批評家を語ろう
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>>124
いや俺が勝手に120から121の極論が思い浮かんだだけ。
君がどういうつもりか関係なく。
こう言っているが、俺個人は割と鈴木に好印象があるのだよ。
それは鈴木が>>121を分かっている気がするからなんだよな。
歴史を研究することの限界を知ってやっている。学者として真摯な態度があるように思う。
>>101のこことか。
これも何度もいいますが、評価の歴史を明らかにする作業にとって、われわれが、どう評価するか、ということは、直接は問題外なのです。間接的にはかかわりますが。つまり、自分のモノサシがあって、他者の批評の移り変わりが明らかにできる、という意味です。
「自分のモノサシ」というのは現代人である鈴木のモノサシだ。
鈴木は現代の日本人であって、例えば19世紀の西洋人ではない。
現代人としての「自分のモノサシ」は無くならないが、それを間接的な所に置く、と。 鈴木がしている仕事はあくまで「評価の歴史を明らかにする作業」であって、文学史学者の仕事をしている。
鈴木は批評家として文学を語っているわけではない、と。 まあ小谷野の>>115言う処の「からかい」に反応してしまって、文学史の仕事ではない、人格批判みたいなこともしているがな。
鈴木も聖人だというわけではない、と。
学者は別に聖人である必要はない。 それと、鈴木は小谷野の「白状させて痛快がる」ことについて色々言っているが、これは鈴木が思っているような
「鈴木に勝った」という意味ではない気がする。
その後の文章を読めば分かるように、小谷野は「自分も(一部の通俗小説は)読んでない」と言っている。
つまり、「自分と同じであることを白状してくれて痛快だ」という意味で、「鈴木に勝った」という意味ではないと思われる。 >>120
その通り。まともな研究者なら、その差異は承知してる筈。
もともと平安朝と現代では距離が大きいから、比喩でしか接近できない面もある。
ただ近代文学の場合、時代の近さの所為で、変化や差異を忘れがちだ。
だから鈴木貞美みたいな仕事も意味はある。鈴木でない人がもっとしっかりやる方が望ましいけどね。 >>125の「評価の歴史を明らかにする作業」とは>>74の「文芸批評の限界を示す」ことにもなる。
だが鈴木はむしろ日本文学批評の優れた点を強調しているので、「文芸批評の限界を示す」つもりでやっているわけではないだろうなあ。
そこが作家として小谷野はカチンと来たのかもな。
批評家の自己擁護論のように思えた、と。
鈴木にも好感は持っているが、小谷野の何か文句を付けたいってのは、作家としての感情であれば、理解できなくもない。 >>129
>ただ近代文学の場合、時代の近さの所為で、変化や差異を忘れがちだ。
忘れがちであってはならないのは文学史学者だから、ということを忘れずにな。
一般の読者は忘れてもいい。
そういった細かい歴史的事実を考慮しないで読むことも、新しい解釈を生む可能性となる。
新しい解釈が生じることとは、その作品が生き続けることでもある。
小谷野も鈴木も、発表当時注目されたなかったのに、時代を経て評価が高まった作品の例も出しているだろう。
それはそういうことだろうと思う。平たく言えば「時代が作品に追いついた」とかそんなこと。
鈴木の仕事を無意味だとは断じないが(個人的には意味が希薄だと思えるのは変わりないが)、
「変化や差異」を忘れることも、一概に悪いことではない。 >>131補足
>だから鈴木貞美みたいな仕事も意味はある。鈴木でない人がもっとしっかりやる方が望ましいけどね。
まあ、ここまでカッチリ「文学史」をやれている日本人学者ってあんまりいないのも事実なんだよね。
そういった状況を鑑みて「意味はある」と主張するのも理解できる。 要するに、鈴木はまだしも学者だが、小谷野はもう学者・研究者ではないんだよな。作家・批評家気取り。 >>126
だが、鈴木の仕事自体が評価の歴史に含まれる訳で、
しかも、これからも「大衆文學」や「民衆文學」への新しい評価は
出てくるんだよな。 ただ、鈴木の1960年代に「純文学対大衆文学」の構図が固まってきた、みたいな文学史観はどうもね。
近世文学の捉えなおしも、最近の江戸時代を過大評価する流れというか、まあどうでもいいけど。
>>133
問題は、大学の中にいるとか、芥川賞を取っているとか、外在的には「学者」「文学者」だけど、
内在的には、やってることはゴミでしかない、っていうやつが多いことだよ。 >>139
>だが、鈴木の仕事自体が評価の歴史に含まれる訳で、
その通り。
小谷野は「鈴木は通説を覆すのに失敗している」と言ったが、鈴木の仕事自体が「通説」になる可能性が大いにある。 この世界を危険に導くのは、悪事を働く人たちよりも、
悪事を見過ごす人たちである − アルバート・アインシュタイン (1955) 嘘に嘘を積み重ね
たえざる自作自演となりすまし犯罪をおこなう、団塊老害・村上春樹容疑者(62)
この板の主役◆OZ/B6fTcn6=
(o`.´o)materialist ◆m0yPyqc5MQ=
忍法帖【Lv=x,xxxP】 v(・x・)v◆m0yPyqc5MQ= ←偽鈴木、ほんものに嫉妬し、実名へ成り済まし犯罪
烏賊娘 ◆42euzUlXSM http://twitter.com/ikamusumeM2=
ムー大陸 ◆DMnIjpZYd2=
記憶喪失した男=
N ◆.a7VUr.VD.=
村上春樹容疑者(62)
村上春樹容疑者は今日も2chのあちこちで成り済まし犯罪。
そのなりすました相手に侮辱の罪をなすりつけつつ、風説の流布。
カンサイ人の恥。村上春樹(神戸出身)。またも世界中をとびまわり、ありとあらゆる悪業にてをそめます。
他人の褌で相撲を取る世界最低の手合い。今日も品性下劣な成り済ましで汚い関西お茶をにごします wakusei2nd: ちなみに新著「リトル・ピープルの時代」の「著者印税」は全額被災地に寄付します。
組織ではなく、僕個人の収入から削ります。公表するつもりはなかったけれど、
東浩紀さんが「宇野は震災にコミットしてない」とか執拗に印象操作をしまくるので報告します。 (2011-06-12 17:59)
http://twitter.com/wakusei2nd/statuses/79835282815451138 震災にコミットしなきゃいけない理由なんてなかろうに。 http://twitter.com/#!/tricken/statuses/80215600596660225
あずまん飲み会こわい…
RT @shohei0308 あずまんの飲み会はどっちかっていうと文化サークルというより
スポーツサークルのノリだということが分かった文学フリマ。 あんまり差はないんじゃね?三十路過ぎてコールとかやんの? 和田さんさん!和田さんさん!
つーか、東浩紀は宇野にアンサー返さないのか。とことんチキン野郎だな。 いや、あずまんの方がいいに決まってる。宇野とかクソでしょ。煽ってるだけですよ。 世代ごとに見た方がいいよ。
小林、宮本
中村、小田切、磯田
吉本、江藤
蓮実、柄谷
全共闘世代のe.t.c.
浅田、福田、宮台
東
と、オオザッパ過ぎる? 加藤典洋が「群像」で村上春樹の短編の評論をやってるが、よくそんな細かいどうでもいいことに
こだわるな、って感じでなんかね。何十年村上春樹でやってるんだか。団塊はどうもな。
>>155
宮台も東も文芸批評やってないし。東は10年くらい前に一瞬やったみたいだけど。
鎌田とかどこ行ったんだろうね。 中井正一、林達夫、花田清輝だけで足りる。あとはいらん。 >>160
基本は世界に紹介できるオリジナリティのある人だけで良い。
小林秀雄って、国際的には全く評価されないだろうけど、それは小林の日本での
役回りがそうさせてるんだろうと思う。
一言で言えば、19世紀ヨーロッパの近代化を濃縮缶詰にして一人で演じて
くれたわけだから。
後から、小林の演じた近代ヨーロッパは勘違いだった、と指摘したところで
小林に対する評価は変わらないと思う。
小林や丸山の業績は、やっぱり誰も越えられないと思うよ。
>>14 いま中村光夫を集中的に読もうと、本を少しづつ買ってます
中村の『ある愛』は本当に素晴らしい小説と思いました。
>>157
加藤典洋は地に堕ちたね
最近の言動もすぐに手のひら返すだろうから1ミリも信用できない
このひと、自分でまともさの感覚とか行ってたはずだが
敗戦後論のときはともかく、今はただの(文学)業界ゴロだな
人間引き際が肝心だ 加藤も、安藤も、武田も、山田も飯塚も、とにかく最近の
群像新人文学賞・批評部門の受賞者はまったく問題にしてませんw >>168
いや加藤だけ浮くのでね
加藤一弘だと無理があるし
まあがんばってくださいや まあな、今の若手批評家なんて単行本が2〜3000部売れたら
御の字という程度だろ?小谷野だってせいぜい3000ぐらいか。
千野帽子や可能涼、福島亮大とかは、
世間的だけじゃなくて、文学ファンの中でも名前すら、
聞いたことない人が殆どのはずなんだが、wikiに出てる
せいで有名人だと思い込んでるんじゃないか?w まあその程度の知名度だな。千野は半ば学者ではあるが。 俺の読書量など僅かなものだが、それでも最近の評論家連中はマジで本読んでるのか、っていうようなのが増えたことは確か。 千野帽子は「ダ・ヴィンチ」なんかに書いてるけど、ライトな「読書家」には知られてるとかか。
大上段に批評家、というスタンスよりもフレンドリーな感じが受けてるのだろうけど、斉藤美奈子スタイルというか。
小説だけでなく、評論もプロパー組は駄目で、外部からの参入が増えてる感じか。 >>175
>小説だけでなく、評論もプロパー組は駄目で、外部からの参入が増えてる感じか。
これは慧眼っぽい
その傾向は増していくかも
どの業界にも隠れ文学オタ多そうですしね 文芸評論家 ってのがもう存在自体知られて無いだろうなw
ライトな読者層には大森豊崎が面白い人だと知られてるぐらいで。
この二人ですら若い層以外にはほぼ無名だろうw
千野とか小谷野とかなるともうネットの有名人(笑)とでも呼べばいいんじゃないw
■東浩紀について知らない人も知ってる人もおさらい
【肩書き】哲学者(東大院僅か3年で博士。天才的論文は海を越えて世界中の知識人主に哲学者らが自分の論文と比較し悔しくて涙したという)
批評家(年長世代の批評家全員が負けを認めている。難解ながらもベストセラーとなった東氏の著作の数々もその圧倒的才能を証明している)
小説家(初めて書いた小説が長編SFという鬼才っぷり。それで三島賞獲得という神業まで達成)
原作者(アニメ化でその才能は証明済。あまりの人気に2ちゃんねるのアニメ系板ではスレッドが乱立)
【学歴】 小5で全国3位→筑駒中NO.1→筑駒高NO.3→ストレート東大文T→東大院で3年で博士号
【職歴】 慶応講師→GLOCOM主任、教授、副所長→スタンフォード大学Research Fellow→東工大ディレクター兼特任教授&早稲田教授
【備考】 100年に1人の本物の天才で全学問を習得した世界的知識人。ピアノもプロ級でサティを軽く弾きこなす。素敵な妻娘あり。
頭の回転が異常。推定IQは221。40歳で著作は既に6ヶ国語訳。自身も英仏露日4ヶ国語に堪能。小説書けば三島賞。
以前コロンビア大学にデリダ研究を申請したが重要と思われず却下される。後にデリダが重要視され結果的に東氏の完全勝利に終わる。
近年、大学側が負けを認めたのかその当時の教授陣が複数辞職している事が確認できた。
>>178
>素敵な妻娘あり
完全な主観じゃねーかw
比較的東に好感もってるがこれはやりすぎ
てかカズさんコピペみたいなもんか
ほかの批評家のも作ったらいいと思うよ
批評家じゃないけど村上春樹とかネタにしづらいとこが最大の弱点だとオモ
吉本、鶴見、埴谷辺りはつくりやすそう >>138
> 小谷野ムカつくよねー!
バカだけどがんばり屋だと感じるけどなw
バカじゃないけど頑張り屋じゃない批評家が多すぎるよな
バカと見られるかどうかが最大の関心事というか
まあとにかく悲惨ですわな >>182
まず、小林秀雄か、中村光夫、江藤淳のどれかについて書いて下さい。
内容は問いません。とにかく書けば宜しい。
それで、あなたが文壇に忠誠であると判断します。
話はそれからです。(大手出版社編集部より)
人の作ったものに
あれこれ言っているだけで
金もらっているようなのは
みんなクズ
2chの人たちは違うよ
金もらっていないでしょ 商売と創作の間で金もらってる奴のクズさは本当に酷い
井上陽水が言ってた 貴志や西尾が現代での最高技術と言ってるヤツって頭沸いてんの? >>155
>中村、小田切、磯田
???
磯田は早く死んだけど、むしろ次の吉本、江藤より後の世代では?
>>188
蓮実、柄谷の世代で、生きていれば彼らよりはマシな仕事をしたでしょう。
>>1
ざっと見た感じ、日本の批評家しか語られてない、
とゆーか余り輸入されてないから致し方ない
小説だけでなく、輸出される価値のある批評は日本にもあると思うけどなー
>日本の批評家とか世界の批評家について オクタビオ・パスについて語ってみようかな
うん、無理だ。 批評は哲学に解消され、そして哲学も終わった。
外国でもフーコーやデリダやドゥルーズが死んだ後は、世界的な大物批評家なんてどこにもいない。みんなローカル。知らなくてもモグリと呼ばれない。
「デモで世界が変えられるか?と言われます。でもデモで世界は変えられるんです。なぜならデモをする事でデモをする世の中が作れるからです」なるほどなあと思いました。 でもデモが出来る世の中ってのはいいよ。今は権力に都合の悪いデモは殆ど報道もされないけどさ。 >>205
同意
デモの届出(笑)自体どうかと思うし、
今回の911のは途中参加、休憩とかもギッチギチに規制されてたらしいな
柄谷はちゃんと読めてなかったけどすげー見直したよ 「オウフwwwいわゆるストレートな質問キタコレですねwww
おっとっとwww拙者『キタコレ』などとついネット用語がwww
まあ拙者の場合ハルヒ好きとは言っても、いわゆるラノベとしてのハルヒでなく
メタSF作品として見ているちょっと変わり者ですのでwwwダン・シモンズの影響がですねwwww
ドプフォwwwついマニアックな知識が出てしまいましたwwwいや失敬失敬www
まあ萌えのメタファーとしての長門は純粋によく書けてるなと賞賛できますがwww
私みたいに一歩引いた見方をするとですねwwwポストエヴァのメタファーと
商業主義のキッチュさを引き継いだキャラとしてのですねwww
朝比奈みくるの文学性はですねwwww
フォカヌポウwww拙者これではまるでオタクみたいwww
拙者はオタクではござらんのでwwwコポォ」 結局、デモに寛容な世の中になったとしても、「何人以上集まらなければデモではない」ってなると思うんだよな。
で、その例えば千人のデモ集団の中で、デモ内容自体には同意するが細かい部分で違う、というデモを行うと、
それは内ゲバと言われる。
実例を挙げるなら、今度のフジテレビ抗議デモにも、いわゆる右翼の人もいれば、主宰者はあくまで
「フジテレビの襟を正させる」という主張していた。
デモに便乗した右翼団体もいるみたいだしね。
こうやって極論化すると、一人一人が別の意見を持って一人デモが出来る世の中なんてのはいわゆる無政府状態だ。
そう考えるとデモが出来る世の中になったとしてもあまり変わらないんじゃないかと思える。 こう言うとニヒリズムと言われるのかもしれないが、じゃあ一人デモを許せばいい、と思うのだよな。
しかし一人デモなんてしても「子供の駄々」などと言われておしまいだろう。 デモが出来るか出来ないかって問題は、ある種の根本問題の保留、代案でしかないと思うのだよ。
代案と自覚して言っているなら別に賛同できなくもないんだが。 戦後の日本社会を仮構とみなして、
その仮構の上に作り上げた「個人」も仮構であり、
そこでの自己実現なんて薄っぺらいインチキである、
みたいなことを言ってる批評家は戦後直後くらいに多くいたわけだが、
もうさすがに賞味期限切れだよなあ。ただの敗戦トラウマ。
だってもう現行憲法のほうが明治憲法より長いんだよね。
つか江戸時代はともかく明治以降の政治の激動に比べて
この戦後半世紀のどれだけ盤石なことか。
今この日本は十分黄金時代と見なされると思うよ。
ぼちぼちかげってるけども。
江戸二百年の太平に比べれば1/4ほどですが。 でもさあ、マルクス主義者たちがアメリカの現状を見て資本主義の終わりを言わないのはおかしいと思わない?どんどん大企業が国有化されてるのに。 終わった今が何主義が名付けづらいんじゃね
グローバリズムとかは共産主義と資本主義みたいに明確な体制を示しているわけじゃなく比較的抽象的な意味合いになってるし マルクス主義って現代の資本主義に反論しづらいと思うんだよなあ そうなの?じゃあマルクス主義を三行でまとめて下さい。俺は資本論の序文もちゃんと読めてないんです。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています