『花のノートルダム』冒頭部分比較
「ヴァイドマンが頭を白くうやうやしい細布で包帯され、そしてさらに花のノートルダムの
名前が知られた日と同じような九月のある日に、ライ麦畑のなかに墜落して負傷した飛行士
といったいでたちであなたたちの前に姿を現したのは五時の夕刊だった〔中略〕悲嘆にくれる
ブルジョアたちに、彼らの日常生活のそばをうっとりするような殺人者がかすめていることを、
彼らはブルジョアたちの眠りにまでこっそり持ち上げられ、何かの専用階段を通っていまにも
その眠りを通り抜けようとしているのだが、彼らに対するひそかな同意を示すように、階段は
軋む音ひとつ立てなかったことを明かしているのだ」鈴木創士訳

「花の聖母(ノートルダム)の名前が知れわたった日は、ヴァイドマンが新聞の午後五時の版に
登場した日によく似ていた。ヴァイドマンは頭に真っ白な包帯を巻いて、修道女みたいに見えたし、
ライ麦畑に墜落して負傷した飛行士のようにも思われた。〔中略〕そして震え上がったブルジョア
たちに、平凡な日常のすぐそばに魔力をもった殺人鬼がうろうろし、こっそりと裏階段でも昇って、
彼らの安らかな眠りのなかを通りすぎていくことを教えたのだ」中条省平訳

鈴木訳の方がかたちとしてはジュネの原文に忠実なのだろうが、読解ができていないので、
意味不明な訳文になっている。中条訳は読みやすさを考慮して原文にない区切り方をしているが、
原文の意味内容はよく理解して訳している。個人的には中条訳が優れていると思う。