>>42
たとえば現在の東京上空に巨大建築物が浮かんでいたとしますよね、東京都
内のどこからでも見えるような。東京ドームの千個分くらいの大きさです。
ある日唐突に宇宙人がやってきて、東京の空に残していった。「これが壊れる
と何十万人が間違いなく死ぬ。壊れる可能性は、30年以内に70%だ」と
宇宙人は言って、去って行った。東京都内だったら、どこからでも見える。
というか、いつも頭の上に浮かんでいる。
さて、東京都民はどうするでしょうか? 

まあ、大地震って、そういうことだと思うんですね(笑)。見えないから平気であって、
見えてたら住めないだろうって。

それはともかく。

演劇はテキストがあれば誰でもできますよ。やるだけなら、簡単。そこが音楽との違いかな…。
「身長2mの役者に限る」とか、「燃える家の中で上演すること」とかっていう
極端な設定ではない限り。

ベケットとかムジールとか読むと、なんというか言葉によって神とか自我とかを
追い詰めて殺してやろうというか、とことんまでつきつめていきますよね。そういう
文学における言葉とか論理の強度みたいなものを、結局は日本人は受け入れられなかったんじゃないかって
最近思います。あの大江健三郎だって、しょせんは思想のヒトであって、文学の人じゃないでしょう?
で、その後は文化人類学的なあやふやな世界に行ってしまった。
それに入れ替わるようにして、村上春樹みたいなのが出てきたわけですよね。
「もう、理屈はいいよ。いこうよ、ぐっと」、みたいな。「ビールで乾杯だよ!」
というかね。まあ、古井さんみたいなのもいるけど、超例外だし。

だからなんというかな、阿部ちゃんも大変だなとw 早く歳とりたいだろうなとw