――俺は最初からすべてを知っていたんだ、アーティ。
 淡々と語る男の表情には、狂気の欠片も見当たらない。まるで懺悔をするように自分はお前を利用するために近づいたのだと告白する彼の姿から、眼を逸らすことができなかった。
「最初に出会ったとき、お前は暗い水晶の中で眠っていた。誰も訪れるもののない地下深く、幾重にも機械によって封じられた筒の中で、結晶となってな。
 俺は、思ったよ。そんなふうにずっと一人で、こんな暗い場所で、何千年も眠りつづけるってのはどんな気分なんだ、ってな」
「…………」
「……おたがい、少しばかり愛しすぎた。俺も、お前も。愚かな賢者が定めた未来も、筋書きも、俺はどうだっていい。随分と長いこと生きてきたが……結局、お前のいた数年が俺には一番良かったのかもな」
「……なら、もう一度やり直せばいいじゃないか。今からだって遅くはないだろ?」
 縋るような願いに、しかし彼は首を振る。
「そいつは駄目だ、アーティ。お前の兄貴でいつづけるには俺の手はあまりに汚れすぎた。世界の秩序が俺たちを許さない」
 そんなの、と右足から一歩前に進み出て距離を縮めようとするが、静かな制止の瞳を受ける。
「最後のわがままだ。お前は生きろ。もしもお前が、俺をまだ兄貴と思ってくれているなら。お前が俺を殺さなければ、今度は俺が殺した奴らの類縁がお前を殺しにくるだろう。――血で血を贖ってはならない。お前は、俺と同じ道に堕ちるな」