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|天声人語 |
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「おなかいっぱい食べさせられなくて、ごめんね」。そんなお詫びのメモを残して20代の母親が3歳の息子とともに亡くなるという事件が6年前、大阪市であった。家に冷蔵庫はなく、残された食べ物は食塩だけだった▶奈良県田原本町の安養寺住職、松島靖朗さん(
43)は、この事件に衝撃を受ける。今の日本にそんな悲劇があったのか。寺にあったお供えの菓子類を箱に詰め、大阪市内の子育て支援NPOを訪ねた▶紹介された家庭にお供え物を月ごとに送るようになった。気づいたのは、世の中から孤立し、困窮している家庭の
底知れぬ多さ。知り合いの住職に「お供え物があまったら送ってもらえませんか」と声をかけた▶立ち上げたのがNPO「おてらおやつクラブ」だ。お寺で余ったお供え物を、貧困に直面したひとり親家庭に届ける仕組みである。宗派を超えて1100もの寺から賛
同を得て、毎月1万人の子どもにらおやつが届くようになった▶きょうは彼岸の入り。お盆や年末年始と並び、お寺への供物が増える時期である。賞味期限が迫り、もてあます品もあると聞く。「近隣にお裾分けをしたり、果物をジャムにして保存したり。それで
も食べきれないことがあり、もったいないかぎりです」▶お供え、お下がり、お裾分け➖。折々にお寺へ届けられた善意が、人々の手をへて、子どもたちのおなかを満たす。お供えをした側も本望ではないか。格差が痛ましいまでに広がる昨今、時代に即した
救済の知恵である。