中原誠名人(74) 自宅で転倒し骨折→入院してた
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https://www.tokyo-np.co.jp/article/153106
「車いすで失礼させてもらいます」。脳出血の後遺症で左半身にまひがある中原さんは
、昨夏に転倒して骨折し、二カ月入院した。十一月末に再び転び、車いす生活に切り替
えたという。リハビリをしながら、時々囲碁仲間との対局に出掛ける毎日。将棋は指さ
ないんですか? そう問うと、「私にとって将棋は勝負。趣味にはなり得ないんですよ
」としみじみ語った。
自身も、新人の頃は伸び伸びと指せた。勝てばより強い相手と戦い、それが勉強になる好循環。対局が楽しかった。しかし勝つほどに周囲の期待がふくらみ、「勝たなきゃいけない」という気持ちになった。対局もどんどん増え、一年間で八十局以上指した年もある。対局過多の二十?三十代は気分転換も難しかった。棋王戦で加藤一二三・九段(82)に全敗して全六冠を逃した直後は、胃腸の調子が悪くなり、医者に通った。「人間は息を吸ったら吐かなくてはいけない。タイトル戦の番勝負はずっと吸い続けるようなもの。常に自分でバランスを考えなければいけないんですよ」
若い頃は、コピー機もインターネットもなかった。せっせと将棋会館に通い、先輩たちの棋譜を書き写して勉強した。「対局前は矢倉でいこうとか大ざっぱに考えるだけ。対局中いすに座ってゆったり考えることもできました」。でも今はAI(人工知能)により、戦型別の細かい研究が進む。「生中継されるから気も抜けない。現役の人たちは本当に大変だと思います」
獲得タイトル通算六十四期。一強の時代を築いた数少ない棋士だ。王者からはどんな景色が見えたのだろう。「相撲の横綱は複数いても将棋の名人は一人です。勝ち負けがはっきりした分かりやすい世界。孤高の存在になるほど気持ちよいことはないんですよ」
二十代で日本将棋連盟の理事を任され、五十代で会長になったが、一期で退いた。「私はあんまり組織の運営や経営に向いてなかった。人をまとめるのは難しくて…」。最近は東西将棋会館の移転が気になるが、全て現役に任せている。もう棋士総会に出席するつもりもない。 大正生まれで、69歳でA級在籍のままに亡くなった大山と、どちらが幸せか 凸したことを周りの人間が知ってるんだぞ?
好奇の視線に晒されることも多買ったろうし、とても幸せだとは思えんな
対局でも仕掛ける時に
「それでは中原陣に突入します!」
とか言った猛者がいるかもしれない 全国放送で罵倒してる音声が流されて
今でもYou Tubeで配信されてるのとはレベルが違う 「私にとって将棋は勝負。趣味にはなり得ないんですよ」
というところは実直な中原先生らしい
米長とか趣味は将棋とか言いだしそうだ >>1 孤高の存在になるほど気持ちよいことはないんですよ
これって孤高の存在になることが,
肯定にも否定のどちらにも解釈できるのだが,どちらなんだ。
おそらく否定だと思うが。 74歳ってまだまだ若いよ
しかし、大病すると老人の仲間入りだな
残念 >>13
肯定だと思ったけど
前の文脈から否定にとるの、文章的におかしくない? 流石に今でも奨励会6級には子ども扱いで圧勝できるぐらいの力はあるんだよな? 林葉直子から子供のこと聞いてなかったんだろうか。
林葉直子は産むべきだった。 中原は52歳で森内→森下→康光名人→羽生四冠に勝って竜王戦1組優勝してる
60歳の時も羽生(銀河戦)、森内(竜王戦1組)、康光(竜王戦1組)に勝ってる 病気・怪我はあれど良い老後を過ごせているようだな
人と触れ合うのは大事だっていうからなあ 一二三以上のガチの変人だと思う
実直とかいうレベル超えとる 衰え早いイメージあったけど脳出血で倒れる直前にA級一基に勝ってるんだよな 将棋界のことを分かってる鋭い分析だな
ソフトに勝てるとか言ってる加藤一二三とは大違い >>31
その少し前の銀河戦(1日2局収録)で羽生森内を連破してる。 アノ事件を鵜飼して書くってのは大変な労力だよな(笑) >>31
ちまちま序盤でポイント稼ぐ指し方が主流になるにつれて対応できなくなってきたイメージ
中原流とか独自戦法編み出して延命してきたけど結局は※にすら負けるようになった 中原はもっと評価されていいのに、あの件でずいぶん損してる >>37
本当はひふみんよりもこっちが藤井を語る爺さんとしては相応しいよな
突撃さえなければ 中原は相掛かり速攻で現役晩年は勝ち星重ねてたから。
当時は相掛かりはマイナー戦法だったけど、ようやく時代が相掛かりに追いついた。 そもそも中原囲いが古い相掛かりの囲いの横歩への流用だからな
研究が行き届いてる >>37
逆だろ
あれで社会的に抹殺されてもおかしくないのに(宇野首相なんて晩年寂しいもんだ)
連盟会長やったり雑誌連載したり、いまでも名人として露出がたまにあったり生き残ってるほう 米長のように死に上手でないと結構痛々しくなってしまう。
全く表に出てこない奥さんや他の家族の心境も気になるところ。 加藤に名人位を取られてからの中原は自然流ではなく不自然流だよな
棋風を変えて名人に2度も復位したのは素晴らしいの一言 過去の功績が偉大にせよ正直もう出てきて欲しくない
せっかく将棋のイメージ向上して盛り上がってるのに
将棋世界の記事程度でいいよ
それなら近況知りたい将棋民も安心するしライト新規ファンの目にも入らない この方が棋界の太陽と呼ばれていた時代に将棋をおぼえたじいさんです。
当時は米長さんとの対決がゴールデンカードでした。必然自分も矢倉を指すようになりました。
当時のタイトル戦は米長、加藤は矢倉戦 内藤は空中戦 大山さんは四間飛車でした。
空中戦は自分の肌にあわず、7六歩 3四歩にはいつも2六歩でしたが、8四歩とされるとがっかりしましたわ。
中原囲いはまねしようとも思わなかったけど、その後の影響が凄かったですね。 >>1
週刊誌に売りますて
週刊誌にバレたらヤバいのはお前だろ、バカタレが 林葉は中原が入院した時に赤い薔薇持ってお見舞いに行ったりしたんだろうか。 感染症に対する鋭い言葉が新型コロナ時代の今に甦る温故知新 結局一番幸せなのは、ひふみんだよな
今でも元気いっぱいで
神様を素直に信じる人は凄いよ 凸の記者会見は自宅の庭でやったんだよな
記者の数が多いからと、午前と午後に分けて2回開いた
実直な中原名人らしい あれも謎だったな
家の中の奥さんはどんな気持ちだったんだろう 中原の偉大さが全くわからない馬鹿が、最近多くて困る。率直に言って、林葉直子如き問題ではない。 >>53
なにしろ年間最高勝率保持者だもんね
藤井でもなかなか抜けないのはすげえわ
この偉大さがわからない人が多くて困る >>50
将棋連盟に迷惑は掛けられないから
私事でもあるし自宅の庭にしたんだよね 中原さんって将棋界随一の人格者というイメージだよね 先崎のうつマンガでも、パーティー会場で「あれだけの棋士なのに周りに誰もいない」って描写されてたね
弟子にスター棋士でもいれば、昨今の盛り上がりで注目されるんだろうが >>53
偉大ってか下半身だらしない只のゲスだろw
脳出血で今の状態は因果応報
自業自得の余生だな >>58
林葉との関係を断ちたくないが為に凸撃を留守電に入れて脅した凸撃中原 >>50
4回じゃなかった?
速報性命のマスコミは1日目午前に殺到して回数を分けた意味は何もなく間抜けなことになった 林葉のインタビュー記事だけならまだしも
罵声のテープが全国放送で流れたのが痛すぎた
あれでそれまでの中原のイメージが完全に崩壊した 何でも叩かれる将棋板でも中原の将棋の質は叩かれない
どれだけ凄い人か分かる >>13
それ思った。どちらにとっていいかわからない。
普通に読めば、「孤高の存在は気持ちいい」なんだけど、全体の文脈とか考えたら「孤高の存在になればなるほど、気持ちの良いことは無くなっていく」という意味にもとれる。 >>71
何キレてんだか
現実見れば悪いことしてもぬくぬく生きながらえてる奴なんていっぱいいるだろ
逆も然り >>59
そりゃまともな現代人の感覚してれば下手に関わりたくないだろ >>38
大病したし、あの件がなくてもどうだっただろう。 すべて忘れてあげるのが武士の情け
記憶に残してはいけないひと
22世紀になったら大山、羽生、藤井の三
人が100年前の日本で活躍した代表的な
棋士だと記録に残る 歴史の教科書でも
「女性関係が・・・」
と書かれることはまずないからな
いたとしてもヘンリー8世ぐらいか 突撃事件のほとぼりが冷めたら、棋士総会に出席して、大所高所からガツンと
発言していただきたい。 >>82
徳川家斉や阿部正弘のように艶福家と書かれることはある 戦前は妾がいて子供がたくさんいるのが
当たり前だったからな
歴史に名が残っている人は 妾制度は明治時代に廃止されてるけどな。それに合わせて天皇家も大正天皇から側室いないし ただの不倫ていえば不倫なんだけど、その後の林葉の転落がすさまじすぎてな 将棋は強くなるほど、人間的にも磨かれ、何期も名人を取るような人は、
各界の超一流の人たちと交わり、人格が陶冶されるというのが、かつては
長年にわたって将棋界の売りだった。その生きた見本が十六世名人なのです。 自宅で転倒して骨折→寝たきりになる→寝たきりで健康状態が悪化して亡くなる
高齢者はこのパターンが多いから注意が必要 >>59
ノーベル賞をとった南部陽一郎先生も周りに誰も集まらなかったらしいな。
レジェンドの元には行きずらいらしい。 >>59
不倫騒動に関わらず近づき難いほどのレジェンドだし、接点のある棋士ももう少ないだろうしねえ >>59
>弟子にスター棋士でもいれば、昨今の盛り上がりで注目されるんだろうが
ある意味スターが門下にいたような。 中原のエピソードで面白かったのは米長とのタイトル戦で
封じ手の書き方に迷って米長に尋ねたが、具体的な手を
知らせてしまったというやつ
逆に米長にはプレッシャーになったかもしれないが この人の棋士時代をリアルタイムで知らんからね
大山康晴より24も下なのか
羽生と豊島や永瀬より年齢差あるのね この人と似た気風の人は居ないのかな?
でも若い頃の中原さんは藤井聡太みたいな手を指していたようだ
https://shogipenclublog.com/blog/2018/08/03/myo/
中原のこの手なんかは聡太がいる!って思ってしまった
となると今の聡太の人間離れした妙手も若いからってのもあるのかな? たぶん中原さんが出てきた頃は相当騒がれたんじゃないかな
勝率も高いし妙手も多い
それとも18歳プロ入りだったから、今の斎藤慎太郎みたいな感じで
中原強いけど地味、やっぱり加藤一二三こそ天下を取るって思われてたのかもしれないけど 新しい将棋会館の入り口に、中原先生の半生をイメージしたモニュメントを
建立するとか、思い出の品々を集めた中原誠秘宝館を併設し、女流棋戦を立
ち上げるなど、十六世名人の足跡を末永く記憶に留める取り組みが求められるね。 フリクラ行ってからリーグ入りとか挑決とか尋常じゃない >>112
42歳のひふみんに名人位を献上の突撃だが >>111
秘宝館という言葉をはじめ悪意が漂っていて好き >>115
中原の衰えが早かったせいもあるがそのころになって再び上がってきたわけよ
その辺が123の価値だろうな 中原は三十代からの銀座通いと女遊びがなかったら、四十歳ぐらいまでは中原時代だったろうし羽生世代ともタイトル戦で戦っただろうな
まあ、全ては自業自得なんだが 遊ばなかったのに名人5期しか取れなかったタニーの立場が(笑) だけどこの人も20代までは超真面目人間だったんだよ 銀座通いの女遊びから林葉狂いってよく解らんけど
まぁ、恋の道は本人じゃなけりゃなぁ 芹澤曰く、名人になる前から、当時のトルコ風呂にはまっていたそうだが 中原さんは名人という称号がぴったりだよね
最年少永世称号、最年少永世名人、年度勝率歴代一位
羽生さんも早く永世名人名乗ってほしいな 中原と米長って和服対局の姿がお互い185cm 90kgぐらいに見える 芹澤が亡くなった時もう爺さんだから仕方ないと思ったが
まだ51歳だったんだな
今の羽生世代とちょうど同い年 >>134
そうとも言えんよ。記者の書き方が悪い可能性がある。記事の前半を読んでみなよ。
新人の頃は伸び伸び指せて楽しかった→タイトル戦の常連になるにつれて苦しいことが増えた。
あれを肯定にとるのは、この前半部と矛盾するんだよ。 アレを避けて書くことに気を使い過ぎるから
書き方がおかしくなってくる いまだに突撃のこと言われているけど、昔の将棋指しなんて皆だいたいこんなもんだから気にすんな 孤高にネガティブな意味を見出す人もいるのかよ
「高」つまり高みを目指すという意味なんだけど
単に一人ぼっちというだけなら「孤独」でいいわけで 孤高
周囲が「気高さ」を感じるような良い意味での形容に用いられる他に、協調性を欠いた独自の態度を軽く批判する場合にも用いられる。 >>134
普通に読めば肯定だよね。どう読めば否定にとれるのか…
将棋板に日本語不自由な人多いのは賛成だわ。なんかのスレで10年に1人の逸材って喩えを「誰と比較して?」とか言うやつおったし >>135
前半部って具体的にどこよ
王者からはどんな景色が見えたのか──の文脈から普通の人はプラスマイナスを読みとるもんだけど 横綱になっても同格が他にもいるが名人になれば同格は他にいない→気持ちいい
ってことだから肯定だよ 対局過多で気分転換も難しかった時代の反省を語る話と
王者から見た景色の話は話が別なのにゴッチャになってるな 中原米長加藤で人生的には一番の勝ち組はひふみんなのか? >>145
将棋の勝敗はどちらが投了かでわかりやすいが、人生についてはそこまで単純じゃない
勝敗の定義によるだろ 若い時どれだけ成功しようが、結局は年取ったら健康な奴が勝ち組。 >>145
全員それなりに幸せそうでいいんじゃない 要求されるままに口止め料払ったのに結局約束破って暴露しちゃうんだもん >>153
あの部分、今だったら、「エイズ」の部分が「コロナ」とでもなってたんだろうか。 >>118
一応、体調は大分持ち直したらしいから、何もなければすぐに生命の危機に陥ることはないだろうが、
体力も免疫力も落ちているだろうから、風邪ひとつ引くだけでも危ない。 林葉直子との一件が無ければ理想的な棋士人生だったのに。 >>158
>>159
既往歴のない健康体の85歳より数段悪いと思う。 まさか車いす生活になってたとは
もう往年のT撃が見れないと思うと悲しくなるね 「突撃」よりも、「中原誠は林葉直子の愛人だって週刊誌に売り込むぞ!」って脅してたことの方が面白い
売り込まれて困るのはお互い様、むしろ既婚者のお前だろうと
さらに「林葉が中原の愛人」なら分かるけど、「中原が林葉の愛人」って… >>167
それ、記者に突っ込まれて
「確かにその通りなんです」と真顔で答えててウケた 一番笑ったのは倉田真由美のだめんずで
臭い嗅いでたシーン >>167
そこなんだよな、なんか変なんだよ認識がw
本人の言葉を引用すれば「林場直子の愛人でしたっつうんで」週刊誌に売るとのことだが、この「〜つうんで」て言い回しもなんか変。 >>168
あ、やっぱ聞く人いたんだ。
まあ、気になるよなあ。 >>3
大山の方が幸せだろ
好きな将棋の第一線のままで死ねているんだから。 >>38
取材は少ないが藤井聡太が
時代を背負う棋士としてへの
視点のコメントが
中原からしか出てきていない。 >>82
エドワード8世は
それで結果的に魂をナチスに売ったけどな。
何故か眞子様関連で
エドワード8世の恋がいいものだったかの様に
報道されていて怖かったよ。 誰か「奨励会で渡辺くんという子が半年で6級から1級まで上がったそうだよ」
中原「ほう、羽生くんはその子にやられるんだね」
(河口対局日誌より) 『将棋界は十年に一度の割り合いで天才が現れる。みなさんご存知だろうか。名を挙げれば、加藤一二三、米長邦雄と中原誠、谷川浩司、羽生善治である。その流れからすると、羽生が四段でデビューしてから約九年。そろそろ大天才が現れる頃だと思っていた。
歴史は誤らない。ちゃんと天才が現れたのである。
渡邊明君といい、昨年奨励会に6級で入った。そして半年あまりたった今は、すでに2級である。年は小学校五年で十歳。(中略)
用事にかこつけ、銀座に出て、「萬久満」に寄ると、中原、佐藤(義)、小倉の面々がいた。
結局話し込んで、帰りは午前様になってしまったが、そこで例の渡邊少年の話をすると、中原さんは「ほう」と眼を輝かせ「その子に羽生君はやられるんだ」すかさず言った。こういう一言は書き留めておく値打ちがある。』
河口俊彦七段 「将棋世界」内「新対局日誌」(1995年4月18日の項) 横綱は数人、名人は一人てw
単に定年制度だと言えよと ,、..':::" ̄:::::ヽ_
/::::::::,ニニン´`ヾ::::ヽ
/彡ン´ ',ミミ
,':::z´ ',ミ:}
{:::{ =≡=、 ,ィ=≡t、_}::::l
〉ト{ ィtォ、 }'^{ ィtr }'!rト
'、lゝ、_ .ノ ヽ、__ノ |!/
| ,.(、 , )、 |} もしもし〜 もしもし〜
', ,..、 ,..、_ l 私は林葉直子の愛人でしたっつうんで週刊誌に売ります!
'、 `~=~´ / それではよろしく〜今から突撃!
|\ ´ ` , イト、
/ハ ` `二 二´ ´ / |:::ヽ
/::::/ ', : . . : / |:::::::ハヽ
https://www.youtube.com/watch?v=Pe3rEoOzzws 中原将棋が原点な感じだったから(会長や村山と同年齢です)あの出来事はとにかく残念だった。
米長氏のようにうまく遊べなかったものかなあ。
真野あずさなんて今はもうあの人の思い出に生きているようなものだろう。男としてあれだけ綺麗な方にそこまで思われるなんて本望だな。
林葉氏は中原氏のこと今はどう思っているのだろうか。 >>190
産んでたら藤井くんみたいになってたかもとか言ってなかったっけ 今になって考えると中原さんって結局は大山さんあっての存在だったのかな。大山さんから名人取ってあの方の一強を崩したのが最大の功績だったんだと思う。 人法天(人は大地を模範とし)
地法天(大地は宇宙を模範とし)
天法道(宇宙は万物の根源を模範とし)
道法自然(万物の根源はあるがままの姿を模範とす)
※自然はnatureの意味の「しぜん」ではなく自ら然りの意味の「じねん」
最近は自然薯以外では「じねん」と読むことが少なくなり道法自然を「どうほうしぜん」と読む人が増えて来たのでそれでもいいことにしているが 本来は「どうほうじねん」と読むのが正しい 骨折すると歩けなくなって、一気にボケるよ
うちの婆さんがそうだった 王位戦パーティーにお姿が。足腰がだいぶ弱ってるようですね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています