【獣と鳥:4】

 俺は夢をみない。いつだったか昔、この現実こそは何より悪夢に近いと言っていたやつがいたが、そうやって目の前にある日々から逃れるだけの感傷を俺は持ち合わせていない。
 だからいつか命が終わるということは、死は俺にとって救いではないし、およそこの世で救いと呼ばれるあらゆるものは俺にとって救いではない。

 国とは何であるのか。それは土地ではない。土地ではあるが、土地ではない。
 国とは人であり、彼らの祖先が形成した道、橋、水路、建物、通信拠点網、それらの仕事を運用する法制度と運用し必要なら整備できる人間を育てるシステム、つまりはすべての資産であり、つまりは彼らを十分に養っていけるだけの領土だ。
 ならば、守るべきものを失った騎士は何であるのか。彼の誓いは何の為にあり、彼の剣は誰の為にあるのか。民を失った領主ほど、この世で無意味なものはない。

 いまだ燃え残りの火がくすぶる焦土と、煤けた瓦礫の原。
 かつては夏になれば、見渡す限りが美しい緑に覆われ、花を咲かせ、道々は人々の活気で賑わっていたというのに、
 骨肉相食む権力闘争に敗れ、守るべき騎士たちのことごとくが地に塗れ、領民が苦力として連れ去られた今や、すべてが枯れ果ててしまったかのように見る影もない。
 いつかこの場所であるいは敵であった誰かが再び人の守りと営みを築くのだとしても、もはや何の感慨もない俺の中では、確かに何かが死んだのだ。

 既に決定的なものが死んでしまった後で、それでも生きている人間がいるとすれば、それを亡霊といわずに何といおう。
 失われたものに対して俺が何の感慨も抱かないのは、俺という存在がもはやただの肉身を覆う殻にすぎないからだ。そこに悲しみはなく、喜びはない。今の俺は魂の核を失った獣人にすぎない。