関西将棋会館3階奥の棋士室は奨励会員や棋士達の研究の場となっている。よく行われているのが「VS」と呼ばれる1対1でひたすら対局する――という形式の研究会だった。

 ある日、将来超有望な小学生奨励会員が中学生の奨励会員と棋士室でVSをしていた。そこに、奨励会幹事で鬼のように厳しいことで有名なプロの先生が入ってきたのである。

 先生は奨励会でふがいない成績をとり続けている年齢の高い者に対して「早くやめたほうがいい」などと厳しい言葉を投げることで知られていた。
私もキツく言われることがよくあり、非常に苦手な先生だった。もちろん、それは優しさの裏返しでもあり、年齢制限ギリギリながら努力を続ける奨励会員などからは逆に慕われていた。

 先生は眉間に皺を寄せながら、VSをしている二人に近づき、こう声をかけた。

 「○○くん、それお金賭けてるの?」

 ○○というのは小学生奨励会員の名前である。彼の駒台の横には100円玉が積まれていた。

 棋士室にいた奨励会員たちは凍りつく。答え方を間違えると、どんな雷が落ちるかわからないぞ……。

 一瞬の沈黙のあと、その小学生奨励会員は答えた。

 「はい。賭けています」

返答を聞いた先生の顔付きが変わる。

 なんと笑みを浮かべたのだ。

 「よろしい。賭けないと、強くなれないからね」

 先生は「どれだけ少なくてもいいから練習将棋では必ずお金を賭けなさい」とのアドバイスを残して棋士室を去っていった。