはない。だが、死を前にしても衰えない戦意と、敵への怒りだけが衛士の足を支え、脅威に立ち向かわせていた。
「人間というのは所詮、自分のテーブルでものを考える以外に能のない連中だ。理解できないことは、どんなに重要なことだろうと切り落としてしまって見向きもしない。まるで、そんなものは始めからそこにはなかったかのように、な」
 リアンの戯言を無視して、衛士は構えをとり直した。
「お前……いったいこれまで、何人殺した? 俺は大概の悪人の面を見てきたが、こうも怖気立つような奴に出会ったのは初めてだ」
「そう思うんなら退け。どのみちお前に勝ち目はない。こんなところでわざわざ死に急ぐこともあるまい」
「いいや、そういう訳にはいかないな。お前のような奴を逃がしたら、ロクなことにならないのは目に見えてる。命に代えても、ここは通さん」
 衛士の言葉に、ふ、と静かに目を閉じて彼は微笑む。そして、敬意を表するように剣を差し向けた。

「そうだな……戦士はことごとく、みなお前のようであるべきだ」

 ――勝負は一瞬で決まった。衛士は倒れ、リアンは腰に得物を収めた。
「口を閉じて黙っていろ……誰に聞かれても、何も言うな。お前の命と引き換えにすべき時でないのなら」
 俺の心など、お前は知らなくてもいい。そう言い残し、ざあざあと地を叩く雨のうちけぶる中を彼は少年の前から去った。
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2020/03/26(木) 15:12:12.12ID:qcC+WwZ/
【獣と鳥:8】

 かつて硬直しきった日本の医療界に失望し、国境なき医師団としてシリア、イラク、レバノン、スーダン、リビア、中近東や北アフリカといった激戦地を渡り歩いていた。
 本国の人々からはもっと安全な国に行けばいいのにと言われてきたが、私は医者だから、ただ救うべき命がそこにあるから、誰かが行かなくちゃならない場所だから私が行くんですとそういつも返していた。
 帰国するといつも穏やか過ぎる空気の中で困惑するのは、緊張感がほどけていってしまうことにだったろうか、そのことに危うさを覚える自分にだったろうか――懐かしく遠くもある故郷の人々の顔が脳裏をよぎった。

 病院代わりに借りているモスクを出ると、埃っぽい乾いた風に日差しが降り注いでいる。空爆で二階部分の鉄骨がむき出しになったビルの横を通り、カフェへ入る。
「アッサラーム・アライコム」
 街になじむために過激派のメンバーと昼食を取る。
 人手も予算も限られている中でできることをする――信頼関係とはいかずとも、不信感を抱かれては仕事ができなくなるからだ。
 不慣れなペルシア語を交えて簡単なコミュニケーションを、油断のならない相手だとは思いながら、彼らも生身の人間であることを感じる。

 ――ふいにフラッシュバックする最前線の復讐劇。

「仲間を戦車でひき潰したから我々はお前を同じようにする」
 砂埃で汚れたベストの肩口を両サイドからつかまれ、乱暴に引き立てられていく戦車兵によって、繰り返されるアラー・アクバルの聖句。地に投げ出され、キャタピラの進路上に頭を押し付けられた彼は――
 殺す側も殺される側も同じように同じ神に祈る。その矛盾と無力を強く感じているから私はここにいるのか。
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2020/03/26(木) 15:15:30.97ID:qcC+WwZ/
 それはどこにでもあり、そしてどこにもない。あの愚かな賢者は、この魂の奥つ城のことをそう呼んでいた。見えざる届かざる世界、と。
 あの男は扉を開いたにすぎぬ。それははじめから人の中に、いや、この世に存在するあらゆる生命の中に予め在ったものなのだ。ただ、誰もがそうとは気付かなかっただけで、な。

 君は、この宇宙ですら一つの生命であると考えたことはあるかな? 目覚めて生まれ、死して眠る、永久の季節をたゆたう萌芽。この地は、まさしくその生命としての宇宙を体現する鏡なのだ。
 神聖なる領域、数学世界、決して触れ得ざるもの、水面の向こう側――どんな名前で呼ぼうと、人がその本質までを知ることは決してない。たとえどれほど多くを手に入れ、多くを知ろうともな。
 あの男が足を踏み入れたのは、そういう場所だった。

 ――そして、《鍵》を手に入れたのだと彼は言う。自らをシックザールと名乗る、全身を黒ずくめのマントとフードで覆っていたその男は、静かに目を細め、鋭い眼光をさらに厳しく虚空の闇へと向けた。
 するとその先にかつて少年が見たこともない風変わりな、しかし高度な文明が発達していることを思わせる街並みが視界いっぱいに広がって、暗幕の空にとって代わった。
「直接には、前の時代が滅びたのはあの男が原因ではない。だが、にもかかわらず、《鍵》を手に入れてしまったからという理由だけで、すべてを自分一人だけで背負って死んだ。
 血は争えないということだな……あれは愚かだ。その父と同じく、研究対象に情を移して死んだのだ」

 救えない、とシックザールは苦い嘲笑を浮かべて首を振った。
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2020/03/26(木) 15:42:04.97ID:TwJ5UGb/
「だけど、そうやって笑うあんただって今じゃこっちの世界の住人だろ? どうして?」
 少年は訊ねた。それこそ、彼の言う《研究対象》に取り込まれた証拠ではないのか。彼がこうして、人間の意識と生命をバラバラに砕いて溶かしてしまうというネットワークの中で、実体を保っていられるということが。
「その通りだよ。だから救えない。あれは死ぬ間際、とんでもないものをあちらとこちら、両岸の世界に残していったんだ。それこそ、言葉通りの冥土の土産をな」
 ――そのひとつが君だ、アーティ。シックザールは淡々と言葉をつなぐ。そこにはいかなる責めも存在せず、したがっていかなる赦しも存在しない。ただ冷厳に事実を述べる、そんな調子だった。

「あの男がどうやってそこまで辿り着いたかは知らぬ。私ですら、この世界のことを知り尽くしてはいないのだ。
 暗い魂の深淵から、この地で最も遠いその場所から、君という一つ星を連れ去って再び人の世界で眠りにつかせた……崩壊をまぬかれぬ歴史の混沌が終わり、目覚めるべき日が訪れるその時までな」
 ――そして世界は確実に変容した。
「あの愚かな賢者が何をしたのか、本当のところは誰も知らぬ。何を望み、何を見たのか……だが、そのために私は、御覧のとおり人間ではない何者かになってしまった。いったい、何が起こったのかもわからぬままに、な」
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2020/03/26(木) 15:42:33.75ID:TwJ5UGb/
 少年が、何かを思いついたかのように顔を上げた。
「じゃあ、あんたもこの世界に囚われたまま死ぬことができない存在なのか?」
「いや、私は死ねないわけではない。死なないだけだ。私は、この世界の行く末を見届けなければならないからな……だから死なずにいる」
 それは自分の意志だ、とシックザールは言った。
「自分で選んだからこそ、たしかにこの世界に囚われていると言えるのかもしれんが、私はそこまで皮肉屋ではない。
 われら三柱、シックザール、エルベ、ツォイクニスと特別な役目を課された者たちは、宿る肉体が滅びれば、その魂も記憶も溶けてなくなる。そして、やがて現れる新たな者たちが我らを引き継ぐ。新たな我々、柱人となってな。
 私以外の二人もそうやって何度も代替わりを重ねてきた。――リアンは特別なのだ」

 黒マントの男は、少年が最も聞きたかったであろうことを口にした。精悍な雰囲気を漂わせるシックザールの横顔はフードの陰になってよく見えない。
「特別?」
「リアンは、星の守護者に選ばれてしまったからな。あの愚かな賢者によって……そしておそらくは、君を目覚めさせるという、その目的の為に」
 少年は沈黙した。
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2020/03/26(木) 15:43:01.18ID:TwJ5UGb/
「自然な生命のサイクルから外れ、ただ一人彼だけは崩壊と死を経るたびにもとの魂と記憶を持って甦りつづけ、やがて歪みを免れなくなった。
 私も、随分と長いこと彼を見てきたが――あの男に残された最後の友人として、私は君に感謝している」
「でも……だけど、結局リアンが苦しんだのはオレのせいなんだろ? オレがいたから、そんな守護者なんかに選ばれて、だから」
 だからあんな、と少年は苦い罪悪感をにじませながら言った。しかし男は首を振る。
「君がいたから、リアンは幸せだった。あの男が生きた長い時間の中で、私が見てきた彼の中で、君が隣にいた時のリアンが最も幸福そうで、人間らしい人間だったよ。それに、苦しんだのは彼ばかりではなく、君だって同じだろう?」
「……オレのは、そんなんじゃない」
 戦乱と、とりつかれた人間から生まれる魔物たち。つかの間に訪れる平和な時代。変転してゆく世界を虚空の闇に見ながら、少年は呟いた。何も知らなかったから、理解できなかったから、苦しめただけだ。
「なるほどな。ならばせめて、あの男の最後の願いを叶えてやってくれないか」
「生きろ、と?」
「そればかりではない。彼の友人を、助けてやってくれ。私が憎みつづけた愚かな賢者を、彼は助けたがっていた……今もこの世界の牢獄に囚われている、クレアの魂を」

 ――あの愚かな賢者は自分の存在を媒介として、人の世とこの夢幻世界とを繋げたのだ。シックザールは言う。リアンは、クレアがもうこの世界のどこにもいないと思っていたよ、と。
 アーティは、はっと顔を上げて振り向く。しかしもうそこに黒マントの男の姿はなかった。八方をとりかこむ人の街の幻影も、次第にもとの虚空の闇に、天と地との区別がない、夜空の風景に戻ってゆく。

「待ってくれ! あんたは何を知っていたんだ!?」

 シックザール、とその名を呼ぶが、もはや返事はない。三柱の一人としてこの世界のネットワークを自在に操れる彼は、すでにそこを通って何処か別の場所へと移動してしまった。
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2020/03/26(木) 15:44:02.43ID:TwJ5UGb/
【獣と鳥:9】

「――歩くしかないか」
 とりあえず進む。後の事はそれから考えよう。一人取り残されて途方に暮れていたアーティは、決心して足を踏み出した。
 何処へ行けばいいのかわからなくても、この場所でじっとしているよりはましだろう。心に空いた空虚な穴が、こんなわけの分からない目的によって埋まるわけではない。だが、今ここで立ち止まってしまうと、多分もう歩けなくなる。
 この広大な夢幻世界のどこかにいる、クレアを見つけ出す。シックザールがどうしてそのことをリアンに教えてやらなかったのか、あるいは彼自身がどうにかしようとしなかったのか、そんなことはどうだっていい。
 オレは、こんなところで倒れるわけにはいかない。リアンとの約束を、無駄にするわけには。
 オレはあがく。どれほど醜く、無様だろうと、あがいて闘う。

 気休めでもいい。今は、生きてやるんだ。
0046247
垢版 |
2020/03/26(木) 15:44:43.07ID:TwJ5UGb/
「……アーティ!」
 どこからか自分を呼ぶ声に、少女が振り返った。明るい、陽の光のような髪の色と、黒に近い深紅の双眸。その瞳が映した先には、初めて見る、しかしよく見知った顔があった。
 かすかな驚きとともに、トーナ、と少女が青年の名を口にする。ややあって、青年が言った。
「行くのか?」
 少女は答えない。すべてを振り切ってしまったような、振り切れないでいるような。懐かしくて、ひどく遠い。青年は、この場で次々と浮かんでは消える言葉を、何ひとつ口にすることができなかった。
 その横顔が、どこか届かない遠い場所へ行ってしまうような気がして、叫んだ。
「俺を、置いていくな!」
 それは紛れもなく人の姿をしていた青年に、少女は優しく微笑んだ。大丈夫、オレはどこへも行ったりしないよ、と。
「生きていればまた会えるからさ……だから、そのときまで、さよならだ」
 そして少女は、闇の奥へと歩み去った。
0047247
垢版 |
2020/03/26(木) 15:48:38.13ID:TwJ5UGb/
     すべての地獄と楽園の終わりに、我らはふたたび出会うだろう
     全てがはじまった、あの緑の風吹く地平の丘で
     我は知る、汝が汝であることを
     我は紡ぐ、汝が夢の跡より、新たなるたましいの器を
     時至りて、訪れしは目醒め
     残酷な美しさに涙せよ、我らが夢の器
     お前が何より愛し、お前を何より愛したものを悼み
     別れを告げるために、お前は来たのだから


第一章:獣と鳥 完
次回第二章:機械の王 に続く
0048名無しさんの初恋
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2020/03/26(木) 16:10:38.11ID:9rmPgLe4
うんうん
君のスレだから勝手にこっちで書いててね。
向こうに邪魔しに来ないでね?
迷惑だからここから出てくるなよ。
0049名無しさんの初恋
垢版 |
2020/03/26(木) 16:41:10.65ID:TN1ExGaH
オリジナル妄想小説とか書いてて変な人♪
0050名無しさんの初恋
垢版 |
2020/03/26(木) 16:46:31.86ID:9rmPgLe4
そうそう
統合失調症は隔離して1人で語ってれば良いよ。
人の想いにイチャモンを付けに来るんじゃないよ。
0051名無しさんの初恋
垢版 |
2020/03/26(木) 16:53:14.88ID:TN1ExGaH
うん♪わかった♪
0052247
垢版 |
2020/03/27(金) 05:21:35.65ID:fffrdAH8
【第二章:機械の王】

 ――あの日、僕が世界から消えたあの日。
 海の見える坂道、機械の柱の立った岬……昔、小さな旅の途中で見た風景。何度も何度も繰り返して見た風景。墓石のようなオベリスク。
 暗雲と、暴風と、海を渡る飛行機と。全てを拒絶しようとしたバベルの塔。
 ありふれた冒険の終わりに空は闇に包まれ、天を貫く虹の柱は解き放たれて、世界は変革の時を迎える。変化を免れない生物と、人類すべてを無限の円環の中に閉じ込める――。
 闘う理由があるなら躊躇うな、と遠くで誰かの声がする。震える照門に定まらない照星。熱くて冷たい何かが激しく胸を掻き乱す。それでも引き金を絞る指は止まらなかった。

 さよなら、と。乾いた音が響く。

 左手に拳銃を握りしめたまま、深く息を吐きながら、右手で肩を抱く。いつの間にか呼吸が荒くなっていた。
 目の前には、塵ひとつない室内に整然と並べられた薄い機械の箱の列と、それを透かし見せる光学スクリーンが更新されてゆく情報を流し続ける下の、金属デスクの脚に首をあずけてだらりと力なく座りこんだ白衣の男。
 弾丸はその額を正確に貫いていて、ただ、伝い落ちる血潮にぼやけた白色が少しずつ赤くにじんでゆくさまを凝視していた。

 ――これで、もう後戻りはできない。武器を放り、硬質な音が滑ってゆくのに踵を返して駆け出す。

 たとえばそれが、見ていることしかできないとして、それでも何かを望むとすれば。
 あの日、僕が世界から消えたあの日。
0053247
垢版 |
2020/03/27(金) 05:23:20.12ID:fffrdAH8
 深く生い茂る原生林の海が途切れて、唐突に開けた窪地があらわれる。剥き出しになった岩塊と、錆びて落ちた何か建物の残骸と、翼の骨組みのように空に向かって手を伸ばす鉄の柱。
 横足を平行にそろえてブレーキをかけながら土埃を舞わせ斜面を下りてみると、その場所は見通しが悪かった。
 短くはねた夕暮の空に近い髪の色と、深紅の瞳。皮革のブーツに枯れ草色の防塵マントをまとった少年は、静かに目を閉じて周囲の気配をさぐった。見渡すかぎりにえぐられた岩盤の迷路で、大気そのものに神経をつなげそれ≠探す。

(――存在が、近いのか)

 確かに得られた手応えにさらに深く集中しようとすると、おかしなノイズが入った。誰かの話し声が聞こえる。こんなところに人が、と思う暇はなかった。
 横手から現れた黒い残像を身をひねってかわし、あっ、と声が聞こえた時にはもう遅い。次の瞬間、少年は現れたもう一つの何かと側面衝突し、肩から強かに地面に叩きつけられた。
「っ痛ぅー…ご、ごめん、君、大丈夫?」
 いきなり派手にぶつかってきたその人は、尻もちをついた姿勢からあわてて膝立ちになってにじり寄りながら、脇に変な機械人形を連れていた。頭をさすり、なんとか、と言って起き上がろうとすると、目の前、というかすぐ鼻先に顔がある。

 きれいな翡翠の瞳が、こちらを見ていた。
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2020/03/27(金) 05:25:36.91ID:fffrdAH8
 木々の緑と当間隔をあけて立ち並ぶ、四つ脚にねずみ返しの付いた高床式の家々。その間に時折、苔に覆われた、もとは鈍色や錆色であったであろう機械タンクとおぼしきものが見える。
 そして洗い物の水桶が出しっぱなしになっていたり、タンクからタンクへと伝う細いパイプダクトが物干し竿代わりになっていたりと、高度な文明に包まれているはずなのに妙に生活臭を感じる。
 自分のように外から来た人間なら少なからず驚きをおぼえずにはいられないだろうとは思うが、ここに暮らす人々にとってはこれが当たり前の風景なのか。

「おねえさんは、何で機械を作っているの?」
 少年は、ふと訊ねてみた。
 彼女の家まで案内されて、その辺にあるものを好きに使っていいと言われたので、電気ポットから淹れたお茶のカップを渡し、自分ももう一つのカップを口元に運んだ。彼女はありがと、と受け取ってそのまま作業に戻る。

 ――なんというか、雑多なところだな、と思った。
 部屋の中には何に使うのかよくわからない部品が散乱し、床の上には黒く太いコードが何本も這って、そのすべてが集中する先には今現在彼女が向かっている鉄の塊があった。
「ある人はなぜ山に行くのか聞かれて、そこに山があるからだと答えたそうだけど……」
 なにやら工具を片手にしながら唐突に話しはじめる。
「私の場合はさしずめ、そこに謎があるから、でしょうね」
 言われて、さっきの続きだと少年は思い当った。
「謎?」
「そう。この子だって、何も一から全てを私が創ったわけじゃないのよ。壊れたパーツ、欠けてしまったパーツ、そんなものをあちこちから集めて、分解して、整備して……あれは駄目だな、これは使えるかな、って思いながらひとつの形にしていくの。
 だから部品そのものを製造することはできないし、本当のところはこれが何で動いているのかわかっていない」
0055247
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2020/03/27(金) 05:26:25.69ID:fffrdAH8
 でもね、と彼女はとびきりの笑顔を少年に向けた。
「始めから全部わかっていたら、そんなの面白くもなんともないわ。いつかこの謎を自分で解いてやるんだ、って、いつもそう思ってる」
 調整のためにバラバラに分かたれた目の前の鉄塊を、愛おしそうに撫でながら言う。
「ここに確かに存在するのに、正体はわからない。素敵だと思わない?」
 少年は頷いた。
「うん。なんだかとても楽しそうだ。おねえさんならきっと解けると思うよ。その謎を解いたら、次はどうする?」

 その反応が予想外だったのか、
「……えっ? うーん、そうね。そうしたら、また次の謎に挑戦するわ。わからない事、知りたい事なんてこの世に山ほどあるし。生きてるうちに謎が無くなる、なんて私が心配する必要はなさそうよ」
 と、彼女は肩をすくめておどけたように言って笑う。
「でも、あなた変わってる。だって、私のことを変だって言わないもの」
 少年は、話の間にすでに空になっていたカップを、脚の長いちいさな円机に置いた。
「おねえさんは自分が変わっていると思うの?」
「まあ、かなり……奇妙な部類に入ると自負してるわ」
 少し複雑な顔で、その人は答えた。
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2020/03/27(金) 05:28:29.98ID:fffrdAH8
 彼の半身がこの地にあるのは間違いない。だが、反応が微弱にしか感じられないのはどうしたことか。
(まだ、目覚めの時が遠いということか――)
 少年は、慣れた手つきで機械人形を扱う少女を視界の端に捉えながら、深みへと意識を延ばし、さらに範囲を広げて空間を走査する。
 ――と、再びノイズが走った。
 星の大海に黒いインクを一滴落としたような、光を呑み込む黒い影。
「……来る」
 少年は顔を振り上げた。どうしたの、という声とほぼ同時に、外から何か大きなものが羽ばたくようなくぐもった音が聞こえた。
 椅子から立ち上がり、段を飛ばして表に降り立つと、見上げればそこには血の色よりも深く紅い異形の生物が開けた樹海の空を旋回していた。

 大きな一つ目の、翼をもった蛇のようなそれは、ぎょろりと周囲を睨みまわしながら――概観して二十尺は下らないであろうか――少年の背丈など物ともせぬというように家々の屋根をかすめて飛んでいる。
 広がる翼が陽の光を遮り、歪な十字の影を地に運ぶ。
「な――何事?」
 少年の後を追ってきた亜麻色の髪の少女は、何かを言おうとして、しかしそれ以上何も出ないほど驚いて口を開けている。下がって、と声をかけるが、怪物を凝視したまま動かない。仕方がないのでその肩をつかんでまわれ右をさせ、
「ここはオレに任せて、早く!」
 でも、と留まろうとするその人を半ば突き飛ばすように押し出した。
「人がいたら、離れるように言って!」
 どこか安全なところへ、という指示に彼女はようやく頷いて走り出す。それを見届けると少年も逆方向に通りを駆け抜けて、敵を開けた場所まで誘導する。
0057247
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2020/03/27(金) 05:29:16.33ID:fffrdAH8
「ヨミ……またお前の力を貸してもらうぞ」
 じゃっ、と地面を踏みつけ背後へ返り、鋭い眼光で異形の者を睨めば、その手に一振りの太刀を携える。傍から見れば何もない空間から現れたそれは、振るう者の身の丈とほぼ変わりがない。
 赤熱にゆらめく刀身。やがて冷えて、白銀の様を呈する。名を、炎と夜の剣という。
 ――構えると同時に大蛇が突っ込んでくる。それを、躊躇うことなく踏み込んで気合とともに払った。軌道に乗った刃が細い牙の並ぶ口蓋に吸い込まれ、少年の身体ごと転回させた一撃と自身の勢いによって顎からすっぱりと真っ二つにされた大蛇は、
 わずかに痙攣しながら辺りに体液を撒き散らし、巨躯で地面を叩いた。轟音と余波に木々が揺れ、鳥が一斉に飛び立つ。そうして引き裂かれた深紅の体内から流れ出した血には、しかし色がなかった。

 その死骸がぐずぐずと崩れてやがて赤い砂へと変わってゆく様を、少年は息ひとつ乱さずただ黙って静かに見つめていた。
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2020/03/27(金) 05:31:04.27ID:fffrdAH8
 ざわざわと、木漏れ日の差す隙間から風が流れ込む静寂。少年を、少女は見ていた。彼の前で地に伏した深紅の蛇が赤銅の砂に変わってゆくその様を。少年が気配に振り返る。
 君、と発せられた呟きはしかし後に続かなかった。
「あの化け物はたしかに存在したし、オレもここにいる。ここで起こったこと、あなたがその目で見たことは事実だ。……それ以上のことを説明するのは、難しい」
 はぐらかしてしまえばいいものを、彼は真摯に答える。世界がそう回ったのだ、としか言いようがない。あれが顕現しなければならなかった理由の如何と、その因果の結びつきを何かの形で証明してやることは難しい。
 少年が黙りこくってしまうと、歩み寄ってきた少女はおもむろにその肩をつかんだ。
「夢……、じゃない。――私も行くわ」
 がしっ、と指先に力を込めて、真顔でそんなことを口走る。え、と少年の何か奇異なものを見るような視線にも負けず、
「決めたの。ううん、もしかしたら決まっていたのかもしれないけど、私、そう、君よ!」
 もはや完全に相手を置いてけぼりにして、だんだん勢いに火がついてくる。しかしそこで彼女は何かにはた、気づいたように止まった。
「――あ! そういえば、まだ名乗ってなかったわ。私はエスタ。君の名前はなんていうの?」
 少年は困惑の色を隠せない。普通なら他にも疑問に思うべきことはあるだろうに、あいだのすべてをすっ飛ばして、まるでそれが一番重要なことだとでもいうかのように訊ねるのだ。
 ――名前。そんなものは。
0059247
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2020/03/27(金) 05:31:31.75ID:fffrdAH8
(…………いや)
 少年はひとつ間を置いて、はっきりと答えた。
「オレは……ヨミ」
 エスタは大きく頷いた。
「ヨミね。うん、憶えたわ! それで、これからどこへ行くの? 行き先とか、決めてる?」
「具体的な場所は決めてないよ。ただ、今はあちこちにある遺跡を探して回ってる」
 どうして、とはやはり聞いてこなかった。遺跡の探索。ヨミの言葉を、エスタは口の中で反芻する。
「あっ……! ち、ちょっと待ってて!」
 と、今度は何を思い出したのか、彼女はそれだけを言い残すと、いつの間にか背後の森に待機していた機械人形と一緒にいずこかへと駆けていってしまう。その足取りには一切の淀みがない。
 踵を返した瞬間の瞳がやけにきらきらと輝いていて、それはまるで宝探しの地図を見つけた子供のようだった。

「うん……たしかに、変わってる」
 待ってて、と言われてもこんな樹海の中ではどうしようもないので、少年は彼女のあとを追って歩き出した。
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2020/03/27(金) 05:32:56.07ID:fffrdAH8
【機械の王:2】

 機甲技師見習いのエスタは、かつて小国の下士官であった父とともに、幼い時分、人口一万に満たないこの国に移民としてやってきた。広大な樹海と山腹を越えたその地を、龍の国という。
 正式な名称は他にあるのだが、今では誰もがそう呼んでいるのでそちらの方が定着している。
 ほとんどの人々が国を出ずに一生を過ごすことが多いなかで、エスタは中央政府の役割を果たしている城の書庫でいろいろ読み漁っていたときに見つけた外世界の遺跡の地図を、まあ本当はいけないのだが無断で写して持ち出していた。

 それは古めかしい本が多い書庫にあっても格別に古かった。

 この国と古城の成り立ちについて書かれたものらしく、本文は判読できない文字でつづられていたが、ところどころに誰かが訳したと思われる現代語の文がつけられていて、その注釈があるいくつかのページに図版として描かれていた。
 現実として行ける場所など限られているとはいえ、密かに(だろう、多分)続ける研究の為、今もそれは役立っている。
 あまり上等な資料とはいえないが、樹海の外について触れられているのを思い出したので急いで家捜しをして戻ってくると、玄関で鉢合わせとなった少年が彼女を見上げて不意にもらした。
「おねえさん……やっぱり変わってる。だって、オレの事見て変だって言わないもの」
 大真面目にそんなことを言われるので、しばらくぽかんとしていたが、やがて堪えきれなくなって最後は二人して笑ってしまった。

 それから少年が、そんなにあっさり決めてしまって本当にいいのか、などと覚悟のほどをたずねてきたのち、彼女らは旅に出ることを願い出るために湖を臨む古城へ、龍の国の長の許へと向かった。
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2020/03/27(金) 05:34:16.26ID:fffrdAH8
「この国っていろいろあって、もう知ってると思うけど、あの機甲兵とか、技術の流出を防ぐために面倒なしきたりがあってうるさいのよ。黙って出ていっちゃってもいいんだけど、こそこそしたりするの、あんまり好きじゃないし」
 やっぱり旅立ちっていうくらいなんだから堂々と胸を張っていきたいじゃない、とエスタは言う。
「ふうん……そんなに面倒なら、オレ、勝手に入っちゃったみたいだけどいいのかな」
 出してはならないなら、入れてもならない。迷宮のみならず、流通を封鎖するときの定石である。しかしエスタはさして深刻な様子もなく、
「大丈夫じゃない? 時々、森に迷い込んで入ってきちゃう人がいるみたいだし……ってか、私もそのクチだし。ちゃんと事情を話せば、悪いようにはならないよ」
 ザルワーン様がいれば、いいように取り計らってくれると思うんだけどね、と付け足した。
 ヨミは、そういうものでもないんじゃないかな、とは口に出さなかった。

 話が断片的で分かりづらいのだが、彼女の言うザルワーン様というのはこの国の衛士たちを束ねる偉い人で、城でもかなり高い地位にあるらしい。
 緑の鱗に覆われた異形の生物龍≠駆り、長らく樹海と人々を守り続けてきた彼は民衆の信頼厚く、国の政府に当たる長老議会においてもその発言は最も尊重されるとかされないとか。
 この辺はエスタの妄想、もとい憧れに近い感情が入ってきているので多少は差し引いて考えねばなるまいが、強い影響力をもった人物である、というのは間違いないようだった。

「さ、着いたわ。くれぐれも、そそうのないようにね」
 そう言うと彼女は慣れた様子で門衛となにがしか話をしたのち、ひんやりとした石壁の、三叉に分かれた通路を左に折れた奥へと進んでいく。
 ヨミもその後に続き、途中ですれ違った人々――おそらくは城勤めの参事や衛士たち――がエスタと短い挨拶を交わすうち、その中の何人かが「今日はどうしたの」とか「また何かやらかした?」と笑いながら言うのを見るに、
 彼女は本当にしょっちゅうこの場所に来ているらしい。ということは、普段からそそうをしているということか。
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2020/03/27(金) 05:35:37.13ID:fffrdAH8
【interlude】

 ――そこには全ての地獄と全ての楽園があって、だから私はそこに始まりの火を封じたのだ。
 いつか誰かが辿り着くその日まで、彼らは待ちつづける。
 そして、私もまた。

 彼は、薄ぼんやりとした闇の中に立っていた。明るいか暗いかはよくわからなかったが、どこまで遠くを見ても何も無かったので自分は闇の中にいるのだと思った。

 自分は、何故ここにいるのだろう?

 ふと、そんなことを考えた。どうやってここまで来たのか、思い出せない。そもそも、ここは何処なのだろう? 記憶の糸をたぐってみても、ある場所からふっつりと闇の中へ沈む。
 ……結局のところ今の彼にはここでない場所というのが解らなかったし、だからここが何処なのかも解らなかった。彼にとってこの場所は、全てが入り混じるただの混沌でしかなかったのだから。
 もしかしたらそれは彼に与えられた罰なのかもしれず、あるいはこうしてその場所を見守りつづけねばならぬという使命なのかもしれなかった。

 とおいまどろみのなか、長い永い時を、彼はさまよっている。
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2020/03/27(金) 05:40:36.78ID:fffrdAH8
【機械の王:3】

 ――第一の条件。樹海の外に出たらけっして龍の国の民を名乗ることなく、彼らと水面下で交流のあるイェルムンレク市の学生の身分で行動すること。
 第二の条件。しかるべき手段によって、最低でも月に一度は家族の者と連絡をとること。少年の不法入国罪については不問に付された。
 詳しいことは現地に着いてから伝えられる。それまでの身分を証明するものとして、彼女は芸術的にはそれほど価値のあるとは思われない、細い金属の幾何学模様の入った腕輪を渡された。

 尋問とも呼べないあっさり加減といい、その段取りの良さといい、もしかしたら大樹海を飛び回る昆虫型飛行監視ユニットによって一部始終を見られていたのかもしれない。
 相応の覚悟はしていったつもりだったので、肩透かしをくらわなかった気分でもないが、それより今は期待に逸る気持ちの方が大きい。

 まだ日が天頂に昇りきってもいない時間だったので、あるだけの身支度を手早く整えると、彼女らは境界地を越えるために樹海へと向かった。
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2020/03/27(金) 05:42:27.17ID:fffrdAH8
 境界地の半ばまでは、ホバークラフト航行型に似た機動単車で向かう。険しい樹海に走る根や段差をものともせず、すいすいと最短距離をすり抜けていく様はなかなかに心地よかった。
 その気になればかなりの高度を出せるらしいが、丁重にお断りして遠慮してもらった。
 大気を熱して飛び飛びにプラズマ化させた線形磁界誘導によるリニアモーターがどうのこうの、と言われたがよくわからない。

 そこから先は徒歩だ。

「エスタはどうして、旅に出たいと思ったの?」
 少年が訊ねると、彼女はそれまで見せたこともないような真剣な表情で眉をひそめ、ぽつりと呟いた。
「……足りないのよ」
「え?」
「パーツが足りないの。あの国にあるだけじゃ……遺跡も樹海も城の地下も、私、全部探し回ったけど、あの子を完成させるために必要な何かがどうしても欠けてるの。
 とても大切なもののはずなのに、それが何なのかはどうしても分からなかった……」

 と、彼らから少し離れて歩く、しんがりの鉄騎兵をかえりみる。黒に近い、深海の青をモチーフにしたというカラーリング。
 今はエスタの父に借りた、古ぼけた駱駝色のマントを頭からすっぽりと被っているので、傍目には少々怪しいが鉄仮面の鎧武者に見えないこともない。

 エスタはそうして、少年の問いに答えようと続ける。
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2020/03/27(金) 05:44:20.00ID:fffrdAH8
 パズルのような研究所を読んだり、実際に手に入れたものを組み合わせて試験を繰り返したり、時には他の完成品と内部の構造を見比べたりもした。
 そうやって向かい合っている時間というのは確かに楽しかったのだけれど、作業を進めれば進めるほどに、何かが足りないという思いも胸の中ではっきりとした形をとるようになっていった。
 ならばこれは、自分の手で探し出さなければならないのだ、と。
「今のままでも機甲兵としては十分に動くし、きっと周りのみんなもそう言うと思うわ。でもね、私、もっとちゃんとしてあげたいっていうか、この子に与えられた可能性を可能性のままで終わらせたくなかったの。
 それを作ってどうこう、っていうんじゃなくってね。だからきっと、あなたに出会わなかったとしてもいつかはこの子と旅に出ていたと思う。馬鹿みたいな話だけど、そういう性分だって自覚してるもの」

 笑う? と、どこか楽しげで、理解を求めるものではない複雑な笑顔を向ける少女に、少年はいいやとかぶりを振った。
 そんなことはない、と胸の奥に風を吹き込んで、心中で言葉を返した。もしも世界に存在する理由が必要なら、それは世界を望み、未知と謎を求める人間がいるからっだ。
 生への意志、世界が生まれる原動力。それが世界にとってどれだけ危険なものであるとしても、それなくしては人も、国家も、それを取り巻くすべてのものも、そもそも存在することを許されまい。

(何故なら――世界そのものは、自分が必要かなどとは考えたこともないのだからな)

 だけど君は一方だ、エスタ。不完全な人間よ。だからこそ、この世を望もうとしたのだろう?
 少年の無言の問いかけのむこうに、澄んだ瞳が映す先に、道の先を指差して走る少女の姿がある。そんなに急いだら疲れてしまうよ、と言いながら、彼はまた自分も後を追って駈け出した。
 ――人の身である自分に、人を哀れむことなど傲慢だ。彼女は明日の行方を知らない。だが、神ならざる人の身の一体誰がこの人間を哀れむことができるというのか。

 畏れる者に幸いあれ。背筋を這う不気味な寒さを引き連れた心を、旅立つ者だけが希望と呼ぶのだ。
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2020/03/27(金) 05:45:54.77ID:fffrdAH8
「……よろしかったのですか?」
 国長はまた別の要件で公務に戻り、残されたのは彼らだけとなった。窓を背にした男が、卓に着いて腕組みをする男に訪ねた。
「あの少年が何者であろうと、我々に彼女を止めることなどできんよ。あれは、多くを知りすぎた――いずれこうなることは、目に見えていたことだ」


「……国を出たい、とそなたは申すのか?」
 優しげな眼をした灰色の髭の老公が、少女の言葉に問い返した。はい、と淀みなく言い切った彼女に、今度は壮年の、がっちりとした体格の衛士が呆れたような声を上げた。
「何を言い出すかと思えば――お前はまたそんな馬鹿なことを」
 お前はこの国の民としての自覚がないのか、と頭を抱える彼に、少女はなおも押しを重ねる。
「お父さん、いえ衛士長。龍の国の民、失われた技術を持てる者……その事実が何を意味するか、私だって分からないわけじゃないわ。
 でも、ヨミだっていつまでもここに留まる訳にはいかないんだし、それに私、一度でいいから外の世界に何があるのか自分の眼で確かめてみたいの。お父さんはいろいろ知ってるのかもしれないけど、私、ほとんど覚えてないもの」

 テーブルに身を乗り出しながら、後ろで待つ少年の様子を窺い、ふたたび目一杯力を込めて嘆願に戻る。父親は娘をどう説得したものか、困り果てた表情をさらに深め、長と顔を見合わせた。
 答えは出なかった。
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2020/03/27(金) 05:48:03.21ID:fffrdAH8
「まったく、あの子にも困ったものだ」
 窓を背にした男は、深々と溜め息をついた。
 ――確かに、薄々感づいてはいたのだ。あの子が機甲技術の研究に手を染めたと聞いた時から、いつかはこうなるのではないかという予感があった。
 失われた文明、前時代の機械たち。自然の要素と区別がつけられないほど高度に発達したそれは、この国の防衛力と社会基盤を支えるものとして、絶え間なく訓練を受けた人々の手によって整備・調整が行われている。
 その技術自体はありふれていて、むしろ必要なものだし、学ぼうとすることには何の問題もない。何故ならそれ以上は望むべくもないから――
 機械の構造が複雑すぎて、現在に残された技術レベルではまったく理解不能であり、半分は人の手がなくても勝手に動いているようなものだからだ。
 我々はそれを利用し、そして生活する。それで十分だし、誰もそれ以上を望みはしない。
 だがあの子は、皆と同じ材料を扱っていながらいともたやすく本質を見抜いてしまう……ともすればそれは、人が触れてはならない危険な領域にまで再び時代を近づけることになりはすまいか。そう先行きを危ぶまずにはいられないのだ。
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2020/03/27(金) 05:50:37.87ID:fffrdAH8
「彼女の腕は大したものだと、私は思うよ。気付いているか? あの機甲兵、意思を持っているようだった」
「意思? まさか」
「むろん、彼女自身が作ったものではないだろう。我々にも隠したがっているようだったしね……どういう理由かは知らんが、あれは我々がよく知っている機械とは、何かが違う」

 いや、よく知っているというのも間違いか、とテーブルの男は言った。自ら考え、行動する機械。遥かな太古には、そういうものも存在していたという。
「だがそれは、今や星の世界よりも遠い……目の前に、確かに存在しているというのにな。我々は彼の時代の残り火によって生きているが、もしかするとあの子は、自らのうちに火を見つけてしまったのかもしれん」
「ならば、あれを連れていかせるのは――」
 いよいよもって問題があるのではないかという指摘に、テーブルの男は、どうせあんなものは複雑すぎて他の人間には扱えまい、と笑った。
「あれは外の世界ではエスタを守る力となろう。身を守る術もなく、他国に捕われでもすれば、そちらのほうが困ったことになる。……それとも、牢にでも縛りつけて、鎖に繋いでおくかね?」

 それ以外に彼女を止める方法はないが、そんなことはこの国の誰もが望んでいない。それだけは、ひとつ確実に出せる結論だった。
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2020/03/27(金) 05:52:36.76ID:fffrdAH8
「エスタ、君はこの国の掟を忘れた訳ではないだろう?」
 銀髪と、血のように深い色をした深紅の双眸をもつ男が、卓の上に指を組み落ち着いた様子で少女に語りかける。
「はい、もちろんです。世界の力の均衡を崩さないために、龍の国は外界との接触を避けなければならない……ですがザルワーン様、たとえこの国がどうあろうと、世界は一時たりとも動きを休めてはいません。技術は伝播するものです」
「エスタ! お前は何を――」
 とがめる父の声を、少女の視線を受け止める彼が片手を上げてさえぎった。
「機甲技術は、この国の中だけにあるのではないのでしょう? ここは平和だけれど、外は平和じゃない。完全に流出を防いだとしても、彼らは彼らで独自の発達を遂げるはずです。
 たしかに、それをほぼ完全な形で保っているのはこの国だけですが……」

 わずかに目を伏せ、しかし彼女は絶対にゆずらないと深紅の双眸を見据える。

「ですがそうやってすべての接触を断ってしまえば、どうしようもない危機が起こったとき、私たちは何も対処できなくなるのではありませんか?
 外の世界の事を何も知らなければ、対処のしようがありません。ザルワーン様……絶対は、ないと思います」
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2020/03/27(金) 05:53:13.98ID:fffrdAH8
「我々の理想が、どの世界でも通用するとは限らない――私は、エスタの言う事にも一理あると思うよ。世界は確かに動き始めている。そのことと関係があるのかどうかはわからんが……」
「あの娘のことですか?」
「彼女が目を覚まさない限り、本当のところは何が起こっているのかも分からないままだ。ただ、もう一つ中央できな臭い話を聞いた。コヨーテが行方不明になったそうだ」
「王室騎士団のハインリヒが? それはまた……都市連邦も荒れるでしょうね。良くない事が起こらなければいいんですが」
 国の他の者が聞けば全く内容の分からない会話だが、男はぱっと言葉を返す。エスタに言われるまでもなく、情報収集は怠っていない。ただ、表立って皆に知らせていないだけで。
「さてな。それもまた、眠り姫が目覚めなければわからないことだ。未来は神のみぞ識る……人の身である我らに、知りえないことなど知りようがない」

 ――ワスプの一体が映像を捉えているだろう。後で見てくるといい。と、銀の髪の男は娘の父に言った。
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2020/03/27(金) 05:54:25.40ID:fffrdAH8
 まずは辺境守備隊の街サバドを通り、そこから亜人と人間とが行き交う都、大陸中東部にあるイェルムンレクへと向かう。
「わあ――」
 苔むす大樹の根と梢の群れが途切れて唐突に視界が開け、木漏れ日とは違う清新な光が差し込んできた。左手に岩の台地をしたがえて遥か眼下に見渡す平原は、さあっ、と霧ひとつない空の下で駆け抜ける風の跡を色の薄い枯れ草の合間に残していく。
 裾なびく外套に立つ襟をくぐっては冷たく頬をなでる笛の音。高緯度特有の、短い夏の終わり。秋が過ぎて、やがて冬がくる。
 そうして二人と一体は樹海の護りを越えて、時々刻々と目まぐるしく色を変える人の地へと降り立った。
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2020/03/27(金) 05:54:52.50ID:fffrdAH8
【interlude】

 ――さかもどり、さかもどり。折り返すのは、はじまりの七種に足されたUltra-Violet。時計回りのブラフマンと、逆さ回りのアートマンと。
 火は風へ、風は水へ、水は土へ、そして再び土は水へ、水は風へ、風は火へ。永久に万物は流転する。
 点対象に螺旋を描きながら縁どられていくのは双子のジェミニ、透明なグラスのうちに色とりどりの宝石を散りばめた、合わせ円錐の星時計。虚数領域と実数領域、数学世界と物理学世界、幻想と現実の光学異性体。
 時を運ぶ原点Oは、ひとりぼっちの誰かを真似して彼を諭した友達の心。
 そは弥先の弥果て、弥果ての弥先、アルバにしてオメガなり。
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2020/03/27(金) 06:15:45.02ID:fffrdAH8
【機械の王:4】

 ――そうだな。
 僕は最近、(かつてはジャンクゲノムの一種として扱われていた)CRISPRに興味を持っているんだけどね。
 遺伝子治療やゲノム編集技術と絡めてよく語られるから、編集技術そのものと勘違いされやすいんだけれど、そうじゃなくて、HIVなどのレトロウイルスが自分のRNAをバクテリアなんかに挿入した後に残された繰り返し配列群のことだ。
 それは原核生物の免疫反応において重要な役割を果たしているDNA群で、遺伝子と違ってタンパク質をコードするのではないけれど、
 自分に記録されているそのウイルスの断片の配列群(CRISPR)を基に排除すべきウイルスを感知しているようだ。自分のゲノムの中に辞書を作って敵を検索する感じだね。

 遺伝子治療は(正常にタンパク質を生成できないなど)DNAの機能不全を起こしている原因の箇所に、何らかの手段で特定の遺伝子を挿入することで行われる。
 エイズウイルスなんかもヒトのDNAに自身の遺伝情報を挿入して改変する逆転写酵素を持つレトロウイルス(RNAウイルス)だけど、たとえばアデノ随伴ウイルスは病原性が低く、遺伝子治療によく用いられているね。
 ただ、問題は、遺伝子を挿入した細胞は代謝で徐々に失われていってしまい、治療を繰り返す際に(タンパク質の表面の形かRNA片かで認識する)人体の免疫機能に引っかかってウイルスの活動が無効化されることだった。
 使えるウイルスの種類も限られているので、進化の系譜をさかのぼって、現在生きている人間が誰も経験したことのない、共通の祖先と思われているウイルスを蘇らせればいいのではないか……

 と、そういう研究は僕の同僚がしていたよ。
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2020/03/27(金) 06:19:21.55ID:fffrdAH8
 だけどこういう知識が正確に広まっていないと、知識に抜けがあると、何かあったときに正しい情報を流しているつもりでも正確に伝わらなくて混乱が起こるよね。
 安心を得ようとする大衆心理に付け込んで、混乱に乗じて荒利を稼ごうとする輩も出る。
 あるいは……


 あるいは?


 ……。本題に入る前に、とりあえず、ウイルスについて基礎知識をおさらいしておこうか。
 まず第一に、細菌は細胞(厳密には原核細胞である単細胞の微生物)だけど、ウイルスは細胞じゃない。

 ウイルスは宿主のATPやアミノ酸を奪って増殖する本体であるRNAと、骨格であるタンパク質で構成されているけど、種によってはさらにその外側に、外包≪エンベロープ≫という脂質の膜がある。
(武漢発のCOVIDウイルスにはエンベロープがある)
 このエンベロープは脂質だから、植物油脂のでも動物油脂のでもいいけど、とにかく油脂でできている石鹸で成分中の疎水基を引きつけて構造を解体することができる。洗剤で食器の油汚れを落とすのと同じだね。
 骨格のタンパク質なら度数が高めのアルコールで破壊できるし(焼酎のように度数が低いと漬けておく時間を長くしなければいけない)、外包と骨格を壊してしまえば、半生物としてのウイルスは活動を停止する。つまり死ぬ。

 だから石鹸やアルコールでの手洗いは感染予防に非常に効果的。

 ただし、糖の一種であるリボースおよびそれぞれ二種ずつのプリン塩基とピリミジン塩基で構成されている増殖の本体、RNAは破壊されずに残ることもある。
 RNAが壊されずに残っていると、他の生物のRNAの断片と整合するかチェックをするPCR検査で(ウイルス自体は死んでいても)擬陽性の結果が出ることがある。
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2020/03/27(金) 06:20:21.37ID:fffrdAH8
 擬陽性……ああ、日本の政治家に一番理解されなかったポイントね。


 そうだね。とにかく、人間の免疫は一度マクロファージが免疫グロブリンかキラーT細胞に破壊されたウイルスのRNA断片を回収して個体のゲノム配列中のCRISPR領域に保存しない限り、
 つまり個体が一度そのウイルスそのものか類似物の感染を経験しない限り形成されない。
 つまり、人体はウイルスの遺伝子全体、ゲノム全体を見ているのではなくその断片で判断している(PCR検査も特徴的なその断片で判断している)。
 天然痘予防のために牛痘を接種させたことが始まりとなった「ワクチン」とは免疫系と遺伝子のこの機構を利用したものだ。

 ただ、このマクロファージやグロブリン、T細胞などの免疫機構のパーツを体内で作るのにもエネルギーであるATPや「素材」は必要だし、
 酵素や細胞が働きやすい温度というのもあるから(ある程度の熱は免疫系の酵素と細胞の活性化に必要だが、39度を超えると人体のタンパク質が変成してしまう)……
 栄養状態が悪かったり、何か基礎疾患があってウイルスとの闘いとは別の代謝に素材を回していたりする状態だといわゆる「免疫力」は落ちるね。
 でも何も基礎疾患がないなら、毎日よく食べ、よく寝て、よく笑い、毎日軽い運動をして過ごすのがウイルスに対する免疫力を高めるのに一番だという結論になる。


 ――そうね。外出禁止令で運動不足だとみんな基礎代謝が落ちてウイルスに対する「免疫力」が多少落ちそうだけど、どうでしょうね。両者のリスクをどう秤にかけるか、なかなか考えるところね。


 まあね。ある程度考慮に入れる要素を絞れば数値化はできるけど、それはあくまで概算値や参考値、つまり統計的な確率であって、丸バツでは答えは出せないね。
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2020/03/27(金) 06:21:03.60ID:fffrdAH8
 ……あのね。私が世の中のどこを見渡しても感じていることはね、それは限りあるパイの分配や、民族間の風習の些細な違いに起因するものであっても、それこそが常に争いの火種になってきたということ。
 つまり「移民問題は本当に難しい」ということ。
 たとえば五世紀の西ローマ帝国の崩壊は、傭兵として受け入れた移民への食糧政策が汚職や民族差別によって機能しなかったことで各地で起きた反乱に対して力負けしたために、帝国側が寛大な処置をとったことが主因であるらしいわ。
 つまり、内部から民族が置き換わっていき帝国が形骸化したのだということ。
 当時の東ローマ皇帝Valensはもともとササン朝ペルシアとの戦いの渦中にあったためゲルマン人傭兵を受け入れたのだけれど、食料生産能力の限られている戦地の小さな領域に大勢の人が住むということが人々に飢えをもたらした。
(生産性が向上しないと誰から優先的に配分していくかという問題もその時点で起こる。)

 ローマ軍の兵站担当は飢えはじめたゲルマン人傭兵に食料を配給しようとしたけれど、地方司令官のLupicinusが横流しをしたために闇市で価格が高騰し、
 犬一頭を手に入れるために子供一人をローマ人の奴隷として売り渡さなければならないほどの相場だったらしいわね……。
 ちなみに、アドリアノープルの戦いに至る直接的な反乱の発端は、Lupicinusから宴席に招待されたゲルマン部族Fritigernの長Alavivusのお付きで街に入った部下が、
 ローマ人の市場で食料を売り買いすることを許されず、ローマ兵士を殺したことから対立が激化したためだというわ。
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2020/03/27(金) 06:21:49.62ID:fffrdAH8
 私はこの話の現代版として、移民受け入れ枠を拒否するかが根にあるEU脱退の是非で、イギリスの女性議員が殺されるまでの事件が起こったように、
 国内の世論の分断と混乱の根になるのは、国家を崩壊させるものはいつの時代も移民問題であることは変わらないのか、という感慨を持ったの。
 ちなみにローマ帝国民と古ゲルマン人との対立の根にあったのは、前者が325年のニカイア公会議で決定されたcredo・父なる神とキリストとの同一本質・を信仰していたのに対して、
 後者がキリストがあくまで神の被造物であることを強調し神性を認めないアリウス派を信仰していたことであるといわれているけれどね。



 ああ……なるほど。教会大分裂≪シスマ≫の根本的な原因になった話か。
 シスマなら温暖化問題でも起こっているよ。僕は太陽活動の変遷が地球環境の変遷の最大の要因だという、地球物理学をもとにした理論のほうの支持者だけど。

 太陽は水素+水素=ヘリウムの核融合反応によるエネルギーをもろもろの電磁波(光も電磁波の一種)として宇宙に放出しているわけだけれど……
 太陽活動が活発になればなるほど周囲にできる磁場や電場は強力かつ複雑になるんだが、黒点というのは、太陽の光球面より少し上空にできた強力な磁場の塊で、周囲の光の軌道を変えてしまうんだ。

 だから、ブラックホールみたいにそこだけが暗く落ち込んで見える。
 磁場の強いところにコロナ(百万度に熱せられてプラズマ化した大気。ちなみに光球表面は六千度、黒点は四千度)が発生し、コロナの中で太陽フレアが起こって、大量の電磁波を放出する。

 磁気嵐や、地球の極地で見られるオーロラはこれが原因。
 黒点とコロナのくわしい関係はまだ研究中らしいんだが、とにかく「黒点が多ければ多いほど、太陽が全体として放出するエネルギーの量は増える」みたいだね。つまりその分だけ地球が受け取る光量は増えて、気温は上昇するはずなんだが……

 しかしたとえそれらの原理を完璧に理解できたとしても、科学者として誠実であろうとするなら、程度の問題には何も条件を絞らない丸バツでは答えられない。少なくとも、僕はね。
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2020/03/27(金) 06:23:47.68ID:fffrdAH8
 うーん、なるほど……もしかすると、だから手っとり早い答えを求める大衆と科学者コミュニティとの間に乖離が生まれるのかもね。


 まあ、解析法についての無理解もあるのかな。
 たとえばいろいろな年代や産地の解析法……と言って僕は大別して二系統しか知らないし、絵画の顔料とか衣料品の染料の製法にはまったく詳しくないけれど、
 たとえばX線解析の遺伝子解析なら、植物や動物由来の天然染料ならは細胞核の中の遺伝子があるから確実に地域差をたどれるし、多分、人工物だとしても混合化合物の染料や顔料なら追跡できると思うよ。
 地域や画家によって求める色合いって違うから、各化合物の配合度合いが違うと思うので(紺青なら酸化コバルトに蝋石を配合して焼成するなど、複数製法があるようだ)。
 逆に、本当の純銀とか純金の顔料とかだと混ぜ物による違いがないから産地の区別が難しいかもね。
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2020/03/27(金) 06:24:25.46ID:fffrdAH8
 もう一つの放射性炭素年代測定法は、わりと昔からあるスタンダードな方法だ。
 生き物って生まれたらかならず食事や呼吸をするよね。僕たちヒトも含めた動物は酸素を循環させて二酸化炭素にするけど、光合成をおこなうラン藻類や植物は、二酸化炭素を循環させて酸素にする。
 C14(炭素原子の、中性子が標準より二つ多い放射性同位体)はもともと太陽フレア由来の(中性子線が地球の大気上層で窒素分子と激しい衝突をし、窒素原子の二つの陽子が中性子に置換され、生成される)自然の放射性物質なんだけれど、
 これをまず植物が光合成によって取り込む。

 そして、その植物の実であるのか茎であるのか葉であるのかを草食獣が食べ、その草食獣を我々ヒトや肉食獣が食べ……というようにあらゆる生体に取り込まれていく。

 C14はデンプンなどの分子を構成するが生体の死後細菌やバクテリアによって解体される有機物ではなく、有機物に含まれる放射性原子だから、
 宿主の生き物が死んでも存在し続け、電子線を放出する原子崩壊を起こしその量が半減するまでに5730年、四分の一になるまでは11460年、八分の一になるまでは22920年かかる。
 だから万年とか億年単位のおおざっぱな年代を見るには適しているのだけど、つまり化石や遺骨の年代とか、樹木の各年輪ができた時代とかを調べるには向いてるのだけど、千年とかの短いスパンだと向かないんだよね。

 だから、僕、奈良女子大の論文を初めて読んだときものすごく感動したんだよ。これはものすごいブレークスルーだ! って。
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垢版 |
2020/03/27(金) 06:26:18.24ID:fffrdAH8
 なるほど。確かにとても面白い話だわ。でも、あなた本当に科学が好きなのね。


 そうだね、それは自負がある。しかしまあ、要するにだ、僕らにとって神というのは化学・物理法則なんだよ。
 「化学・物理法則抜きの」デジタルな宇宙で生きるか、神がいる宇宙で生きるかは、神がいる世界で生きるか神が死んだ世界で生きるかというのと同じ。そして風がどこから来るのかは知らないが、僕らは風とともに生きているだろう。
 たとえるなら通貨発行権と関税自主権と議会の消え去った不随の政府のように、彼らが、重力と電磁と心の次元の消え去った物理への不随の理解で作られた量子コンピュータの中で永遠の生を生きたいというのなら好きにすればいいだろうさ。
 信仰、あるいは怠惰の補完としての狂信に生きて生命を失うのも個人の自由だからね。

 あいつらには「神を作れない」から、神が死んだことにしてその薄っぺらな権威を保とうとしているだけだ。

 神が死んだ世界っていうのは、次元、つまりレイヤー一層一層は完璧に見えるように描かれていても、レイヤーとレイヤーの相互干渉の設計が消えた世界だ。
 つまり、モノがあってもクーロン力や重力は働かない、素粒子はあっても原子を構成しない、だからそれ以上もそれ以下もない「血肉の詰まった革袋」だけがある世界。

 はっきり言って、そんな薄っぺらな宇宙を作って「自分は神になりました」とかいう人ってさ、頭悪いんだよ。
 そんな薄い理解の似非物理学の理論から借用して論理構成してるから、いつまでたっても似非経済学なんだろう。せめて生データ取りに行くくらいすればいいのにと思うけど、それをしないのは彼らにとってそれが“習慣”だからなんだろうね。
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垢版 |
2020/03/27(金) 06:30:54.40ID:fffrdAH8
 ――習慣。じゃあ、あなたは今の世界で起こっている混乱や障害の原因も習慣だと思っている? それはちょっと短絡的じゃないかな。


 ――そうかもね。少し間の論理を飛ばしてしまったようだ。
 これは、外部環境の内在化、あるいは内面の外部環境化という問題に行きあたる。それを媒介するのが心だ、だから心を分析しなければいけない、という議論にね。しかし、物理学的なアプローチだけではそれが必ず頓挫する。

 何故かというと、だ。

 いいかい、ニューラルネットワークの障害というものはね、経験と経験への対応の仕方が積み重なってできるものなんだよ。つまりは偏差だ。さもなければ学習という現象はそもそもありえなくなる。
 僕らが生きるのに都合の悪いものは障害と呼び、都合の良いものを進化と呼んでいる、それだけのことなんだよ。
 精神の“構造”というものは神経伝達物質の受容体の翻訳の仕方――翻訳後の情報を物理的装置で確かめる手段のないこの翻訳方法こそ真正のブラックボックスだけれど――
 これを、この“要素”をただかき集めて成り立つものではなくて、要素の配置のされ方や各要素間の関係性といった、それらを秩序ある全体としている“何か”を捉えてはじめて理解できるものだ。
 そしてそれができるような装置は、心の現象をすべて解明しない限り心以外には存在しない。

 わかるかい。これは解きえない方程式なんだよ。
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垢版 |
2020/03/27(金) 06:32:05.00ID:fffrdAH8
 あるいは、解いてはいけない?


 ――――。
 そう、そうかもね。
 君は生まれ変わりを信じる? 僕はね、あるともないとも証明不可能だけどあるんじゃないかと思ってるんだよ。
 というのは、人間の意識の肉体的な座は大脳だけど、僕達が直接に経験できるのは心が認識する情報だけ。僕らが機器を使って観察できるのは情報伝達物質群が受容体に受容されるところまで。
 化学的なものでない純粋な情報に変換されたあとはどこでそれが処理されているのか? というのが人工知能のフレーム問題を生物の心との比較のうちに考え始めた頃からの僕の疑問だったんだ。
 つまりコンピュータはすべての処理の経過が、遺伝子に対応するRNAをタンパク質の形をとった指令に変換させゴルジ体のタグ付けによって特定の体の部位に運ぶ経過のように、
 三次元空間のメモリと出力機器の中で行われているから追跡可能だけど、生物の心には主体の問題がある。

 生物が経験するものは光の波長ではなく色、疎密波の振動数ではなく音であるという問題だ。

 立体空間と時間をはじめとする次元の概念をひも理論に倣ってさらに拡張して、この四次元空間と同期した別の次元で心の処理は行われていると考えると、
 連続的な開かれたプログラムとしての、統一された物理学的宇宙観としてしっくりくるのだけれど、その心の次元、情報の次元を調べる観測機器がない以上これは永遠に仮説にすぎない。
 だけどこの次元で人の心と心は重なる部分があったり繋がっていたりするんじゃないかとか、三次元空間の肉体が滅び次元と次元を繋いで対応させる刺激が失われても残る魂(情報)やその連続性、生まれ変わりがあるんじゃないかとか、
 この概念を利用してキリストは神が人間の形に受肉したものだという教義を物理学的に解釈すればということや、彼の血のあがないによって人々に遣わされた聖霊は今もそこでまどろんでいるんじゃないかとか、色々なことを考えるんだ。

 ……もしかしたら君と僕はずっと昔どこかで会っていたかもしれないね、なんてね。
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垢版 |
2020/03/27(金) 06:33:09.13ID:fffrdAH8
 ……あはは、口説いてる?


 いや、そんなつもりは。
 ……そうだな、はじめ、僕が量子力学に興味をもったのは、それが西洋の哲学概念とともに体系的にとある日本のアニメの世界観の中に織り込まれていたからだった。物語にちりばめられ骨組みとして宿されたその形に洗練された美しさを感じたんだ。
 たとえば、およそ自然科学の理論は、実測の手段を考えたうえでその結果がどう出るかという問いにも意味が生じてくるのであって、測りようがないものについて議論しても意味がない。
 けれどそうした理論が与えてくれるのは個々の測定結果についての占い師的な予言ではなく、一定の法則に従う確率分布だけなんだ。

 ――これは何を言っているのかというと、代表的なところとして、ボーアの電子雲モデルについてを話すことで説明に代えてみるよ。

 電子のような極めて質量の小さい微視的粒子は、光(質量はないがこれもエネルギーをもつ粒子である)を当てて観測しようとすると、反射する際に作用を受けて軌道・存在位置を変えてしまうため、理論的には確率的にしか位置を割り出せない。
 つまり、光を当てなかったとき(観測手段なし)には僕たちは電子がはじめにあった位置などというものを測定もできなければ、辿ったであろう道筋を運動方程式より逆算することもできないので、
 何十、何百と試行を繰り返した後に描かれる観測点の分布図(電子雲モデル)から確率統計的にしか導き出すことができない。

 そのように僕たちの観測手段に限界があって、それ以上の方法が発見されていないことが、原子核を取り巻く電子の位置は存在の確率しか求められないといわれる所以なんだ。
 この原理は今の僕たちの生活インフラを支えている量子暗号通信に応用されているね。

 ――そう、君の国の最高の発明だ。
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垢版 |
2020/03/27(金) 06:36:31.88ID:fffrdAH8
 お褒めにあずかり光栄だわ。そうね、でも……それは、量子転送技術が実用化されるまでの戦間期の平和じゃない?
 たとえば紛争が起こる原因の大半は、古代から現代まで、民族・宗派の対立や経済的利害の対立があることだろうけど、
 そういう形勢から国際社会の顕在的あるいは潜在的な同盟・敵対関係を読みとって、集団の将来のために戦略を立てなければならない指導者層じゃなければ、そしてかつテロなんかの行動に出ないで思想を持つだけなら、
 私は別にその人が狂信やイデオロギーで目が曇っていても許していいんじゃないかとは思う。
 国に助けを求めてきた難民と、すべて国民は、国家に守られて幸福に生きる権利がある。
 そして指導者はその日常を守ることが使命だから、本当はみんなに理解してほしいけど後世の判断に任せて今必要なことをする、って、実質的には資産に余裕がないと完遂できないわけだけれども、理想としてはそれを目指そうとする。

 だけどこれは民主主義国家におけるパラドックスよね。


 パラドックス?


 そう。それは為政者がどこから生まれてくるのかという問題。彼が誰のどういう望みをかなえるのかという問題。
 なぜなら権力が権力として成り立ち、存続できるか否かは、彼の思想なり政策がその国、あるいは支配しようとしている領域に歴史的条件として存在している経済的な基盤を担う層と共鳴できるかに依るでしょう。
 彼の武力を維持するために必要な経済的基盤に。

 だから彼の権力の現在の性質、そしてその将来というものは、経済的基盤が何であるか、その産業を担う人々の心理的・政治的性質に左右されると思うわ。
 議会制民主主義を選んだ私たちの国では民意を示す選挙を経ることによって権力に正当性が付加されているけれど。
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垢版 |
2020/03/27(金) 06:39:17.88ID:fffrdAH8
 たしかに、国民の大多数が憲法と法律の違いもわかってない状態だと議論そのものができない……それは、大きいかもしれない。
 国民側の勉強不足。憲法学者をはじめとする現代日本の「形而上学者」は、大衆社会での炎上を恐れてる。
 でも、人間に与えられた時間は皆ひとしく一日二十四時間なのだから、それは分業社会での高度な専門分化に伴う必然的な帰結というよりは、自分の専門に対して誠実でない人が増える方向に社会的な圧力がかかることに問題がある。
 たしかにそれはたまりにたまってきた、人々が本物に出会える確率を下げ続ける怠惰な知的活動のツケ、それこそあなたの言う長い長い習慣の結果だ、と言えるかもしれないけれど。

 それにたとえば多民族をどう統治するかの問題。

 インドでは補助公用語が英語なんだけど、それは大戦中の宗主国の影響だけじゃなくて、もともとカーストとか部族とかで言語が細かくばらばらにわかれていて、近代的な行政や高等教育の現場で共通の言語が必要だったからでしょう。
 少数民族を弾圧したり浄化したりやり方に大きな問題はあるけれど、中国が漢語で国家を統一しようとしているのも半分は同じような理由で、意思疎通を円滑にして不安定な支配体制を強固にするためだと思う。
 だから私の日本やあなたのドイツみたいにひとつの言語で統一されていて、先人たちの努力でその言語文化の上に乗った知的財産の蓄積もある国なら、私は母国語によく通じて教養を積んだり考える力を鍛える方が大事だと思う。
 そこで必要なのは一般国民に対して正確な情報を提示し、資料の目利きを手伝ってくれる人々だってね。

 指導者層と一般国民を教育の種別から分けて身分制国家にしようっていう人の主張も……、
 身分を世襲で固定するなら下層の人々の現実を理解する必要がなくなる、下層民の仕事が抱える現実問題を理解できなくなり彼らが支配層であるそもそもの意味が無くなるという理由で害にしかならないから正しくないと思うけど、
 そういう意味でなら私は半分は理解できるかな。それも、結んでしまった条約を踏み倒せる立場にない、いわゆる“互いの信頼”のために門戸を閉ざせない私たちが移民の扱いをどうするか、という問題にはノータッチで、
 だから教育者の教育という民主主義国家のパラドックス、あるいは移民政策のトリレンマという話に戻るわけだけど。
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2020/03/27(金) 06:41:45.92ID:fffrdAH8
 ああ。そういうパラドックスなら僕にもわかる。
 というより、僕の本題はそれだ。

 例えばスタンドアロンの電子機器に対するハッキングの有無を物理的に調べるというために人間の視覚を拡張してAM波からサブミリ波まで感知できるようになったら、よほどの適性や訓練があっても混乱はまぬかれないよね。
 その周波数帯の広さと感度の鋭さをEMC兵器がdDOS攻撃をかけるようにして敵も利用することができるためだ。
 市街地や人口密集地におけるゲリラ戦・テロ対策に伴う、主に警戒に当たる戦闘員の被攻撃判定・敵と一般人を識別する能力についての技術の発展によって人間の能力を拡張してきたこの世界ではそういう不幸な例もあったけど、
 一番は、集団統合失調症はペースメーカーとなっている部位を物理的に壊したり停止させることで発生させることが可能であって、それにどう対策をとるか、つまり誰がどう技術を独占するかだろう。
 つまりすべての図面にアクセスできる権利を持つ指導層が技術競争で悪意あるアノニマスの先を取りつづけなければならないという。

 けれどね、僕は悪夢を見るんだ。

 今よりはるかに発展した科学の力を独占した“一般意志”たちが、科学を忘れさせられた人々の上に神と称して君臨し、専制国家を築く悪夢をね。
 そこでは遺伝子操作によって生殖能力を失った人々は人工子宮によって生み出され、その工場の中で身体的なタグつけが済まされ国家によるID・GPS管理の土台が整えられ、人類としての自然な進化は止まったまま、
 支配階級はただただ娯楽として与えられた脳内パルスをコントロールして過去の他人の人生を体験するゲームにふける、実際はそれで他の国にクラッキングをしかけている……
 そしてこの国の下層民は何千年も世界から孤立したまま、科学が生み出した製品によるテロリズムの横行と内乱によって転落した生活レベルのまま、ただひとりの現人神とその取り巻きのもとでずさんな統治をうける、という。

 現代科学の体系から、どの知識をどう消せばそれができるか、僕はそれが分かるんだよ。だから……
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垢版 |
2020/03/27(金) 06:42:34.27ID:fffrdAH8
「歴史の教えるところでは、人民の友といった仮面のほうが、強力な政治権力よりもはるかに専制主義を導入するに確実な道程だったのである。
 事実、共和国の自由を転覆するにいたった連中の大多数のものは、その政治的過程を人民へのこびへつらいから始めている。すなわち、扇動家たることから始まり、専制者として終わっているのである」

 ……ね。ロベスピエールの名を出すまでもないわ。あなたと私の一致点よ。
0089名無しさんの初恋
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2020/04/06(月) 00:57:52.27ID:YuUUE5mG
喧嘩した面白くない
0090金令
垢版 |
2020/04/06(月) 01:10:06.46ID:8TzwZBkv
笑わせるなよ?

下層民と他人を馬鹿にしているお前に分かる領域ではないし語る資格も持ち合わせていない
0091金令
垢版 |
2020/04/06(月) 01:19:52.65ID:8TzwZBkv
お前に1つ聞きたいんだが、
植物も鉱石も無い無人島に置き去りにされて生きられるのか?

二つ目も聞きたいんだが、
お前の語ってる神ってのは誰からも崇められる存在な訳だが
その為にどのくらい頭を下げているのか理解できるか?
0092金令
垢版 |
2020/04/06(月) 01:23:42.63ID:8TzwZBkv
反乱が出るのは寧ろ恐怖政治の方であって全く検討違いなのよな?

俺はそれを天とは言わないが(諸事情によって失ったので)人の出来た人に唾を吐いてるお前の浅はかさにイラついたのでコメントしたくなった
0093金令
垢版 |
2020/04/06(月) 01:31:01.34ID:8TzwZBkv
全く関係ない他人事に喚いて何か得られるのか?

人の悪口言うだけでコミュニティ出来るとかどんだけ程度が低いのか知らねーが
命取りになるような事ポンポン喋るような奴にこれ以上言う事ねーなー?
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