専門棋士になるような人はだれでも研究の面ですぐれたものを持っている。だからどんなに研究しても一番になれるものではない。研究で得た知識というものはすぐに真似をされて威力を失ってしまう。
私の考えでは「ここ一番」で負けないためには人が真似することができない「何か」を身に付けることだと思う。
では、容易に人に真似をされない強さとは何なのであろうか。
うまいことをしようとか、すばらしい手を指そうと意識することではない。
研究に力が入るとどうしても縦に深く読むことになる。あまり周りを見ず、一つの手を深く掘り下げて考えて、一直線に突き進んでいく。縱型の人の読みが当たればすばらしい効果を発揮して拍手喝采ということになるが、横型のタイプの棋士には通用しないものである。
横型のタイプの棋士の特徴は横に広く読むことにある。プロはだれでも深く掘り下げて読むわけだが、縱型の人は、まず掘り下げて見て、「これじゃうまくいかん」と見定めると、今度は横を見て考え直す。最初に横を見るか、のちに横を見るか、この違いで棋風が大きく変わってくる。
木村さん、私、中原さんは同じ横型のタイプではないかと思う。
こうした次第であるから底力を身に付けるためには若いときから手を横に広く読む鍛練をしたほうがいい。
常に慎重に冷静に局面に対処しその場その場で手を幅広く読む習慣があれば底力を発揮することができるようになる。
将棋に限っていえば、人真似をしない棋士のみが一番と二番を争う人に成長することができる。強さとは、そうした個性的なものの蓄積である、といえると思う。

1983年 大山康晴