キ61の審査に熱地試験というもがあった。これは軍用機全て課せられたもので
もちろん熱帯から極寒までたえねばならい

このころ南方の占領も終えており一気にシンガポールにとぶことになった
しかし97重爆で同行する整備担当官はこの大計画はポンコツ機キ61には厳しいと正直
気が重かった

はたせるかな、立川を飛び立つとキ61は子供が漏らすようにオイル漏れをおこした
黒いオイルがベットリと機体に付着するというありさまでひどく漏れたように感じられた
とにかく那覇までとんだが、さらにひどくなった
ラジエーターをおろしてハンダ付けするのだが大変な作業だった

ようやく修理が終わり翌朝、広東に飛んだが、またしても黒いオイルがベットリと機体に付着する
重いラジエーターをおろし修理のやり直しである。広東からサイゴン、シンガポールについたが
操縦する荒時の方もオイルの熱で蒸し風呂同然で
飛行服はグッショリ、頭がボーとしてくるしさらに激しいオイル漏れの精神動揺で疲れ果てた