元棋聖・有吉道夫九段が死去 備前市出身、87歳
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あの引退間際の奮闘からもう12年も経つんだな
引退決定後にNHK杯出場は本当にすごい ショックで鳥肌立ってる
ご冥福をお祈りいたします。 なんか有名棋士っていつまでも死なない気がしてたがそんなことはないよな…
ご冥福をお祈りします 棋士はボケることなく死ぬことができる職業だと思ってるから
有吉さんも最期まで明瞭だったと信じたい。 >>1
ライバル分の内藤先生や仲良しだった囲碁の石井新蔵九段が寂しがるだろうな
通夜と告別式会場が西宮市という事は引退後もずっと宝塚市在住だったという事か 誤嚥性肺炎って窒息死みたいなもんだろ
苦しんで死んだのかな 誤嚥性肺炎って半分事故みたいなものだから家族は悲しい
そろそろヤバいから覚悟しとかないとって思う前に亡くなってしまう 棋士としては得異な聖人君子であった有吉先生のご冥福をお祈りします 豊川はあれだけダジャレネタにしておいてコメント無しか 師弟での名人戦は今後も輝き続ける大記録だろうな
ご冥福をお祈りします 穏やかなら人柄だったけど、凄い攻め将棋だったな
ご冥福をお祈りします 現役最後はNHK杯で相手がタカミチだったのを覚えているオイラが来ましたよ。
相矢倉だった。 >>32
だからこそ迂闊にコメントを出せないんでしょ 有吉って大山の弟子だったのか
あまり歳離れてないイメージだし、あの大山がライバルになりそうな有吉育てたんだ あの師匠でこの弟子つーのがな
大山一門みんな尖ってる思うが コーヤンの兄弟子なんだな
ピコにとっては伯父にあたるんだな
うわマジか
今知った
ご冥福 村田兆治のニュースで大内九段を思い出してたら
有吉九段が亡くなったか 有吉先生、亡くなられたか
引退された時もまだまだお元気そうだったが
寂しい
内藤九段とは100番行かなかったんだな(93番) 将棋・内藤國雄九段〝宿敵〟有吉道夫九段の死を悼む 「嫌いだった」と告白も「大事な人だった」 https://yorozoonews.jp/article/14729832
「有吉さんがいなかったら、最後は退屈な人生だったかもしれないけど、立ち直りました。いろいろな思いがありますが、ご冥福をお祈りします」と結んだ。 >>47
盤の升目の、下側の線の上に駒を置くんです。私はそれに腹が立って、有吉さんがトイレに立ってる間に元に戻す。で、戻って来たらまた直されるんです
これ初見なんだが有名な話? 有吉は大山の一の子分、舎弟だったから、あまり他の棋士からは好かれてはいなかっただろうね >>6
つい2~3年前かと思ってたけど、よくよく考えたら藤井聡太がデビューして6年ぐらい経つんだからそんなはずないわな そうか、有吉さんが、、、、師匠の大山名人と名人戦7番勝負を戦ったこともあるんだよな しかし、よく考えてみたら
中原や米長がもう居ないのに
大山時代の有吉や内藤がまだ生きてたのは
奇跡というべきか 米長地獄定期とともに中原は生きてる定期
セットでよく語られるお約束だなw 藤井聡太が有吉将棋の影響を受けてると言ってたな
有吉道夫名局集にもかなり影響を受けたと 将棋世界に連載されていた「振飛車対抗法」は凄かった >>56
令和の火の玉流襲名させよう
有吉イズムを絶やしてはいけない 平成4年は大山名人69歳、有吉九段58歳というA級。
とにかく化け物師弟だった。 >>59
嗚呼・・四段一人前になる前に大山名人亡き後、有吉先生が師匠代わりとして有吉夫人共々お世話になってたんだっけなめちゃん。。 この業界ではホント稀有な人格者だったよなあ有吉先生・・ 麦長とか凸撃みたいな嫌なエピソード
はあんまりきかないよね、有吉先生は。 有吉先生、ご冥福をお祈りします
天国で米長先生が待ってます >>49
米長永世棋聖、加藤一二三九段の有名な爆笑解説動画でも駒の置き方は米長永世棋聖が言ってる
多分、有吉先生と内藤先生の裏事情(駒の置き直しとか)を知ってて言ってると思う >>69
横に居た羽生が笑いを堪えていたのはそういう経緯を知っているのに米長がとぼけて話していたのもあったのか 貴重な1000勝1000敗トリオの1人が・・・
ご冥福をお祈りします 西宮在住だったか
たしか内藤先生も西宮じゃなかったっけ >>72
森安先生もそうだったな
あそこら辺の山の手に多かったみたいね
うちの母が甲山から降りてくる内藤9段を何度か見かけたみたいだ >>72
宝塚じゃなかったっけ
内藤先生と秀光先生が西宮在住なのはその通りだが >>28
有吉内藤が同じ写真に写ったのはこの時が最後か >>28
改めて見たら存命中最年長棋士の大村先生もいらっしゃらないか? 大山は立派な弟子を遺したんだな
マジで凄さが分かる 師弟で同時期タイトル保持者、同時期A級、師弟で4度タイトル戦、師弟それぞれ1000勝達成、師弟ともに60代A級棋士
レジェンド棋士の一人ですね
ご冥福をお祈り申し上げます >>82
中田には3期名人になった弟子がいるじゃん >>60
時代が違うとはいえ化け物だな
羽生有吉が9-1で羽生大山が6-3か
大山は異常だな >>84
羽生の1勝は大山逝去後の不戦勝
非公式戦(1987年の『将棋世界』お好み対局)を入れると羽生5勝、大山4勝
(大山先手2局、後手7局)
◇1987年11月将棋世界お好み対局
後手大山の勝ち
持ち時間90分
◇1988年5月 王将戦
後手大山の勝ち
持ち時間5時間
◇1988年11月 NHK杯
先手羽生の勝ち
持ち時間10分+30秒10回
◇1989年2月 勝ち抜き戦
後手羽生の勝ち
持ち時間3時間
◇1989年8月 竜王戦
先手羽生の勝ち
持ち時間5時間
◇1989年12月 棋王戦本戦決勝
後手大山の勝ち
持ち時間4時間
◇1991年1月 早指し戦
後手羽生の勝ち
持ち時間10分
◇1991年7月 王将戦
先手羽生の勝ち
持ち時間5時間
◇1991年9月 天王戦
後手大山の勝ち
持ち時間3時間 >>84
有吉九段と羽生九段は1期だけだけどA級に同時在籍。
イメージほど離れてないよ。 >>86
離れているでしょ
有吉1935年生まれ、羽生1970年生まれ、35歳差
羽生が25歳七冠のとき有吉は60歳(A級)
羽生は有吉が60歳でもA級棋士だったほどA級棋士がレベルダウンしている時代の七冠棋士
有吉だけでなく、50代の加藤、米長、48歳の中原もA級の常連だった
(有吉は1977年42歳でA級陥落してから50歳までA級に復帰できなかったからその頃のほうがA級棋士のレベルが高かった) >>85
全盛期の羽生と60代の大山でその成績かー
やっぱり別次元にいるな >>87
A級に同時在籍してて強かった時期がイメージほど離れていないってことだよ
それこそ二上は羽生とA級で指せてない >>89
60歳の有吉や50歳±5歳の加藤、米長、中原が全盛期ほど強かったわけがなくて衰えていたんだが30代のA級棋士とは互角だったんだよ
有吉が一番強かったのは大山名人に挑戦した34歳の頃だね この世代のプロ棋士ってどんな評価だったんだろ?
野球なんかは憧れの職業だったのだろうけど。
桐谷さんは60代だったと思うが
プロ棋士になった頃は金が無くていつも腹を空かしていたような
話しを本に書いてた まだ80手前だろって思ったら87歳か
引退間際の輝きが記憶に残ってるけどその時70後半だったのか >>88
10代で全盛期迎えた棋士なんているのか?
少なくとも羽生は違うだろ。 昭和の名棋士も生き残りが少なくなってきたね
そもそも現役だと大山名人とタイトル戦やった経験あるのって南九段だけでは
対局経験も一番若い人は50歳越えた羽生九段? 著書「玉頭位取り戦法」があるけれど
四間美濃には、やっぱり玉頭位取りだよな
格上相手でもパターンに入ると勝てる
加藤九段には申し訳ないけれどw
素人には棒銀はハードル高すぎる >>100
純粋居飛車党の三浦が加藤ひふみん対策として四間飛車に振るぐらいだからw その昔
「棒銀には四間飛車で受けよ」
ということわざがあったなあ
いまだに意味がわからないけど >>101
でも中原と谷川はそれで返り討ちに
しかも中原は降級w 居飛車一辺倒の奴がいきなり振り飛車をやって扱えるほど簡単じゃないだろうしな
「棒銀なんかに負けるわけがない」という心に隙もできるだろうし。 化石棒銀戦法組みし易しとばかりにA級棋士に四間飛車振られ狙い撃ちされるひふみんw 主だった棋士別対戦成績を某所で調べてみた
対 加藤一二三 25-31
対 二上達也 32-;24
対 大山康晴 29-40
対 升田幸三 8-12
対 中原誠 17-41
対 米長邦雄 15-38
そして、対 内藤国雄 44-49 間に淡路みたいなダジャレないんかよ
「こんな手も有吉」とか ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています