ヒトラー氏の軍暦は伍長止まりだったのに、作戦に介入しすぎ。
特にフランス作戦を成功させた参謀長ハルダーをソ連戦の最中に解任したことが
致命的だったと思う
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参謀総長として、ハルダーは第二次世界大戦初期のドイツの侵攻作戦策定に関わった。
すなわちポーランド侵攻、西方侵攻、そしてバルバロッサ作戦である。1940年、
フランスに勝利した直後に上級大将に昇進。しかし徐々にヒトラーとの作戦上の
意見の相違が大きくなった。11月中にドイツ第6軍はスターリングラードのほとんどを占領、
ソビエト赤軍をボルガ川川岸に押し込んだが[1] 、第6軍の側面にはソビエト赤軍の
反撃の兆候があり、その情報はソビエト赤軍捕虜からもたらされていた[2]。(ウラヌス作戦)

それにも関わらず、ヒトラーはスターリングラードを占領することにこだわっていた。[3]。
そのためドイツ国防軍参謀総長だったフランツは第6軍と第4装甲軍の拡大し過ぎていた側面に
迫っていた危機について警告していたが、9月、ヒトラーとの意見対立により1942年9月24日に
参謀総長を更迭され、予備役に編入された

「wiki ハルダー」