【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.4
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旧日本陸海軍で使用された各種装甲車両のスレです。戦車・自走砲はもちろん
装甲作業機や一式装甲兵車のようないぶし銀、海軍の水陸両用戦車まで広く語って下さい。
■前スレ
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.3
http://mevius.2ch.net/test/read.cgi/army/1513262373/
■過去スレ
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド
http://echo.5ch.net/test/read.cgi/army/1463822751/
【戦車】旧日本軍装甲車両総合スレッド Part.2
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1494146400/
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured まあそこまで行き着くと最初の話はなんだったんだって感じなので
「何にしてもちょっとif要素入れたくらいじゃ装輪戦車も前倒しケホ車も無理」って結論でいいんじゃないかな 書いていて思ったのだけど
装輪装甲車+47mm砲で一番実現性が高そうなのって
陸戦隊が「チハ車より安上がりになりそうだから外国から買った」とか
「陸軍から買えたチハの数が予想以上に足りなかったから館山の指示で呉と室蘭で作ってみた」かもしれない
もちろん搭載砲は山内式五糎砲だ!(笑) いや海軍なら日清期〜日露開戦までの水雷艇主力艦載速射砲である保式47mm単装軽速射砲の在庫があったりするかもね
相当数が使用されたし >>88
日本軍は末期はテクニカル化したかったができなかった
いや下手したら日本軍は1930年代からテクニカル願望持ってたかもしれないよ
けどテクニカルの即応展開のためにはじどうしゃが足りないのと→専門の戦車機甲団はテクニカル歩兵より強く兵站合理的って誤った勘違いを起こした
もうひとつはテクニカル部隊は万全の砲兵の支援ありきだが、日本軍は砲兵が薄い軽砲兵だった
これは火砲部隊の戦闘用弾薬割合を500発標準とした場合、弾丸重量は20-25トンであり、弾丸費が戦車2両分やんけという
「鉄の供給不足」「鉄と弾薬が高く消耗する」都合日本軍は自動化→砲兵重視の戦術にできなかっt
原理は37mm戦車砲×山砲×歩兵砲のミックスで挑みこれで物資消耗×コストをおさえて徒歩傾向もできます山岳師団
のままであり、ここに中途半端な機甲と火砲が加わって変な中途半端軍団になった
火砲の負担、鉄と消耗が激しいからこそ、火砲重視と歩兵の自走かができなかった
火砲の完全化には戦車2000-3000の整備の倍の鉄と3倍の費用がかかった
完全に1500門の自動化150mm榴弾、1000門の105mm榴弾整備するやん。
それ弾丸だけで鉄10万トン、弾丸代5-10億
前線に弾丸50万発を送るのに、戦車1000両を前線に送るより負担やで
こういう都合で日本軍は全然戦車と火砲を前線に送れない。
日本軍は満州、フィリピンに十分な火砲と弾丸を輸送することすらろくにできないんよ
それこそ本気で日本軍が戦うのならば、弾丸×物資輸送で前線の1軍団の物資を常に輸送艦50隻で集積輸送できないと行けなかった
でシーレーン防衛とか以前にそこまで輸送艦集積することすらできない有様だった
で結果巡航戦車チハのコスパと輸送性、展開性(満州鉄道と自走で無限軌道展開)のほうが上やんけ
で巡航戦車チハが優先される
巡航戦車故にチハ重量化も後回し 日本軍の近代化はこんなペースやな
日露戦争後
「つかえるスーパー山砲が目一杯ないと近代戦無理やで」→スーパー山砲41式山砲の整備
ww1から1920年代
「ww1で戦車やじどうしゃや重榴弾が標準化したで、研究したろ、配備は経済恐慌で後回しな」
1930年代
「レイプ国民党はぶっころすで、けど近代化は後回しでええわ。相手雑魚やし」
1940年代ー対戦前
「ソ連半端なくやばいやんけ、強すぎて近代化不可避や、まじで大戦とか云々以前にソ連怖すぎ病だから武器変え
それが本気だしたら旧式軍10師団いても平然と溶けるぞ。陸軍近代化を」
→「ソ連赤軍野外きょうれいによると火砲重要やけど、火砲おもすぎて物資運べないし、高すぎるから巡航戦車チハで展開力重視でいくわ」
大戦前半
「軽歩兵機動戦略は無敵や」
大戦後半
「軽歩兵ゴミすぎだけど、シーレーン封鎖以前に火砲重くて全然におけないわ。
けどパワー不可避やから迫撃ー山砲ー無反動砲ー対戦車砲ー旧式臼砲ー重榴弾で師団弾薬量をいままでの3倍にしたるわ」→沖縄戦で損耗比較のみでは米軍と互角の成果をだす
戦後
「やっぱ絶対火砲足りん勝ったんや。赤軍野外きょうれい、ナチスの実戦、アメリカ軍の常識で弾丸目一杯いるわ」
1960年代
「やっとWW2戦記全部の研究が終わったわ。やっぱパワー、とくに火砲ないと詰むわ。火砲目一杯買って」
→1970年代FH70採用と155mm榴弾標準化で初期自衛隊×4倍かつ旧日本軍2-3倍の榴弾物量確定 おまけ
1990年代
「155mm榴弾つよいけど、重くて弾薬高いわ。もっとアクティブで強くて訓練台いらない砲台くれ
あと装甲車はまじで後回しでいいから先にミサイルと大砲優先しろ。じゃないと死ぬで」→120mmRT標準化
こういう流れで日本は火砲近代化、強化に挑んできたな
あとこういう対戦教訓と「巡航戦車チハはうんこやけど沖縄戦の歩兵装備やくにたつやん」
これが現在まで装甲車整備がクソ糞遅れた遠因でもある
戦後自衛隊は「戦車よりもなによりも火砲、迫撃、歩兵ミサイル目一杯ないと死ぬ」って恐怖症に陥るんよな 知ってるか?
昭和18年度の取得予定の自動貨車のうち、期待の星の1式6輪は500台だ
従来の延長のものは工場の規模や資本の関係で大増産してもこのレベル
(牽引車や各種補助車両の生産もあるからトラックだけ作ってられない)
なおトヨタと日産合わせて5000台以上
年産500台で、当然高性能自動貨車としての需要もある6輪貨車をテクニカル化する余力はないんだな
どっちかというと数だけは腐るほどある日産のゴミ車を使う方向で考えるほうが現実的だろうね >>95
貨車山砲はそのニッサン80型だよ
車重がそこそこあって85馬力だからね テクニカル化して戦車の足しにしたいみたいだけど
そんな代物まで使って編成できるほど戦車連隊自体が作れなかったという点はどーすんですかい
ffe7-VX8E氏は資料はいろいろ読んでるようだが、結局やりたいことはなんなの
なんかね、自分の思いついた兵器が技術的に開発可能かどうかってことだけに興味が向いてるのかなと
それはそれで楽しい思考実験ってのはわかるけど
だったらその兵器が何故研究されなかったか、どうして史実みたいな形になったのか
そしてそのお気に入り兵器が作られたときに本当に活躍できたのかまで考えた方が面白くないかな
そういうのが嫌いで「こんな兵器があったら良かったのに」を楽しみたいだけだったら妄想兵器スレに書きこむなり
いっそ架空戦記でも書いた方が楽しいと思うよ >>97
向こうが「できるはずがない」というスタンスだからまずそれに答えたまでだよ。
なんでそうならなかったかなんて腐るほどあるんで、それこそ「面倒だった」すら選択肢に入るよ。
当事者に聞かないとどうしようもない話をどうこうしてもあまり面白い話かな?
君がこうしろというならするけど続く気がしないよ。
そして戦車連隊の枠、というのは何か違和感ない?
あくまで自動車隊なんだから操員は機動砲の牽引自動車の操縦者と砲手たちなはずだけど、戦車隊から捻出する必要がある?
実際に活躍したかってのは言ったら言ったでそれこそ君みたいな人からよそ行けと言われそうで一番言うのを警戒していたんだけど。
まあ活躍したかを求められた(実現性より語ったほうがいいんじゃない?、というのをまず活躍できたのかアテは考えているか?という意味で捉えるね)怖いけど言うよ。
ルソン島の海岸域の対戦車戦闘ね。
史実に機甲部隊が配置されたリンガエン湾周辺域は平野が多くい。
東洋の中じゃ随一の発展をしていたフィリピンでは国道を巡る戦闘が頻発したわけだけども
そうした戦闘において活躍(一方的な戦力差の対連合軍でどう活躍したかの提起っていうあたりちょっとズルく感じたんだけども)や史実より良い結果が期待できたんではないかなと思う。
待ち伏せ戦闘にせよ駐鍬設置や砲車接続の時間のあるなしでだいぶ結果は変わってくるはずだよ
そこに異論があるとかどのみち壊滅する論とかというならまた俺とは別の考えとしてありだと思う。
実際たかがその程度で負け戦は覆らない
俺は善策として装甲装輪車(47mm)を提示しただけで、敵をちぎっては投げの活躍も期待できないと思う。 あなたのやりたいことと嗜好はわかったから、もういいよ
辛抱強く相手してくれた>>95氏その他に感謝したほうがいいね 97式軽装甲車、ソト車、ソダ車とやってるんで
もうちょっと余裕があればソダに載せた和製マルダーができたんじゃね?
そもそも対戦車砲の布置が大変だっていうなら
遥かに巨大な装甲車を隠蔽する陣地の準備はもっと大変だべ・・・ 易く活躍できる中華戦線ではそもそも対戦車戦自体稀なので、一応活躍するにはするが速射砲の性質故威力小さく他の砲にした方がよく
熾烈を極める対米英戦線ではチハ改でやっとM3軽戦車にまともに対抗し得る程度で
榴弾破片程度しか防げない装甲車がノコノコ出て行っても車載機関銃で瞬殺されるだけ
自走砲路線で行くか?
しかし日本の自動貨車とて2トン弱くらい牽引してのけるので無理に載せずに牽引すれば機動九○式野砲というもっと大きな火砲を持ってこれる事を考えたら…
九七式とか九八式とかだったら許されるけど一式47mm速射砲の時期からいって二式とか三式となると戦力としてお寒いよね
この時期になると史実でなされていない小手先の凡ゆる手が大概無駄に終わるという件 >>100
あれはな、少なくとも日本のディーゼルエンジンはクッッソ煩くて
戦車の隠匿性も何もないから、履帯の駆動音とエンジンのカン高い音でモロバレするのよね
初期のマレー作戦では日本軍の大部隊が来やがったと勘違いして英印軍が逃げたりとか
戦車の夜襲が上手く行ったケースを見るとノモンハンもマレーもスコールと雷鳴を上手く突いただけってオチがついたり
ホロ車みたいにエンジン切ってやり過ごすしかないという
もちろん一撃離脱戦闘など夢のまた夢 戦車がうるさいのは世界各国共通でディーゼルとか関係ないんだが 当時の他国から見てもうるさいもんだぞ・・
等の戦車兵達がぼやきまくってる
もっとも「他人の庭の芝は青く」見える点があるのも事実だけどさ >>100
ソト車の場合は支那事変に送られた試製車4両が全て戦闘以外で失われている(うち1両は炎上 C14010843000 20-21P)から、まずはそれを防ぐような制度を事前に決めておかなきゃならんね… 僅か50ccの原チャリでさえ、マフラー無しの直管だと想像を遥かに越えてクソ喧しいからな
当時の軍用車両の排気系ってどの程度に消音されていたのだろう?
航空機は直管だよな 普通の車としては静かとは言い難いフォルクスワーゲンが無音に感じるぐらいにはうるさそうだね
ttps://www.youtube.com/watch?v=J1yMpd_3pmc そもそも大戦中期以降に対米英想定の自走砲作りたいなら変にトラックをいじくり回すより一式砲戦車を増産する方がずっと戦力になる気がする 航空機用を転用した星型空冷のアメリカ戦車や直管マフラーの末期ドイツ戦車のエンジン音はYoutubeなどで聞けるが
バリバリ凄まじい爆音だし覆帯の構造はソ連戦車など他の国と変わらないのに
旧軍戦車の空冷ディーゼルや覆帯の音だけが突出して五月蝿いとかな
よくある一部の回想から決め付ける戦後の根拠の薄い俗説といわれても仕方がない 同一条件化でデシベルを比較したなんて科学的根拠があるなら話は別だが あそこか
とするとチハの騒音の酷さはエンジンそのものの問題か フィリピンで鹵獲したM3対戦車自走砲はどのくらい意識されたのかね そういえばコミケに行ったら
NPO法人 防衛技術博物館を創る会「九五式軽戦車里帰り計画」
という目標額1億円寄付を募っていたよ
株式会社カマドが中心にやってるけど以前くろがね四起でも似たようなことやってたね チヘ・ホイの車体はどっちが主体なのか
私はあえてどちらであってもほとんど変わらない説を推したい
これは完全に想像でしかないけども、同形状の車体に中戦車用のは油圧サーボ搭載、砲戦車用は従来式という配分だったのではないか
後者は保険も兼ねていて、結局チヘ段階ではそれが活きた形のように思う
チヘ車はケトのような前面をかなり絞った形状で機銃無しのデザインもあったという
だが、これはチヘの原形というよりチホ砲塔のように47mm砲双連が採用された場合のデザインだと思う
主力戦車に前面機銃無しというのはあり得ないので
結局陸軍にとって戦闘車両における20t級車体はあの形しかなかったんじゃないかというのが私の主張です >>117
自分としてはチホ車体がそうだったように油圧式・遊星式の2案がチヘ車試製時にも存在していた説を唱えたい
結局は砲塔と砲が違うだけの車輌なのに別々の構造で作ってた、というのは車体共用化の路線に反する気がしてならないんだよ
てか四七粍双連+前面機銃なしって組み合わせはまんまBTだな… 前面にしか撃てない車体機銃はどこまで有効だったんだろうか とりあえず敵の頭を下げさせるためならいまでも有効だろ。前面装甲強化の妨げのデメリットがでかくなりすぎて廃れたけど。 チハ車の場合砲塔銃が砲塔銃なんで、常に前を撃てる車体機銃は有用だったのでは 簪式の経緯ってやはり輸入したヴィッカースC型がそうだったからなのかな
日本由来の発想じゃないんで参照元が別の戦車だったら違う結果になってたろうか
同軸はスペース的に不利だったからやまれず簪にしたとか肩当てじゃ反対側に揺られるとか聞くけど
機関銃のレシーバーって割と細身だからそんなに幅取らない様に思えるし、むしろ一見すると簪の方が窮屈に見える
諸外国の肩当て戦車は普通に同軸機銃つめちゃってるし
やはり行進射とか考えてのものだろうかね
そこら辺何を考えていたか当事者の考えが残ってないんだよね ソ連が結構長いこと簪棄てなかったってのが大きいと思うが。IS-2までそうだよな。 >>119
車体銃なんて要らないよねで登場したパンターがやっぱ居るわで機銃搭載に戻ってるし
主砲だけだとどっちに火器が向いてるって丸わかりだしで
せめて一番脅威の前方になにかあったほうが気休めにはなるからな
戦車に乗ってたって四方八方から撃たれたら怖いんだから、応射できるだけでも違うと思うよ 史実でテケ不要になってハ号で統一されたけど、テケに対する価値というのも車載機銃とその機銃手の存在が大きいのかね
テケ37mm砲塔って実質ハ号から簪と車体銃抜いた様なもんやし
>>124
パンターに至ってはあの大型の高初速75mm砲の同軸機銃で素早く照準合わせろって無理ゲー過ぎたんだと思う
時間かかって、チビチビ動く対戦車歩兵を捕捉できるとは思えないし
そういやチトも同軸じゃないよね
当時の日本軍が同軸が有効と見做していたのは開発史からして37mmと47mmぐらいな気がする >>122
以下は全部推論だけど
カンザシ式はドイツが大型砲塔の有用性を示すまではそれなりに良いアイデアだったんじゃないかと。
戦間期のほとんどは砲塔がオフセットされている。これは逆側のスペースに乗降ハッチを設けるため。
そしてこの利点を潰さないため&砲塔は弱点になり得るので可能な限り小型化、しかし機関銃は欲しい→カンザシ式ということじゃないかな。
あれだけ小型のハ号砲塔に付いてるの考えてみてもね。
それと平時は砲を後方に向けているから、即応しなければならん時は後方に機銃がある方が場合によっては有利かも。
ソ連重戦車の後方機銃もなぜ付けたのか言及した資料は残っていないらしいけど恐らく同じ理由だったんじゃないかな。 あ、誤解なく
パンターが特段遅いというのではなく、大型砲塔の戦車はどうしても軽戦車のそれより遅れるから必要なのかな、って
37mm砲塔戦車は同軸機銃さえあれば車体銃と簪銃二丁分の働きに相当すると評価されたからケニはああいうスタイルになったんだろうかね
すると47mm砲と37mm砲の中間くらいの57mm砲塔(八九式など)では同軸機銃も一考の余地があった様には思えるが >>126
あ、更新してなかった
ソ連重戦車の後方機銃は戦車砲の同軸としては遅いからボールマウントの素早さを取ったんだと思う
日本のは確かに、不意の即応性とかなら利点として認識されたのかも 現代の戦車だって主砲とは別方向に撃てる車長機銃とか多いし
戦車や対戦車砲とだけ戦うわけでもないもんな キューポラ機銃は全周射界で、視界も遮られないしデサント兵よりかは安全だからそれなりに有効だったと思うんだが、日本だとあまり馴染みないよね
砲塔後部の対空銃架はM4シャーマンみたいにキューポラ内からではなく車体外から撃つものだろうし >>124
パンターD型とA初期型の段階では、装甲厚80mmに対応したボールマウント式銃架が間に合って無かっただけだっつーの
それらにも前方ピストルポートは空けてあったわけだし あのなー、ソ連の重戦車の砲塔後の機銃はエンジンデッキによじ登ってくる歩兵への対処で
前方には す べ て 同軸機銃があるから日本の事情とは全く異なるっつの KV-1の初期型は同軸機銃なかったよな?
主砲の隣にあったのは、45ミリ砲だった。
主砲の操作に邪魔だってんで、7.62ミリの機銃に変えられたけど。 試作車ならともかく45mmを同軸に積んだKV-1とか知らんわ
WOTのにわか知識か? 最初期生産型は45ミリ副砲だろ?
冬戦争に投入してみたら使い難いってんで、7.62ミリに変わった。 ttp://armor.kiev.ua/Tanks/WWII/KV/first/kv.php?img=kv1_front.jpg.html
45mmと76mmで、車体前方機銃も無いんだな いや正面からの写真見ると、45mm砲の反対側、通常のKVと同位置に機銃口があるじゃん >>139
反対側というのが76mm砲を挟んでという事なら、それ直接照準器用の穴やで
それはともかく、砲塔正面から見て45mmのちょい右上あたりに普通のKV-1には無い穴があるように見える
穴サイズ的には同軸機銃っぽい気もするけど、収まるのか? 76と45の間に機銃置くと、それぞれの装填とかにじゃまになりそうだよね ソ連の使い方が後ろからよじ登る歩兵対処という何だか使い所がビミョーなもんだけど、いよいよ簪機銃的用途で使うつもりだったのは遂に日本だけだったというオチか…
そりゃ各国で殆どウケてなきゃその実用性も推して知るべし…なのか
あと日本戦車の対空機銃は戦後のキューポラ機関銃みたいに車外に出なくても使えるのかな?
調べたところ可動式らしいからあれをもっと前方に持ってくる事はできないのかね あ、ソ連のやM3軽戦車のとかは戦後のと同じでキューポラ内から撃てるね
当時も有効だったと思うが あれは使えない装備として、イギリス向けのグラントでは廃止、更にイギリス軍に配備されたリーでも銃塔が撤去されグラント用のハッチに換装されてる
イスラエルが装備したM48やM60の銃塔も同様の結果に チホ車の操縦席前面ってチハのように出っ張っているのかそれとも二式ホイのように平らなのかな >>103
>>105
ジュラルミン製の冷却ファンのせいで作動音が大きくまるでサイレンを付けているかのようで、数キロ先までもこの騒音が届いて、作戦に支障がでた...
戦車マガジン 1980年10月号 元戦車設計技師大高繁雄
技術が云々というより空冷ディーゼルが「特に」って感じがした いや失敬、戦車用エンジンは空冷でも液冷でも強制冷却用のブロワー(シロッコファンが多い)を備えるんだね
まあ一般的に戦車の馬力の数割は冷却ファンに食われるって言われているから、相当強力なものなんで、そこの音響とかはやっぱり厳しくいかないと駄目なんだろうな シロッコファンはソ連軍戦車に多いが、それ以外の国で多いとは思わないんだが >>145
三菱チホ車のことであればT-26みたいな感じなんじゃないのかな、扉は上じゃなくて横に開くっぽいが >>145
溶接なので一式中戦車以降よろしく垂直装甲の可能性が高そう 日本はともかくソ連の大馬力ディーゼルになると
給排気効率の関係でプロペラファンを使った方が良いような気もする
レイアウトの効率化優先だったのだろうか つうか日本のは空冷ディーゼル、ソ連のは水冷ディーゼルだけどね どっちみち冷却ファンは必須さ
ラジエターを冷やすかシリンダーブロックに直接風を当てるかの違い 給排気効率で言うなら、導管の配置がしっかりしているなら
シロッコファンの方が効率がいいんでないのかな。
少し前のビル空調などでは、セントラル空調機にダクトを多用していましたね。
ただ、メンテナンスなどを考えると有圧扇の方が有利なのだろうか。
シロッコファンを使うと導管の取り回しなどでレイアウト効率が
下がるような? >>155
ラジエターを天板近くに置いて間近でプロペラファン回すって方法があるもんで
エンジンルームに余裕があればそっちのが良いような気がするんですわ
逆にエンジンルームが狭いとラジエターを取り回すのが大変なんで
ソ連戦車はシルエットを小さくしたいとか、防御上の観点とか、なんかそんな理由で
ダクト+シロッコファンで我慢してたのかなと シロッコファンの場合、凝縮器(ラジエター)の面積が小さくなるので、シロッコファン+
凝縮器の設置導管を小さくできるのですが、発動機にプラスして容積をとりますので
どうでしょうか?
有圧扇(プロペラファン)の場合は、発動機(冷却フィン付きなので発動機自体が容積をとる)
+有圧扇の設置容積(国軍戦車の場合、発動機室脇の履帯上部で吸気・砲塔後ろの排気窓に
厚さ200〜300o位の有圧扇を設置しているので、有圧扇の厚み分の200〜300o位が
発動機室のHをかさ上げしているが、導管という嵩張る構造は、持っていませんよね。
発動機の冷却フィンがどれくらい足を引っ張っているかは、わかりませんが。
只、有圧扇の方がメンテナンス性も良く、被弾時の故障率も低いように思えます。
→容積・重量・出力については? 砲塔後面機関銃の運用法で、教範を参照した者はいないのか この辺は仮に図面や現物を見れても
そのときその国の手持ち技術でどっちの方が有効だったか
もっと踏み込むとどっちが有効と見込まれていたか
どちらが好まれていたかまでわからんと何とも言えないのかもしれないです
現在の常識で言えば騒音面で有利なはずのシロッコファンなのに無茶苦茶煩かったとか、そういう時代なので >>95
そういえば、同じ6気筒85馬力エンジンを積んだ廉価版の一式四輪自動貨車(いすゞ TX80)は昭和21年以降GHQによって月産1000台以上の生産が成される、実質的な戦後主力トラックだが、5トントラックとして有名だよな
四輪自動車で5トン、というのは日本にしては凄い性能だと思うが、生産数なんぼなん? チハのエンジンルームを拡大し発動機を240馬力に改修する計画は無かったんだろうか そういやアジ歴で見たな…>統制チハ計画
思うに、やっぱりあの時代ではチハ機の直噴エンジンは安定しなかったんだろうね
だからカタログ上の200馬力も達成できなかったんだと思う
予燃焼室の分だけエネルギーロスする統制発動機の方が出力高いし、日本軍としてはやれるならすぐやりたった、でもできなかった、が実態じゃないかな? ちなみに、よく言われる一般論として、このスレでもよく見るけど、「当時の日本でもチハ機だけ異様に性能が低い」、これ半分以上間違いね。
ハ号までのエンジンのボアストロークは130*180で、チハ機の120*160よりでかいから半分の気筒で馬力出ただけで、別に排気量あたりで見ると大差ない。
当時の日本の技術水準相応にできていたものだよ。
出力重量比が落ちたのはシリンダーの一個あたり縮小で個数を増やしたから当然といえば当然だし
まあ、統制発動機は予燃焼室の分だけでかくなるので、どうせでかいならハ号までのシリンダーサイズでV12に統一しとけば、というのはあるけどね
当時の日本の技術じゃシリンダー大きい方が出力重量比は改善されるから。
6気筒エンジン×2積みを平気でやって案の定偏差摩耗しまくりのイギリスとかやっつけもいいところだがな 語弊があったな
どうせ後からでかい統制エンジンに換装して240馬力にするなら、最初からチハ機のシリンダーを130*180に統一していればよかったね、ということ
エンジンの出力重量比もだいぶましになるしね >>164
少なくともあれは240馬力の三菱AC型ではないね。昭和15年の事だからまだ存在してない(恐らく自工のDA10型とかその辺だ) そもそもたかが150とか240とかの馬力でV12にしちゃうのがアウトなんだよなあ >>168
V12って理想のレイアウトって言われるしV12は低回転からかなり出力立ち上がり早いし、むしろ戦車向きだと思う
同じカタログスペックでも170馬力でも直6気筒よりV12気筒の方が有利かと
車に馴染みのない我々現代人には想像し辛い話だけど…
これが似たようなカタログスペック(重量と出力)のバレンタインの機動力が低いのに対して、チハが試験で予想以上の登坂能力やクロスカントリー性能を出した理由だと思う(135hpで登坂能力3分の2達成、つまり実車はそれ以上)
低速ギヤ比もおおいに絡んでくるけど >>168
戦前のチハはアメリカ製の鍛造クランクシャフトを使っていたんだけど、禁輸で国産の削り出し品に切り替えてからボキボキ折れたってね。
その点では長いV12のクランクシャフトよりかは、大型車でメジャーのV8とかにすればよかったかもね。シリンダーはハ号までの130*180を使えば、増えた分でけ換算して160馬力、そしてチハ機より数割軽く仕上がる。
そもそも予燃焼室で嵩張る統制と、直噴でスマートなチハ機のシリンダーが同じ大きさっておかしいんだよな
小さいシリンダーは特別の事情なければ好ましくない >>169
V12のほうが立ち上がりが良いとか、そういうのはオカルト 正確にはパワーを低回転寄りに設定できる、だな
V12の低〜中回転でのパワーの良さは割と知られた話だと思うが そういったカタログスペックに現れない総合的なドライバビリティでは、V12の方に軍配が上がるだろ
そもそも多気筒化がレスポンス良くする事は一般論じゃないか
一気筒あたりをでかくすると今度は慣性質量の面で不利になって、なかなか緩急つけた機動が出来ない、つまり躍進間射撃では不利になる
同じ170馬力でも、でかい6気筒と小さい12気筒じゃ、カタログスペック厨には到底理解出来ない要素がある いやもうどこから説明したらよいかってぐらいに謎なオカルトが出てきてしまったな
レスポンスやトルク・出力は、部品が多く重くなりシリンダという摺動抵抗部分が大きい12気筒のほうが全体的に劣る
多気筒エンジンは、排気量制限やシリンダサイズの選択に制限がある場合に最大出力を狙うか
最大出力よりも低速狙いで大排気量にする時に選択肢の一つにはなるけど
同じ排気量で作れるなら8気筒でも4気筒でも良い(シリンダがでかくなるが)
そもそもシリンダがでかいほうがレスポンスは良いのである
なんでかっていうとシリンダサイズイコールトルクの瞬間変動力だからだ >>174
オカルトは貴方だ
稼働部品の摺動抵抗が大きいというのは出力の大きさに影響を与えるものであって、その立ち上がり、すなわちレスポンスには慣性質量が大きく作用、それに不利な大型シリンダーの方が劣るんだ
こんなものは一般論であるからして、議論の余地は無い
自明な事なんだ
10人に聞いたら、10人がレスポンスは12気筒の方がいいって答えるぞ
どこのサイトを見てもV12のメリットとして挙げられてるだろ 結局、今の若者(俺もだが)は、高級車や所謂スーパーカーに憧れないんだろうなぁ
V12は低回転からのグッとくるレスポンスの良さ振動の少なさ、猛々しいとも表現できる低音
もし所有者の人に「気筒でかくして6とか8気筒でいーじゃん!」、とか言ったら鼻で笑われるぞ 同じぐらいの排気量なら、ピストンやコンロッドの重量はだいたい同じぐらいに収まる
シリンダがでかくても数は半分だからね、あとはフライホイールの重量次第よ
まあ同じようにギリギリを攻めると6気筒のほうが(もっというなら4気筒のほうが)反応は良くなる
これはもう競技車両とかで明白ですわ 小さいピストンのほうが慣性質量小さいだのって書いてるソースはここかw
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13171138388
なんというか・・・(苦笑)
その程度のレスポンスの違いのために史実のチハが戦車としてキンタマより大事なものを失っていますが・・・
まあここにも多気筒化のデメリットとして重量を余計に食うことが書かれてるんだし、史実のチハ機の重さからして装甲厚に多大な制約を受けたことは疑いないんだからさ
ハ号のが650キロで120馬力、チハが1.2トンで170馬力は明らかに気筒サイズミスった失敗作としか・・・
これならまだハ号のシリンダー並みのものを8気筒にして軽量化するか、いっそ航空機エンジン並みの大きさの6気筒にしてバレンタインみたいなエンジンの乗せ方にしてペッシャンコな車体にして浮いた重量を装甲に回すとか楽しい妄想ができた気がする。 >>175
さすがに2トンもないようなスーパーカーと戦車を同列視して
慣性質量とか言い出すのはナンセンスだと思う >>179
車じゃなくてエンジン本体の話をしているんだが…
車重が重かろうと軽かろうと、どの車体に乗せてもV12とかの多気筒の方がレスポンス早いよ
慣性質量って別にクルマの重さじゃないよ…
「気筒減らして一個あたりをでかくすれば良かったんだ!史実はアホだ!」って声高に叫ぶより、「なぜそうならなかったか」を語る方が建設的だと思うけど? そして2トンも無いようなスーパーカーの比でない低速大重量の戦車なら尚更V12のメリットはでかいんだが…
カタログスペックばかり見てると、じゃあ自分らより何倍も頭が良い当時の設計者がなぜそうしなかったかが見えてこなくなるよ
君らの考えが真実ならとっくにやってるのよね
実態としてはボアストローク拡大は気筒数増大が限界になる300hp以上の話で、チト機(四式AL)になってやっと大型になってるのよ
それまでは普通に気筒数を増やす方向でやっている
現代の素人である我々が>>168みたいな事を言っても、本業の人に話せば鼻で笑われるだけなんだよね
13トン牽引車用に160馬力・6気筒のエンジンはチハ以前に制式化している
それでもなおチハには12気筒を選んだ
12気筒が間違いだの気筒数減らせばいいじゃんなんて話ではない事が分かるよね?
当時の人が何も考えてないと思ってるのかな 誰も慣性重量をクルマの重さなんて書いてないんだけど
どうもキミは自分の言ってること自体を理解できてないみたいね。 九五式13トン牽引車のディーゼルは水冷だね。しかもディーセルの乙型はチハと同世代だし。>>73が言うように日本だと水冷でも空冷でも出力を変えてないけどどうなんだろ。
語れというならあえて言うと、チハは開発時から「努めて低姿勢なること」と要求されてて、実際に取り扱い教程には「〜かつ全高を減じ努めて被弾経始を採用し」なんて謳っちゃってるぐらいだから、
お辞儀しながら進むなんて言われたハ号の反省からかはたまた防御の観点からかやけに低姿勢にこだわってたんだと思う
全長が伸びるのを承知でV12にしたんだろうか知らんが、結果としては星形のスチュアートに劣る装甲なんだけども、まあこれは別か。
結局小馬力に見合わぬ歪なレイアウトの設計になって、変なところで妥協を強いられた感じ。
むしろ九五式の160馬力を空冷にして搭載した方がまだましだろ。そもそも会社違うしまともに検討してたかも怪しいな。エンジンの故障はあったらしいけどザウラー式の難産っぷりに比べればねえ。 >>182
いや、スーパーカーでも戦車でもV12エンジンの優位性自体は何ら揺らぐものではないよ、と答えただけなんだけど
それを分かっているの?、車が重いって意味じゃ無いんだぜ、っていう意味なんだが、君は俺の言っている事を理解できていなかったんだね >>183
チニ車の全高はチハより低いぞ
別にシリンダーをちょっと小さくしても大して高さは下がらんよ
ちなみにチニ車はクロスカントリー性能でチハ車に及ばないという結果が出ているけどね
まあ車体規模が違うのもあるが 訂正、大差なかったな
どのみち高さにはそこまで影響与えているわけじゃないね
ハ号のエンジンのシリンダーがでかかろうとエンジンの置き方次第ではこれといってノッポにはならないし
別にチハのエンジンが全高の為にやっているわけでもなく、むしろ容積では不利なんだよ
単に馬力出すだけだったら何気筒でもいいんだよ、出せればね
でも戦車なんだから求められるものがあって当然よね、と
だいいち、著名な軍事ライターでチハがシリンダー数が間違いだの、8気筒とか6気筒にしろとか珍説ほざいてる人を寡聞にして知らないんだよなぁ
ここのスレだけの内輪の論でしかない いいからV12のほうが慣性質量が小さくなるという根拠はようww >>170
あー、三菱のチホ車がV8機関(SA8160VD)を載せようとしてたのはそういう事だったのかな。
てか>>186と>>187は山海堂の「空冷ディーゼル・エンジン」は既に読んでるんだろうか 旧軍の戦車用発動機に関してはアレ以上の本はないと思うが ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています