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【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.4
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0001名無し三等兵 (ワッチョイ 6f9f-A03S)
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2018/07/21(土) 16:15:11.98ID:wP5vgDdc0
旧日本陸海軍で使用された各種装甲車両のスレです。戦車・自走砲はもちろん
装甲作業機や一式装甲兵車のようないぶし銀、海軍の水陸両用戦車まで広く語って下さい。

■前スレ
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.3
http://mevius.2ch.net/test/read.cgi/army/1513262373/

■過去スレ
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド
http://echo.5ch.net/test/read.cgi/army/1463822751/
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.2
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1494146400/
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured
0747名無し三等兵 (スッップ Sd33-5hy8)
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2019/01/08(火) 08:17:27.02ID:PXA9s2vyd
>>746
だからしつこいよもう
山砲と同じぐらいだというからには何かしらソースがあるのかと思えば何一つ出せないじゃないか

五糎七戦車砲九○式榴弾は弾量が2.36kgそこらしかないんだよ?ダメに決まってるじゃねぇか
弾道が同じ筈じゃない、これは当たり前だし具体的に何メートルの差に落ち着くかは君が証明すべき事でしょ
俺はただ山砲データの流用で済ませんなって言ってるの

>>
最大射程でも6100〜7100mと結構な違いがある。それで「約1000m」で一括りな程度の話なんだよ

あのね、九○式戦車砲だと四一式の25度より高い30度の仰角でも5400m何だよ…全然違うよね?
一括りに出来るならしてるだろ普通
そんな事も分からんの?
0748名無し三等兵 (スッップ Sd33-5hy8)
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2019/01/08(火) 08:24:03.94ID:PXA9s2vyd
弾道が同じではない、これはお互い同意している。あとは存速の差がどれだけ影響するかについて、君は1000mと大差無い「だろう」に終始しててなんら証拠を示さない

俺としては「山砲を流用する姿勢を批判しているだけ」なので俺に証拠を求めるのは間違っている
直接的に戦車砲の着発限界について知りもしない癖に勝手に決めてかかるなという事
「1000mより大きく違う筈だ」と言っているのでは無い。「1000mとは違うかもしれんから山砲の値を参照するな」と言っているのがわざと理解できないフリをしているのかなぁ?
0749名無し三等兵 (スッップ Sd33-5hy8)
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2019/01/08(火) 08:45:17.09ID:PXA9s2vyd
あーちなみにwarbirdsでも見れる砲兵戦術講授録は昭和7年(1932年)発行な
四一式山砲の7100mとされる九四式榴弾は存在せんぜ?はて、6100mも7100mも一括りとは

最低限、リンク先は目を通してみたら?

分からないフリをしているのか知らんが、俺は「弾量の違う山砲を持ち出すな出直せ」と言っているのであって、「山砲と弾道変わらん筈!」と繰り返しても全く的外れな返答なのよ

「筈」じゃなくてちゃんと戦車砲の着発限界を知ってからものいえという話で、「お前が正しい根拠を言え!」というのは如何に筋違いな話か流石にもう分かるよね?
0750名無し三等兵 (ワッチョイ f902-RM76)
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2019/01/08(火) 09:02:53.49ID:eZVcjAIi0
おいおいw
弾道が違うと仰ってるのはそっち
私は違っても気にするほどの差はないと言ってる

差はあるんだと仰るならそちらが出してくれ。
数字がなくても私は困らないし、最初に言ったように私の数字は1000mだよ?

なお94式山砲は45度の仰角で94式榴弾を初速363mで撃って7300m
41式山砲は同じ94式榴弾を25度の仰角で353で撃って7100mだ
25度と45度で200mしか変わらんので30度でも山砲の射程は25度時と大して変わらんだろうと想像できる
つまり射程的に不利なはずの57mm砲が30度で5400も飛ぶなら
75mmの25度6100m射程の山砲弾との差は、近距離なら無いも同然とみなしても実用上何ら差し支えないのではないかな?
0751名無し三等兵 (ワッチョイ f902-RM76)
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2019/01/08(火) 09:22:47.00ID:eZVcjAIi0
>>749
>>741は見たかな? 昭和16年でも約1000mとしてるんだよ
つまり、ある程度の弾種差は無視してるってことよ。
地面は平らじゃないし、彼我の標高差もあるし、弾の飛び方だって気温や風向きでも変わるんだから
「だいたい1000mでアウト」という目安で必要十分なんだよ
この弾丸は試験条件では920m、この砲なら計算上1010mとかって示しても煩雑なだけで運用上意味のある数字ではないよね?

そして山砲の数値を参考にしてるのは、速度がほぼ同じで、口径差も他の砲よりも小さいからだ
そちらの「山砲を参考にするな」という哲学は理解したが
残念ながら他に足がかりになるものを知らんので、可能ならば良い参考にできるものも教えて欲しい
0753名無し三等兵 (スッップ Sd33-5hy8)
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2019/01/08(火) 17:54:49.69ID:PXA9s2vyd
>>751
いやいや、弾道が違う「かもしれないから」改めてしっかり戦車砲の着発限界について情報を持ってこいと言う話なんだが??
弾道が違う、ではなく、「違うかもしれない」で君が改めて出直してくる理由としては十分だろ
千メートルと勝手に決めるのは結構だが、>>「残念ながら他に足がかりになるものを知らん」様な現状で何で先走って結論を焦ろうとするのかい?
君自身、「57mm戦車砲は千メートルが着発限界」などとする情報は見た事すら無いのに?
こんな事も分からないの?
0756名無し三等兵 (ワッチョイ f902-RM76)
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2019/01/09(水) 08:06:22.00ID:OudQjaz30
>>753
結論を焦ったりはしてないぞ。明確な数字があるなら喜んで受け入れるぞ
だから数字があるなら、目安になるものがあるなら提示してくれと何度も頼んでるんだけど?

いわゆる戦車の交戦距離では戦車砲の榴弾は地面を撃っても有効になり難いという話の一部に過ぎないんで
それが800mでも1200mでも構わんからね。
0757名無し三等兵 (スッップ Sd33-5hy8)
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2019/01/09(水) 11:07:33.08ID:pnGT9vh8d
>>756
そんな確たる数字は君も俺も見つけていない、諦めろと言っているの
何メートルだろうと、「無理に確定させる」事を急ぐその姿勢だよ
0758名無し三等兵 (JP 0H8a-KWQ3)
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2019/01/11(金) 19:58:40.94ID:Ab1K/i7GH
射程距離 一〇〇〇メートル? 命中しなきゃ意味ないぞ?

 またドイツ軍の歩兵は、近接戦闘を好まないということに気がついた。ドイツ兵は、
一〇〇〇メートルもさきから、自動火器の弾丸をばらまきながら前進する方法を好んでとっていた。
 これら二つの要素――つまり協同戦闘と、近接戦の不得手――にたいしてとるべき戦法は、
できるだけ敵に近接することだ、と彼は結論した。
 そうすれば、ドイツ空軍は、友軍部隊にも損害をあたえることを覚悟しなければ、ソ連部隊を爆撃することはできない。
 ここで、第一の連繋がくずれ、ドイツ軍歩兵をいやでも近接戦に巻込むことができるだろう。
http://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU/sobiet5.htm
0761名無し三等兵 (ワッチョイ 2ec9-zkZ5)
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2019/01/27(日) 08:39:45.17ID:37Sa27Ia0
試製一式七糎半自走砲
0764名無し三等兵 (スプッッ Sd62-geIG)
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2019/01/30(水) 22:48:25.79ID:XeCW850Wd
こういうとアレだが反発は覚悟で言うと、ハ号は技術遺産などと胸を張って言える域には無い…からリンク先みたいに技術史を語る上での記念という体なら帰ってこなくていいよ

そりゃ、白人に対抗して戦車を作れた、ってレベルで拍手もんかもしれんが、その域で満足できる水準はとっくに通り越している
どこに見せても恥ずかしくない戦車って何だろうな、と言われると諸説あるが、ハ号は少なくとも手放しで喜べない
といっても自虐するのはオーケーな癖に、左翼教師にブリキ戦車とか言われると腹立てる時点で、俺もコンプレックス抱えた軍オタの一員かも
0766名無し三等兵 (スプッッ Sd62-geIG)
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2019/01/30(水) 23:24:04.02ID:XeCW850Wd
軍事だから他国と競うための技術であった事はまぁ事実やん
んで、記念すべき国産戦車!(ワーパチパチ)って水準はとっくに越したやん、って話ですや
0768名無し三等兵 (ワッチョイ c294-uJAn)
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2019/01/30(水) 23:42:39.46ID:FDyuGZBX0
九五式軽戦車と同時期って二号やM2軽戦車あたりだろ
それらと比べてもそう劣ってはいないと思うが

ソ連はこの時期には長砲身の戦車砲搭載で攻撃力は抜けてるけどさ
0769名無し三等兵 (アウアウウー Saa5-esNY)
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2019/01/30(水) 23:43:58.40ID:Vd1nd0tSa
>>764
>技術遺産などと胸を張って言える域に無い
その考え方は本当にやめてくれ…無能公務員どもを思い出す…
「当時から見てもレベル高く無いし、面白いものじゃ無いから客も来ないし捨てといてね!」って明治時代からの工作機械数百点を全部スクラップにしやがったんだよ
技術立国日本!とか言うくせにその技術的な歴史を辿るのはもう永遠に不可能なんだ…
ダメならダメで、どうダメなのかきちんと調べないと。技術史は考古学よ

オデッサ戦車ですら技術史的には貴重なんだけど普通の一般人には見ても面白く無いだろうから、普通はスクラップになるのかなぁ…ロシアはよく残してるな

あ、日本に里帰りさせる事自体は反対ね。また海外に転売して終わりだろうし
0770名無し三等兵 (スプッッ Sd62-geIG)
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2019/01/30(水) 23:52:11.78ID:XeCW850Wd
>>767
ものはいいようというか、頑張って軽戦車作りましたとか、そういう域での話に過ぎないわけでしょ
記事内にも
>>もし修復した九五式軽戦車が展示された場合、世界の名だたる戦車に並んで日本の戦車が欧州を走る姿が見られるとのことです。

とあるが、他国が日進月歩の中でかくかくたるものを仕上げてきて、それらと比較されて、その際にそうフォローして回る事は出来ない、一度土俵に上がれば日本軍の戦車としてしか見られない

技術遺産というのは、そういうもの。
胸を張って記念したからには、そういう格になる
技術遺産は、かなりの大物や特筆されるべき記念物で、当時としても平凡、敵が中戦車クラスを揚陸させてるなかで対戦中は完全に旧式化したものはその格ではない
あくまで日本人全体がそういうフォローに徹する事が出来たら、誇れるものになると思う

零戦や大和型戦艦だって実態はともかくまがりなりにも神格化、あるいは「悪の象徴」みたいにある意味での大物化されてたんやで
0772名無し三等兵 (スプッッ Sd9f-cxwc)
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2019/01/31(木) 00:07:53.04ID:1DMT95w2d
いや記念すべきものですやん
日本で相当する格のものは試製一号戦車だろ
何か当時最大とか○○初とか○○革新とか記念すべきものはあるかいな?
ただの軽戦車やないかい
そんなん有難がってたら駆逐艦でも何でも記念してたら良いと思うよ
0773名無し三等兵 (スプッッ Sd9f-cxwc)
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2019/01/31(木) 00:16:21.61ID:1DMT95w2d
日本が0系新幹線とか記念するのは分かる
でも九五式とかオーソドックスな軽戦車とかにもいちいち「技術的価値が〜」とか言ってたら、そのうちその手の遺産のインフレ起こすよw

日本に限らず電気電子系の手のものは重宝されてその限りではないけどね

戦車でそれだけの格を付けるにはある程度のネームドが必要だと思うよ
マニアがどうこうと正直に言ったらええねん
これならまだいすゞtx系の自動貨車とかの方が推されると思う
こちらの方が戦後の飛躍の面でも、技術史的に価値はあるんじゃない?
0774名無し三等兵 (ワッチョイ ff95-4IlR)
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2019/01/31(木) 00:20:56.52ID:5vJJ0LWJ0
その当時に世界トップクラスの水準じゃなきゃダメとか言いだしたら、この国に技術遺産なんてものは無くなるぞ
日本が本当に技術で世界トップクラスの水準にたどり着けたのは戦後しばらく経ってからだし

誰だって最初から一人前だったわけじゃない
たくさんの失敗や試行錯誤の上に今があるわけだろう
集大成とは言えなくとも、通過点の1つではあるやん?残せるならば残しておこうで
あ、日本国内には来なくていいです。どうせ酷い管理して腐らせるから
0775名無し三等兵 (スプッッ Sd9f-cxwc)
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2019/01/31(木) 00:25:42.97ID:1DMT95w2d
せやな、その通りすまんかった
個人的に一式四輪/六輪自動貨車、これは特筆すべきだと思う
ハ号?ええ?みたいな事言った舌の根も乾かぬうちに言うけどな
舌何枚もあって悪いな
0778名無し三等兵 (アウアウクー MMb3-0FrV)
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2019/01/31(木) 15:06:55.33ID:2GsrZLYTM
九五式軽戦車里帰りプロジェクトがクラウドファンディング開始
http://otakei.otakuma.net/archives/2019013101.html
http://otakei.otakuma.net/wp/wp-content/uploads/2019/01/Type95_Ha-Go01.jpg
 日本で最も多く生産され、第二次大戦を通じて各地の戦場で活躍した「ハ号」こと、九五式軽戦車。
「チハ」こと九七式中戦車と並んで日本の主力戦車でしたが、日本国内にはこの戦車が原形をとどめる
形では残っていません。そこで、海外に残存するこの戦車を日本の機械技術遺産として里帰りさせようと
いうプロジェクトがNPO法人の手で始まっています。イギリスで保存されているものを修復し、日本まで
移送する資金の一部を調達するクラウドファンディングが2019年1月30日から開始されました。

 三菱重工によって開発され、1935年に正式化された九五式軽戦車。旧日本陸軍における機械化部隊の
中心的存在として、1943年の生産終了まで全部で2738両が生産されましたが、多くが戦闘中に破壊されたり、
放棄されたりしています。日本国内に残存したものは、スクラップにされたほか、一部が砲塔や武装を撤去
されてブルドーザーなどの建設機械へと姿を変え、戦後の復興にも役立ちました。
http://otakei.otakuma.net/wp/wp-content/uploads/2019/01/Type95_Ha-Go_on_Duty.jpg

 今回里帰りを計画している九五式軽戦車は、あるイギリス人O氏が所有する個体。実はこの個体は、
1981年に元アメリカ軍人の好意により、ミクロネシア連邦のポンペイ島(旧称:ポナペ島)から一度は日本に
返還されたもの。1986年から京都嵐山美術館に展示されていたことがあり、筆者も目にしたことのあるもの
です。1991年に京都嵐山美術館が閉館したのちは、和歌山県の南紀白浜ゼロパークへと移管されたの
ですが、ここも2004年に閉館。行き場のなくなったところをO氏が買い取り、現在まで戦車修復のプロが
いるポーランドで10年余りの歳月をかけて、少しずつ修復作業を進めてくれていたのです。
0779名無し三等兵 (スプッッ Sd9f-cxwc)
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2019/01/31(木) 15:25:23.50ID:1DMT95w2d
嵐山美術館が日本の兵器保存の逸話に暗い影を落としていることは否めない
ってかそれ系のネガティブな話の大半が嵐山美術館のせいだったりする。他がマシとは言わないけど。
マニアに安易に窃盗されるような杜撰な展示体制、オーナーの死で一時は支離滅裂になる無計画っぷり
他にここまで酷いところってあるのか?靖国遊就館か?
0781名無し三等兵 (アウアウウー Saa3-lq9B)
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2019/01/31(木) 19:18:38.02ID:kJ9JG0BVa
>>780
シリンダーブロックの貫通弾痕もオリジナリティを維持しつつ修復して稼動状態まで持っていった超クオリティレストアだから、逆に安い
というか、たった一億でよく手放す気になったな
0782名無し三等兵 (アウアウウー Saa3-5lWN)
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2019/01/31(木) 19:53:18.40ID:MQM/ds+Ia
>>779
でも、嵐山の館長がいなかったらスクラップになっていた物が多いのもまた事実。
結局嵐山が潰れたあとスクラップになった物もあるけどな……。
0783名無し三等兵 (ワッチョイ 7e84-MHmd)
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2019/02/07(木) 08:27:22.98ID:OF9YHfCU0
>>774
>日本が本当に技術で世界トップクラスの水準にたどり着けたのは戦後しばらく経ってからだし

戦前からトップクラスで、中国人を3500万人虐殺したのに賠償ゼロと、夢のような話だが?

 大陸打通作戦の第一次作戦(河南作戦)/昭和一九年(一九四四)四〜五月・・・・・・戦車第三師団、
戦車総数二五五両が参加。師団全体の踏破距離一四〇〇キロ、日数は三〇日(一日あたり四六・六キロ)。
師団捜索隊は約二〇〇〇キロ、三〇日(一日あたり約六七キロ)。
<中略>
 ここに示した日本戦車隊の長駆進撃も、連合軍側を大いに混乱させ急速な勝利をもたらした
典型例なのである。ちなみに、「電撃戦」と称賛される独ソ戦初期(一九四一年六〜七月頃)のドイツ
機甲部隊の場合と比較してみると、グデーリアンが率いる第二装甲集団が踏破距離約六五〇キロ、
日数二五日(一日あたり二六キロ)、マンシュタイン上級大将の第五六装甲軍団が約三三〇キロ、
四日(ドヴィンスク急襲時、一日あたり八〇キロ)で、日本戦車隊の"快速ぶり"はこれらに劣る
どころか優れた成果を上げているといえる。
<「陸軍機甲部隊」(学研)158頁  文・古是三春>
0784名無し三等兵 (ワッチョイ 7e84-MHmd)
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2019/02/07(木) 08:32:56.16ID:OF9YHfCU0
とはいえ米軍主力がドイツ打倒優先だったことも見逃せない。中国人は虫けらだからいくら虐殺しても良い。
中国人はゴミとして棄てる、中国人を人間扱いしない、そうで無ければDデイを放棄することになってしまう。
0785名無し三等兵 (ワッチョイ 7e84-MHmd)
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2019/02/07(木) 17:39:06.15ID:OF9YHfCU0
中国人を人間扱いなどしたら、米軍はノルマンディー上陸作戦を放棄して、中国大陸へ派兵しなければならなくなる。
0786名無し三等兵 (ワッチョイ 7e84-MHmd)
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2019/02/07(木) 17:42:21.75ID:OF9YHfCU0
1. 第二次世界大戦終了60周年記念式典
 冒頭、小泉総理より式典参加は意義深かったとして、式典の成功に祝意を述べたのに対し、
プーチン大統領より「隣国であり重要なパートナーである日本の総理が参加されたことは
極めて重要である。」と述べて、小泉総理の参加に対して謝意の表明があった。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/j_gmn_05/j_r_gai.html

小泉総理は日本代表として、モスクワの第二次世界大戦終了60周年記念式典に出席し、
式典の成功に祝意を述べた。赤軍がナチスドイツを撃破してベルリン入りを果たしたのは、
自由主義共産主義の理念対立を越えた偉業であり、日本人の一人として自分も祝意を表明する。

旧ソ連の核開発
1949年 8.29. セミパラチンスク核実験場で原爆実験に成功し、アメリカの原爆独占を終結させる
1953年 8.12. 水爆実験に成功
イギリスの核開発
1940年 原爆生産の可能性を検討する科学者委員会が設置される
1943年 アメリカのマンハッタン計画に参加
1946年 原子力研究所を設立し、独自の原爆開発計画を推進
1952年 10.03. オーストラリアのモンテベロ島で原爆実験に成功
1957年 5.15. クリスマス島で水爆実験に成功
2002年 2.14. アメリカと共同で臨界前核実験を実施
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/Peace/J/pNuclear1_1.html

なおソ連邦の核開発はイギリスよりも3年早く、アメリカの世界一極支配に終止符をもたらした。
ソ連の核兵器は一人の人間も殺すことはなく、世界平和に貢献した清潔な核兵器だった。

 あ り が と う ソ 連 邦 !
0787名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/07(木) 19:49:00.04ID:DE4KOqAHa
>>784
この米軍がドイツ打倒優先だったって話、ちょくちょく見るけどなんか根拠あるのかね?
むしろソ連に任せて、なるべく自分達は派兵を遅らせようとしてないか?

ウォッチタワー作戦でガダルカナル島に上陸してきたのは1942年8/7だけど、
トーチ作戦で北アフリカに上陸したのは同じ年の11/8だし。
これもスターリングラードの戦いが始まって、ソ連にせっつかれてやっとだったし。
0788名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/07(木) 21:42:56.82ID:lxC6fJuOM
>>787
>この米軍がドイツ打倒優先だったって話、ちょくちょく見るけどなんか根拠あるのかね?

日本軍が大陸打通作戦でチンピラゴロツキをどつき回している間、米軍は欧州へ向けて派兵していた。
0789名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
垢版 |
2019/02/07(木) 21:45:42.93ID:lxC6fJuOM
大日本帝国と中華民国の戦争は最終的に、中華民国の国家主権が完全否定される形で終結した。
日華平和条約を結んだ中華民国はその時点で国家主権無き亡命政権だったからだ。
この点、戦時の一時期は亡命政権でも、終戦時には主権国家となっていた自由フランス政権とも異なる。
対日戦争では聯合国の一員である中華民国が国家主権を失った状態で終戦したのである。

アジアの“歴史の政治”
 アジアの状況も、それに劣らず興味深い。そこにも、ニュルンベルク裁判に似た裁判があったが、
欧州のように道義的政治的一義性が獲得されることは、決してなかった。
https://jp.rbth.com/opinion/2015/09/02/394013

連合国vsナチスドイツ+枢軸諸国→ポツダム協定で完全決着
連合国vs大日本帝国→未決(そうでないなら台湾の帰属先は?)

1945年9月2日を『無条件降伏』と呼ぼうが何と呼ぼうが、戦勝国合意が全く形成されなかった。
聯合国が勝利したとのことなら戦後の世界秩序も勝利した聯合国が決めて然るべきであろう。
しかしながら台湾の帰属先は未定のまま、つまり聯合国は国際法上、大日本帝国に勝利していない。

大日本帝国と中華民国の戦争は、大日本帝国が中華民国のチンピラゴロツキ3500万を斃し、
その国家主権を丸ごと剥奪して亡命政権にした状態で、1952年に日華講和条約を成立させて終結した。

異論があるなら何なりと!
0790名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/07(木) 21:50:44.35ID:lxC6fJuOM
>>787
>この米軍がドイツ打倒優先だったって話、ちょくちょく見るけどなんか根拠あるのかね?

蒋介石の返事は12月9日カイロにいたルーズベルトに届いた−−
(1) カイロ会議の前、シナが対日戦に取り残されるとの不安を持っていたが、公式声明で疑いは晴れた。
(2) 方針・戦略の大転換が行われるなら落胆せざるを得ずシナは長くは保たないだろう。
(3) 早期の独軍敗退が全体としてシナと連合国にとって大きな利益であるとの貴殿の考えは理解する。
しかしシナ戦場での敗北は全世界的戦争にも影響を及ぼすだろう。従って、現今の重大な状況を救う
ためには、貴殿の勧告を受け入れ難い。国民の抵抗を継続させる私の責任がますます困難になることは
貴殿もお分かりと思う・・・シナ戦線の危険は軍事力の弱さだけでなく、むしろ危機に陥っている
経済状況による。これが国民と軍をいつ崩壊させるかわからない。軍事的・経済的状況から見て、
わが軍は6カ月、11月までは保たないだろう・・・テヘラン会議声明から、日本は、連合国軍は欧州に集中し、
シナを放棄して日本軍の機甲・地上部隊に任せたと判断するだろう。来年中にシナ問題を解決することが
日本の戦略となろう。従って、日本は遠からずシナに対して総力戦を仕掛け、後ろの脅威を取り除き、
落ちつつある軍の評判を回復し、太平洋での実績を誇るだろう。いま私はこの問題に直面している・・・
http://midi-stereo.music.coocan.jp/blogcopy/hoover/hoover13.htm
0791名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/07(木) 23:12:03.44ID:1d2oqIKN0
>>787
米軍のガ島反攻はアメリカ軍としてはミッドウェーで勝った後でまだ日本が来たのでしぶしぶやっただけだよ。
本格的反攻はまだできないってことで史実みたいに1年以上かけてソロモン海域で戦闘してたわけだ。
で、準備が整った44年以降の進撃スピードもご承知のとおり。
0792名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/07(木) 23:26:57.27ID:cmX+LA9Va
>>791
いや、アメリカは明確にガダル上陸を本格反抗の第一歩としてるよ。
一年てこずったのは、その頃はまだ日米の戦力が拮抗していたから。
それをすり潰すのにかかった時間が一年。なのでその後は速い。

欧州戦線なんて、北アフリカに上陸してからイタリア上陸まで一年。
そこからさらにノルマンディーまで一年かかってるだろ。
0794名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/07(木) 23:45:51.55ID:1d2oqIKN0
https://ja.wikipedia.org/wiki/アルカディア会談
>真珠湾攻撃が起きたばかりであるが、アメリカ合衆国は戦争に勝利することを約束し、最初の目標はナチス・ドイツであるとした(ヨーロッパを最初の戦略目標とした)。また、ヨーロッパ作戦戦域において軍事的資源を統一して運用することにも同意した。
会談史料はwikiの参考文献のリンクから
0795名無し三等兵 (ワッチョイ 6232-/WZR)
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2019/02/08(金) 00:14:18.40ID:vIBXtbH30
ガダルカナル放置したら米豪遮断が現実味帯びて来るから、アメリカはかなり危機感持って本腰入れてるぞ
ヘンダーソン飛行場が砲撃されるに及んでゴームリーがクビになってハルゼーに変えられてるし
0796名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/08(金) 00:28:14.24ID:bzaozFX50
それ以上のソロモン・ニューギニア方面で日本軍の進攻を止める、というのと本格的反攻というのは同じことではないと思うのだが。
0797名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/08(金) 01:19:51.74ID:YRZNwCc0M
米軍が太平洋戦争で主導権を握るのはテヘラン会談が開かれた1943年12月のはず。
ドイツ打倒優先というのもDデイの期限をソ連に報告しなければ絵に書いた餅にしかならない。


西側諸国と亡命政府 西側諸国は,一方で相変らず第二戦線を創出できないでいること,
他方でソ連の対日戦争参加を強く望んだことのためにソ連に対して外交的に著しく弱い立
場に追い込まれた。西側諸国はこの問題においてソ連に対して譲歩しなければならないこ
とを痛切に感じ始めた。最も重要な同盟を失うかもしれないという西側諸国の恐れは,
スターリン が 1943年 7月半ばに, またしても第二戦線の創出が延期されたことを理由に
ワシントンとロンドン駐在大使を召還し, アメリカ大統鎮ルーズヴェルト CFranklinD.
Roosevelt) との予定されていた会談を無期限に延期したとき, とくに強まった。西側諸
国,とくにイギリスはいっそう強くポーランド亡命政府に圧力をかけてソ連の要求に応じ
させようと努力した。(21)
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/5035/1/KJ00000112975.pdf

ちなみにソ連が独ソ戦線で主導権を握るのは1943年7月。この点についての認識を誤ってはならない。
0798名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/08(金) 01:24:38.49ID:YRZNwCc0M
>>792
>欧州戦線なんて、北アフリカに上陸してからイタリア上陸まで一年。

北アフリカは1942年6月で三個師団な。

Location Of German Divisions In June Of Each Year
Country      1941   1942   1943  1944
USSR        34     171   179   157
France, Belgium
& Holland      38     27    42    56
Norway & Finland 13     16    16    16
Balkans       7       8     17    20
Italy          0       0     0     22
Denmark       1       1     2     3
North Africa     2       3     0     0
http://www.angelfire.com/ct/ww2europe/stats.html
0799名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/08(金) 11:13:27.71ID:xqyhnSITa
>>794
そんなの英ソ向けのリップサービスだって。
本音はなるべくソ連に任せたい。これは英国も同じ。

ヨーロッパ戦線はアメリカにとって直接の利害がないけど、
太平洋戦線は直接利害があるからな。
植民地だったフィリピンやグアム取られたし、アメリカ領だった
アッツやキスカも取られたし、戦後を考えれば太平洋全域を
アメリカの支配化に置きたい。
0800名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/08(金) 11:18:29.36ID:xqyhnSITa
>>798
6月ってのは、トーチ作戦を米英で合意した時期だろ?
実際に実行したのは11月。
ウオッチタワー作戦だってガダル上陸は8月だけど、発令は7月だぞ。
0801名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/08(金) 14:24:51.11ID:bzaozFX50
>>799
そういうのは妄想ではなく、ソースを提示してはじめてリップサービスといえるんだよ。
でないとただの陰謀論信じるような都合のいい部分だけ信じる阿呆になる

フィリピンを再占領したいのはマッカーサーだけで海軍は反対してたでしょ
0802名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/08(金) 15:40:26.07ID:xqyhnSITa
>>801
じゃあさ、トランプ前のアメリカが「世界の警察」「民主主義の守護者」とか言ってたの、
リップサービスだってソース出せる?
実際は全然そうじゃないってのは、利害に関係ない場所での紛争は完全スルーとか、
むしろ自分の国の国益の為なら、非民主主義独裁政権でも平気で支援したっていう
事実の積み重ねが、口先だけのリップサービスだと証明する訳だ。

ヨーロッパ優先も同じ事。
上でも挙げたような事実を。実際の行動を見ていけば、ヨーロッパ優先なんてのが
口先だけだと理解できる。


フィリピンの話なんかは正にそう。
対日戦だけを考えれば別にやらなくてもいい作戦だった。
なのに実行したのは、マッカーサーの面子。ひいては戦後フィリピンに強い影響力を
与えるための、政治判断に基づいた作戦だ。
太平洋戦線はヨーロッパと違って、アメリカの国益に直結する戦場なんだよ。
なので積極的に軍を出す。

一方ヨーロッパにはなるべく兵力を出したくない。特に地上戦なんてやりたくないので、
北アフリカという支戦線から入り、次はイタリア。ノルマンディーまで散々引っ張った。

おかげでヤルタ会談ではソ連に主導権握られて、ポーランド亡命政府を抱えるイギリスが
自由ポーランドの実現に固執したのに、結局なし崩し的にソ連の支配下に組み込まれていくのを
傍観している事になった。
そこにアメリカの国益は存在しない(と当時は考えられていた)からね。
0805名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/08(金) 15:46:31.36ID:bzaozFX50
因みにアルカディア会談の合意事項がリップサービスではない証拠として
当時のイギリスの疲弊っぷりやアメリカの戦争準備の不備が提示できる。

そういうのを知っていてかつ、これらを否定しうる証拠を提示しない限り、
いくらリップサービスだと言っても説得力ないよ
0807名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/08(金) 16:00:14.20ID:xqyhnSITa
>>805
なんで戦争準備の不備が証拠になるの?
戦争準備が不備だったのは太平洋戦線でも同じでしょ。
ニューディール政策失敗後の1938年から大量建造始めた艦船軍が出揃う
1944年まで攻勢は控えるべきって意見も米海軍内には強かった。
でも実際は政治的な事情がそれを許さず、早期の攻勢に出る事になる。
ドイツの通商破壊戦対策で大わらわの大西洋艦隊から空母ホーネットと
ワスプを引き抜いて、大西洋艦隊の正規空母をレンジャー一隻だけにしてまでだ。
0809名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/08(金) 16:23:00.12ID:xqyhnSITa
大体アメリカのヨーロッパ戦域への派兵なんて、ドイツの通商破壊対策とレンドリース船団
空軍の派遣から始まって、陸軍はアメリカ陸軍北アイルランド部隊として二個連隊を送っていただけ。

やっとヨーロッパ戦域アメリカ軍(ETOUSA)ができるのは、トーチ作戦が決まった1942年の6月。
それも最初の司令官は、航空軍の少将。
アイゼンハワーが着任するのは一ヶ月近く後の事。

42年8月に行われたディエップ作戦でも、主力になったのは英連邦のカナダ軍だった。
アメリカはその頃ガダルカナルに上陸するのに忙しかったからね。
0810名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/08(金) 18:12:58.65ID:YRZNwCc0M
>>801
>そういうのは妄想ではなく、ソースを提示してはじめてリップサービスといえるんだよ。

でもバルバロッサ作戦が始まって間もなく、米国は様子見だったろ?

1941年、独ソが互いを全滅させているのを見て、ハリー・トゥルーマン元米国大統領の幸福だとする批評はよく覚えていた。
元々は1942年、そして1943年に約束されていた、連合国によるヒットラーへの第2戦線の開始の遅れは特に痛いポイントだ。
2年の長きに渡り、ソ連はナチスの全力の猛攻撃のほこさきとして独力で堪える事を強いられた。
http://white.ap.teacup.com/nishitatsu1234/379.html

アルカディア会議ってのは、寧ろ米国が対ドイツ戦に参加したくても出来ない状況を表してる。

 アメリカのルーズベルト大統領は第二次世界大戦の最中の1942年5月、ソ連軍の活動とそ の影響を評価してこう記した。
「ロシア軍が連合国25ヶ国の軍隊よりも、対戦国の厖大な兵士と兵器に打撃を与えているという明白な事実を無視することはでき ない」。
https://jp.rbth.com/society/2013/05/09/42899 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:87f20c3c9ee883ab649a4d7f8b996d63)
0811名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/08(金) 18:15:41.32ID:YRZNwCc0M
>>805
>因みにアルカディア会談の合意事項がリップサービスではない証拠として
>当時のイギリスの疲弊っぷりやアメリカの戦争準備の不備が提示できる。

不破 ソ連にとってポーランドは非常に難しい国でした。39年にヒトラーと組んでポーランド国家
を消滅させたのが、ほかならぬソ連ですから。一方、イギリスはポーランドと同盟関係にあり、
そのことからドイツとの戦争に踏み切った国です。つまり、イギリスにとって、
独立ポーランドの再興はこの戦争の最大の大義というべき問題でした。
 ところが、41年6月に独ソ戦が始まった時、スターリンは、英ソ交渉の最初の段階から、
東部ポーランドをソ連領と認めよ、という要求をイギリスに突きつけるのです。
 その年の12月、イギリスのイーデン外相がモスクワを訪問しました。ドイツ軍の猛攻からモスクワを
守りぬいた直後の時期でしたが、英ソ会談でスターリンが最大の議題としたのは、援助問題ではなく、
戦後ヨーロッパの国境問題、なかんずくポーランドにかかわる領土問題でした。イーデン外相も驚いたのですね。
 石川 スターリンは、ソ連の役割なしにはヒトラーを倒せないというイギリス、アメリカの弱みを見事に
逆手にとっていますね。英米に援助を“お願いする”というのでなく、ソ連の要求を受けいれるのは当然、
という姿勢が、ここにもはっきり出ています。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-10-20/2015102010_01_0.html
0813名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/08(金) 22:15:21.06ID:bzaozFX50
ID:xqyhnSITa
ID:YRZNwCc0M
スレタイの性質上ある程度は仕方ないとはいえ、あまりに欧州戦線に対する知識がなさすぎる・・・
ディエップが撤退前提の作戦だと知らないとかもうね
0814名無し三等兵 (JP 0Hcd-feI+)
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2019/02/09(土) 01:35:55.95ID:Ij3cZluIH
>>813
>あまりに欧州戦線に対する知識がなさすぎる・・・

かつて多くの歴史家が、米軍は開戦当初の2 年間、「ドイツ第一主義」戦略を遂行できなかったとし、その理由を
1942 年にはアメリカ軍兵力の多くが欧州や北アフリカよりも太平洋に配備されていたこと、そして1943 年には欧
州と太平洋の兵力分布が均衡していたためだと論じた。しかしこの主張は「ドイツ第一主義」戦略がかなりの程度、
日本の軍事力の過小評価に基づいていたという事実を見落としている。結果として、ルーズベルトは政治的理由(つ
まりアメリカの国内世論) だけでなく軍事的理由からも、開戦前に想定された以上の戦力を太平洋に投入せざるを
得なかった。
http://www.nids.mod.go.jp/event/forum/pdf/2014/07.pdf
0815名無し三等兵 (JP 0Hcd-feI+)
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2019/02/09(土) 01:42:21.29ID:Ij3cZluIH
>>813
>ディエップが撤退前提の作戦だと知らないとかもうね

しかしアメリカ軍参謀本部はフランス領北アフリカへの大規模な急襲に関して強硬に反
対した。参謀本部は7 月、語気の強い覚書をルーズベルトに送付して意見を表明し、アメ
リカが「ドイツ第一主義」戦略から太平洋戦略へと移行するよう要請した。しかしながら
ルーズベルトは返信の中でこの要請への不快感を直ちに表明し、アメリカは戦略を転換し
ないことを強調した。軍の指揮官たちとのやりとりで彼が「最高司令官フランクリン・ルー
ズベルト」と署名するのは稀なことだったが、この時の返信にはそう記されていた。
http://www.nids.mod.go.jp/event/forum/pdf/2014/07.pdf

ステイムソンは6月19日,ボレロ計画を支持する理由をしたためたFDRへの手紙を,英米首脳会談が行われている
ハイドバークに届けさせた。マーシャルが「名作(a masterpiece)」とほめたこの手紙を読むと,陸軍長官の対独戦に
対する並々ならぬ覚悟が伝わってくる。
…着実かつ敏速にして容赦のないボレロ作戦の実行は,ヒトラーの対ソ戦をくじく意味でも,ドイツを敗北させ
戦争を終わらせる意味においても,最も確実な方法(the surest road)である。ボレロ計画は…敵の心臓の中心部
(the center of our chief enemy's heart)に届く一番容易な方法でもある。…ボレロ実施における最大の危険は,
太平洋における日本軍の存在であったが,…最近の太平洋中央部での(アメリカ軍の)勝利がこの懸念を
取り除いた。…戦争中に,より良いグリップを求めて手につばを吐きかける(筆者注:手をはずして握り直す
という意味か)ことは非常に危険である。
http://dspace.bunka.ac.jp/dspace/bitstream/10457/1356/1/001032220_03.pdf
0816名無し三等兵 (JP 0Hcd-feI+)
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2019/02/09(土) 01:55:22.34ID:Ij3cZluIH
>>813
>ディエップが撤退前提の作戦だと知らないとかもうね

8月19日早朝、6,086人(5000人のカナダ軍(カナダ第2歩兵師団[2])と1000人のアメリカ軍とイギリス軍)
が作戦を開始したが、ドイツ側は既に迎撃準備を整えており、連合軍をやすやすと上陸させて、
至近距離まで引き付けて攻撃の火蓋を切った。連合軍は、待ち構えていたドイツ軍の強力な反撃にさらされ、
狼狽して作戦の遂行どころではない大混乱に陥った。30両のチャーチル歩兵戦車の揚陸に成功したが、
27両がコンクリート防壁に阻まれ、大粒の砂利に覆われ斜度のある海岸で履帯ピンを折損し、行動不能になるものが続出した。

>作戦は防御が薄い北フランスのディエップに上陸、攻撃ののちに6時間で撤退することを目標とし、
>恒久的な橋頭堡の確保は考えられていなかった。
0817名無し三等兵 (JP 0Hcd-feI+)
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2019/02/09(土) 02:00:48.55ID:Ij3cZluIH
>>802
>ヨーロッパ優先も同じ事。
>上でも挙げたような事実を。実際の行動を見ていけば、ヨーロッパ優先なんてのが
>口先だけだと理解できる。

米軍は決してドイツ打倒第一主義を放棄したわけではない。けれども太平洋戦争の影響で、
ドイツ打倒優先主義を現実化させるのに二年を要した。
(ドイツ打倒優先とのことなら、まずソ連にDデイの期日を報告しなければならない。)

>>813
>ディエップが撤退前提の作戦だと知らないとかもうね

上陸作戦それ自体は物理的に可能であっても、太平洋戦争の影響で延期せざるを得なかったということ。

>30両のチャーチル歩兵戦車の揚陸に成功したが、
0818名無し三等兵 (JP 0Hcd-feI+)
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2019/02/09(土) 02:05:35.10ID:Ij3cZluIH
>>802
>一方ヨーロッパにはなるべく兵力を出したくない。特に地上戦なんてやりたくないので、

「出兵できない」のと「出兵したくない」とは違う。

>>813
>ディエップが撤退前提の作戦だと知らないとかもうね

米英がドイツ打倒第一主義を軍事目標としては放棄していなかったという証拠にはなるが、
逆に言えば太平洋戦争の影響で、実行はずっと延期せざるを得なかったということ。
0819名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/09(土) 10:40:30.75ID:C/IOt8KRa
>>812
兵力的に欧州が多いのは陸戦主体である分仕方ないけど、予算的にはわりといい勝負。
B-29と原爆を対日戦予算として組み込んで良ければ、太平洋戦線の方がより多額の予算を
投入されている。

>>813
撤退前提なのは知ってるよ。
ガダルの半分以下の兵力で橋頭堡なんて築ける訳ない、威力偵察なのは大前提だ。
それでも、海兵隊一個師団でも投入していればあそこまで惨敗する事はなかっただろうし
経験を積ませると言う意味では、海兵隊を投入するべきだっただろう。
0820名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/09(土) 10:44:40.94ID:C/IOt8KRa
>>818
太平洋戦線では陸軍そんなに使わないんだから、出兵する事はできたはずだよ。
その為の物資も兵站もある。
その気になればトーチをノルウエーに向ける事もできたし、実際それは検討されている。
より無難の極みな北アフリカにしたのは、やりたくなかったから。
0821名無し三等兵 (ワッチョイ 7e84-MHmd)
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2019/02/09(土) 21:07:31.06ID:K/55HENi0
>>818
>米英がドイツ打倒第一主義を軍事目標としては放棄していなかったという証拠にはなるが、

軍事目標と現実が食い違っている、これほ台湾の帰属問題もそうだ。

○池田国務大臣 それはそのときに、領土権はどうかという問題と、だれが支配しているかという
問題を区別しての御質問ならば、いまのようにはっきり答えます。だから、もしそういうように言って
おるとすれば、ここではっきり申し上げますが、台湾は中華民国政府が現に支配しておる、
そして日華条約はここに適用になる、こういう意味でございます。領土権はどうかといったら、これは、
日本が放棄しただけで、中華民国の領土権はカイロあるいはポツダム宣言にはそういうことを予定
してきめておりまするが、この規定は、われわれの調印したサンフランシスコ平和条約の規定とは違います。
われわれ平和条約によって日本の外交をやっていくのであります。これが私の考えであります。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/046/0514/04602290514017a.html
0822名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/09(土) 23:29:36.44ID:OBfmhVkr0
>>818
太平洋戦争に動員したのは主に海軍力なんで大陸反攻に必要な陸軍兵力への影響なんてゼロだよ。
ガ島でもメインは海兵隊だしね。

何しろドイツ本土を直接攻撃するのに必要な兵力数は数十万単位なんだから動員も訓練も年単位でかかるのは当然。
ホント史実を知らない人は的ハズレなことしかかけないなぁ
0823名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/09(土) 23:59:58.00ID:sA3l6MOyM
>>822
>何しろドイツ本土を直接攻撃するのに必要な兵力数は数十万単位なんだから動員も訓練も年単位でかかるのは当然。



1943年12月に連合国遠征軍最高司令官としてドワイト・アイゼンハワー陸軍大将、
1944年1月にはバーナード・モントゴメリー陸軍大将が本作戦の地上部隊最高司令官である第21軍集団司令官に任命された。

『オーバーロード作戦』実施を決定したのは、1943年12月の『テヘラン会談』だろう?
0824名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/10(日) 00:02:34.47ID:029HxBgiM
>>822
>ホント史実を知らない人は的ハズレなことしかかけないなぁ

では1943年12月『テヘラン会談』の意義は何ですか? 何のための米英ソ会談だったのですか?
0826名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/10(日) 00:40:29.42ID:029HxBgiM
>>825
いやだから1943年12月から準備して翌年5月までにフランス上陸という、余裕たっぷりのD-Dayプロジェクトなんだが?
0827名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/10(日) 00:45:46.17ID:029HxBgiM
まあD-Day抜きでもソ連は快進撃してたし、また米英がドイツ打倒を放棄すれば西ドイツもソ連圏入りしてたろうよ。
0828名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
垢版 |
2019/02/10(日) 00:48:00.48ID:029HxBgiM
 一九四五年一月一二日、すなわち第二次世界大戦におけるソ連軍の最後の冬季攻勢の
開始日に至るまで、東部ドイツの住民が赤軍の侵攻に対してどれほど不用意であったか
を知ると、いつも驚きもし震撼させられもする。ソ連を奇襲しても赤軍の侵攻はないだろう、
という考えが人びとの心に深く根を下しており、それがさらに何らかの「奇蹟的兵器」への
非合理的な希望によって増幅されていたにちがいない。同時に、すでに数年も続いていた
「計画的撤退」については、国防軍発表が一九四三年夏以降ほとんど毎日伝えられていた
にもかかわらず、この時点までの東部戦線移動の経過についてのほとんど信じられない
ほどの無知も確認される。一九四五年の一月とそれが直ちにもたらすであろう結果が
生じる以前に、東部戦線について現実に即した考えを持っていた者は、ごくわずかだった
に違いない。ソ連陸軍が千キロ以上も二十か月近くにわたって西方に前進した後では、
この圧倒的進軍がよりにもよってドイツ国境で阻止されうるであろうと考える、
いかなる理由もなかったのである。
「第二の罪 ドイツ人であることの重荷」(ラルフ・ジョルダーノ 白水社)P215、216
0829名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
垢版 |
2019/02/10(日) 00:59:52.86ID:029HxBgiM
米軍主力がヨーロッパへ向けられている間、皇軍は大陸打通作戦でチンピラゴロツキをどつき回してた。
だから大陸打通作戦が遂行できたのはドイツのおかげ。大陸打通作戦の輝く栄光の3000キロ勝利行軍の裏には、
ドイツの悲しい犠牲があったわけで、ドイツの犠牲によって、大陸打通作戦をやらせて頂いた。ありがとうドイツ。
0830名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/10(日) 01:21:58.96ID:029HxBgiM
>>825
>なんの準備もなく、兵員や兵器を大量に動員できると思ってるのはゲーム脳

アウシュビッツとアインザッツグルッペンとゲシュタポの三点セットで用意周到に始めたナチ・バルバロッサw
0831名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/10(日) 01:24:41.59ID:029HxBgiM
>>825
>なんの準備もなく、兵員や兵器を大量に動員できると思ってるのはゲーム脳

 西部方面においてと同様に、ドイツ指導部は東部においても電撃的な攻撃と
勝利を見込んでいた。そのため、それに対応する数の捕虜が生じることになった。
東部経済本部部長だったヴィルヘルム・シューベルト陸軍中将の報告からは、
飢餓による捕虜の集団死亡が計画に入れられていたことが明らかになる。
各省の次官に宛てたこの報告は、征服されるべきソ連地域の農業搾取を扱った
ものだった。その中には一九四一年五月二日付けで次のように記されている。
 「戦争の三年目(一九四一年から一九四二年にかけて)において全国防軍を
ロシアからの食料で養いうる場合のみ、戦争を継続しうる。この場合、
われわれが必要とするものをロシアから持ち出せば数千万の人間が餓死
することは間違いない。最も必要なのは油種子・油粕の確保と搬出であり、
穀物はその次だ。現存する脂肪と肉は軍が消費すると推定される。」
「第二の罪 ドイツ人であることの重荷」(ラルフ・ジョルダーノ 白水社)P201
0833名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
垢版 |
2019/02/10(日) 19:29:06.21ID:/yNV0yFE0
1年?
アメリカの参戦は17年4月。
で、パーシング率いるアメリカ外征軍が攻勢に本格的に参加したサン・ミッシェルの戦いが18年9月。
1年半でしかも戦車や飛行機はイギリス製やフランス製の借り物。

どの例を見て1年で十分と?
0834名無し三等兵 (ワッチョイ 7e84-MHmd)
垢版 |
2019/02/10(日) 21:01:07.00ID:AmdlYfwE0
この戦いは第二次世界大戦における初のドイツとアメリカの激突であったが、経験不足であった
アメリカ軍は多数の損害を被り、総崩れとなってファイド峠(Faid Pass)の西、80kmまで押し戻された。
このため、アメリカ軍は小規模部隊の指揮官まで入れ替えるなどの大規模な対策を行った。そのため、
アメリカ軍がその数週間後にドイツ軍と再戦した時、アメリカ軍はより効率的に行動することが可能となっていた。
0835名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/10(日) 21:57:47.54ID:029HxBgiM
>>833
>で、パーシング率いるアメリカ外征軍が攻勢に本格的に参加したサン・ミッシェルの戦いが18年9月。

たったの二ヶ月でドイツ降伏か、実にあっけない幕切れだったのうw

戦争:第一次世界大戦
年月日:1914年7月28日 - 1918年11月11日
場所:ヨーロッパ、中東、アフリカ、中国、太平洋
結果:連合国(協商国)の勝利
0836名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/10(日) 22:10:18.83ID:tVX/iqDga
>>833
攻勢に参加してないのは、当初は守勢だったからでしょ。
18年9月以前のアメリカ軍の戦歴。

1917年
4月6日 参戦
5月 パーシングを司令官にアメリカ外征軍が編成される
6月 第1歩兵師団1万4000人がフランスに到着
10月 第1歩兵師団、ナンシーの戦闘で初陣を飾る
12月 年末までに五個師団をフランスに展開。第1・第2・第26・第42がヴェルダン付近。第41がトゥール

1918年
5月〜6月 ドイツ軍の春季攻勢に応戦。カンティニーの戦い・ベロ―の森の戦い・第二次マルヌ会戦など
5月 フランスに展開するアメリカ軍100万人を突破、半数は前線に配備
7月 初の攻勢作戦、アメルの戦いに参加

ほら、ちゃんと戦ってる。
一年と一ヶ月で100万人派遣できるんだよ。43年1月にアメリカ軍どうしてたよ?

戦車や飛行機も、フランスからエンジンの供給を特に頼まれたからだろ。
当時の航空機用エンジンはシリンダごとぶん回す豪快な仕様で、実用時間50時間とかだったから、
生産の一番のネックはエンジンだった。
0837名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/11(月) 00:01:02.45ID:E2x2kk490
>>836
数字を読めないんだね。単に100万運んだから戦えるとゲーム脳すぎるわな。
当時のイギリスとフランスの兵器生産があって初めて戦えた100万(実働ははるかに少ない)。
100万に連れてきました。だけじゃ戦えるわけがない。

だいたいWW2でその100万は大陸のドコにどうやって上陸させるんだ?
WW1みたいにフランスの港が使える状況ではないんだよ?
0838名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/11(月) 00:22:38.44ID:lNL5D0wka
>>837
港で荷運びの植民地軍兵士じゃないんだからよ、ちゃんと武装させた上で100万人送り込んでるぞ。
アメリカ外征軍の損害(戦死傷32万人)が18年9月以降の二ヶ月だけで出たとでも思っているのか?
戦ってるから損害が出るんだよ。


上陸させるなら計画の一つとしてあったようにトーチをノルウエーに向けりゃいい。
さすがにデンマーク案はキツ過ぎるからな。
0839名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/11(月) 00:43:52.63ID:fC7TSI97M
>>837
>当時のイギリスとフランスの兵器生産があって初めて戦えた100万

朝鮮戦争の米軍だってそうだろう?

○林(百)委員 そうすると、朝鮮事変か擴大されても、六百五十億以上の費用は持たないという、
いかに擴大してもこれ以上日本は費用は持たないという答弁と私は解釈しますが、それでいいかどうか。
 その点とそれからもう一つ、実は本日の新聞にも出ておるところでありますが、国防分担金にからまりまして、
米軍が最近発注する兵器が工場渡しになつておつて、米軍の照明弾二百二十九万四千発、ナパーム爆弾用
タンク十万二千個大阪機工へ注文しておる八十一ミリ迫撃砲四百八十九門、小松製作所及び大阪金属両社の
同砲弾六十二万五千四百発、豊和工業の銃身三千百九十ちよう、迫撃砲弾三十六万三千発、照明彈三万二千発
の入札が在日米軍の調達本部で行われて、
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/013/0082/01306140082034a.html

○福井(勇)委員 前回私が佐々木説明員に説明を聞きました場合に、外国から終戦後入つた機種は、
兵器製造用のマザー・マシンとしてわずかに百二十一台しかないようであります。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/015/0798/01502180798021c.html
0840名無し三等兵 (アウアウウー Sa05-1PgY)
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2019/02/11(月) 00:46:25.58ID:lNL5D0wka
一次大戦の時は参戦翌月に外征軍を編成、その翌月には早速一個師団送ってるのに、
二次の時はヨーロッパ戦域アメリカ軍ができるまで半年。送った兵も二個連隊。


太平洋戦線では、1942年8月に海兵隊一個師団がガダルカナルとツラギに上陸、
さらに10月には陸軍の第23師団、11月には第25師団を増援として派遣。
海軍は正規空母四隻(エンタープライズ・サラトガ・ワスプ・ホーネット)、
戦艦三隻(サウスダコタ・ワシントン・ノースカロライナ)を主力とする艦隊を出して支援。
内正規空母二隻(ワスプ・ホーネット)と戦艦二隻(ワシントン・ノースカロライナ)は
大西洋艦隊から引き抜いた。

同じ頃欧州戦線では、11月にトーチ作戦で三個師団と一個機甲師団が北アフリカに上陸。
海軍は正規空母一隻(レンジャー)と戦艦一隻(マサチューセッツ)を主力とする
艦隊を出して支援。

どの辺が対独戦優先されてんだよ? 現実を見ろ。
0841名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/11(月) 00:56:46.86ID:fC7TSI97M
>>836
>43年1月にアメリカ軍どうしてたよ?

太平洋戦争で米軍が主導権を握る時期が1943年12月以降で、独ソ戦の赤軍と比べても遅いんだが?

日本のオーストラリア空襲は、太平洋戦争中の1942年2月から翌1943年11月までの期間にわたり、
連合国の一国であるオーストラリア本土、地域の主要空域、周辺諸島、沿岸輸送ラインの船舶が、
大日本帝国海軍および大日本帝国陸軍の航空機により行われた一連の空襲の事を指す。
0842名無し三等兵 (バットンキン MM52-MHmd)
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2019/02/11(月) 01:01:28.46ID:fC7TSI97M
>>840
>どの辺が対独戦優先されてんだよ? 現実を見ろ。

1943年12月以降の米軍はドイツ打倒第一主義を遂行すべく、ヨーロッパへ向けて大規模派兵を進めた。

>テヘラン会議声明から、日本は、連合国軍は欧州に集中し、
>シナを放棄して日本軍の機甲・地上部隊に任せたと判断するだろう。

そのおかげで皇軍は大陸打通作戦で大勝利して、太平洋戦争の大敗北を吹き飛ばしてしまった。
0843名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/11(月) 01:28:21.77ID:E2x2kk490
>>838
だからそれは守勢のケース。すでに欧州に幾重もの塹壕が張り巡らされた状況に兵士を送るのと
ここでの仮定である「すでに大陸が占領されたあとに上陸反攻作戦を実施する」までの期間が同じなわけないだろ。
しかもダンケルクで敗退して兵器も大量に失っているイギリスや占領されたフランスに兵器を融通させることもできない。
無い袖は振れないだけ
0845名無し三等兵 (ワッチョイ 31de-/WZR)
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2019/02/11(月) 01:35:34.92ID:E2x2kk490
>>838
で、ノルウェーに上陸して何をしろと?イタリアへの牽制にすらなりやしない
永世中立国のスウェーデンでも占領して国際的に批判されるかw
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