【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.3
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旧日本陸海軍で使用された各種装甲車両のスレです。戦車・自走砲はもちろん
装甲作業機や一式装甲兵車のようないぶし銀、海軍の水陸両用戦車まで広く語って下さい。
■前スレ
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.2
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1494146400/ >>101
チハの揚陸が駄目だった例は第九連隊の逸話かららしいが
この辺の話題って「機甲入門」や「戦車と砲戦車」とかもそうだけどあまり深く触れてないよね 軽装甲車やらハ号は大分辺鄙なところまで持ってってるから
そういうのと比べるとチハは配備箇所限られるのかなって思わんでもない
南方といえば戦車第四連隊だけど、ジャワ攻略後はどんな装備してたんだろう
ノモンハンの時点ではほぼハ号だったけど クッソ重たい試製四十一センチ榴弾砲を内地から満州まで運んでるくらいなんだから、
港湾施設が整った所で揚陸、あとは鉄道と自走で大陸どこでも行ける予定だったんじゃないのかね?
チハ車が積める特大発を昭和13年に、20トン積める超大発を16年に作ってるくらいだし、
自走上陸で20トンクラスの島嶼上陸は想定してたんじゃないのかね? と言うかむしろ自分でやろうとしている。
戦車の方が間に合わなかったけどな! 20トンクラス戦車であるチヌの生産は19年末からだから……。 占守のチハって40両近くいるけど、あれ特大発で揚げたのかね?
だとしたらどこで積んだんだろう?
連隊自体は満州から19年2月に北海道へ、そこから占守や幌延に進出してるみたいだけど、
まさか北海道から千島列島沿いにアリ輸送か? 戦時標準船D型(第二次計画)は戦車やその他重量物の積み卸しを担当し、30tヘビーデリックを登載していたそうだが
第一次計画のD型も登載してたのかわからなかった
ただ、第二次計画時の戦時標準船は粗製乱造で粗悪品が多かったとされるので、デリックも額縁程の能力を発揮できなかった可能性が高い
戦車第九連隊のチハは揚陸時にデリックブームが曲がったらしいがそれより重いホロやホニi/iiはどうだったかはわからん 戦争末期はトクトクの背中に積んだ特大発、あるいはSB艇の直輸送等で強引に運んだ可能性はないかなあ >>107
1D型は5t×6、30t×1ですね。
「戦時造船史」から標準船のデリック装備を書きだすと
(平時)標準船※S14年9月以降
AT、AD 5t×12、25t×1
B 5t×10、20t×1
C、D 5t×8、20t×1
E 5t×6
F 5t×4
第一次戦時標準船
1A 5t×12、30t×1
1B 5t×10、30t×1
1C 5t×8、20t×1
1D 5t×6、30t×1
1E 3t×5
1F 3t×4
1K 5t×8
1TL 3t×2
1TM 2t×2
1TS 1t×1 第二次戦時標準戦
2A 5t×12、30t×1
2D 5t×6、30t×1
2ERS 5t×4
2ED 3t×4
2TL 3t×1
2TM 2t×1
2TE 無し
第三次戦時標準戦船
3A 5t×14、30t×1
3B、3D 5t×10、30t×1
3ES 5t×4
3ED 3t×4
3TL 記載無し
3TL貨 3t×10、5t×14
第四次戦時標準船
全て記載無し 「昭和造船史」では、以下要約。
揚貨用一般デリック設備は3t〜5tのものが普通で後に20T位のものまで装備された。
ヘビーデリックは定期船では航路により40t程度のものが装備されていたが、崎戸丸型(S13年完成)には50tのものが装備され、多賀丸型には70tのものも設けられた。
としています。標準船以前の話でしょう。 当時の日本の商船は錨やデリックは大抵蒸気式か電気式なんだが
Dつまりディーゼルや焼き玉だと、補助缶を別途積まないと蒸気式が動かせない
(もちろん本体缶ほどのパワーも出せない)
そして電気式は発電やモーターの為の銅線が足りないので商船に回せない
デリックあるんだけど動かない、仕様上のパワーが出ない
そもそもデリック積んでない、なんか仕様外の怪しいのが乗ってる(焼きたま式とか)
コレに加えて、粗製で怪しいものが加わるので
二次船のデリックの仕様なんぞ当てにならんのが多い
2Dや2Aはまだしも、粗製乱造の典型みたいな2E系なんぞどうなってるか・・・ 2Aも2Dもレシプロだからセーフじゃね?1000トン以下でしかディーゼル使ってないような
2Eはぶっちぎりでやばいのに、GHQに技術的には大和より見るところがあるとか言われててなんか悲しい >>113 1950年代の巨大タンカーの礎になったのは戦時標準船の設計概念と量産経験だぜ。
戦争中に出来上がった代物を擁護する気は全くないが、既存船形を簡略化しただけなアメリカのリバティ船あたり比べて、
戦時標準船同士で比較した場合、将来へ伸びる技術としての見どころが日本側にあるのは間違いないだろう…勝者の側だから言える台詞ではあるけどな! 戦車とクレーンについては八九式戦車の方で言及がありますね。
「第2次大戦の日本の戦車」に、
予想される戦場の地形と運送船の補助クレーンによる揚陸を考慮して約10tに制限した、
と原乙未生技術中将の記事があります。
この本、写真のキャプションで私にもわかるような間違いが散見されますが、
原氏の筆による部分は一応参考になるかなと。 昔火砲スレに書いた記憶
764 :名無し三等兵:2015/12/03(木) 21:23:06.41 ID:NSNADdPS.net
>>734
運用能力の貧弱さは事実だろうが、デリック(起重機)の能力も重大な問題の一つであったと思う。
特に敵に近い場所で揚陸する場合、再組み立てなどの手間は可能な限り取りたくない(そのために大発や特大発があるわけだし)。
第1 開戦前に於ける船舶輸送司令部の状況
C14020185700
これは戦後になって大本営船舶参謀が当時の情勢を回顧した資料だが、
大戦前には特大発(自重17トン)を搭載可能な輸送船は20隻程度しか用意できず、
さらにフィリピン攻略戦に従事した輸送船の大半は起重機の能力5トン以下。
これでは特大発や中戦車はおろか大発すら動かせないので、宇品の起重機を追加搭載するとともに、
鉄材運搬船を特種船として急きょ徴用し必要な能力をまかなっている。
更に戦車を揚搭できたとしても、能力がギリギリだと他の作業に支障をきたす。
別冊第2 将来参考となるべき事項
C14110746300
ジャワに上陸した歩兵第四連隊の史料だが、
動力を共用しているためか、戦車を揚陸する間、当該輸送船の他の起重機は使用不能だったとある。
外洋航行可能な輸送船の戦車揚陸能力の不足という問題を根本的に解決するには、1942年に竣工する機動艇を待たなければならない。 でも、それって特大発を扱える船が20隻もあったってことだよな
大型優秀船だろうから戦車を一度に数十台積める容積もあるから
20隻の特大発対応船舶とは10個戦車連隊ぐらいを一気に下ろせるということで
別に問題にするようなもんじゃねえよな
特殊船や起重機船や鉄材運搬船を回せばさらに楽になるし、もっとあっても良いが駄目な数でもない
そして船舶の蒸気デリックは
作戦要務令第三部
第59
船内搭載区分は、上陸時に於ける任務、行動、上陸順序、船内の警戒配備等を基礎とし、輸送船の構造及び設備等を考慮し、整斉迅速に上陸を実施し得る如く之を定む。
ちゃんと船の能力を確認して、それに合わせて計画を立てろとなってる
戦車降ろしてると他が降ろせませんじゃねえんだよ
だったら戦車は最後にするとか、真っ先に戦車下ろすとか
船の能力と相談して綿密に計画立てろって話
つまりは南方侵攻の船舶は間に合ったが
超楽勝ってことでもなかったので、数も性能ももっとほしいということよね 利川丸は30トンデリックの2A型戦標船だが制空制海権のある場所で戦車含めて積み下ろしにに三日間も掛かっているわけだ
制空制海権の怪しい地域では予定通りの場所で積み下ろしが出来るわけでもなく同じことやれったって机上の空論だわな
http://www.heiwakinen.jp/shiryokan/heiwa/02onketsu/O_02_270_1.pdf
十九年の七月始めから、徹底的に戦車を分解し整備した。これはおかしいと思ったら八月一日、機甲第二師団 に大動員がくだった (操縦士は車付といい、豆タンはほ とんど指揮官の操縦 ) 。
戦車は九七式中戦車改、砲は四七ミリとなった。第一中隊は索敵、連絡、斥候で九五式軽戦車だった。 夜、勃利駅で無蓋貨車に戦車をのせ、人員は有蓋貨車、 釜山埠頭では三日間、全員で積込作業。
船は一万屯ぐらいの 「利川丸」で、戦車第七連隊と機動歩兵の一部が乗船したが、船内は蚕棚のようで頭もあげられない。
(中略)
我々の目的地はマニラだったが、北のサンフェルナンド港へ十一隻の船が 急拠はいりこんだ。
戦車を降ろしたくもウインチが一台しかないので、甲板のトラックだけかろうじて降ろした (浮ドックのウインチは戦車を降ろす力が無い ) 。
いつ艦艇や空から攻撃されるかわからな い。三日間で戦車以外の糧秣 ・弾薬を降ろした。大休止の間、疲れて椰子の砂浜へ死んだように寝た。
(中略)
戦車を降ろす要員を昼まで待ったがウインチがやられてしまっている。しかたなく浮ドックのウインチを使って吊り揚げたが、
ワイヤーが切れて第三中隊長車は沈んでしまった。ワイヤーを修理して他は降ろしたと聞いている。私の軽戦車は助かったので、
エンジンを試運転したら一発でかかった。その時の嬉しさは忘れられない。 上の回想みたいにまともな起重機もないような貧弱な港で積み下ろしを余儀なくさせられたり
自船のデリックも故障することもあるしな >>116
鉄材運搬船(k型だそうな)は10隻有ったみたいだからどうにかなったのかな?でも25トンしか釣れないんだよなぁ。
wikiだと特大発が36トンくらいだから、チハは結局ハシケを使わないと無理そう
でも急遽徴用とかあるけど元々軍の徴用を睨んだ設計だそうだから、ある意味狙いどうりだと思う
陸軍は支那事変時に徴用したk型を気に入ったらしく、その流れをD型に流用したとかなんとか 普通の大発はガダル撤退時とか、駆逐艦で20ノット曳航したそうだけど、
10ノット内外の輸送船なら普通に特大発曳航できないのかね?
上陸前にチハ乗せるだけなら、15トン吊れれば十分だし。 >>120
特大発は自重17.5トン積載して満載で34トン
大発が12トンまでで、チハに合わせて16トン積みの特大発を後から開発してるから
戦車の重量制限を船舶に求めるなら
大発が12トン制限だったからというのが先にくるね >>121
できるできないで言うなら出来ると思う
どうしても大型デリック搭載船の手配が付かず、でも戦車運ぶ必要があるとなったら
特大発に戦車載せて自力航行させるか船で曳航ってのは考えただろうね
幸い南方侵攻時にはそこまで船腹も性能も不足してなかったってことだろうな
大戦末期にはESや二等輸送艦もあるから性能面では更に楽になってるわけだが 12トン制限は既出のとおり架橋資材やインフラの方が原因
大発は八九式に寄せてD型の大きさが決まった程度ではないだろか
チハ採用が決まってからおっつけで特大発が作られてすんなり出来上がってる
つまり大発あっての戦車ではなく戦車あっての戦車用大発という開発順位
少なくともチハチニの審査の時点では
陸軍省軍事課(町尻大佐)は甲車載式架橋材料の問題を前面に掲げ12t以内を主張していて
加えて現地(支那)の小橋梁の強度も懸念されるとしこの点ではできれば10t、増しても12-13t以内必須という趣旨
しかし大発動艇の収容能力には触れてない
なお12tだと四舟門橋で渡河させられるがそれを超えると五舟門橋が必要となる模様 >>116の資料を読んでみると「特に戦車揚陸の特大発は整備遅れて最も隘路となり〜」ともあったが、輸送船もそれに載せる特大発も足りないという事であれば
揚陸効率は更に悪化するのではないか と思ってみたり(南方侵攻時に投入された特大発って何隻あったん?) チハクラスなら架橋問題はともかく積み込みなら砲塔取り外して二分割も視野に入ったろうに
陸自の九○式戦車みたいなことよ 南方軍は一応60隻持ってるみたいね
コレヒドールには5隻使用したっぽいから、十分と言えば充分…? >>127
それやると今度は砲塔の取付を上陸後にやらなきゃいけないんで>>118みたいな状況がより悪化する危険が…
揚陸できてもその後の作業で(恐らくは通常よりも多くの)時間を取られ、その間首なしの戦車ばかりが敵前に並ぶんじゃ敵の利にしかならん >>126
南方侵攻時にあったのは100隻あるかないかぐらいだったはず
特殊船で露天で重ね積みで特大発10隻(+大発6隻)
徴用貨物船でこれ以上が積めるとも思えんので
100隻を大型デリック船20隻で割って5隻ずつまでだろうな
各大発への荷降ろし時間は最短でも10〜30分はかかる
錨泊地と揚陸地の距離や上陸地点での事故や手間取り等を考えると
平均20分で荷降ろしできるとして
特大発が5隻あるなら100分以内に戻って来りゃ良いけど
これが2隻とかになると船のほうが待たされることにもなるんで
数が隘路かというとそのとおりだが
舟艇数があっても揚陸地で大混乱で帰ってこないとかも良くあるんで
なかなか奥が深いはなしである >>129
どうやろ
上陸し終わるまで遊ばせておくよりかは先に下ろすだけ先に降ろさせて地上で急がせるというのも ガダルやレイテ見ても、揚陸までは何とかこなすけど、その後の分散隠匿が
間に合わなくて空襲で焼かれたり、陸上を前線まで運ぶのが滞って
揚陸点に物資山積み前線で不足なんてケースがまま見受けられるからなぁ。 というのもほかの物資揚陸もある中での少ないデリック数じゃ戦車1輌降ろす間に先発の1輌の首が付きそうな…?
比島決戦の様に、空も海もやばかったとしても、とりあえず日本側占領下の地域に降ろすなら、先に首別れで降ろしてもむしろ陸に敵が居ないのならとどまるよりはいいんでね
問題なのがむしろ制空権確保してるけど敵地占領下に殴り込む場合で、その場合だとマチルダ1みたいな機銃戦車状態で送りつける事になるからあかん >>132
空襲で焼かれるのは揚陸部隊側の敗北だけど揚陸が完了したブツが届かないのはその現地軍の輜重の壊滅状態という件になると思う
まあ砲塔分割は数トンある砲塔を吊るせる工兵機材から始めにゃならんので果てしなく遠回りだけどね
陸自も九○式のトレーラー輸送は嫌がっての一○式の重量でもあるし 砲塔と車体を分離して揚陸しても特別メリットはないということでFA? 仮に倍早く揚陸できても20両の首なしと10両の完品じゃ歴然でしょ ハナから降ろせない重量物を降ろす手段だから0両の戦車か20両の首無しかだろ
俺ならそんなんより食糧や自動車の揚陸させるが 別に首無しとかにしなくとも
上陸してからボルト止めで増加装甲を付ける前提の車両とかでも良いと思うが 減らしに減らした装甲であれだから増加装甲というよりは装甲そのものが取れるみたいになるな
最大2.5センチ厚の装甲を増加装甲と本体装甲とに分ける自体よりかはいっそ本装甲が取れて一見謎の物体と化した戦車状態の方がマシ あんまりバラすと一部分海没するだけでちゃんと使えなくなる恐れが… 浮袋つけてそのまま海に叩き込めばいいんだよ@DDシャーマン >>137
チハ、チへクラスの重量じゃ中途半端過ぎて
分離させるメリットなくね せや!首なしでも車体にも主砲がついてればええんや(池沼) >>137
俺なら上陸第一波に首なしチハなんて恐ろしいことをするくらいなら諦めてハ号にするわ
戦線後方で港湾や工場が確保できているなら分解再組立もやむを得ないかもしれないが
即座に展開させたい要求があるなら非力でもそのまま運べる方がまし >>144
仮にホル車がガダルカナルやフィリピンに投入されたとして、どれ程活躍できたろうか…… >>142
参謀本部って本当にチニごり押しだったのかな
インフラ担当の陸軍省はとにかく重量級はダメの一点張りで極論すると性能なんかイラネって言ってるんだが
参謀本部は軽量案なら整備数を1.5倍にしますとか、チニを推したいけどチハの研究も並行してやってくれとか
どうにも言ってることが中途半端でフワフワしてる >>146
いまクレーンの能力が問題になってるのは開戦時の侵攻作戦の方だと思うが
その仮定であればフィリピンにホル車が投入されていれば強力な自走火力としてかなり便利に使えたのでは
ガ島戦では揚陸後云々より輸送途上で沈む数が多すぎて何持って行っても変わらんような >>147
現状を鑑みると配備数を増やしたいのでチニ
でも配備数が整った後なら性能も追求したいのでチハも研究していく
って事でないの チニは少人数で運用上問題があるからチハの半減戦力でしかないとチハ派が言ってたからでは 片手で装填できる限界の軽さとどこかで見たから装填手いなくても発射速度は許容出来そう
でも小さい1人用リングじゃ新砲塔載せられない時点で兵器としての発展性というか寿命は著しく短い >>149
それなら筋が通ってるんだけど、第二案(チニ)採用による性能低下に対して
数量が2に対して3になるからなんとか忍び得るのではないか、という言い方をしてるのね
数を揃える必要があるから性能は目を瞑る、ではなくて
安いの作っとけば能力不足でもなんとかなるじゃん、というちょっと無責任な発言
なんつーか参謀本部は新中戦車自体どうでもよくて
軍事課から重量面でクレーム付いてるけど軽量にはできないって技術屋がゴネてるから
そんなら軽くて安い方を少し改良してみてくれよ、みたいな雰囲気がある
軍事課の方は結構真摯に装甲厚と耐弾性能を聞いたり
重量面で一番ネックになりそうな機関を「速度は要らんと思います」とハ号と同じので良いと断言したり
12t以内という線は譲れないとしながら真面目に落とし所を探ろうとしてる印象はある >>151
チハだって本則は砲手が片手で装填な
困るのは砲手が車長を兼ねるので、射撃してると指揮ができなくなること
敵味方が何処でどう展開し、連絡がどうなのか、今この戦車は何をするべきなのか
そういったことを射撃してたら見ることも聞くことも考えることも出来ない 参謀本部が戦車を軽視云々ってのは司馬遼太郎あたりの時代から始まって広まった根拠のない言説じゃないのか
実際の議事録を読むとそんな単純な話じゃないと分かるが昔はその手の言説が簡単に受け入れられる時代だったからな ソ連でT-26が大量に調達されてたんでその対抗として数合わせにチニを考えてた感はあるな 47mm砲をもっと早く採用できなかったのか
フランスやイタリア、後Mk.4の3ポンド砲で
イギリスがMedium Mark II戦車に採用してるよな。 試製97式47mm砲は鹵獲した45mm対戦車砲に劣る出来だったし無い物強請りされても >>152
それが昭和13〜14年3月頃の参本案・技本案となり、チホ車として纏まろうとしてたってとこなんだろうねえ。 >>156
例えばDa47/32みたいな砲で良ければ九〇式五糎七と大して変わらん砲塔容積で収められただろうけど
57mmが普通の短榴弾で威力半径16mに対してDa47/32は長榴弾でやっとそれに近い威力になる
当然APとは弾道が全然違うから照準目盛りも別個にしないといけなくなるし、平射したら弾道が低伸しない
結果として砲手1名で扱うにはいろいろ面倒臭い砲になってしまう ソ連製の45mm砲をそのままないし参考に、ってのは当時検討されたんだろうかね
てか一式四七粍にどれだけ影響を与えたんだろう ソ連の45mmって第一次五カ年計画で作った45mm大隊砲があって
37mmPAK導入から32年式(19K)になって、これが色々と大失敗
で改良したのが37年式(53K)として完成するわけで
容易に真似られないというか、ノウハウの塊なんだよな 戦鳥より面白い書き込みを見つけたので。
>>アジ歴「押収四十五粍・九〇式五糎七戦車砲比較榴弾射撃研究記事」(C01004696500)によると
判定としては押収四十五粍砲の榴弾効力は九〇式五糎七と比較して「特ニ大ナル遜色ナキヲ以テ榴弾効力の見地ヨリ戦車砲トシテ忍ビ得ルモノトス」ということになっています。
但し、この時試験に供された榴弾は弾重2.15kg、初速330m/sで、かなり大きな(長い)弾です。 見たところ装薬は減らしただろうが、それでも砲身が破裂しないんだから、横弾といった命中精度への不安要素を除けば57mm戦車砲の榴弾に近い榴弾を作れるんだなと >>162-163
長榴弾は>>159でもう書いてあるが、50mm程度の砲では効果範囲が狭いので使われる。
装薬は同程度使うが砲弾の重さと抵抗で初速が出ない。
過去スレによれば一式四十七粍にも長榴弾が制式化されたという話だがどれだけ使われたか不明。
デメリットは弾道が全く変わってしまうため照準の読み方が変わることや長い砲弾に合わせた搭載法を検討する必要が出ること。
蛇足だが、長榴弾前提で効力は似たようなものと言っておきながら短榴弾ばかり作っていたのはやや作為的なものを感じる。
先ず47mm口径採用が前提にあって反対派を納得させるための材料をお膳立てしているようにも見える。 >>162
あの資料、単純に榴弾威力の結果のみを比較したんだとすれば「五七粍でいいじゃん」ともなりそうなんだよな
四五粍が五七粍よりも対戦車威力に優れる、って一点があったから「忍ビ得ル」とされたんじゃないかと >>164
一式47mmには使われてないだろうな。
一式47mmのは57mmの半分程度とされる榴弾効力の、至って普通のHE弾 >>160
試製九七式47mm速射砲に関しては、スペイン内戦後にソ連戦車の装甲版の欠片を入手したのが開発の切っ掛けで、
45mm砲の実物入手はその開発を開始して1〜2年後だから、あまり影響はなかったのではないかなと。 一号戦車の13mm装甲板が37mm榴弾に破壊されたり
四号戦車のシュルツェンが76.2mm榴弾にも有効だと評されたり
五号戦車の45mm装甲板が152mm榴弾の直撃で大穴開くところを見るに
少数弾の命中時における通常榴弾の貫通力は砲口口径の4割程度という事なのかね >>105
1942年8月からのガダルカナル戦にM2を連れてきたのって、ひょっとして重さのせいだったのかね? 単に海兵隊の装備更新が遅れてるだけかと、ライフルもスプリングフィールドだったし >>168
確かソ連戦車の装甲板も45mm戦車砲も昭和12〜13年頃に両方手に入ってたような… と思って資料をほじくり返してきたが、昭和13年10〜12月に西班牙からT-26の砲塔と一緒に45mm対戦車砲も輸入されてるね(C01004553100)
で、その少し前の9月頃に45mm戦車砲も下付の動きがあったと(C01007034400)いう
>>168のうち45mm砲の入手時期は概ねその通りだが、T-26砲塔の入手が試製九七式四七粍(昭和12年7月開始・翌年3月竣工)の開発のキッカケというのは違うのでは T-26の様に45mm級対戦車砲を積んだビッカース6トンベースの戦車って良いよな
登場時点で陳腐化しがちなハ号クラスの軽戦車でもある程度戦力化できる それ過去ログで何度か話題になってた自己研究の記述で埋め尽くされた九五式軽戦車のWikipediabフ主張を思い出bキな
編集覧囓ゥたらIPv6bフ同一人物が延=Xと記述してて封メ集合戦になるbゥらメンドイっbトんで放置するbアとしたんだっbッか まあソ連45mmでも米37mmでも
火砲の威力は過剰なぐらいでちょうどよいということだな ソ連の長砲身高初速化にはそこまでするかと首を傾げたくなる部分もあるが
自動車で牽けるから牽引重量1.2tまで肥大しても許容できたのかなと思うとやるせない気分になる 埠頭に軌条敷いて貨車揚陸すべき
大陸では鉄道に頼っていた割りに鉄道部隊の編制が連隊どまりだったのが問題だろう
いく先々の主要港には鉄道師団を進駐させて
ぱっぱ、ぱっぱと部材を組み上げて船舷から桟橋に荷を出したら
そのまま貨車で兵站へ 45mm53-K(68口径870m/s)もPAK38(60口径835m/s)も砲身長の割には初速が高いとは言えない
47mm機動砲(54口径830m/s)や47mm戦車砲(49口径810m/s)と比較して差が少ないということは
長砲身砲では短くなりがちな砲身命数を伸ばすためだろうが装薬量を可能な限り抑えたに違いない >>182
鉄道連絡船から貨車下ろせるようにするってのは
結構あれで特殊ていうか凝った埠頭を作る必要があるんだよ
ましてや国内と大陸じゃゲージも違うわけでな >>183
それは卵と鶏が逆
砲身寿命を伸ばすために長砲身化する
緩燃火薬で「ゆっくりと」長い距離を押してやった方が、同じ初速を出すなら腔圧や燃焼温度が低くて済む
なお5cmPakについて言えば45mmや一式に対して
口径差を考慮しても砲弾重量が5-10%程度重いのも多少ならず影響しているのではないかと
ただ日本の戦車砲や対戦車砲の砲身が初速に比して短いのは事実(47mmの後の57mmや75mm、105mmも同じ傾向)
このあたり九〇式野砲が機動砲兵用としては可とされたことも踏まえると
対戦車砲や戦車砲の砲身寿命については達観していたというか、それほど多数弾を撃たないものとして扱っていた感がある こう見てくるとやはり英17ポンド砲はこの時代において規格外としか言いようがない
九〇式野砲で問題になった焼融などは大丈夫だったのだろうか あと、M-42は46口径の従来砲と装薬込みで弾薬全く同じ
ギリギリまで46口径用の装薬の性能を引き出したらああなったってだけのことかと 独5cm L/60 (830m/s)は弾頭重量2.03kg
一式機動四十七粍砲(830m/s)は弾頭重量1.53kg
米軍試験基準だと両砲は垂直装甲に対しては10%程度の侵徹長差
APHEとAPCBCだから単純な比較はできんが質量差考えると一式47mmは健闘してる方か
ソ45mm M-42(870m/s)は弾頭重量1.43kgだが1942年の鹵獲した三突に対して実施された耐弾試験では
レンドリースされた英2ポンド砲や米37mm砲にも劣る結果になった事例もあって弾頭の質が粗製濫造で悪かったって話もある 露助の弾は45mmに限らず性能が低い
シャーマンに対する射撃試験では僅差とはいえPak40>85mm砲という結果になったり
1000mで185mm抜くと言われてる100mm砲も戦中の弾だと135mmないし160mmに留まる
それでも85mm砲はナチ公が最後まで当てにしてた四号には十分な威力だったし
100mm砲は虎の正面や豹の砲塔前面を貫通できたから問題は少なかったけど
王虎は抜けなくてもIS2ファミリーの122mm徹甲榴弾か152mm徹甲榴弾を喰らわせれば
最厚部でも装甲板の剥離飛散で擱座に追い込む事はできたしな 弾頭がやたら砕ける、薄めの装甲相手でも割れる…というのは米軍の試験報告だっけ
どっかのサイトに解説というか訳文があったけど、けっこう糞味噌に言ってた記憶が
希少金属制限と無茶苦茶な増産で弾丸鋼第一種どころじゃない鉄チン弾になってたのかな 米軍が「T-34の85ミリ砲よりシャーマンの76ミリ砲の方が貫通力あって優秀だぜ!」
って自慢げな試験レポート書いてたけど、あれって弾のせいなのかね? >>193
ttps://en.wikipedia.org/wiki/85_mm_air_defense_gun_M1939_(52-K)#Penetration_comparison
ttps://en.wikipedia.org/wiki/76_mm_gun_M1#Performance
AP/APBCなら、だいたい同じような威力で
遠方だと76って感じだから空力と材質の両面かな
そしてAPCR/HVAPだと大差ていうか圧倒的 うろ覚えだがオスプレイミリタリーシリーズか何かの虎巻だと下記みたいな結果になってたはず
80mm側面装甲(※実戦の想定で虎を確実に貫通できるとされた距離)
T - 34 - 76 100〜200m以内
M4(75mm) 500〜600m以内
6ポンド砲 600〜700m以内
100mm正面装甲(※昼飯の角度で命中した場合に虎が貫通される距離)
T - 34 - 85 500m以内
M4(76mm) 700m以内
通常徹甲弾のカタログ値
T - 34 - 76 初速662m/s 砲弾重量6.3kg
M4(75mm) 初速619m/s 砲弾重量6.3kg ※M72
T - 34 - 85 初速792m/s 砲弾重量9.2kg
M4(75mm) 初速792m/s 砲弾重量7.0kg ※M62
やっぱり砲弾の質に差があったのでは? >>195ミスった箇所を修正
うろ覚えだがオスプレイミリタリーシリーズか何かの虎巻だと下記みたいな結果になってたはず
80mm側面装甲(※実戦の想定で虎を確実に貫通できるとされた距離)
T - 34 - 76 100〜200m以内
M4(75mm) 500〜600m以内
6ポンド砲 600〜700m以内
100mm正面装甲(※昼飯の角度で命中した場合に虎が貫通される距離)
T - 34 - 85 500m以内
M4(76mm) 700m以内
通常徹甲弾のカタログ値
T - 34 - 76 初速662m/s 砲弾重量6.3kg
M4(75mm) 初速619m/s 砲弾重量6.3kg ※M72
T - 34 - 85 初速792m/s 砲弾重量9.2kg
M4(76mm) 初速792m/s 砲弾重量7.0kg ※M62
やっぱり砲弾の質に差があったのでは? ここゲーム板じゃねーんだから…
それはそうと主語を統一してくれ
100mm装甲より80mm装甲のが硬いってどういう事 昼飯の角度知らんのか…
スレ的にはティーガーフィーベル必読だぞ
あと硬さじゃなくて脆さの話(しかも砲弾)だな ドイツ戦車スレじゃないからスレ違いってなら判るが、昼飯の角度は普通に戦中のドイツ軍が使ってたぞ。 >>200
マジかよ知らなかった
ドイツ軍についてはwiki程度の知識しか持っていからと言い訳してみる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています