こういう生活は、もし彼が貧乏で必要にせまられておくっているのだったら、惨めないたましい感じをあたえたでしょうが、
これがまったく金持ちの酔興である点に、少なくとも世間の常識からは、そう思うほかないところに、ある救いと愛敬がありました。


しかし、こういう乞食の住居のような部屋に着古しの背広で坐っていても、長身の荷風の姿勢には、どことなく優雅なところがありました。
ことに上半身をやや反らして、片手で髪をなであげる動作をするときなど、驚くほど若々しく見えました。


中村光夫「人と文学」