宮澤賢治
あらあら どうして この方のスレが ないのだろう 山猫は さっそく スレ立てに従事しました まったく要点を得てないし、「無声慟哭」はあくまでも「心象風景」であって事実とは異なるものだぞ。
その「あめゆじゅとてちて」というのもおそらく宮沢賢治の妄想で、実際は「手紙」に書いてるように
宮沢賢治が一方的に「雨雪とってきてやろか」と、とし子に聞いただけ。「春と修羅」に書かれてることは実際の出来事などに後から「創作」を交えて書いたものなんだよ。 その上で>>336に書いたような葛藤を心象中で表現したんだろう、と言ってるわけ。
君の話はまるで論点がズレていて話にならん。>>368 >台所にある目に付いた茶碗を両手に持てるだけもって
君は一体ちゃんと読んでるのかな?
ここで宮沢賢治が持ち出したのは、書いてある通り「ふたつのかけた陶椀」。
つまり二人が昔から使っていた「思い出の茶碗」なんだよ。
ちゃんと読んでから出直しておいで。