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将棋を「広い場所」へ連れ出す

「将棋文化を世界に発信する」──。
公益社団法人である日本将棋連盟の定款には、国際化の使命がはっきり記されている。
ただ、これまでは国内での生き残りに必死で、とても海外に手が回らなかった。
しかし、藤井が起こした国内のブームが、海外の将棋関係者を勢いづけている。
2019年4月には、5年ぶりの海外タイトル戦として、台湾で叡王戦が行われた。

他方、地元では名古屋市がスポンサーになり、
「名古屋城こども王位戦」という次世代向けの新事業が始まった。
将棋という山のふもとから頂きまで、さまざまな動きが同時並行で進んでいる。

藤井の最大の功績は、このように盤外で引き起こした変化にある。
対局中は勝負師として鋭い表情を見せるが、マイクを握れば地方の純朴な少年そのもの。
そのギャップが女性、とりわけ藤井の母親の世代の心を掴んだ。
かつて将棋イベントの来場者は年配の男性と相場が決まっていたが、
今では半数ほどを女性が占めるようになった。中には将棋のルールさえ知らない人もいる。

以前の将棋は、ルールや専門用語を学ぶ必要があることから、少しとっつきにくい娯楽だった。
しかし、藤井が登場してから、多彩な棋士のキャラクターやルックス、人間関係、対局中の食事、
伝統文化としての歴史など、あらゆる角度から楽しまれるようになった。
万人向けのエンターテインメントとして将棋の潜在能力を引き出した藤井は、
狭いところに閉じこもっていた将棋を広い場所へと連れ出したといえる。

昭和の将棋界を率いた十五世名人の大山康晴(故人)は、将棋を日本が誇る文化としてアピールし、
関西将棋会館建設など多くの功績を残した。
七冠を達成して平成の第一人者になった羽生善治は、持ち前のスマートさで棋士のイメージを飛躍的に高めた。

そんな偉大な先輩たちのように、藤井がこの先の長い棋士人生で何を成し遂げるのか。
多くのファンが期待を込めて見守っている。