それこそ大東亜決戦用甲師団みたいのを編成すべきだった

・原則40-50門の完全編成重火砲連隊ありきで戦力を構成する。これで火力連隊ないし旅団を構成する
(冷戦時の標準では軍団×100門が普通)
・原則軍団構成である
・引き込み防御を重視して、極端な機動戦略はとらない
・戦車は無視していいが(弱いし、負担)十分規模な対戦車連隊が必要で旅団あたり1大隊の対戦車砲隊が必須
・旅団規模でも1個以上の迫撃大隊、1個大隊以上の山砲大隊が必須でこれで旅団単位で火力連隊を構成する
・歩兵大隊は極端な変更はない

最低でも
軍団砲兵 150mm榴弾×24-48門
師団砲兵 105mm榴弾×24-36門×2連隊
各旅団火力 山砲など×12門 迫撃など24門 対戦車砲など12-18門以上(軍団で山砲48門、迫撃100門、対戦車砲60門)

これでも最低限で、冷戦初期の標準火力の半分くらいの火力でしかない。
日本はサイパンで負けるまで、軍団単位で50-100門(セオリーで100門)単位の砲兵旅団規模の火力が必須たる
こういう教訓をノモンハンなどで理解してるけど、そういう賢いグループのいうことよりも
補給の弱さとなぁなぁで済ませる政務サイドの折衝で重火力化に遅れた。
結局サイパン戦あとからあわてて重火力的な方向に切り替えた。

105mm榴弾が強い、弱いじゃなくて、105mm榴弾ですら十分に有さないで戦って戦闘にならなかった

似たことは欧州戦線の敗れる小国の敗戦例とか、朝鮮戦争の師団崩れでも起きてた。
基本火力と兵站が機能しなくなったがわがパターン的に敗北するp