なぜ日本文学は権力構造を描き得なかったか
権力とイメージの関係について考えることの方が文学の側においても先決のような。
愛知トリエンナーレの「表現の不自由展」で起きた問題では、今までの日本で
政治とイメージの問題について議論されることが余りにも少なかったことが
事態の混乱に拍車をかけている。
昭和天皇の写真イメージが、日本帝国主義のプロパガンダの先頭に立っていた歴史はある。
この種の問題はアジアの戦前に限ったことではなく、元首のイメージは現代のイギリスですら、外交の手段に使われる。イギリス王室の写真の例など。
特に日本では議論されてこなかった分、今回の公共自治体主催の美術展からの
問題提起はドラマチック過ぎたきらいはあるが、大筋としては擁護すべきものでは
ないか。 独裁とか影の支配なんかはむしろ書きやすいかも知れない
権力の構造なんだからほぼ地の文で解説してるようなもんだ
しかし、暗殺のない越後屋みたいなものを想像するにつけ、なぜか陳腐な印象を受けてしまう
バンクシーの風刺みたいで、だから何?が関の山
きっとこれは、作品の内容ではなく、受け手の問題だと思ってて
権力者同様、我々も十分に無責任なんだよね
だからこそ、権力とどう付き合うかという主題になると
途端に魅力が増して、興味が湧いてくる
何故なら、空気こそが権力だから
安部公房の「友達」的な空気と言えばいいのか
たとえば、セクハラは職権濫用だから職権を持つ者を当事者として訴えたらいいが
水着で広告の撮影するときに見学と称しておじさんがわらわらやってきて
見学した見学したといって立ち去ったりすると
誰にどれだけ怒ってよいか解らなくなるんだよな
権力者も無責任な民衆も
何も考えていないんだろうな マルクス主義では日本の権力構造は上手く説明できないのもあったのかな
階級闘争で説明仕切れない おれもう社長のコラム読んでないんよ
子供いないし
しかもあれ大金持ちの論理やの おい!
学歴詐称、ハゲ、エロ、チビ の深沢秋男!
死んでくれてありがとう。 >>97
権力を悪いもの、解決されるべきもの、という捉え方が間違っているということだね。
権力に対するイマジネーションが貧困という問題は、吉田健一や辻井喬のような人には関係ないわけで。
リアルを書くと地位が危なくなるくらい叩かれるから書かないだけ。 権力構造を利用する側のしたたかさみたいなのは
書かれてこなかったんだろうか >>1
わかりやすい権力である、
キリスト教がないから、、、
ドストエフスキーは戦っているが、
日本人にはわからない、、、 >>167
何で権力を描くこと=権力と戦うことになるんだよ 夏目漱石と森鴎外の系譜のうち、森鴎外の系譜が途絶えたんだよ。
漱石は漱石で国家を背負って日本文学の礎を築いたんだけど、
夏目漱石の系譜が、大正時代には太宰治にまで堕ちた。
シビアに区切ると、実は小林多喜二も大江も三島も、ほぼこの放蕩息子の系譜に入り
権力に対する想像力の貧困とも結びついている。
スレの流れ的に求められているであろう森鴎外の系譜は、統治者としての父なる文学にあたるんだけど、
大正ロマンを経て放蕩息子の文学になったので、
太平洋戦争前夜に、"アメリカ相手に戦争なんてしたら破産するぞ!"と主張する文学がなかった原因のひとつ。
権力構造に限らずなにかの構造と文学の関係は
シミュレーションなんだけど
アメリカSFやフランス哲学どころか論語の時代から
外国の真似でなんとなくシミュレーションになってしまうところが日本にはある
典型的なフランス文学読みなんか、フランスが戦勝国であるかのような誤解が傲りの根底にあるよな >>169
放蕩息子の文学に、ひとつだけ救いがあるならば
万延元年のフットボールや、蟹工船で
心理を描いたことになるのかな
ガルシアマルケスの族長の秋も反独裁の気味はあるけれど
それは孤独にフォーカスしている
しかし、今の日本の権力構造なんて
官僚の保身やアメリカからテーマを戴く思考停止ぶりが分かりやす過ぎて
どうしようもないね
話変わるけど、素朴な読者としての自分は権力構造の文学になにを求めているんだろうって問題があるよな
徴兵逃れの知恵のようなもんを転用したくなったり
フーコーの本で生権力について知っても
じゃあどうすんの?って、ハウツーに転化したくなるし
ローマの落日をアメリカの没落になぞらえて
無理矢理にでも未来予想したくなる >>171
だからと言って放蕩息子ではないことにはならなくね?
オノ・ヨーコだって安田財閥の娘だよ >>172
太宰で津島家の政治家が絶えたなら明快だが
娘が代議士を婿に取った事に恐ろしさを感じる。
一旦消えた炎が再燃したような。 アウトローになる形しかない
渦中に飛び込んでみればいいのに 7月8日
2022年 - 元内閣総理大臣の安倍晋三が奈良県奈良市の大和西大寺駅前で選挙演説中に、
男に手製の銃で銃撃され死亡(安倍晋三銃撃事件)。 松本清張にもう20年くらい時間をやれば、古代天皇制の構造を解き明かしたかもな。
映画なら山本薩夫の「金環食」が良い線を行ってる。 裏本田・柴志朗(鈴木達也)
テレビにせよネットにせよ、政治もスポーツも芸能も国際情
勢も一緒くたにして「関心が高い順」にニュースを扱うあり
方にはやはり重大な問題がある気がしますね。
Feb 29, 2024 韓国映画35本で学ぶ朝鮮半島現代史|ポリタスTV会員限定で2022年9月28日に放送した深澤真紀さんの伝説回を
再放送。韓国映画ファンはもちろん日韓関係を学びたい人も必見|ゲスト:深澤真紀(1967年3月10日 - )(2/24)
2024/02/24
『密偵』(2016)/『金子文子と朴烈』(2017)
『お嬢さん』(2016)/『マルモイ ことばあつめ』(2019)
『チスル』(2014)/ 『スウィング・キッズ』(2018)
『国際市場で逢いましょう』(2014)/『シルミド』(2003)
『KCIA 南山の部長たち』(2020)/『冬の小鳥』(2009)
『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017)/『光州5・18』(2007)
『弁護人』(2013)/『偽りの隣人 ある諜報員の告白』(2020)
『1987、ある闘いの真実』(2017)/『ミナリ』(2020)
『サニー 永遠の仲間たち』(2011)/『殺人の追憶』(2003)
『トゥルーノース』(2021)/『工作 黒金星と呼ばれた男』(2018)
『JSA』(2000)/『はちどり』(2019)
『サムジンカンパニー1995』(2020)/『国家が破産する日』(2018)
『権力に告ぐ』(2019)/『トガニ 幼き瞳の告発』(2011)
『提報者 〜ES細胞捏造事件〜』(2014)/『明日へ』(2015)
『共犯者たち』(2017)/『スパイネーション/自白』(2016)
『君の誕生日』(2019)/『アシュラ』(2016)
『パラサイト 半地下の家族』(2019)/『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019)
『サイバー地獄: n番部屋 ネット犯罪を暴く』(2022) アトミックサンダー
今日、プチ鹿島さんが出演されていた「はみだししゃべくりラジオ キ
ックス」(YBS山梨放送)の火曜レギュラーの出演の最終日となりまし
た。一番長く続いたレギュラーで、10年近くコーナーが不変でした。
大川原化工機事件を巡る冤罪事件や、杉田水脈の差別発言、二階俊博の
逃げ会見などを取り上げて、「なぜ我々はニュース/政治と関わらないと
いけないのか?」と語っていました。つまりは、我々の人生がつながっ
ているし、理不尽に声をあげていこう、黙っていることで「特をする」
人がいる、といったメッセージ性は、確かに今のマスのメディアでは伝
えていないことを何度も話していました。
「忘れないこと」「それにより、理不尽により困っている人をそのまま
にしていいのか?」といった理不尽に怒っていこうよ、
という語りは穏やかだったのですが、それを「身の回りの、信頼できる
仲間と話していこうよ」「困っている人がいたら、それを知っておこ
う」「『知らない』を知ったほうが良い」と口調は真剣そのものでし
た。
これからも、理不尽には怒っていきたいと思います
2024年3月26日 しゃとん
「岩波、朝日、NHK」は、かつて良心的なメディアの代表格として認識
されていました。
しかし、そうした中央の大きいメディアから離れて発信する人たち(南
彰さん、ウネリウネラ、生活ニュースコモンズなど)が近年増えていま
す。
世界各地で起きる戦争や混乱に心を痛める相談者に
「そんなに心配なさっているのなら実際に戦場に出向いて最前線で戦っ
てくればいいのにな」
という冷笑で回答した、今回の件でもあらわになったように、
いまの大きなメディアには
「勝っている」側(権力のある側)の用意した流れにのらずに、社会で
起きている問題について読者とともに地道に考え、おかしなことが起き
ているときは声をあげる、
という本来は報道人にとって当たり前だった「良心」をもったひとの居
場所がほとんど存在しないようです。
岩波をやめた熊谷伸一郎さんが地平社をつくり、
南彰さん(現琉球新報、元朝日)、長井暁さん(元NHK)、東海林智さ
ん(現毎日)がそこから本を出したこと、
地平社が月刊誌を、いまの社会で起きている問題に正面から取り組む書
き手たちともに出すと決めたこと、
こうしたことは今のメディアの状況からいって、必然だったと思わざる
を得ません。
2024年5月19日 努力はしますカイセー🐳CQA👼
デモのコール、一緒にやってみて思ったんだけど結構難しいね
ぇ...
まず種類が多すぎた。そらで覚えて言いにくい。前を歩く人の
プラカードずっと見てたけど十行はあったもの。せいぜい四つ
か五つぐらいのフレーズにしぼらないと初参加者とか外国人日
本語話者がそらで言いにくい。
Free Free Refugee とか Stop now deportation とか英語のやつは
言いやすかったけど、渋谷と表参道で聞く外国人向けであっ
て、日本人の関心のないふつうの人が聞いて分かるかっていう
とレフュジーもデポテーションもそんなに通じやすいとは思わ
れない。
あとは太鼓がうるさすぎて自分で言ってる声が聞こえない。
自分で言ってる声が聞こえないと参加してる自分の意味が低く
感じられる。太鼓の音には意味はないが声には意味があるのだ
から意味があるほうが聞こえるようにしないといけない。
一番良かったと思うのは「入管職員暴力やめろ」で、他もぜん
ぶ四拍子八拍で合わせてあるんだけど、これは内容も明白で単
語も聞いて耳で分かるからデモのコールらしいデモのコールだ
った。
#入管法渋谷デモ0420
2024年4月24日 tenjuu99(天重誠二)
このインタビュー、2chとtwitterを「ソーシャルメディア」の特権的なモデルだと暗に見做してしまっていて、その時点でい
ろいろ見誤っているなとおもう。
自分が最近こういう形のソーシャルメディアもあるんだとおもったのがインスタグラムのストーリーズで、24hで投稿が消え、そ
の投稿にたいするコミュニケーションは公開リプライではなくDMでおこなう。これはもちろん炎上しづらい仕組みとして採用し
ているんだろうし、オンラインコミュニケーションのとりかたが世代でだいぶ異なっていることも感じる。
記事中で「プラットフォームに一定数以上の人が集まったら、仕様に関係なく、荒れるのは仕方がないと思います。」とあるけ
ど、まさにそれを問題として別な解を求めるアプローチを各所で試みているわけなので、「一つのプラットフォームに人が集ま
る」ことの内面化、それへの無批判的な享受(「荒れるのは仕方ない」)のほうが気になってしまう。
こういう選択的なもの言いにもかなり問題を感じる。
たとえばツイッターでリベラルな人たちがマイノリティの権利について語り、差別問題についてアテンションを集めた
ところで、実際に問題が改善されるとは限りません。
「差別問題についてのアテンションをSNSであつめる」という事例を述べ、「ツイッターで差別言説を垂れ流しにする」は取り
上げない。それは放置して問題ないのだろうか。それとも、「ネット上で人々がなにに関心を持ったりどんな意見を言ったりする
かということと、現実の社会や経済で起こっている問題は、イコールではありません。」というくらいだから、ネット上での誹謗
中傷は「現実」ではないのだろうか。すでにSNSでの誹謗中傷によって自殺などが起きている以上、現実を反映した見方ではな
いとおもうけど。
制御機構というのは、民主主義社会における情報配布のシステムについて、情報の健全性がどう担保されうるかということを、法
的問題もふくめて考慮すべきものだとおもうけど、そういうのは制度設計の問題
2024/03/29 近藤銀河
今の社会のあり方を、あたかも普遍で不変な物理法則であるかのよう
に、そしてその絶対の法則を演繹したり帰納することが良きことである
かのように、考える人が結構いて、その見方の違いみたいなものをどう
したらいいんだろうと時々考えちゃう。
2023年7月22日
人間が大好き
茶化しの空気が醸成されると真剣に取り合うことや反論を無粋なものと
して退ける作用が働いて良くない物事でもナアナアでのさばっていくの
で、ミームって統治と相性良いんだな、と思った
2023年7月24日
制度改正を目指す権利運動を問題提起から始めるというのはセオリー通
りの手順だと思うんだけどこれを炎上マーケティングなんて呼ぶのか、
なんか権利主張はマジョリティのご機嫌に沿ってお行儀よくしなさい的
な嫌な規範を感じるわね
2024年3月17日