「教育がなぜ革命的か」(片岡徹也、抜粋)

イエナ・アウエルシュタットで完敗を喫する以前から、フリードリヒ大王の生存時から用兵の限界を示す兆候が現れていた。
それは兵士個々が独立した判断で行動する軽快部隊(light troops)の出現である。

フリードリヒの用兵の要訣は厳格というよりも過酷な訓練と軍規を強制することで人間としての感情を消し去ることである。
七年戦争におけるプロイセン軍の脱走者は八万にのぼり、1760.8.6の夜間行軍中700人以上が同時に脱走したことのある。
フリードリヒが部下指揮官に求めたのは兵士の脱走防止策の徹底であった。
外面上はプロイセン軍の見映えはよく一糸乱れぬ教練は他国の驚嘆の的であった。

だがその裏では柔軟性と応変性が喪失しフリードリヒが集権的に指揮しなければ機能を発揮しない軍隊になっていた。(続く)