夏目漱石 八十四夜 [無断転載禁止]©2ch.net
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立てました。
夏目漱石
1867年2月9日(慶応3年1月5日) - 1916年12月9日(大正5年12月9日)
本名 夏目金之助
牛込馬場下横町(現新宿区喜久井町)出身
前スレ
夏目漱石 八十五夜
http://echo.2ch.net/test/read.cgi/book/1484799164/ >>734
そうだよね。
いまの日本にこそ、ピッタリあてはまる、すばらしい講演だよね。 夏目漱石「韓満所感」(抜粋)
「昨夜久し振りに寸(すん)閑(かん)を偸(ぬす)んで満洲日日へ何か消息を書かうと思ひ立つて、
筆を執りながら二三行認(したた)め出すと、伊藤公が哈(は)爾(る)浜(ぴん)で狙撃されたと云ふ号外が来た。
哈爾浜は余がつい先達て見物(けぶ)に行つた所で、公の狙撃されたと云ふプラツトフオームは、現に一ケ月前(ぜん)に余の靴の裏を押し付けた所だから、
希有(けう)の兇(きょう)変(へん)と云ふ事実以外に、場所の連想からくる強い刺激を頭に受けた」
「満韓を経過して第一に得た楽天観は在外の日本人がみな元気よく働いてゐると云ふ事であつた」
「歴遊の際もう一つ感じた事は、
余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。内地に跼(きょく)蹐(せき)してゐる間は、日本人程(ほど)憐(あわ)れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつてゐる状態を目撃して、
日本人も甚だ頼(たの)母(も)しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられた
●同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、真に運命の寵(ちょう)児(じ)と云はねばならぬ」 >>736
漱石の時はそうだったのに、いまでは逆転されちゃったかも。
中国人も甚だ頼母しい人種だとの印象を深く頭の中に刻みつけられて、同時に、余は支那人や朝鮮人に生れたほうが善かつたと思つた by シャープ まったく困るね
どこにも湧いて出やがるよ
季節柄仕方ないのかね? 初めて夏目漱石の本を読んでみているガキです。吾輩は猫であるってなんか日常系アニメみたいですね 日常系アニメしか見たことないから日常系アニメとしか比較できない可哀想な人間だ 全10回で、ほぼ家の中だけで話が進む
どっからどうみても日常系
美少女がいないが、酩酊萌えだな 甘いな。
日常アニメ⇒猫集団の擬人化、に着目しないとねえ。
我輩が心引かれる美猫が存在しているだろ。しかもプラトニックなわけだ。
さらにがさつなカタキ役までいる。
我輩は敵と競り合って美猫を獲得しようとするだろうか?
まあ、争そわずにあきらめる公算が大だろう。
餅の件は日常に潜む冒険と危険だ。だが、そこには擬人化が介在していない。
しかし、猫の苦悩を通して、作者の苦悩も漏れ出してくるようだ。
…
高校生の日常なんぞよりは、遥かに面白いと思うがね。 「吾輩は猫である」とか「坊ちゃん」これが夏目の本来の小説だろうね、そういう意味では大衆小説が夏目の本来の物
こういうものを書かせると実にうまい、漱石の文章家としての才能は学生時代からすでに現れていて、松山に療養中の
子規に書き送った手紙が実に面白い、おそらく子規に書き送った最初の手紙じゃないかと思うんだが、これが抱腹絶倒
の大傑作で、漱石の才能を感じさせるものだ 心理にも
軽いと重いがあるからね
俺も漱石の前者評価だな
重いの上手い人は多いし 重いとか軽いでしか作品を評すことのできない単細胞には漱石の作品など読めるわけなかろう 例えばオースティンは軽いからな
実存的な文学に出会った近代日本の
知識人はたまげただろうな
そのせいでひたすら人間の思想観念の
哲学的深みでしか文学を読めない奴が出てくるわけだがw どこかに書いたんだけど、まあ、軽い重いをいえるとして、
漱石なら漱石の作品が全部「軽い」ってことはないだろう。
つまり、漱石は軽い、ってのは不都合があるってことだよ。
やはり評価は作品ごとにすべきだね。それが基本。
そのうえで、複数作品を比較するってんならそれはそれでいい。
せいぜい、俺は漱石の作品は軽い傾向がある、程度だろう。
まあ、軽いとか重いってのは定義が必要だと思うけどね。
作品の評価として、自分はもう一度読みたいか、をひとつの基準にしている。
漱石や露伴は知らなかった言葉もあるし、レトリックで気づかなかった、なんてのもあるから、
自分の場合は繰り返して読む価値はある。
一度読んだら読み返すなんて無理、って友人がいる。多読乱読は自分と似たようなもんだけど、
読み返す気がない、ってのはちょっと納得できない。確かに記憶力はいいけどね、そいつは。 ああ>>748は誤読を誘ったな
漱石の軽いのが俺は好きだ
と言っただけで
それは後期の重いのと対比した
漱石全部が軽いという議論ではない
昔芥川研究のやつがいて
そいつは実存的な作品が好きなの
俺はずっと軽妙な芥川いいよねえ
だったからどっか話が合わなかった おまえの場合は単に漱石の手段に翻弄されてるだけ
漱石だって作家として歩み出した頃は大衆に馴染む必要があったから
わかりやすいユーモアを散りばめて敷居を下げれるだけ下げたわけ >>756
作家として歩み出したのは、「草枕」からじゃないのかな。
職業として自覚したのは、「虞美人草」からだろう。
猫も坊ちゃんも、頼まれて書いただけの余興だから。 いや、猫がほととぎすに連載された時点でもうすでに十分作家だよ
それだけほととぎすは大衆に読まれていたし
もっと言えば自転車日記をほととぎすに発表した時点で作家として意識しはじめていたろう >>758
漱石自身の述懐によれば、猫は虚子に頼まれたから書いただけ。
人気が出たので連載になったし、坊ちゃんも書いたが、稿料は未払いのことも多かったという。
あくまでも、同人誌だから、作家といえるほどのことではない。 そんなことを言ったら虞美人草以降も朝日新聞に頼まれて書いただけだよ
朝日が招聘したわけだからね
そもそも留学中に子規に送った倫敦消息を見れば一目瞭然だ
その時点で漱石は日本へ帰ったら作家になろうと決めていた
もちろん家庭があるから帰ってすぐにそんなことはできなかったがね 漱石が書いてるじゃん
悲劇も喜劇も同等だって
軽かろうが重かろうが優れたものが優れてる >>760
朝日とは自分の意志で契約を結んだ。
読売より条件がよかったようだ。
「倫敦消息」に作家になる決意を書いているようにも思えない。
事実、漱石は戻ってから、高校、大学に職を求めた。 そんなことを言ったら猫ももちろん漱石が、よし書こうと自分の意思で決めたな決まってんじゃんよ
断ることだってできたんだからな
倫敦消息は明らかにただの手紙ではないよ
倫敦の話でもして病床の子規を愉しませてやりたいという気持ちと、子規に文章構成などを評してもらいたいという目的があった
それまでに漱石が子規へ出した他の手紙とはまったく別物で、作品としてきちんとした手法を使って書かれている >>763
作家として生活する意志、のことを言ってるんだよ?
あまり拡散してはいけないと思う。 いやふつうにおまえが勘違いしてるだけなわけだが
元を辿れば軽い重いとかで作品を判断してたやつに対して、それは単に初期作品に於いての漱石の手段に翻弄されてるだけってとこからだ >>766
どこが?
作家を職業とし始めたのは「虞美人草」から、というのは当然だと思うが?
ただの事実だから。 >作家として歩み出した頃は〜大衆に馴染む必要があったから
に対して、>職業とし始めたのは虞美人草から
がすでに見当違いなんだよおバカさん 虞美人草発表したときはすでに朝日に入社してたんだから職業になるのは言わずもがなわけでね >>768
「虞美人草」は、まったく大衆に馴染もうと思ってない作品だろ、と書いたんだよw
少し婉曲に書くと、すぐわからなくなっちゃうの? へ?虞美人草はふつうにかなり大衆に気を遣って面白く読ませようと工夫してると思うが? >>769
人気が出なければ、契約解除もある。
作家としての生活が、いつまで保証されるかはわからない。
だから、作家としてのスタートが「虞美人草」だと言っている。 工夫した結果、藤尾が大衆向きのツン系萌えキャラみたいになってしまったから漱石は藤尾をはやく殺してしまいたくなったんだよ >>771
>わかりやすいユーモアを散りばめて敷居を下げれるだけ下げた
これが「虞美人草」にあてはまると思うなら、君独自の読解として受けとめておくよw >>772
へ?それって単に「作家」という言葉に対するおまえだけの印象でしかないやんそれ 世間一般では文壇デビューしたらもうそれは十分作家だぞ 草枕虞美人草三四郎あたりなんか明らかにユーモア満載やん ちなみに後期作品にもユーモアはある
初期と違ってわかりにくいユーモアだがね
強いていえば初期は少しニヤついたようなわかりやすいユーモア
後期は表情には一切表さないわかりにくいユーモア >>775-776
普通、作家というのは、小説で生計を立ててる人のことをいうね。
文学賞を取っていても、蓮實重彦を作家という人は少ないだろう。
>>777-778
それが、「わかりやすいユーモアを散りばめて敷居を下げれるだけ下げた」結果だと思うのは、君の自由だ。 いやだからそれはおまえだけの「普通」なんだって
それはともかくそもそもはじめからどうあれば「作家」なのかなんてどうでもいいとこだからね
おまえが勝手に変な見当違いなとこを取り上げてわいわいしてたから付き合わざるを得なくなったけど まあポイントは初期の軽妙さが
大衆に馴染む必要に迫られた結果の
ストラテジーかというと
それはちょっと支持できませんねえ
先ずはああいう会話書きたかっただけだろう 俺は支持する。漱石は小説の「売れる売れない」についてよく理解していた
ああいうのを書きたかったというのも同意だが、まずは読者と評判を得ることを目的とした
○需要供給
良き作品を出したる人が、良き地位と報酬を得るべきが正当である。
然るに大多数の読者は趣味が低い。従って趣味の低い者がよく売れる。従って趣味の低い者を本屋が歓迎する。
従って高級な作品を出す者は餓死する訳になる。作品の価値と報酬が反比例するという妙な現象になる。
ABは頭脳と労力の高さなり
ACDはこの頭脳と労力に対する報酬を示す線なり
ACまでは頭脳と高さに比例して金の報酬が増すなり
Cを越すと頭脳がBの方に高くなるに従って報酬はDの方へ下落して行くなり
最も成功して最も公平なる取り扱いを社会より受ける人は頭脳がCのところにある人なり
よく言って渡辺直美似のデブスを嫁にして子沢山の時点で
物事の良し悪しや美醜の判断基準が一般と違うのだろうなと。。。
人それぞれと言えば、それまでだけど(笑)
それに、生前より死後に遥かに売れた
作家の1人だよね
生前、当時の文壇で
どう評価されてたのだろう? >>783
直美ちゃんは横浜のパンパン上がりだがハゲ散らかりじゃないぞ
夏目は色々と評論を書いてるが
「誰がこのデブス妊娠させたんだ!」
そんな女がリアル嫁だから
真実味がないと言うか空虚感が漂う 明治文学小論
血沸き肉躍る小説といえばAlexadre Dumas だが
露伴大人の「いさなとり」ほどデーモンに満ちた小説はない。
善悪を超えたすざまじい人間の生き方。もちろん五重塔に
勝る傑作は明治以降の日本にはないのだが。
なに?
漱石が国民的大作家だと?笑わすな、赤日新聞と赤波書店
の宣伝だけ。ボチャーンなんかふざけたもの。草枕はまあまあ。
鴎外と違って、Londonでシコシコと下宿に籠って、国費留学の
無駄使い。「心」だと?いつの世にもある女の取り合いで、そもそも
自殺するほどのことではない。しょせん五十歳で死んだちんぴら。
人生についてどれほどのものを語れるのか。
しかし
一葉女史は惜しいことをした。せめて四十歳まで生きてほしかった。
斜に構えたおもしろい小説が書けただろうに。 道義的に悪いと知っていても止められ不貞三昧の島崎藤村みたいなスケベ一本やりの方が、まだ解るかな
夏目の子沢山なんてプライドが性欲に負けた瞬間の体現化
概出レスにある「石の穴でもOK」的な生々しい性欲処理感が
作品での、何とも言えない美的表現の上滑りに通じる気持ち悪さ 作家論より作品論、の理由はすでに述べたが、作品から作家を規定するものではない。
小説は虚構だ。これは作家もよく被害を受けるらしい。
作家の想像力を過小評価する読者から、あれは本当か、と言うQが「よく」来るそうだ。
映像の漫画やアニメの虚構が分かるのに、文字の小説が虚構、と言うことが理解できないらしい。
まあ、テキストをどう解釈するか、は読者の自由だけれど、それはあくまでも、その読者の個人的な解釈でしかない。
たとえ、読んだ者すべてがそう感じたところで、作者までがその個人の集団に入ると断言はできないのだ。 こいつ半藤一利の義祖父になるのかw
戦後しばらく状況を何もわかってないのに
旧海軍のことを根拠に乏しい決めつけして感情的に非難してる著書が多い
戦時中の軍費、資源調達、原爆作戦のコールサイン、終戦交渉、東京裁判
ここら辺に関わってる人は語る義務もあるだろうが
立場上、墓場まで持って行った人らがほとんど
語るほどの名家の出でもないのに外野がガタガタぬかすな 吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生まれたか頓と見當がつかぬ。何ても暗薄いじめじめした所でニャー/\泣いて居た事丈は記憶して居る。
吾輩はこゝで始めて人間といふものを見た。
然もあとで聞くとそれは書生といふ人間で一番獰惡な種族であつたさうだ。
此書生といふのは時々我々を捕へて煮て食ふといふ話である。
然し其當時は何といふ考もなかつたから別段恐しいとも思はなかつた。
但彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフハフハした感じが有つた許りである。
掌の上で少し落ち付いて書生の顏を見たが所謂人間といふものゝ見始であらう。
此の時妙なものだと思つた感じが今でも殘つて居る。
第一毛を以て裝飾されべき筈の顏がつる/\して丸で藥罐だ。
其後猫にも大分逢つたがこんな片輪には一度も出會はした事がない。
加之顏の眞中が餘りに突起して居る。そうして其穴の中から時々ぷう/\と烟を吹く。
どうも咽せぽくて實に弱つた。是が人間の飮む烟草といふものである事は漸く此頃知つた。
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。
吾輩はここで始めて人間というものを見た。
しかもあとで聞くとそれは書生という人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。
この書生というのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。
しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。
ただ彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。
掌の上で少し落ちついて書生の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始であろう。
この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。
第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬缶だ。
その後猫にもだいぶ逢ったがこんな片輪には一度も出会わした事がない。
のみならず顔の真中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷうと煙を吹く。
どうも咽せぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草というものである事はようやくこの頃知った。
(青空文庫より抜) 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f) 猫は、いかにも電波が書いた目の滑る文章
これで文豪とか笑えるわ >>792
さぞかしすごい文を書くんでしょうね(笑 >>794
踏んでみた。
1分強のMP3
金本がどう、とか言っているから、朝鮮人の吹き込んだ音声だろう。
漱石とは無関係のくだらない内容。
タヒね! >>792
石原真理子のブログを彷彿させる
みっちり感がある
キチガイは文章が似てくるね >>789
半藤一利は荷風の日記評論で、夏目の未亡人と娘婿、
つまり自分の父親、が金之助をぼろくそに書いているのを、
荷風が痛烈に非難しているのをしかとw 荷風の日記
から適当に拾い出して、荷風が反戦、反政府だと
書いているが荷風散人はそんなことには超越。 吉本隆明の「夏目漱石を読む」では
夫人のヒステリーは幼年期の性的被害の後遺症と書かれてる
小学校をやっと卒業だから周辺は知ってる人は知ってる状態だったのだろう
ブス、デブ、ハゲ、チビ、非処女と…
まぁ、スゲー事故物件と結婚したよな 「こゝろ」と謂う作品に一貫して流れている女性不信、これが何に由来するものなのか私には分からない
漱石の女性関係、夫人との関係、あるいは母親との関係、これらを総合的に見ないと分からないだろうねえ >>800
賞を受賞した、あの本ね
さすがの吉本も近○相○までは書けなかったか
根底に女性不信というか人間不信の人だから、あえて事故物件を選んだろう >>801
漱石は別に女不信っていうか楽しようとする女が嫌いなだけだろ
女不信っていうのは>>800とか>>801みたいな連中を言う >>800
>夫人のヒステリーは幼年期の性的被害の後遺症と書かれてる
そんなこと書かれてるの?
まったく記憶にないので、引用してみて。
>>803
>漱石は別に女不信っていうか楽しようとする女が嫌いなだけ
漱石は女不信ではなく、女は理解できないと書いているだけ。
妻に対しては不満だらけだけど、楽をするとかしないとかではなく、自分の日常生活の適応できない性格を、日常生活である妻(と子供)という弱者に八つ当たりしている。 元から繊細な神経質だったけど
大人になって感情のコントロールを上手く出来なくなったのは複雑な家庭環境が起因だろう
それにDVされる女は相手が変わってもDVされる場合が多い
根本的に男の扱いが駄目なんだよ >>806
普通は逆だと言われてるね。
DV男はどの女に対しても暴力で支配しようとする。
女の中には、そういうDV男が好きなマゾ性格も稀にいる。
漱石の場合は、支配欲とかではなく、日常生活への嫌悪が家族に向かった。
鴎外の場合、日常への嫌悪は子供への愛情に収斂された。
外観は真逆だが、心の中は同じだろう。 夏目だって、当時も蛇蝎のごとく忌み嫌われた結核で
母、兄を相次いで亡くす結核家系
良くて良家の後家、まともな女を嫁に出来ると元から思ってないだろう
現に上の兄は、当時なかなかコネがなきゃ働けなかった郵便局勤めで
嫁は女郎上がりだし いくら語学堪能な帝大出でも結核家系じゃ
長兄も大学予備門の前身南校時代
薩摩藩出身者に色々と誘われたと書いてあったが
薩摩だし色々あるだろうな
語学堪能な福沢諭吉、高橋是清
優秀な帝大生だった大勲位中曽根
3人は島津の書生だった
中曽根に至っては短期士官の頃、風呂場で正規士官の身体を流す下積みまで経験
昔も男が出世するって大変だ 夏目漱石の場合は狂気か入ってる
昔ありがちだったタダの家庭内暴力じゃない 中学校では漱石が面白かった。
高等学校では鴎外、大学で
はた
と考えが変わった、漱石は本当に一流だろうか?
露伴を読んだ。
いま、漱石のいんちき性が暴露されつつある。 >>811
狂気のない人間に芸術は無理じゃね漱石は複雑な事情があるけど文豪だろそれでも 家庭内暴力される側も問題ある場合が多いから
漱石ばかり責めても可哀相 https://www.youtube.com/watch?v=w2e4XoP2rXI
この動画で高橋源一郎が言ってることは本当でしょうか?
夏目漱石のこころに出てくるKは石川啄木? NHKでやってたやつだろ
高橋は馬鹿丸出しな推論しかできてなかったよ 高橋源一郎って朝日新聞で、「日本は戦争で中国国民三千万人を殺した」と言ってたヤツでしょ >>816
前にも言ったが、Kは正岡子規と藤村操二人の人物の投影 >>812
芸術には係る事が出来ない人間の存在は、悲しい。
ただし、「中学校の時の面白かった漱石」が何かと、貴方の年齢が
分からんが、〜30才なら「坊ちゃん」、「草枕の1頁」を読むのを
薦めます。
それでもダメなら、Give up literature! >>812に反論が多いのは、それだけ正論なんだねw これに反論が皆無なのはなぜか?
血沸き肉躍る小説といえばAlexadre Dumas だが
露伴大人の「いさなとり」ほどデーモンに満ちた小説はない。
善悪を超えたすざまじい人間の生き方。もちろん五重塔に
勝る傑作は明治以降の日本にはないのだが。
なに?
漱石が国民的大作家だと?笑わすな、赤日新聞と赤波書店
の宣伝だけ。ボチャーンなんかふざけたもの。草枕はまあまあ。
鴎外と違って、Londonでシコシコと下宿に籠って、国費留学の
無駄使い。「心」だと?いつの世にもある女の取り合いで、そもそも
自殺するほどのことではない。しょせん五十歳で死んだちんぴら。
人生についてどれほどのものを語れるのか。
しかし
一葉女史は惜しいことをした。せめて四十歳まで生きてほしかった。
斜に構えたおもしろい小説が書けただろうに。
しかし斎藤緑雨、正直正太夫、もけっこうおもしろい。
まあ、明治の文豪は紅露逍鴎。 >>824
アホ丸出しで
関わりたくないからだろうwww >>824,>>826
小生、良く分からんのだが、このスレは、
漱石の文学性に共感する者の為に有ると思うんだが、なぜに書き込む?
駄文をいくら読んでも構わんが、大人しくして居て暮れ。
2ch書き込みの本質は「感動」を吐露しあう事だと思う。
あんたらは「何に」感動してるの?
漱石の小説はここ数年で読んだんだけど、この作家が高校生の好きな作家ランキング上位に入っている事はすごく良いことだと思ったよ。村上春樹を読む暇があったら漱石を読めと言いたい。 春樹となんて比べないでよw
漱石の良さの1つに、ドロドロした感情も綺麗な文章なんだよ
人間の弱さに向き合った文章が好きだ
吾が輩で精神衰弱だから、これからどうするか?
本格的に狂うか、宗教に走るか、あと1つが思い出せないが
基本的に馬鹿正直な純粋さがある
だからメンタル脆かったのだろうけど 春樹は世間と折り合いをつけてる『俗』な感じが嫌だ
芸術の創作には良くも悪くも、頭のネジがぶっとんだ『純粋』がなきゃ
時代を超えても理解される大作なんて出来ないよ
江戸末期生まれの人間の著作が平成の今でも読まれ続けてるのは凄いことだよ 春樹のどこが俗だよ
現にこれだけ蛇蝎のごとく嫌われてるじゃないか
純粋とか抽象的でわからないが
春樹は間違いなく世界文学の列にもう入ったぞ
つまり数百年後の世界文学全集には必ず入ってると思う そりゃムリだろう。
週刊マンガ誌みたいなもんで、部数が出ているだけ。出版社が煽っているし。
世界の壁はそんなに薄くない。 煽ったぐらいで文学の部数なんて出ない
世界の壁を甘く見てるのはあんたじゃねの?
あと歴史的にみても文学で残ってるものというのはどこかで売れたもの
その点、春樹は知名度確保という最大のハードルはクリアしてる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています