【獣と鳥:8】

 かつて硬直しきった日本の医療界に失望し、国境なき医師団としてシリア、イラク、レバノン、スーダン、リビア、中近東や北アフリカといった激戦地を渡り歩いていた。
 本国の人々からはもっと安全な国に行けばいいのにと言われてきたが、私は医者だから、ただ救うべき命がそこにあるから、誰かが行かなくちゃならない場所だから私が行くんですとそういつも返していた。
 帰国するといつも穏やか過ぎる空気の中で困惑するのは、緊張感がほどけていってしまうことにだったろうか、そのことに危うさを覚える自分にだったろうか――懐かしく遠くもある故郷の人々の顔が脳裏をよぎった。

 病院代わりに借りているモスクを出ると、埃っぽい乾いた風に日差しが降り注いでいる。空爆で二階部分の鉄骨がむき出しになったビルの横を通り、カフェへ入る。
「アッサラーム・アライコム」
 街になじむために過激派のメンバーと昼食を取る。
 人手も予算も限られている中でできることをする――信頼関係とはいかずとも、不信感を抱かれては仕事ができなくなるからだ。
 不慣れなペルシア語を交えて簡単なコミュニケーションを、油断のならない相手だとは思いながら、彼らも生身の人間であることを感じる。

 ――ふいにフラッシュバックする最前線の復讐劇。

「仲間を戦車でひき潰したから我々はお前を同じようにする」
 砂埃で汚れたベストの肩口を両サイドからつかまれ、乱暴に引き立てられていく戦車兵によって、繰り返されるアラー・アクバルの聖句。地に投げ出され、キャタピラの進路上に頭を押し付けられた彼は――
 殺す側も殺される側も同じように同じ神に祈る。その矛盾と無力を強く感じているから私はここにいるのか。