南二冠って当時どのくらい評価されたの?
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あの米長が「このままでは勝てない」と考え,
「横歩を撮らない男に・・・」と挑発したぐらい。 地味すぎて、評価されなかった。
声も聞いたことない。 まだタイトルを獲ってない頃の羽生がリスペクトしていた プロ棋士がなぜ将棋でお金がもらえるか?
米長が必死に王将戦盛り上げてた、
だから、多くのファンは、米長を応援してた。
1990年の王将戦のできごと。 個人的には真部が当時どういう評価だったのか気になる >>6
実力の割に高く評価されていた。無理やり期待していた感じ。
俺は青野を評価していて,その通りになつた。 ピーク時はタイトル戦の常連だったが、嫁さんもらってから一気にガタガタ崩れたイメージがある。 タイトル7期ってかなりすごいよな
豊島がこのまま叡王竜王と失冠すればタイトル6期で、その後は取れて1冠程度だろうから
ちょうど南くらいの評価で終わるのか 叡王と竜王の防衛に失敗してタイトル戦から遠のいたら南みたいになるだろうな >>9
南は名人になっていない(挑戦もない)から、豊島が上でいいよ。 春先〜夏場が苦手でA級ではほとんど降級争いだったし
タイトル奪取した相手が桐山、中村、谷川、屋敷、米長
防衛したのが島と大山だから最大風速でも超一流ではないわな 南 13-6 大山
南 11-10 加藤一
南 20-15 内藤
南 21-14 米長
南 14-12 中原
南 22-18 桐山
南 17-11 森けい
南 22-9 田中寅
南 25-6 福崎
南 18-11 中村修
南 3-3 三浦
南 5-5 山崎
南 2-1 阿久津
南 2-1 橋本
南 2-0 金井
南 14-32 谷川
南 7-15 森下
南 6-19 羽生
南 6-14 佐藤康
南 2-8 森内
南 3-8 丸山
南 5-13 郷田
南 1-10 藤井猛
南 0-5 堀口一 横歩も取れない男、と米長に揶揄されて調子を落としたイメージしかない。 二冠の頃,研究のために一室を借りていたので,「南二軒王」と言われていた。 A級から陥落した時はまだ30代前半の若さだし、すぐ返り咲くと予想していた。
イメージとしては横綱に限りなく近い大関だったが、名人や竜王には縁がない棋士
とも予感していた。 奨励会再入会
賀集門下から木下晃門下へ
今も可能? >>20-21みたいな棋譜出してくる人すごいと思う >>21
4手先の局面は,米長が一瞬たりとも考えていなくて,
連続の長考が無駄になったと嘆いた時か。 >>25
まあ、地元では無敵の少年が奨励会で洗礼受けて実力付けてやりなおしはたまにあるな。 A級までいくのにB2で止まっただけ。つまりA級まで5期。
これと並ぶのは,二上・芹沢・谷川だけ。 >>28
あと、一二三と中原が4期でA級か、藤井が今期昇級できれば並ぶな。 90年春に大山康晴が棋王戦で史上最年長タイトル挑戦記録を更新したがタイトル保持者
として待ち受けていたのが南芳一。
元号が既に平成になったいた。 NHK杯の決勝で先崎に負けた将棋は,いいところが全く無かった。 将棋雑誌なんかにもちらほら名前がでてくる存在感のある若手強豪の一角って印象だったかな
羽生チルドレンが台頭してきてから存在感がまったくなくなったのが意外だったけど
森下島塚田あたりがあっけなく埋没していったのを振り返ると妥当なところだったのかもしれん 実績的には久保に近いけど
活躍期間が短すぎて全然印象ないな まだ衰えるような年齢でもないはずなのに羽生世代が本格台頭しはじめた90年代中盤以降、目立った活躍が出来なかったのが印象悪い
タイトル挑戦どころかA級すらあっさり陥落だし
南等55年組やタナトラ福崎辺りがタイトル取れてた頃の棋界ってレベル低かったんかなって思わざるをえない 80年代後半から90年代初頭は「誰が最強棋士かなあ?」とちょっと考えてしまう戦国時代だった。 >>35
羽生チルドレンの強みは研究会だろうな
個人研究時代からの変化でそれに対応できなかったんだろうかなとは思う
ここ数年のソフト研究の台頭も大きな波になるだろうね タカミチと南って総括するとどちらが評価されてたんだろ?
河口の本とか読むとタカミチの方が少しだけ目立ってるイメージ 十段はデカい あと谷川や羽生世代がいる中長らくA級だしな >>38
「地道高道」と「口なし芳一」では
前者の響きが強いw タイトルは王将戦、棋王戦、棋聖戦(年2回時代)の3種類のみであり、
番勝負自体もこの3種類にしか登場がない
名人戦、十段戦竜王戦、王位戦、王座戦の4つは挑戦なし
しかし王将、棋王、棋聖の3つはそれぞれ複数回挑戦しているのである
羽生世代が登場して陥落したかのような印象が強いが
A級順位戦では羽生以外の羽生世代がやってくる前に、羽生世代よりずっと古い世代の手によって陥落させられている
羽生世代より弱いどころか、「衰えた旧世代より弱い」と言われても仕方ない世代である
第53期順位戦結果
2位中原(47歳)7-2PO敗退
3位米長(51歳)6-3
6位一二三(55歳)4-5
7位島(32歳)4-5
8位有吉(59歳)3-6
9位塚田(30歳)3-6陥落
10位南(31歳)1-8陥落 >>35 >>37
昔は棋譜が3週遅れ?で関西に届いたそうだから集団研究に対応しきれなかったのかな 非常に地味だったな。中原、米長、大山、谷川に注目が集まって、高道とか南は強い若手って感じか。A級にいてタイトル持っていてもトップと認識されたことはない。 >>14
同世代の谷川を番勝負でシバけたのまあまあすごいんじゃねーの
広瀬〜さいたろう年代のタイトルホルダーは誰一人ナベをタイトル戦番勝負で倒せてないぞ 南って羽生世代以前に森下にすら負け越してるからな
そもそも高橋以外の55年組は森下に負け越してる
ここらへんの力関係とかを見てるとやっぱり55年組がタイトル取れてた頃の棋界って相当レベルが低い
中原が早くに衰えて誰でもタイトル取れる環境になったおかげでタイトル戦線に上がってこれたラキ珍世代って感じ
羽生世代と近すぎてタイトル取る前に喰われてしまった森下も55年組と同世代ならタイトル数期取れただろう >>48
>>49
つまり今の30代前半〜20代後半もラキ珍世代と 森下はタイトル取ってない棋士としては別格で間違いなく初の1000勝達成者になる
豊島はむしろ南じゃなくて羽生(羽生世代)が下にいない世界の森下だと思うわ 久保と同じ7期だけど周囲の環境とか強さの継続性を考えると久保に勝るとは思えない
でも久保と南はタイトル数も棋戦の優勝回数も一緒なんだよねえ、立ち位置的にはこのあたりなのかよう分からん >>50
まあ間違ってない
基本的に羽生世代の衰えに乗じてタイトル取れた世代だし(2010年に王位取ってる広瀬だけは別でいいかもしれないけど)55年組と似通ってる色々と部分はある
中村とか高見とかA級に届きそうにない棋士までもがタイトル取っちゃったし
この先藤井にあっけなく取って代わられそうな展開なのも55年組と羽生世代の時と同じ
ただ羽生世代と違って藤井は一人なのでいくら強くてもさすがにタイトル独占はできるだろうか、って考えると、
(羽生時代に全くタイトルに取れなくなった55年組と違って)今の30代前半〜20代後半は藤井時代になっても藤井のおこぼれにありつけるかもしれない 藤井は一人で羽生と羽生世代併せたより上だろ?
永久八冠をカルく20年以上は続ける 名人竜王経験者豊島>>>高道>>久保≧南〉〉塚田
そもそも囲碁将棋棋士は結婚する前が全盛期
羽生も井山裕太も結婚してから弱くなってる
>>8
森下卓ちゃんも高道も塚田も女を覚えてから…
>>15
以下は対戦数が少なく過ぎるかも
三浦と通算6回かよ
同級生高橋道雄と塚田泰明が抜けてる
南 3-3 三浦
> 南 7-15 森下
> 南 6-19 羽生
> 南 6-14 佐藤康
> 南 2-8 森内
> 南 3-8 丸山
> 南 5-13 郷田
> 南 1-10 藤井猛 >>52
ほとんどの期間が7冠時代だった久保と違って
南がタイトル取ってた頃は棋聖戦年2期の実質8冠時代
これだけなら微差かもだけど
A級も久保13期、南9期だからワンランク差がある
あと同じ棋戦優勝6回って言っても内容を見ると
南は早指し戦1回、若獅子戦が2回、勝ち抜き戦が3回
新人棋戦+年に何人も優勝者が出る優勝難易度の低い棋戦が6回中5回を占めるので水増し感がかなり強い
ちなみに久保はNHK杯1回、最強戦1回、日シリ(JT杯)2回、勝ち抜き戦1回、銀河戦1回
周囲の環境を考えると棋士の強さとして久保>南なのは揺るぎないと思うけど
パッと見同格の実績面でも内容を精査をすると差があるよこの二人
特に棋戦優勝の中身 >>57
久保って大した棋士だよな
戦法の流行りで振り飛車がやれた時期があるとはいえ凄い部類だ 91年時点
竜王・・・・・谷川浩司
名人・・・・・中原誠
棋聖・・・・・南芳一
王位・・・・・谷川浩司
王座・・・・・福崎文吾
棋王・・・・・羽生善治
王将・・・・・南芳一
叡王・・・・・(まだ創設されておらず) にわかなのでいつかの王将戦でF2にほぼ勝ってた人って印象
強かったんやなぁ 全盛期の短さで言うと天彦が近い評価になりそう。横歩を取る男だけど笑 丸山と天彦なら圧倒的に〇が秀でているから同列な印象がない
タイトル数や経験しているタイトルは似通っているが棋戦優勝回数がダン違いなんだよな
マルちゃんは12回で天彦は4回
丸は10回タイトル戦の場に姿を現しているが天彦は6回 >>55
確かに森下は女でダメにしたのかもしれないな…タイトルの2つや3つ獲っていて当たり前の力があったのに >>63
言うても天彦はガクッと衰える40半ばまでに何回か挑戦のチャンスくらいはあるだろう
横歩取りがこのまま消滅していくとは思えんし(復活まで熱意持って頑張れるかの問題はあるが) A級に上がった86年3月時点で22歳。
これより若くしてA級まで昇級した棋士と言うと・・・・(*´ω`*) >>67
南の順位戦の上がり方は
歴代トップ5くらいに入るんじゃないか? 天彦って名人になるまでは丸山に近いけど名人の後はむしろ藤井(猛)に近いわ
既に去年からもうA級の降級候補と称されるくらいだし上位と当たる時にほぼ勝ちの期待もされてない
丸山は落ちる期ですら降級候補とはあまり思われてなかったし上位との成績も羽生以外とはほぼ互角以上だった >>65
90年代の振り飛車復権の流れで左美濃愛用してた棋士はだいたいダメになってるな
南しかり森下しかり 羽生もA級に上がった年は22歳だと知った。
南芳一はスーパーエリートではなかろうか!? >>66
天彦挑戦は2度と無い 程無くB落ちて後は細々と指してく >>20-21
こういうのすぐ出せる人って本当の見る将だよね
評価値が1でも下がったら「やらかした」とかコメする自称見る将とは全く違う 将棋界は1950年代生まれの棋士がとっても弱い世代だというのが1つある
55年組ってのは1960年代生まれ中心で、
>>42 その55年組を老齢ながらAから叩き落としたのは1940年代生まれ中心(加藤米長中原)(他に桐山森などが強豪)
1つ上の世代の1950年代生まれがぬるい世代なので
1960年代生まれの連中の出世は早い 谷川・55年組はスルスル上がれた >>76
1950年代生まれってタイトル経験者が田中寅彦(1957年生)と福崎文吾(1959年生)しかいないしね 1940加藤一二三8期
1941大内延介1期
1943米長邦雄19期
1946森雞二2期
1947中原誠64期
1947桐山清澄4期
1949森安秀光1期
1957田中寅彦1期
1959福崎文吾2期
1950〜1956年の7年間に生まれた棋士がノータイトル 1975久保利明 7期
1984渡辺明 29期
1993斎藤慎太郎・高見泰地 1期
2002藤井聡太 4期
ここも空白期間が長い 通算勝ち星
1940加藤一二三8期 1300勝台
1941大内延介1期 800勝台
1943米長邦雄19期 1100勝台
1946森雞二2期 800勝台
1947中原誠64期 1300勝台
1947桐山清澄4期 900勝台
1949森安秀光1期 早死に
この世代は強いよな
棋戦の少ない時代から始まったのによく勝ってる
1930年代生まれも 1932二上達也 1933山田道美 1935有吉道夫 1939内藤國雄らの猛者揃い
(有吉内藤は1000勝越え) そいつらの大半を泣かせた大山が1920年代生まれか 1957年生まれ田中寅にタイトル1期を献上したのが南 >>51
まあ無冠勢最強は丸田なんだけどね
森下卓はA級10期、挑戦6(7〜8タイトル時代)、棋戦優勝8
丸田祐三A級24期、挑戦4(1〜4タイトル時代)、棋戦優勝10
あと55年組〜森下らへんは将棋史上最も勝ち星を増やしやすい時代を過ごせた世代だからな
阿部隆ですら(1000勝は厳しそうだが)900勝には届きそうな感じだし
1000勝達成は凄いけどそこらへんは差し引いて考える必要がある >>76
将棋の話じゃなくて恐縮なんだけど、プロ野球で2000本安打達成した選手も1940年代生まれが13人、1960年代生まれが8人いるのに対して、1950年代生まれは2人(新井・落合)しかいない。
谷間の世代なんだろうか。 良い人材がよその業界にいるのかもね
子ども人口は今より多かっただろうから無能ばかりだったとも思えず
日本が戦後からどんどん立ち直って躍進していく時期だから一般社会のほうにいるのかもねえ プロ野球選手、プロ棋士になっても今ほど儲からない時代だからな
高度経済成長時代だったから一般の大企業に就職したほうがたぶんお得だった
所得があがって高卒ですぐ働いたりもした世代らしい >>15
当時落ち目のベテランでもちょっと勝ち越すのが精一杯でカモがいないのは厳しいな
これでも南タイトル7期、森下タイトルなしという事実 丸田先生は理事やりながらA級維持っていうのが地味に化物 >>65
森下自身が言ってるからな
彼女(将来の嫁)がいたころは、対局中も彼女のことが気になって「早く帰りたい」と思ったぐらいだったと タイトル防衛は2回(王将戦と棋王戦)。いずれもストレート勝ち。 >>7
青野がA級入りした当時、吉祥寺の
道場に通っていたな
あの道場は青野ヒイキだったな 「リトル大山」と呼ばれてたこともあって関西期待の星であったのは間違いない。 居飛車党だが、2手目△3二金という変化に対しては飛車を振るタイプ。 確かに、全盛期の谷川と大挙襲来する羽生世代に挟まれてたもんな >>96
活躍したのは短期間だが、その短期で7冠というのはたいした爆発力だ
初代竜王になったばかりの島を圧倒して4連勝で王将防衛した時は
この人どんだけ強いのと驚いた 当時の王将は席次No2か3の重要棋戦だったし >>90
同額という意味で並べられているわけではないのでその点はおまえの誤読だが
そもそも野球選手も安かった
「今から50年近く前の話になると思いますけど、当時、野球選手で当時一番稼いでいたのが巨人の長嶋茂雄さんと王貞治さんやったんです。
当時の年俸で5000万円ほど。その新聞を見た仁鶴がポツリと言わはったんです。
『野球選手は安いなぁ』」 昭和63年度はⅯVPでもおかしくなかったが、18歳の羽生善治が将棋大賞に選出された。
4名人を連破してNHK杯を制したのが評価されたようだが、話題作りのために選んだ感を
拭い去ることが出来なかった。 純粋にタイトル戦の実績で選ぶなら88年のMVPは中原(棋聖王座)か南(王将棋王)か谷川(名人)、
翌年だと谷川(名人二冠)かな、でも結果はどちらも羽生
当時のタイトルが割れてたとはいえ
藤井が29連勝して四部門独占して朝日杯優勝して話題性で当時の羽生より遥かに上だったのに選ばれなかった事を考えると
話題作り優先で選んでもらえた当時の羽生って恵まれてるなって思うよ 当時の選考委員は「マイナスポイントがない」棋士をMVPに選ぶ傾向があった。
中原のマイナスポイントは名人失陥(代わりに王座・棋聖を獲得)
南のマイナスポイントは棋聖失陥(代わりに王将防衛・棋王獲得)
谷川のマイナスポイントは王位・棋王失陥(代わりに名人復位)
そうなると、島(竜王獲得)が将棋大賞でいいのではないかと思ったが(竜王の格の
アピールにもなるから)なまじ王将戦に挑戦して4タテで南に退けられたのがマイナス
心証になってしまったのではないかと考えたりする。 >>106 当時の王将は席次No2か3の重要棋戦だった
当時に「序列・席次」という概念があったかは覚えていないが,
名人戦が毎日に移ってから10年ぐらい経過していて,
王将戦の契約金は,一番低かったことは間違い無いだろう。 >>111 竜王の格のアピールにもなるから
以前(今はどうか知らない)は,将棋大賞の選考会の様子が『将棋世界』に載っていた。
それを読んだ限りでは,各新聞社の記者は,別の会社の棋戦を持ち上げることをしない。
読売なんて「(自社の)竜王が序列1位だからその棋士が最優秀」ということをたびたび主張し,
他の新聞社の記者が眉をひそめる霧囲気が伝わってきた。
それはともかく,俺は島の実力を低く見ていて,南を高く評価していた。
島竜王が南に王将戦で4連敗したのを見てそれが証明された感じだった。 >>97
それは会長職のときで
しかも最初の2年間だけ、あとの2年間はA級会長だった 中村修が一時期、2手目△7四歩と指して、挑発的意味合いではなく、かなり有力な手と思っていた節があり、時の名人・米長邦雄にも採用。
南にも▲7六歩に△7四歩と指したが、三手目に南が▲7八飛と変化。 A級…高橋13期 南9期 島9期 塚田7期
B1以上…高橋26期 南18期 島17期 中村11期 塚田10期 神谷6期
B2以上…中村39期 南31期 島30期 高橋29期 神谷22期 泉22期 塚田18期 神谷、南、田中寅彦、塚田泰明、泉、福崎、島、中村修らへんって衰えの速さ異常だよな
羽生世代じゃなくて米長中原加藤に駆逐されてるし
高道と修は頑張ってると思うがそれ以外は気力すら感じられない
20代羽生の異常な勝ちっぷりは55年組の弱さも貢献してると思う >>3
Mr.オクレみたいな間の抜けた口調で、
一言もボケてないのに南が一言発する度になぜか観客爆笑してたな >>120
036は明らかに衰えが緩やかだろ
神谷、タナトラ、野獣、ふくちゃんは全盛期から考えたら平均レベル
早いのは南とつかぽん たまに塚田さん全盛期の強さ思い出したりするけど
本当にたまになんだよな >>119補正
A級…高橋13期 南9期 島9期 塚田7期
B1以上…高橋26期 南18期 島17期 中村11期 塚田10期 神谷6期
B2以上…中村40期以上 南31期 島30期 高橋29期 神谷22期 泉22期 塚田18期
C1以上 中村42期以上 高橋41期以上 島37期 塚田37期 南34期 神谷32期 泉31期 第53期順位戦結果
2位中原(47歳)7-2PO敗退
3位米長(51歳)6-3
6位一二三(55歳)4-5
7位島(32歳)4-5
8位有吉(59歳)3-6
9位塚田(30歳)3-6陥落
10位南(31歳)1-8陥落
今だと、年齢は不正確でちょっと適当になるけど
2位木村(47歳)7-2PO敗退
3位羽生(51歳)6-3
6位森下(55歳)4-5
7位糸谷(32歳)4-5
8位谷川(59歳)3-6
9位菅井(30歳)3-6陥落
10位豊島(31歳)1-8陥落
みたいな感じだから割と衝撃
羽生世代(藤井聡太)来る前にもう全然ダメだったんですね、みたいな状況 55年組が弱かったからこそ大山があそこまで頑張れたし、羽生が若くして天下を取れたとも言える
序盤中盤は「何指しても一局」とか考えて適当に指してたんだろうなって感想 本当にやばいのはそんな連中にタイトル獲らせたもう1つ上の世代なんだよな
青野あたりの 最晩年の大山が自分がこの年でA級にいられるのは今のレベルが低いからってバッサリ言ってたんだっけ 1989(平成01)年05月19日 第47期名人戦 谷川浩司 27歳 4-0 米長邦雄 45歳
1989(平成01)年07月17日 第54期棋聖戦 中原 誠 41歳 3-1 南 芳一 26歳
1989(平成01)年08月29日 第30期王位戦 谷川浩司 27歳 4-1 森 雞二 43歳
1989(平成01)年10月16日 第37期王座戦 中原 誠 42歳 3-2 青野照市 36歳
1989(平成01)年12月27日 第02期竜王戦 羽生善治 19歳 4-3 島 朗 26歳
1990(平成02)年02月02日 第55期棋聖戦 中原 誠 42歳 3-2 屋敷伸之 18歳
1990(平成02)年03月09日 第15期棋王戦 南 芳一 26歳 3-0 大山康晴 66歳
1990(平成02)年03月30日 第39期王将戦 米長邦雄 46歳 4-3 南 芳一 26歳
1990(平成02)年06月12日 第48期名人戦 中原 誠 42歳 4-2 谷川浩司 28歳
1990(平成02)年08月01日 第56期棋聖戦 屋敷伸之 18歳 3-2 中原 誠 42歳
1990(平成02)年09月21日 第31期王位戦 谷川浩司 28歳 4-3 佐藤康光 20歳
1990(平成02)年10月02日 第38期王座戦 谷川浩司 28歳 3-1 中原 誠 43歳
1990(平成02)年11月27日 第03期竜王戦 谷川浩司 28歳 4-1 羽生善治 20歳
1991(平成03)年01月25日 第57期棋聖戦 屋敷伸之 19歳 3-1 森下 卓 24歳
1991(平成03)年03月12日 第40期王将戦 南 芳一 27歳 4-2 米長邦雄 47歳
1991(平成03)年03月18日 第16期棋王戦 羽生善治 20歳 3-1 南 芳一 27歳
18歳屋敷、19歳羽生、66歳大山とかカオスだけど 働き盛りのはずの30代がやっぱり少ない >>129
プロ野球選手、プロ棋士になっても今ほど儲からない時代だからな
誤読する頭の悪い奴のために分解してあげよう
プロ野球選手になっても今ほど儲からない時代だからな
プロ棋士になっても今ほど儲からない時代だからな
簡単ダロ まぬけ ケタ違うかな
長嶋王が1億行かずに8ケタの時代でしょ
将棋の名人は8ケタもらってたと思うけどな? 何より棋士のほうが寿命が長い
野球は20年くらいで終わるから 1980年代の落合東尾が1億到達初だからその前は○千万の時代
近年はメジャーに促進されて吊り上ってるけど一昔前の野球選手は言うほど貰ってない >>132
頭の悪いオマエにもう一度言おう
“プロ野球選手とプロ棋士の収入を一緒に語るな無知 桁が違うから”
シレっと棋士から落語家にすり代えてるのも笑えるw >>107 まぬけ野郎
1950年代生まれは棋士もプロ野球選手も微妙なの多いねってところから話が始まってんだよ
死んどけ 棋士から落語家に話をすり替えてるんじゃなくて
落語家の人から見て当時のプロ野球選手が収入少なかったという話でしょ笑
頭悪すぎじゃないの、君 >>129
だから昔はどれだけ桁違うのか説明してくれる?
1950年代生まれはプロ棋士も野球選手も微妙なのが多い
↓
どっちも今ほど儲からないから人材集まらなかったのでは
って話の流れはちゃんと理解できているのかい?
まさか今の野球選手が10億もらって棋士が1億ちょいだから「桁が違うから一緒にするな」とか
脊髄反射で食いついただけだったりして 129名無し名人2021/08/29(日) 22:50:02.32ID:l51kWN2e>>132>>139
昔も今も桁が違うから
おまえが誤レスしてるだけ
昔のプロ野球選手は何桁で将棋棋士は何桁なんだ?
桁が違うんだよね
落合が初1億=9ケタだからその前は8ケタ
仁鶴のON5000万話でも分かるとおり確定しているけど
棋士のトップは何桁 昔はどっちも7〜8桁
王長嶋で5000万だからそれ以下の選手は1000万円以下いっぱいいる
今と物価違うからな
戦後からの復興が完了して企業も景気も高度経済成長でぐんぐん成長したから
いい大学出て大企業で出世したほうが金持ちになる時代だよ
まあそれにしても1950年代生まれの棋士は谷間だな 12月、年俸更改の季節がやってきた。注目は本塁打、打点の2冠に輝いた巨人・王貞治(.298、48本塁打、120打点)が、
入団以来最低打率に終わった長嶋茂雄を抜くかどうか(.266、27本塁打、92打点)。
推定では王が4260万円、長嶋が4924万円。ちなみ0が1つ足りないわけではない。
だが、これについては現状維持が濃厚。2人の言葉を聞こう。
「僕の月給はもう頭打ちですよ。無理も言えないし、これ以上とっても大半は税金で持っていかれちゃう。
今年は成績が成績だから、横ばいでよしとしなくちゃね」(長嶋)
「僕とミスターはもう金額的に限界に来ていることは確かですし、現状維持ですんなり決まるんじゃないですか」(王)
ただ、王には14年目のボーナスがある。当時あった10年目、14年目のボーナスで、王世代が最後らしい。
長嶋は前年が14年目で1000万円をもらっている。巨人には「長嶋は年俸でもミスター」という不文律があったが、
この年の実入りは間違いなく、王が上回るだろう。
ちなみにこの2人は球界でも別格で、東映の張本勲が1840万円、巨人の堀内恒夫が900万円、
阪神の江夏豊が980万円と言われていた。 >>143
1972年12月18日号 週刊ベースボールの記事 安っ
今の時代なんて松坂みたいなろくに働かないのが何億ももらってたのに 高橋道雄はB1順位戦で2勝9敗に終わった年があったが、1勝10敗と輪を掛けて南芳一が不調だったこともあり、なんとか踏みとどまった。
(中原誠フリークラス転出で、定員より一名少ないため、この年の降級者は一名)
高橋がその後、A級に返り咲きを果たしたりして、50過ぎでも健在ぶりを示したのは見事だった。 >>145
当時とは金額の価値が違うけど、それでも今の野球の上位陣は数億もらうから
一般サラリーマン平均の50倍とか余裕でもらう 5億もらう選手は100倍になる
昔はプロ野球選手になってトップクラスになっても一般平均年収150万のせいぜい10倍くらいしかもらえない
上の堀内とかそのへんでね
それより下の並みの選手だと5倍くらいかなあ
一般人は終身雇用で60まで働けるけど野球選手はケガしたら30代下手したら20代で終了
なかなかにリスキー 野球選手はメジャーリーグの影響もあってどんどん給料上がったけど
昔のプロ野球選手のようにまだまだ低いと言われているのがサッカーのJリーグ選手とかね
これから年棒上げていけるかどうかの状態
億プレーヤーがまだまだ少ないとかいう状態だからね >>129
適当なこと言いやがって
無能のチンカス野郎がよお >>125
誰が藤井くんを止めればいいの状態ですねww
55年組がAから数人落ちて羽生世代入ってきたらそりゃもう50代に入っていく中原米長加藤にはどうにもできんしw >>22
「地蔵流」と書く人間が一人もいないのには驚いた >>146
>>146
特に棋王戦で羽生に矢倉真っ向勝負で敗れてから一気に衰退したな 20代の全盛期の頃は今でいうと永瀬以上豊島以下ぐらいの評価はあったんじゃないか
30超えて早々にA級陥落して2流棋士以下になっちゃったが
タカミチとかに比べても南と塚田は衰えるの早すぎ >>124
つかぽんってA級経験あるのにB1以上だと036(A級なし)、B2以上だと神谷(A級なし)泉(B1なし)より短いのか… タイトル未経験の神谷広志だが、ある日突然ワイドショーで取り上げられて以来、「職業不詳の近所のおじさん」だったのが、明らかに周りから尊敬の目で
見られるようになったらしい。
「藤井くんがオレを有名人にしてくれた」と感謝の気持ちが明らかに感じられて清々しい。
若い時、近寄りがたい怖い人相だったのに随分と丸くなったような気もする。 >>127
年齢順に並べると森安(49年度)とタナトラ(57年度)の間にタイトル経験者がいないんだわ。
しかも森安もタナトラも棋聖1期だけでな。
タイトル複数期経験者だと突撃・隊長(47年度)の次はふくちゃん(59年度)だし。
中原と谷川の間の世代で最強はタイトルこそないがA級11期の青野がダントツだろう A級の期数でも青野(52年度)は桐山(47年度)高橋(60年度)の谷間で最大
なお、桐山→青野→高橋は現役最年長もほぼ確定 ・衰えの早かった中原は80年代前半には既に落ち目(82年に加藤に名人奪われて一時無冠に)
・本来指し盛りのはずの30代だが50年代生まれが超不作で目ぼしい棋士がおらず
・中原の次を期待された谷川も落ち目の中原に名人奪われたり、80年代の頃は米長になかなか勝てないなど微妙な強さ
こんな環境だから対して強くもない55年組でもタイトル取れた 変に貶める奴は順位戦データベースでも見ろ
羽生より上がるの早いから 中原は80年代早々に衰えが見えたが90年に名人含む3冠にまでよく盛り返したものだな
>>157
神谷が55年組だったことも忘れていてそれで思い出した
本人が連勝記録達成したときは将棋界内でしか騒がれなかったのかな >>163
棋界では新記録としては取り上げられたが世間一般ではまったく騒ぎにもなってなかったよ。 棋界の中にしても、それほど大騒ぎされたわけではなかったね。まあ参考記録みたいな感じかな?一般戦の下位で連勝するより順位戦やタイトル戦の動向のほうがはっきり大事だし。 信長の野望に嵌まってしまって全盛期が短くなったという噂は本当?ガセ? 羽生時代以降に粘れたのは後年までかろうじてA級を入れた高橋なもんで
55年組全体で羽生世代から何一つタイトルを取れなかった(どころかA級すら入れなくなった)所を見るに
南の衰えが早いとかじゃなくてもともとショボいから羽生世代の強さに太刀打ち出来なかったってだけでしょ
何せ高橋以外の55年組は森下にすら負け越すレベルだし(数歳差だから年齢の有利不利の言い訳はなし)
55年組と残念四天王の生まれが逆だったら実績も逆になってたんじゃないの 森下 15-7 南
森下 28-13 島
森下 17-20 高橋
森下 16-9 中村
森下 11-8 塚田
森下 10-8 田中寅
森下 8-3 福崎
森下 14-33 谷川
森下 14-39 羽生
森下 13-31 康光
森下 11-23 森内
森下 11-22 郷田
森下 13-10 丸山
森下 11-6 藤井 羽生が最強に成り上がる直前に将棋界最強は誰か?との質問に南2冠って答えてた記憶がある
谷川か中原と答えると思っていたから驚いた事を覚えてる その質問がなされる時点で王者不在だな
今だったら藤井一択だからそんな質問は出てこない 俺が唯一生で見たことあるのは日本シリーズの南vs高橋という超地味対局 深い読みは全盛期の佐藤康光以上で
南との対戦を通じて羽生もそういうのを感じたのだろう
もう10年ぐらいタイトルに絡めばなあ… 各年代複数期タイトル棋士
30年代…二上 山田 内藤 加藤一
40年代…米長 森雞 中原 桐山
50年代…福崎
60年代…高橋 谷川 中村修 南 佐藤康
70年代…丸山 藤井猛 羽生 森内 郷田 屋敷 深浦 久保
80年代…渡辺明 広瀬
90年代…豊島 永瀬
00年代…藤井聡 87年あたりに最強棋士は誰か、と訊かれたら迷う。
プロも同様に感じていたようで、少し考えてから「高橋じゃないかなあ」という意見が
主流だったようだ(老師の本による) >>161
1950年代生まれの棋士
1950年度 田丸、伊藤果、児玉、
1951年度 松浦隆、中田章、森信、真部
1952年度 宮田利、青野
1953年度 武者野、前田、武市
1954年度 飯野、鈴木輝、土佐
1955年度 東、永作
1956年度 瀬戸、小林健
1957年度 植山、田中寅、大島、加瀬、依田、野田、小野修
1958年度 本間博、神吉、大野八、室岡
1959年度 福崎、伊藤博 >>161
1950年代生まれの棋士
1950年度 田丸、伊藤果、児玉、
1951年度 松浦隆、中田章、森信、真部
1952年度 宮田利、青野
1953年度 武者野、前田、武市
1954年度 飯野、鈴木輝、土佐
1955年度 東、永作
1956年度 瀬戸、小林健
1957年度 植山、田中寅、大島、加瀬、依田、野田、小野修
1958年度 本間博、神吉、大野八、室岡
1959年度 福崎、伊藤博 囲碁の強い世代と将棋の強い世代って真逆だよな
団塊世代が両者強いくらい 50年代生まれで最強はタナトラじゃないか
通算勝ち越しはかなり凄いぞ
青野と福崎は大幅に負け越してる >>182
勝ち越しならA級よりB1のほうがやりやすいよ
なお現在… 南(7期)と高橋(5期)は同じ頃タイトル戦線で活躍したのに
直接タイトル戦で対戦してないんだな タイトル獲得5期なのに失冠4期で
十段剥奪されたタカミチ気の毒だったな
せめて第1期竜王戦は島との七番勝負にしていれば負けなかっただろう >>185
高橋は王将戦と棋聖戦,南は王位戦に出ていない。
共通は棋王戦だけ。 >>174
最盛期は過ぎたかもしれないが衰えたと言うにもまだ早い40歳の中原
そろそろ棋力が完成してるはず25歳の谷川
棋士の格から言って87年頃はこの二人のどちらかが棋界の中心でなければならなかった
でもどちらもそこまでの活躍が出来ず一時は7タイトルを7人が分け合う時代に 30代前半までの絶対王者だった中原の30代中盤以降の物足りなさも残念だが
今見ると80年代中盤〜終わりの谷川の戦績も何かイマイチ微妙なんよな
この頃は落ち目の中原、40代の米長、55年組等の覇権争いから抜け出せなかった
中原米長が完全に衰えた90年初頭にようやく頭一つ抜け出すが
その頃は羽生も既にタイトル取ってたし時代を作るにはあまりに遅すぎた
なぜこの頃の谷川は高橋や南とタイトル取ったり取られたりで抜け出せなかったのか
羽生時代以降の実績で高橋や南と比べて谷川が頭一つ器が違う棋士なのは明らかなのに >>193
序盤下手で終盤力特化型だったのが主な要因じゃないですかね
あと谷川はタイトル戦のフルセットで負けることが多かった >>193
谷川は変な美学があるというか、形勢が相手に傾くと嫌気がさしてしまって
そのまま投げ場を作ってしまうという悪い癖。当然居飛車後手番で研究会全盛期の
羽生世代に形勢がよくなるはずがなくタイトル戦でも後手番に飛車振ってた時期が
あったからなぁ。しかもその振り飛車が下手糞で目も当てられなかったわww。 もう一つのレーティングサイトによると南九段がレーティング1位だったのは
1986/11/17〜1986/12/8、1987/1/14、1987/12/15〜1988/1/22、1989/06/23
1986/11/17
1 南芳一八段 1832.18 A
2 塚田泰明六段 1825.78 B2
3 高橋道雄王位 1801.95 C1
4 中原誠名人 1742.26 名人
5 谷川浩司棋王 1736.18 A
6 内藤國雄九段 1728.8 B1
7 米長邦雄十段 1722.54 A
8 森?二九段 1721.65 A
9 桐山清澄棋聖 1720.53 A
10 大山康晴十五世名人 1719.14 A
1989/06/23
1 南芳一二冠 1862.46 A 1組
2 羽生善治五段 1857.63 C1 3組
3 谷川浩司名人 1829.73 名人 1組
4 中原誠二冠 1821.06 A 1組
5 森下卓五段 1769.08 C1 4組
6 高橋道雄八段 1740.29 A 1組
7 森内俊之四段 1735.78 C2 5組
8 森?二王位 1713.11 B1 1組
9 田中寅彦八段 1705.86 A 2組
10 佐藤康光五段 1698.30 C1 5組 過去のデータなんだから当たり前だろ
レーティングの平均は基本的に漸増していくもの 過去のデータなんだから当たり前だろ
レーティングの平均は基本的に漸増していくもの 南はね、しゃべれなかったんだよ。
将棋世界で主催紙の記者から将棋が強いだけのつまらない男と滅茶苦茶に
けなされた。豊島よ。気をつけろよ。
将棋はエンターテイメントだ。強いだけじゃ駄目だ。 昔の記者はおもしろおかしくするために結構失礼な書き方してたもので
加藤一や南は変な描写をされることが多かった
南は感想戦でも何を言ってるのかわからず奇声を上げるだけとか >>197
ちょっと前の豊島くらいの立ち位置か
羽生もちょっと前の藤井で >>196
>タイトル戦でも後手番に飛車振ってた時期があった
Wikipediaによると相矢倉は後手番が不利という説が有力になったため
後手番では振り飛車を指すようにもなったとのこと
あとデビュー直後は三間飛車を愛用していたらしい 南は実際解説にもほぼ出ないくらい喋らんしそれはしょうがない
丸山みたいにやればできるけどあまりやらないんじゃなく無理なんだろう 立会人もやってるところを見たことがない
つかぽんや修はしょっちゅうやってるのに >>209
断わっている内に頼まれなくなったのでは 中学生棋士の谷川が同世代の高橋や南にかなり差をつけられて負けてる時があるのか…
この頃の谷川って期待外れの声とかなかったのかな?
レーティングというキッチリした指標は当時広く知られてなかっただろうが肌感覚でも力関係は解るはず
そもそも中学生棋士というブランドが確立してなかったころかな?
一人目の加藤がそこまでの棋士になれず(大山中原の壁に阻まれて時代を作れず)、谷川で二人目だから 菊地常夫って人はどういう評価だったの?
昔囲碁将棋チャンネルで右四間の講座を見たことがある >>212
初年度のC2全勝で昇級ってことしか知らないなあ
ちなみにこれを成し遂げたのは菊池の他は中村修・富岡・船江・聡太だけ >>212
NHK杯で森内とやった時,
軽快な攻めだったが,
軽快過ぎて切らされてしまった感じ。 >>212
戦後の棋士で古今東西やったら
最後の一人になる可能性あるな 南は当時「地蔵」と評価されていた。
ちなみに、中原は「まこりん」であった。後の「凸」である。 岸和田市民栄誉賞を受けた南先生と清原選手がどちらも地蔵と
呼ばれていたのは偶然 55年組ってデビュー直後は誰が1番評価されてたの? なんか、ブイブイいわしてたよなw
態度が最もでかかったのは塚田 顔が怖かったのは神谷広志
雰囲気が近寄りがたかったのは高橋道雄
思いのほかしぶとかったのが島朗
A級から陥落してからズルズル行ってしまったのが南芳一と塚田泰明
現在最も存在感のあるのが中村修
活躍度では劣るが文筆業でしっかり生活しているのが泉正樹 55年組は谷川世代だから名人候補扱いはされないよ
スーパースター谷川のライバル候補たちという位置づけ >>226
その中で格付けするとなると?
ただしデビュー直後、昭和56年4月頃の話で。 >>227
> その中で格付けするとなると?
> ただしデビュー直後、昭和56年4月頃の話で。
塚田>南>島=高橋=中村
くらいの感じじゃなかったっけ
塚田はアマ名人準優勝から鳴り物入りで奨励会入って
あっという間に抜けて怪物少年って言われとった 塚田南高橋中村島はタイトル経験者で神谷は連勝で有名だが依田と泉は… >>65
>>55
森下は名人や十段竜王を1〜2期以上獲得しても当然の実力があった
森下、高道、三浦は真面目そうだから、女が悪影響及ぼす
結婚しなければ森下はタイトル獲れたかな? 依田は大山康晴に勝ったことはある。
雲の上の人と対戦出来たことで感激して、勝った直後「ありがとうございました」と目に涙を浮かべていたという。
大山康晴は自分に逆らう者には、しっかりと落とし前を付けようとするところがあるが(例:山田道美)腰の低い人には、今一つ闘志が湧かない
ところはあるようだ。 森下は55年組と同世代ならばタイトル数期取れただろうが、
羽生世代にはあっけなくボコボコにされる程度の実力なのでタイトルを取れなかったのも当然な感じもする
90年代序盤からタイトル戦に絡んだ早熟の羽生康光郷田の後、遅れて丸山藤井森内もタイトル戦線に加わり、
本格的な羽生世代の時代に突入した90年代終盤からはタイトル挑戦すらできなくなったし(最後のタイトル出場が98年王将戦)
森下が悲運の無冠の帝王だったと言うよりは
中原の早い衰えのおかげでしょっぱい実力の割にタイトル取れた55年組があまりにもラッキーすぎた世代という事で >>233
しかし南センセはB2で一回足止めを食らっただけでA級まで行けてるわけで。
これは中原の衰え云々は関係ないかと。 22歳でA級まで上がって、レーティングトップ、タイトル7期もとった人が、30そこそこでA級陥落して衰える一方とか、歴代棋士の中でも一二を争うくらい早くにピーク過ぎた人だね。
何でここまで早く衰えたのか逆に興味ある。最近でいうと天彦に通じるものがあるし >>235
南は早く衰えた感じはするが天彦は衰えたというより確変みたいな感じでしょ
20代前半はそんな大したことなかったし
良かったのは王座棋王挑戦し名人取った年の2年ぐらいでしょ
名人2期目以降はかなり怪しかったし 棋譜を並べていて、南の棋譜ほど何を考えているのか解らないものはあまりなかった。
南がよく勝っていたのは、その訳のわからなさが相手のペースを乱していたからかもしれない。
しかし何回も指して、何となく思考パターンが見えてくると、あまり勝てなくなったのかもしれない。 同じ55年組の中村も受け師だから比較されたりしてた? 多分実力より過少に評価されていたと思う
なぜかというと、人気が無いから
どのくらい人気が無かったかというと、河口老師がエッセイで
「南はとにかく人気がない」と書いてしまうほど人気が無かった 55年組の実力2トップだった南と高橋はどちらも人気はなかった
米長?だか誰だか谷川は蝶で高橋は蛾でしょなんて評していた >>244
さあ?
50代の棋士としての粘りでは中村に負けてるけどなぁ そういえば
塚田 島 中村は人気あったなあ
結局ルックスなんだろうな 人気って >>248
個人的に振り飛車復権の流れについていけなかったイメージあるけどな
あと矢倉後手番でも独特の指し回し見せるなど苦労してたけど結局実を結ばずに馬群に呑まれていった感もある やっぱり羽生世代の序盤研究に対応できなかったって印象が強いな
横歩取りみたいな研究将棋は苦手ってイメージもあるし そう考えるとそれより歳上の青野ってだいぶ踏ん張ってんな 中原(40代後半) 米長(50代前半) 加藤(50代中盤) 有吉(50代後半)
よりも先にA級落ちた時点でちょっとな…そりゃまだ若い羽生世代との勝負はできんわな >>257
てかそんなおじさん達がA級の半分ってすごいな 30代の55年組がろくに勝てない一方で50代の米長は20代中盤七冠後の羽生に4連勝してるからな
そのおじさんらが強い世代だったというのはある
にしても落ち込みが早いのが55年組 55年組だと島と中村は喋れるな
高橋は文章はなかなか面白い >>263
192 :名無し名人[sage]:2021/09/12(日) 01:48:35.58 ID:b8qia0LF
くそ渡部ごときに負けてしまった里見がアレなんだが
4-0で西山が初代戴冠するんだろうな
あー胸糞悪い >>262
中村神谷のコンビは漫才みたい
文章なら高橋より泉 >>269
今まさに南っぽい奴がタイトル剥がされたからな 豊島は仮に竜王も落として無冠になっても普通に名人返り咲きとかあると思うんだよな
今の藤井相手にはストレート負けさえしなければいいやと割り切ってる節がある
永瀬がむしろ南に近いタイプだと思う、衰えれば何も残らない感じが 豊島は淡泊で、永瀬の方が悪あがきしそうなイメージなんだが 藤井が番勝負で負けるイメージがわかない
今後15年は無双状態なんじゃ まさしくそういうタイプだった深浦がB2で負けまくってるからな 南って結局ベタ読み馬鹿だったってことだろ!?
こういうタイプは体力がすべてでコスパ悪いから衰えるとただのボロ雑巾なんだよな
そういう意味で藤井も衰えると結構ガタがきそう、まあこの人はセンスも抜群だから羽生くらいのポジションは生涯キープできるだろうけど ここでクイズ
関西所属で二冠経験者(谷川、豊島、藤井を除く)
内藤国雄
南芳一
久保利明
上記三人にはある一つの共通点があるのだが
それがわかる人いるかな? 南先生って地味なイメージしかなかったけど
林葉エッセイによるとカラオケがうまいし冗談なんかも結構いうらしい >>281
これは気がつかなかった これも正解
元々の正解は
三人とも名人挑戦経験なし 55年組でメディア露出度が高いのはダントツで036だから印象薄いよね >>279
2度目の王位の時に準タイトルの王座を取ったが,「二冠」とは言われなかった。 連盟の公式では内藤は二冠扱いではなかったが、だいぶ前に読んだ週刊誌に
米長と内藤の二冠対決とうたった記事があったのを記憶している
次期王座戦からタイトル戦に格上げになったので内藤もタイトル保持者になったと
勘違いしたのか、知ってて人気者対決を盛り上げるために二冠扱いにしたのか
わからないが、そのようなことがあって一部にそう思ってる人がいると思う 加藤一二三は一瞬だけ二冠(名人・十段)になってるんだな。 >>289
昭和54年には一瞬だけ「王将・棋王」の2冠王になっています。 昭和58年度からタイトル戦に昇格。昭和58年は三番勝負。中原2ー1内藤。
翌年から五番勝負に。 >>289
そうですね。今で言うなら、名人竜王2冠経験者ですよ。 55年組の中でいえば、
既出だけど、修さんは塚田さんと組んでいろいろぶち上げて2人して目立ってた。
高道さんは、南さんと同じ無口と言われながら、とにかく強烈な個性があって、存在感があった。
王位戦連続出場や谷川さんとの連続番勝負、名人挑戦などいろいろ話題性もあった。
島さんは初代竜王だし、羽生森内佐藤を囲い込んだ島研、ブランド好きとかで目立ってた。
そこへいくと南さんは、ひたすら地味だったんだよね。華がないし話題性もない。
A級入りも早かったし、タイトルも多くて、55年組の中では一番の実力者という印象はあったけど、
結果は出すけど目立たない。そんな印象。 南のタイトル戦以外の活躍で思い出すのは87年のアマプロ平手戦で
小林庸俊氏が中田功、富岡、島、田丸を連覇して棋界を驚かせた時に
八段代表として連勝を止めたことかな 全盛期は二冠がデフォルトで当時最強とも言われたよ。順位戦で高橋を破ったときも観戦記者が「南って本当に強い」と書いていた。
父親が亡くなった直後、谷川にタイトル戦で連敗して無冠に。その後は転げ落ちるように衰えた。 >>290
>>291
棋王戦と書くべきところを間違えた 全盛期に関西で稽古将棋だと誰が相手でも南の振り飛車に切らされてしまうというのを何かで読んだ記憶がある
かろうじて有森?段の居飛穴が一手負けまで持って行けたとか
結婚が幸せすぎて弱くなったイメージがあるな 一番印象に残ってるのは竜王取ったばかりの島を4タテしたときかな
あのときは本当に強さを感じた >>300
まあ、島が竜王になれたのはまぐれもいいとこで、南の方が評価はずっと上だったから。 第一期竜王戦七番勝負が高橋対島だったら
島は竜王厳しかっただろうな
準決勝三番勝負で高橋が米長に負けたのが悪いとは言え
ラスト十段のタイトル保持者高橋は七番勝負までシードすべきだった 次の王者は谷川ではなくて南ではないか?と言われるくらいには評価高かった >>302
高橋は気の毒だったな
せっかく取ったタイトルをチャラにされちゃって
まあそれなりな補償金はもらったんだろうけどそれにしても >>304
読売はタイトルホルダーに対する敬意が足りない。九段戦が十段戦になったときも、大山九段はリーグ戦から戦うことになった。高橋と違うのは、大山はリーグ戦を勝ち抜き7番勝負で升田を降してしっかり十段になったことかな。 036も独特で手をつけられないほどの厳しい強さがあったそうだけど
棋士仲間と遊ぶようになってその厳しさが失われたとか言われてたな
373はそれが結婚だったようで 上位互換としての羽生世代がすごすぎて
55年組については早い段階で将棋界の関心の外になってしまい
自然と彼らがなぜか勝てたか、なぜ勝てなくなったかも、特に真摯に検討されることもなくなった
ぐらいまでしか言い切れないと思えるな >>306
しかし036は未だB24をキープしてるけど373はC25に落ちて全盛期は見る影もなし
この差は? そう言えば森下が結局何のタイトルも取れなかった(と思うが)のも意外だった。羽生に必勝の将棋を負けたのが堪えたのだろうと思うが、そもそも終盤になっても自分だけ中盤の手を指してるような棋風なのでなかなか難しかったのかもね。
森下卓妙技伝、はよく並べた。
実に変な将棋だと思ったが当事は勝ちまくっていたのでこういうのが凄いのかと妙な感じだった。妙な本だったな(笑) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています