ぼくらの仕事は 視ている
ただ じっと 視ていることでしょう?

晩年の金子光晴がぽつりと言った
まだ若かったわたしの胸に それはしっくり落ちなかった

視ている ただ視ているだけ?
なにひとつ動かないで? ひそかに呟いた

今頃になって沁みてくる その深い意味が
視ている人は必要だ ただじっと視ている人

数はすくなくとも そんな瞳(め)が
あちらこちらでキラッと光っていなかったらこの世は漆黒の闇

でも なんて難しいのだろう 自分の眼で
ただじっと視ているということでさえ

茨木のり子『女がひとり頬杖をついて』