大山がやってたのはただのパワハラとは違う
大山は観戦記者、各棋戦の新聞社の担当者などの冠婚葬祭には
できるかぎり出席して多額の金を出していた
そういう記者たちとグループをつくって、大山ルールで麻雀もしていた

あるタイトル戦で、対戦相手が宿についたときには
もうすでに食事会が終わって大山は記者たちと麻雀をやっていた
大山グループの記者だけで麻雀卓が3つも4つもできていた
そういうことがたびたび繰り返され、対戦相手はやる気をなくした

今そういうことをする棋士はいない
中原の時代からなくなったわけだが、そもそも大山以前でも
やってたのは木村名人だけだろう
大山はそれを見て学び、単なる将棋の力だけでなく、
全人間力を使って将棋村の王をめざしたんだな