トルストイ 9
喫茶店で女子高生が受験勉強の合間に「光あるうち光の中を歩め」読んでた >>528
滑り止めとして俺の嫁になる道もあると伝えといてくれ。 「文読む日々」いつか暇になったら少しずつ読もうと楽しみにしてるんだけどな。 「文読む」と「人生の道」はかぶってる部分もあるけど
人生の道のほうが文章が読みやすいとかんじた クンデラの「小説の技法」でアンナ・カレーニナ擁護があった
アンナの自殺は理詰めで測れない(から真実味がある)、一方悪霊のキリーロフの自殺は理詰めの産物
立ち読みでさっと読んだだけだからうまく説明できないけど目からウロコやった すみませんが、教えて頂けたら。
今、新潮文庫の『アンナ・カレーニナ』を読んでおり、第7篇に入ったところですが、ヴロンスキーの経済状態がよく分からないのです。
第4篇で借金の整理をしないとと書いてあり、母親や兄弟からも絶縁に近い扱いになったとあるのに対し、第5篇で眼帯を辞めた後でアンナと優雅に欧州旅行をし、第6篇で所領に戻ると病院建設を始めている。
どうして金回りがこんなに良くなったのでしょうか?
あるいは、私がどこかを読み飛ばしたのでしょうか? アンナカレーニナには正直不満が残る
アンナの話は1/10もないんじゃないのかな
ほとんどが地主の話だし でもアンナの重苦しい話が続いたあとリョーヴィンの話になると一陣の風が吹くような爽やかさがあるなぁ 現実の社会に窓を広く開け放つようなラストが素晴らしい 何だかアンナにはさっぱり共感できないな
ドストの白痴のナスターシャのほうが蓮っ葉なようでいて純で魅力的だわ >>544
カレーニンは第四篇以降、「いい人」になる。 >>540
>>541
この小説は、男女(特に結婚後)の普遍的な問題を扱っている。
陽画がリョービンで、陰画がアンナ。
どうやって、リョービンが結婚生活の危機を克服していくかも、大きなテーマ。
俺は既婚者だが、本当によく描いていると思ったよ。
それから、貴族と農民、ロシアの農業経営なんかも、よく説明されているよ。
この辺りもじっくりと読めた。 女が読むと心理描写が素晴らしいらしいね
アンナとかドリーとか実際よく見るわ 今や彼女は羞恥心を失っただけでなく、徹底的に恥ずかしさと関係を絶つことによって、人生に華々しい一線を引き、自分が過大評価した若さとか美しさというものが実際にはなんら価値もないと叫びたがっているようであった。
母親は自分のために正義を要求し、罪あるものが罰せられるのを望んでいる。
そこで娘が羞恥心のない世界に彼女と共に残ることを断固 として主張した。
その世界とは若いということや美しいということがなんの意味も持たず、ぜんせかいがひとつの巨大な、身体の強制収容所以外の何物でもなく、その身体というのはひとつひとつが似ていて、心が身体のなかで見えなくなっているのである。 トーマスマンの「ゲーテとトルストイ」ってどんな本?
なおトーマスマンは読んだことない >>551
シラー・ドストエフスキーとゲーテ・トルストイを比較した文学論
ゲーテとトルストイが好きならマンを知らなくても面白い >>552
トルストとドストしか知らないけど読んでみるわ >>537
本来は楽勝で遊民生活できるところを兄夫妻に遠慮して取り分を低くしてたけど
アンナとのイタリア生活から戻って来た際に配分を変えてもらったと記憶 ハジムラートの冒頭はいつ読んでも惹かれるな
近々読むぞ >>554
ありがとうございます。
読み飛ばしたのか、あるいは第7篇の後半以降で出て来るのか、見て見ます。 トルストイ → 共産主義
ドストエフスキー → 反共産主義(無政府主義)
で合ってますか? ナロードニキ運動の分化そのもの トルストイ → 知性主義(だが農奴の娘を犯しまくり)
ドストエフスキー → 反知性主義(だが浮気はスースロワと一度しかしたことが無い)
じゃないか? トルストイ→共産主義実践して全財産、印税、まで農民に渡そうと言い出して
夫婦げんかの末吹雪の日に家出、そのまま野垂れ死に。
ドストエフスキー→実務能力ゼロ、著作権まで出版業者にとられそうな処を
夫人に助けられ以後著作権印税関係は夫人が管理。
ちなみにトルストイ夫人とドスト夫人はお友達でトルストイ夫人は著作権管理
の実務のノウハウをドスト夫人から色々アドバイスしてもらってたようで
トルストイの死にはドスト夫人も若干責任がありそうです。w 「終着駅 トルストイ最後の旅」を見たら野垂れ死にでなくて旅先で病気で死んだだけだった
という落ちにがっかり 農地取得と農村運営に辣腕を振るっていた大地主だったが
急に怖気に襲われて原始キリスト教的無政府主義者に転向した
このあたりの転向に至る心理はそれほど詳述されていない ハジムラート素晴らしかった、読めて幸せ
>>442に入ってるのを読んだけどほかの短編も良かった イワンのばかも語り口面白いね
初めて読んだときはいろいろ読み落としてた 「戦争と平和」ドラマが終わって残念だ。俺の楽しみがまた一つ消えた.. >>537
>>554
ヴロンスキーは母親からの2万ルーブルをもらえなくなって大ピンチになったが、
アンナの自殺前には母宅に金貰いに行こうとしているから、2万ルーブルは復活したのでは。
第8篇の母親の話からすると、ピストル自殺未遂を契機にヴロンスキーに優しくしたと言っているし。 誰かも書いているけれど、クンデラのアンナ評価値高いね。
道理を超えた現実を表現しているところが、ドストエフスキー作品よりも優れているといった言い方だ。 前期後期の短編まとめて読めるの出ないかなあ
クロイツェルソナタとか光あるうちに〜とか目につきやすいのだけ読むと初期や晩年の傑作たちをスルーしかねない 戦争と平和のドラマ見終わった
特に面白くもなかった 復活のような老いをしていないことがドストとの比較論で、永遠にドストは若かった。のような断定に至っている 図書館で借りた「懺悔」とか「要約福音書」の入ってる全集が風呂で読んだかのようにヨレヨレだった
泣きながら読んだんだろうな 目に付いた短編や戯曲がどれもこれも面白い
必ずその作品でしか起こらない展開がある
「オアシス」や「村の音楽」のような日記に書き付けた断片のようなものすら素晴らしい
信じられん、この人ダントツだわ ハジムラート
レールモントフの現代の英雄にも通じるよな
新潮の世界文学くらいしか収録がないかも
復刊を望みたい作品の一つだ
青年時代も文庫がでていない スクープスイッチも知らねえド素人がレスしてくんな邪魔 小向氏はそう大真面目に語る。グラドルデビューした10代の頃にロシアの巨匠トルストイの内省的評論『人生論』(岩波文庫/700円ほか)に出会い、「人間」が見える作品に引き込まれていった。
「それぞれが拠り所にするものがあり、何かに陶酔しないと生きづらいことを、『人生論』で学んだの。確かに神様が一番という人がいれば、恋愛や酒やセックスに溺れる人もいる。トルストイはタメになるなと思い、
続けて読んだのが『アンナ・カレーニナ』(岩波書店/上中下各960円ほか)。人間の汚い面がこれでもかと記されていて、人の心の中を覗き見たようで衝撃的だった。
主人公のアンナは不倫して家族を失うなど波乱万丈だけど、私も実生活で、“アンナだったらこの男の人好きになるかな”と考えるようになった。だって私も破滅的な恋もしちゃうから自己投影してるんだ(笑い)」
2015年に覚せい剤取締法違反で逮捕され、懲役1年6月の実刑となった小向氏 アンカレはアンナパートがドロドロしてて息詰まってて毎回飛ばす
リョービンパートは自然描写も目に見えるようで
生き生きしてて面白いのに… ドストやチェーホフは若い頃から大好きだたけどトルストイは良識派の説教聞かされそうという先入観で敬遠してた。
初トルストイでアンナ・カリーナ読んで驚愕したわ、やっぱ文豪と言われれる連中侮ってはいかんな
やれやこの歳になってれスタンダールやマン、ディケンズあたりも読んでみなきゃだめかね トルストイが良識派だった頃はみんなが誉めそやした
晩年のトルストイは過激派になったから敬遠されちゃったのだよ 俺も良識の説教がうざいらしいという先入観でなかなかハマれなかったけど結局作品の面白さが打ち勝った
後期でも説教が感じられない作品説教がうざい作品説教が迫力となってる作品といろいろあると思う
それに「クロイツェルソナタ」も説教がうざい部類に入ってたんだけど最近やっぱり傑作なんかもと思うようになった アンカレはステパン・オブロンスキー公爵パートしか面白くなかったな…… アンナの心理とかは痛ましいんだけど共感というには少し厳しい部分がある
旦那のカレーニンが共感できる ナボコフがはじめの聖書の引用について
社会もアンナ自身もアンナを復讐する権利はないと解釈してるらしいね
どこかでちらっと読んだだけだから自信ないけどちょっと救われたよ 『アンナ・カレーニナ』はじめて読んだけどめちゃ面白かった
アンナ・パートもリョーヴィン・パートも飽きずに最後まで一気に読むことが出来た
『戦争と平和』も長すぎだけど読んでみるか、そのうち アンカレは、作者が最初から全力で書き始め、それがあの長さで最後まで持つというのに驚いた。
どこにも集中力の欠けた箇所がない。
こんな小説は他にはない。 >>588
光文社版の4巻後書きにゲイリー・モーソンの解釈が紹介されてるけど、
「アンナは自分の手でヴロンスキーに復讐しようとしているのだから、
神の地位を簒奪している」
「アンナは社会や神によって滅ぼされたのではなく、
自らのロマンチックな極端な思考によって自らの手で滅びるのだからこれは自分自身への言葉」
という解釈もあるようだね
作者はロマンティックな悲恋物語に自分を閉じ込めてしまうアンナの姿も描いてると…
アンナ編恐ろしい 第6部のドリーのアンナ訪問の描写、
訪問前と訪問後で読者がこの2人の位置づけを見事に間違えてたと気づく仕掛けなのかもね。 アンカレ読んだ後に戦争と平和読むと
「粗い」と感じてしまう。 アンカレの完成度は別格。
ああいうのを、「神が降りて来て書いた」というんだろうな。
三島由紀夫なら、『春の雪』が相当する。 アンカレには人生のエクスタシーが詰まっているハァハァ
新妻キティに軽蔑されたいハァハァ 戦争と平和の歴史論面白いけどね
あれは歴史論というより生命論だな 「復活」を読もうと思うんですが新潮と岩波どちらがおすすめとかあります? アンカレって最高傑作の名が高いから、
初読者に凄い重圧かかりすぎてるね
自分の好きなように気楽に読めばいいんだけどね >>603
冒頭の一文があまりにも有名で格調高いですしね。
もっとも、それぞれの不幸と言っても、単なる浮気話なんですけどね。 ビートたけし「あべぴょん、らめえええええええ!ひぎぃ!アナルが裂けちゃううううううっ!」 クロイツェルソナタにはこれまでの価値観がすごく揺さぶられた
禁欲なんて非現実的だなんて言うけども、それが良くないことだと自覚すらないのはやっぱりダメだよな、って考えさせられた ゲームのコントローラを触れる握るのは童貞や処女じゃない方がいいよな。 でもアンナで家庭を肯定的に描いてた人がなぜ180度の否定に転じたのか
アンナ以後の10年の心境の変化は本当に分からない 己のますます鋭くなっていく着想や文章力を支えるための急進的なモラルが必要だったのかもしれないと妄想する あるかもね、そういうの
農奴解放だって、アンカレのなかでは農民には理解されなかったわけだし
専ら正義ってのは先んじやすく、言論者もその属性を持ってる 前、NHKで戦争と平和のドラマが放送されていたけど、一冊分の内容(を45分以内の映像にまとめているのってすごいと思う。
デニーソフやワシーリィ家の長男ピポリット(だっけ?)やビリービンの場面など抜けている箇所がいくつかあったり、本の内容と少し変えている場面があったりしたけど、大体の内容を網羅していた。 途中で投稿してしまった。
これは、岩波の第一話とドラマ(BBC・NHK)の一話を例に出しています。
500ページの内容の大抵を45分の映像でまとめていて凄いと思った。
新潮だと4巻までだからちょっと話が変わってくるかも。
2人のアンナには混同しました。 アンナカレーニナ素晴らしかった。
死ぬ間際のアンナの狂ったような独白やら茫然自失としたヴロンスキーの義勇軍編成やら、痛ましいけどもとにかく夢中にさせられた。
全体としても進行が自然で、まさに人の生涯を写し取っているかのような印象。 画家が絵についたシミか汚れかなんかで霊感得る場面好き ヴロンスキー母、自分が序盤にアンナのことを何と言ってたかなんて思い出すこともないんだろうね あの画家がクラムスコイで、作中で描いた絵が有名な見知らぬ人という
タイアップ企画みたいな話 数年前にトルストイ全集を図書館で借りて アンナァレーリナ以外全部読んだ
今度アンカレ読んで完読をめざす 「要約福音書」なかなか手に入らないな
ウィトゲンシュタイン好きが多い日本だから
新訳とは言わないまでも、再刊くらいありそうなものだが >>622
アンカラを最後に残すって、ある意味凄いな。 ローマ人への手紙の続きは
「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食べさせ、渇くなら、彼に飲ませなさい。
そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである
悪に負けてはならない。かえって善をもって悪に勝ちなさい」